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James Curtis Hepburn (ジェームス・カーチス・ヘボン ヘップバーン 1815-1911 96歳)

 幕末の1867年に来日し、横浜で医療活動を行った。宣教師デュアン・シモンズと共に、横浜の近代医学の基礎を築いたといわれる。その功績を称えて、横浜市立大学医学部にはヘボンの名を冠した講堂「ヘボンホール」がある。[1] また、東京で明治学院(現在の明治学院高等学校・明治学院大学)を創設し、初代総理に就任。日本の教育にも貢献した。

 ヘボンが和英辞書『和英語林集成』を著し、この中で英語に準拠したローマ字を使用した。これは、仮名とローマ字を一対一で対応させた最初の方式である。この辞書は第9版まで版を重ね、第3版から用いたローマ字はヘボンの名を入れヘボン式ローマ字として知られるようになる。

 
田中舘 愛橘(たなかだて あいきつ 1856-1952 95歳)

 ヘボン式ローマ字は英語の発音に準拠したので、日本語の表記法としては破綻が多いとする意見があった。そうした立場から、1885年に田中館愛橘が音韻学理論に基づいて考案したのが日本式ローマ字である。

 日本式は音韻学理論の結実として、日本国内外の少なくない言語学者の賛同を得た。しかし、英語の発音への準拠を排除した日本式ローマ字は英語話者や日本人英語教育者から激しい抵抗を受け、日本式とヘボン式のどちらを公認するかで激しい議論が続いた。結局、近衛文麿内閣の時に、公的なローマ字法が1937年に内閣訓令第3号として公布された。これが訓令式ローマ字である。1937年版の訓令式ローマ字は、日本式ローマ字を基礎としてそれに若干の改変を加えたものであり、ヘボン式を排除している。


《現在のローマ字》
 ヘボン式は、米軍主導のGHQ占領下で、鉄道名をはじめとして日本でも普及。ローマ字は日本人だけのものではなくなり、米国の図書館などで日本語文献を英語で表記する標準化作業が進んだ。これらはヘボン式に基づくものが優勢だった。
 そのヘボン式も、その後時代とともに長音記号など実情に合わない点、表にあっても使われなくなったスペルなどが出てきた。 
 日本人は小学校で訓令式を習うが、パスポート、英字新聞、海外ではヘボン式をつかうことになる。


                                          伊藤     大原    大野     å°é‡Ž 
ヘボン式                              ITO     OHARA    ONO      ONO
訓令式(文科省)                     ITOˆ    OˆHARA   OˆNO     ONO
パスポートで許可(外務省)      ITOH    OHHARA   OHNO    ONO

                                          外人の発音
ヘボン式                              ã‚¤ãƒˆã€€     オハラ      オノ       ã‚ªãƒŽ 
訓令式(文科省)                     OˆãŒç™ºéŸ³ã§ããªã„                ã‚ªãƒŽ
パスポートで許可(外務省)      ã‚¨ãƒˆã‚¨ã€€ オーハラー オーノー オノ 

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