IRIS
作詞: 藤田まさと作曲: 四方章人      浪花節だよ人生は唄 : 木村友衛  「浪花節だよ人生は」は歌手の小野由紀子が昭和51年に唄ったのが最初である、その後、浪曲師の二代目木村友衛がこの歌詞が自分の人生の写しのような気がする、と言う事で作詞家の藤田まさとに直訴し昭和56年(1981)に唄い初め、地道なキャンペーンなどが実を結び徐々に人気が出、細川たかし、水前寺清子など、16人とも17人とも言われる人に唄われ大ヒットした。私は酒場の女の生き様を唄ったのであろうこの曲は、やっぱり木村友衛が歌うのが... 続きを読む


昨夜良い気分で一杯やっていると携帯に電話が、見ると勤務先からだ、んッ、こんな時間に何事だ? 電話にでると上司からだ、○○さん、また例の仕事がきたんよ、それも明日だよ、、きたんよって、次回から他の人を探してくれるってことになったんじゃないですかね、 それが中々おらんのよ、悪いが頼むわ、頼む!そこまで言われりゃ俺も使われている身で男だ、解りました! 07:45お偉さんをご自宅にお迎えで、今回は北九州支店まで頼む、との事だ。6時に家を出ないと間に合わない、04:30起床だな、目が覚めるとは思うんだ... 続きを読む


二回目のベネッチア観光に一人で行ってきた、今回は二回目なので順調に進んだが、とにかくよく歩いた。サンマルコ寺院をじっくり見学し、サンマルコ広場で休憩をしていると日本人と思われる若いカップルに出会った、向こうの方から声をかけてきた、観光で来たんですか? 若い二人は新婚旅行でイタリアに来たがローマでは日本人に会ったがベネッチアでは初めて日本人に会ったと言う事で10分ほどお話をした。バンスしたイタリアの紙幣、リラも手持ちが少なくなったし早めにバスで本船に戻った。積み荷の鋼材の荷下ろしも順調... 続きを読む

朝一番で空港へ



未だ夜も完全に明けきらない朝の出勤時、細かい雨が少し降っているようだ。降るなら本降りの方が仕事が忙しくなるんだが、ちょっと中途半端な降り方だな、、会社で車の点検をして点呼を受け出庫し、いつものコースで中心部に向かう。中心部を流すかホテルの待機に入るか迷うところだ、このホテルは当社を含めて4社が入れることになっている、ホテルの前を通ると他社の車が2台ホテルで待機している、しかしすぐ近くにある待機場所は空っぽだ、こちらは各社2台づつ8台待機できる。ホテルの正面からお客様が乗車されると1台... 続きを読む

歩きながらのスマホ



今の時代、一部の人を除いて携帯電話を持っていない人はほとんどいない、携帯電話が無いと不安でしょうがないだろう、実際に私もちょっとした用事で外出した時など、財布を忘れても、あー、今日はお金を使う用事ではないので、まーいいか! しかし携帯電話を忘れると取りに引き返すネ、、それだけ生活に密着し必要な物になっている、数年前よりガラケーからスマートフォンに変わってきている、若い人は100パーセントスマホだろう、パーソナルコンピューター的な利用は勿論だがマルチメディアプレイヤー、カメラ、ゲーム、... 続きを読む


東シナ海から太平洋に出た本船(写真)は台湾の東方海上を南下し、フィリピンのルソン島の東方海上を南下している。夜になると南十字星が綺麗だし、空を見上げれば満天の星だ。朝目が覚めポールド(窓)を覗くと右舷に島影が見える、朝食を食べブリッジに肩振りに登った、当直のサードオフィサー(3等航海士)は大阪府出身の国立神戸商船大学出身だ、右舷に見える島影はサマール島だと、サードオフィサーが、アップさんが乗船しているから今航は本船スピードが出ているんだわ、今15ノットも出ているので入港が少し早くなる... 続きを読む


