IRIS

 

 数日前、JR直江津駅の北口に今年も上越祭り(祇園祭)、東洋一の高田公園のハス祭りのPR看板が設置された。しかーしだ! いつもより少し小さくなったんじゃないだろうかネ、、、? これも今の時代、経費節減か、、、看板を見ると、おー、もうそんな時期に成ったのか、月日の流れるのは早いもんだねー、

 

上越祭り

昔は高田の祇園祭、直江津の祇園祭と言っていたと思うが、高田市、直江津市の合併に伴い上越祭りとなったんじゃないかね、、祇園祭の歴史は上越市の直江津地区(旧直江津市)が越後国府(今の県庁所在地)又は府中と呼ばれていた時代にまでさかのぼるが正確な記録は残っていないと言う。直江津は江戸時代の頃は、今町、又は直江津今町と呼ばれていた。祇園の神輿の出る「八坂神社」は昔は「今町祇園社」と呼ばれ大変歴史のある神社である。天平年間(729~749)に当時の聖武天皇が国ごとに国分寺、国分尼寺を建立したが(越後は直江津)この国分寺のある地にその地の平安を守るため全国に建立した神社で京都の八坂神社の流れをくむと言われている。この神社の御神体を収めた神輿を町中担ぎまわったのが祇園祭の始まりではないかと言われている。

江戸時代に入り慶長19年(1614)徳川家康の六男、松平忠輝は上杉謙信の死後、上杉景勝に替わり越後を支配した堀氏の福島城を廃し高田に高田城を築城し、その際、高田の城下町を賑やかにする為に、町、寺、神社などを高田に移させた、しかし「祇園社」だけは、朱印地、百石の拝領を辞退しこの地に留まりました、その代わり高田に出向いて祇園際を行う事になり、毎年7月23日、八坂神社のご神体が高田に入り祇園際が始まります(別名、裏祇園)、高田の街中を巡り7月26日、花火を合図に神輿は高田地区の稲田橋より船で荒川(現、関川)を下り直江津に向かいます。直江津地区では神輿が乗ったお召船を迎えるため大花火が上がる中、荒川橋に集まった19台の屋台が提灯、笛、太鼓を打ち鳴らし神輿を迎え28,29日は各町内を神輿の巡幸が行われ、各町内19台の屋台の曳き廻しが行われる。そして29日の夜、八坂神社に各屋台に積まれた御饌米の奉納でクライマックスを迎える。7月に入ると直江津地区のあちこちで、ピーヒャラ、ピーヒャラ、笛太鼓の練習の音が聞こえる、、、この音を聞くと、おー、もう祇園の時期に成ったか、、、と感じる、、、。

 

高田公園、ハス祭り

高田城の本丸を囲むように濠が巡らされているが、その外堀にたくさんのハスが植えられている。7月の下旬になるとそのハスの花がいっせいに咲き誇り、それは見事なものだ。いつの日か、その規模から東洋一と言われ期間中、いろいろなイベントが行われ沢山の見物客で賑わう。

 

 

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2 コメント

うわ~~~~♪
蓮 大好きです~~~~♪

なんだかお花が咲くのが早いですね~♪ 
これは去年の写真ですか?
此方は、まだまだですね(^^;; nore(^▽^) (2012-06-25 22:17)
広いお濠、一面に咲き誇るハスの花は見事です、
神秘的な雰囲気を醸し出します、、、
写真は昨年のものです、 ham (2012-06-26 19:09)