IRIS
 南の国では各地で桜の開花が伝えられていますが、2〜3日前より急に春めいてまいりました。今年はこちらに来て初めて南の国の花見を経験します、。しかーしだ! 花見は故郷の夜桜は何といっても日本一だろう、4,000本の桜、3,000個のボンボリの灯り、本丸の三重櫓、幻想的な世界を醸し出す。日本三大夜桜 第89回高田城百万人観桜会が4月4日から4月20日まで開催される(写真)。毎年期間中100万人を超える見物客が訪... 続きを読む
  ロシヤのソチで行われた冬のオリンピックも日本選手団のメダル8個獲得と言う大活躍で幕を閉じた。しかし今回ほど日本国民に感動を与えた大会はなかったのではないだろうか、、今回の日本選手の活躍で若い人たちに夢を与え、スキー、スノーボード、スケート熱が高まり、スキー、スノーボード、スケート、人口が増えれば喜ばしい事だ、、、。しかし、偉そうに言う訳ではないが、日本におけるスキーの歴史をご存知の人はどれだけいらっしゃるだろうか。明... 続きを読む


上越市直江津地区にある一級河川 関川 にかかる二本の橋の内、上流の直江津橋(写真)が、新潟県から二つ選ばれている「日本の橋百選」の一つに選ばれていることを知っているのは地元の人でも少ないであろう。橋長が約238メーター、昭和63年(1988)に完成した県道488号に架かる橋、昔は銭取橋(ぜんとりばし)と呼んだ。昔この直江津橋の近くに 応化の橋(おうげのはし)があり春日山城主の上杉謙信はこの橋に通行税を課していました。謙信死後のあとめ争い「お舘の乱」で崩れ落ちた橋を上杉景勝が修復しましたが、松平... 続きを読む
   江戸時代中期、この地から二キロほど西の海岸に大小数十体の石像地蔵尊が祀られていました。この辺りは北国街道が海沿いを通り、高波には命がけで往来するという所でした。その通行安全を願い、たくさんの地蔵尊が祀られていました。ところが明治29年、信越本線敷設の折、この地蔵尊が法線にかかり、岩に刻まれたご本尊の移転はできませんでした。工事請負業者はやむなくダイナマイトで爆破したところ、ご本尊は粉々に飛び散り海に沈んだと言わ... 続きを読む
  安産の神として有名な胞姫(よなひめ)神社は柏崎市上輪(平成元年3月までは柿崎町)国道8号線の上輪大橋のたもと(山側)に鎮座する(写真)。安産の神として県下に知られる当社は四季を通じ各地から大勢の参拝者が訪れる。産院での出産が普及する以前「胞姫さん」に献灯された短い蝋燭を貰いうけ、出産の際に灯せば「産が軽い」と言われた、時代が変わった今でも安産を祈る切実な思いは変わらず当社への熱い信仰として今も受け継がれている。胞姫神... 続きを読む
  上越市北本町二丁目にある 陀羅尼(だらに)八幡宮(写真)、創建は十六世紀の中頃、上杉氏の武将らが春日山城の南の岩木村(現在の上越市岩木あたり)に、京都男山の石清水八幡宮の分霊を祀った事にはじまる。上杉謙信死後の内乱(御館の乱)で焼け、松平忠輝の高田城の築城(1614)後、城下町に移り、1700年頃、現在地に祀られてから町名にちなみ「陀羅尼・八幡」と呼ばれるようになった。相殿の大国主命(おおくにぬしのみこと)は榊原候が前任... 続きを読む
        上越市(旧高田市)本町6丁目にある洋風の建物(写真上)、現役では日本最古級映画館「高田世界館」である(旧、高田日活)。明治44年(1911)の建築で、野口孝博設計によって生まれた建て物で、当初は芝居小屋「高田座」として営業を始めました。その後 「日活世界座」、「高田東宝劇画劇場」、「松竹館」、「高田劇場」、「テアトル高田」、「高田... 続きを読む

日枝神社

  高田地区では榊神社と並んで参拝者の多い日枝神社は上越市寺町3丁目(JR信越線、高田駅の西)に鎮座する。祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)であり、相殿に天照皇大神・ 豊受大神・ 建御名方命・ 宇賀之魂命・ を祀っている。仁寿3年(853)、日吉大社(現、大津市)を国府鎮守の神として、衾野(ふすまの、今の直江津の川東あたり)に勧請したと伝えられ古い歴史をもつ。太田道灌によって江戸に日枝神社(現、東京都千代田区永田町)が... 続きを読む
全く郷土の歴史には興味のなかった私が少し歴史と言うものに最近になり興味を持ち始めたのには訳がある。一番の要因は今の仕事、(新米タクシードライバー)を始めてからだ、社内に 観光案内資格 と言う制度がある、観光案内のお客様があった場合、この資格を持っているドライバーが基本的に案内する、勿論、僅かだが有資格者は少しの手当てにも有りつけるって訳だ、、1年に1回ある講習を受けて一応、学科、実地の試験がありこれに合格する必要がある、勿論試験に落ちる人もいる。面白半分、興味半分で受験し合格した。昼間の勤務の... 続きを読む
「人魚は、南のほうの海にばかり住んでいるのではありません。 北の海にも住んでいたのです。 北方の海の色は、青うございました。 あるとき、岩の上に女の人魚があがってあたりの景色を眺めながら休んでいました。、、、、、」   上越市(旧高田市)出身の「童話の父」 「日本のアンデルセン」 などと呼ばれ多くの童話を発表した、小川未明 の有名な 「赤い蝋燭と人魚」 の書き出しです。この「赤い蝋燭と人魚」は上越市大潟区雁子浜(がんごはま)の人... 続きを読む