故郷の新潟から千キロちかくも離れると気候、食べ物、風習など等の違いがある。食べ物に関してはかなりの違いがある、新潟は食べ物が美味しいのは誰もが認めるところだろう、しかーしだ! 大分県が食べ物が美味しいと言うのは意外であった、これは私だけではなく地元の人は勿論、出張で大分に来た人、転勤などで大分に住んでいる人、過去に住んだ事のある人など、一様に大分は食べるものが美味いねー、と口にするから間違いないだろう、但し米は新潟県の「コシヒカリ」の方が圧倒的に美味しいネ、、。スーパーに行くと温暖... 続きを読む
大分市の春日神社前の交差点を西の方に200メーターほど進んだ左側(大分市王子中町)に日本画家福田平八郎の生家跡(写真)がある。明治25年(1892)2月28日、文房具店を営む父福田馬太郎と母、安(アン)の長男として生まれる。大正7年(1918)、京都市立絵画専門学校卒。翌年、第1回帝展初入選。以後、帝展、新文展、日展を中心に活躍。昭和11年(1936)、京都市立絵画専門学校(現、京都市立芸術大学)教授。昭和36年(1964)、文化勲章受章。同年、大分市名誉市民の第一号となる。昭和49年(1974)3月22日死亡。大分市には福田... 続きを読む

羨ましいお婆ちゃん



市内の一見、高そうなマンションにお住まいの老夫婦、二人の会話などを聞いていても実に仲の良い品のある喋りかた、また着ている衣服をみても実にお洒落なんだなー、、市内のデパートの横の一方通行の道路でいつもニコニコしながら当社のタクシーに乗車される、いつも手にはデパートの袋を2~3個持って、あー重たかったわ―! 見るとフランスの高級化粧品メーカーの袋であったり、高級ブランドの洋服のケースであったり、、身に付けておられる衣服は失礼だが年の割には実に派手なんだ、しかし全く違和感がなくお似合いだか... 続きを読む

退屈な毎日



停泊も五日目ともなると、そろそろ退屈になってきた。日本で積み込んだVTRのテープも全て見終わって、もう三回も繰り返し見ているし、週刊誌も全て見終わり、他のパートの見てない週刊誌と交換してもらったがそれも見終わった、今の時代であればメールをしたり、インターネットという事も可能だろうがネ、、朝食が済むと、とりあえず無線室でストアーの整理をしたり、バルブチェック(真空管のチェック)をしたり、バッテリーチェック、無線室床のワックスかけなどをして過ごす。日本との時差もかなりあるのでFAXでの... 続きを読む


大寒の今日、大分市の日中の最高気温は13.5度、北国育ちの私は仕事中は上着を脱ぎ車の暖房を切ってちょうどいい感じだ。しかし街を行く人の姿を見ると暖かそうな防寒着を着て、首にはマフラーを巻きつけて手袋をしている人が多い、中には耳あてまでしている人も目につく、、お供したお客さん、今朝はすごく寒かったねー! 暑くはないが、寒いって言うほどの事はない、悪いが北国育ちの私とはだいぶ気温の感覚が違うようだ。大分市の1月の平均気温は6.2度、郷里の新潟の1月の平均気温は2.8度だ、大分市の朝はそこそこに気温... 続きを読む
木曽路の女              唄 : 原田悠里  原田悠里昭和29年(1954)熊本県本渡市(現天草市)生まれ、鹿児島大学教育学部音楽科卒、横浜市の公立小学校に音楽の教師で2年間勤め、歌手の道へ進み昭和57年(1982)6月「俺に咲いた花」でデビュー、昭和60年「木曽路の女」が大ヒットした、、、 
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今日の一日

いつものように朝の五時に目が覚めた、習慣と言うのは恐ろしいね、目覚まし時計と同じだ、今日は日曜日だ、起きてもやる事が無い、もうひと寝りするかね、ウトウトと6時半、もうこれ以上眠れない、起きて一人でコーヒーを飲みながらテレビを見ていると皆起きだしてきた。休みなのになんでこんなに早く起きるの、もっとゆっくり寝ていれば良いのに!早く起きるのが悪いような言い方だ、そんなに寝てられねーよ、、。私はミカンが大好物だ、安くできているね、私に似たのか二人の孫もミカンが大好物だ、ミカンが無くなったし孫に送ってやろ... 続きを読む


