IRIS

 

市内稲田1丁目、現在の稲田保育園の横に諏訪神社がありここに樹齢800年と言われる大ケヤキの木(写真)がある。かつては現在の保育園のある場所に市立新道中学校があった、hamさんの母校である、毎日の通学時、この諏訪神社の参道を通り学校に行った。休み時間にはたまにこの欅の下で遊んだり、教室の窓から先生の話も聞かずにケヤキの木を眺めた懐かしい思い出がある。昔は境内で盆踊り、草相撲(昔は土俵もあった)、子供たちの遊び場として地域の住民から親しまれていた。 このケヤキの大神木は樹齢800年と言われ幹周り9,3m 木の高さは25mにもおよび地元の人々に「お諏訪さんの大ケヤキ」と親しみをもって呼ばれています。約800年前の鎌倉時代、浄土真宗の開祖、親鸞聖人が布教の折にお手植えされたと伝えれれている。平成10年に 新日本名木100選 に選ばれ、平成14年 上越市文化財(天然記念物)に指定されている。

 

 

この大ケヤキ、長寿の一方で10年ほど前に菌の「コシキサルノコシカケ」の着生が確認され、又今年の大雪で大枝が2本折れ(写真)腐敗の加速が懸念され年々、大ケヤキの樹勢が衰えている、この様な現状を受け「大ケヤキ保存会」が発足し、地域のシンボルとして雄姿を次世代に引き継ぐため日々、大ケヤキの保存、手入れを行っている。隣の稲田小学校の児童も保存のための作業に協力し、大ケヤキとふれ合う中で、大切な自然を守る気持ちを学んでいると言う。

 

稲田諏訪神社は、鎌倉時代に信濃の諏訪付近の農民が、諏訪大社の「建御名方命」のご分霊をお招きして祀ったのが始まりと伝えられる。又神社付近を開田した事から現在につながる「稲田」の町名が付けられました。私が子供の頃の稲田は、1~3丁目まで商店が建ち並び賑やかな街並みであった。江戸時代、高田城が築城されてからは、高田の町の繁栄の為、直江津の関川にかかる橋が外され新潟方面からきた旅人も一旦、稲田を通り稲田橋を渡り(橋の西側に番所があった)高田を通り直江津に行った。稲田の町並みは当時の繁栄をうかがう事の出来る姿を今も残している。

 

 

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