冬型の気圧配置で連日海は時化ている、船酔いで苦しいのに、そんな中でも実験は続けなければいけない、合羽を着て安全帯を付けて気象衛星からの電波を受信するためにアンテナを回す、電界強度の測定の受信をする、夜はキャプテンと通信長のK先生の一杯の準備やら大変だ。食事といっても沢山のご馳走が喉をとおらない、長崎県の口之津町出身というボーイさんが給仕で立っていて、アップさん、お代わりいかがですか! 内心、お前も人が悪いなー、、新潟を出港いらい数キロは痩せた。夜になっても風呂に入る元気も無い、当直... 続きを読む


昨年末よりまわって来た大仕事、そろそろくる頃じゃないかなー、、と思っていたら上司から携帯に電話、又きたけどたのむねー! 良いも悪いも無い、今回が最後にしてもらいたいね、、又お偉さんをお供して会社の熊本営業所行きだ、今回はお偉さんの自家用車だ、これが又最新鋭の高級車の新車に近い車ときた、ご自宅までお迎えにあがり下道で熊本へ向かった。荷物を運ぶのならともかく、大事なお客さんをお供するわけだ、一般道は信号、カーブなどが多いので特に気を遣う、初めは車内で新聞を読んでおられたが、間もなく休ま... 続きを読む
JR大分駅に2年前より建設中であった駅ビル、「JRおおいたシティー」の商業施設「アミュプラザおおいた」のオープンが4月16日に決まったようだ。当初は3月中のオープン予定であったが諸般の事情で遅れたようだが、またアミュプラザに併設するタワー棟の「JR九州ホテル ブラッサム大分」と地上19階から21階に出来る温泉施設は1週間後の4月23日にオープンするようだ。商業施設の「アミュプラザ」は1階から4階までの約3万1,000平方メーターには、核テナントの「東急ハンズ」をはじめ、ユニクロ、紀伊国屋、トーホーシネマ、など183店が... 続きを読む

ベネティア観光 ②

ベネティアは何と言っても運河と橋の街だ、大小の運河が街の中を通り約100の島を作っている。それぞれの島と島の間には400以上の橋が架けられいて、ほとんどの橋はアーチ状になっている。街での交通手段は船と徒歩で自転車も乗り入れ禁止、街全体が歴史が作りだした何の意図もない芸術、テーマパークでただ感嘆する。ベネティアはそんな場面が延々と続く街である。路地の両側には色々な店が並んでいる、ベネティアはガラス細工が有名である、一軒の店に入ってみた。へー! ため息がでる品がたくさん並んでいる。どうしてガラスでこんな色... 続きを読む

ムッちゃん平和像

大分市の中心部より少し東の位置に長さ1,8キロにおよぶ細長い平和市民公園がある。市民の文化教養、休養散策、スポーツ等の多様なニーズに対応する施設として昭和54年から実に12年の歳月をかけて建設された総合公園です。園内には国際交流広場をはじめ、ワンパク広場、また行事やレクリエーションに利用できる多目的広場や芝生広場など様々な広場があります。また公園の南側に位置する能楽堂では能楽はもとより、日本舞踊、邦楽、民謡、茶道など広く古典芸能での利用が可能です。公園の裏側の裏川沿いにはソメイヨシノが約650本、八重... 続きを読む

春の足音が、、

鏡開きも済み正月気分も覚めてきた、天気予報では大分地方は日中の最高気温が15度という、午後からぶらりと近くのウオーキングコースの堤防へ、、といっても最近は時間が無くほとんどウオーキングはやっていないがね、、たしょう風があるが、風が無ければポカポカだろうが堤防を歩いてみた。堤防には誰が植えたのかわからないが水仙がたくさん植えられている、よく見るとどの株にも蕾が付き一輪くらいづつ水仙が咲いている(写真)、へー、つい先日小寒が過ぎたばかり、大寒前だぜ、、そう言えば、一年前は入院前で精神的にも周りの景色を... 続きを読む


仕事で(タクシー運転手)お客さんとお話をするとよく、運転手さんは関東地方の出身ですか? と言われる事がある。新潟県の田舎で生まれ育ち、16歳で都会に就職し、社会人、学生生活を経験し船員生活を経験した。船の乗組員は全国から集まっている、それぞれが方言で話をしたら会話にならない、船内は標準語が当たり前だ、その後陸に上がり長い間お客さま相手の仕事をしていた関係で、私の口からは方言と言うのが出てこない。ご当地大分の方言は西日本の精だろうか、やはり東日本、関東地方の方言とはちょっと違い関西弁に... 続きを読む