IRIS


朝の8時過ぎにあるホテルに2台口で配車になった、んっ、聞きなれないホテルだな? ホテルは 駅の中心部に30軒近くあるだろうか、あ、そうだ、ファッションホテルだな、、GPSで確認すると間違いない、ある一角に数件あるファッションホテルの一つだ、現着すると既に1台は現着していた、待つこと5分くらいで中年の男女二人が出てきた。前の車に男が、私の車に女性が、こういう時は自動ドアーで、お待ちどう様でした、どうぞ! 何気なく覗いた顔はすっぴん顔だが、これ、化粧したら綺麗な顔立ちだなー、、(イラストの感じ)... 続きを読む


私は学校が夏休みになると数年前より、楽しみにしているものがある、、馬鹿げた話かもしれないがNHKラジオ第一放送の 「夏休みこども科学電話相談」 を聞くことだ。改まって聞くとなると、そんな時間が無い、忙しい、、いや、いいです、、、となるんだろうが、仕事でハンドルを握っている時、勿論お客さんが乗車されている時はボリュームを下げているが、小学校入学前の幼稚園の年中組くらいから小学生6年くらいまでの子供が電話でいろいろと解らない事、疑問に思う事を聞いてくる、それに専門の先生が答える番組だ。... 続きを読む

大分市金池4丁目にある臨済宗妙心寺派万寿寺(まんじゅじ)、萬壽興聖禅寺ともいう(写真)、歴史は古く平安時代の初め、百合稚麻呂と言うこの地の有力者が、娘の万寿姫の菩提を弔うために現在の大分市元町(大友氏遺跡体験学習館が建っている場所)に創建したのが始まりとされている。
その後衰退したが徳治元年(1306)、大友氏第5代当主、大友貞親が博多(福岡)から承天寺住職の直翁智侃禅師を開山に請じて... 続きを読む


佐賀関(現大分市)の町に来ると町のシンボル的な存在である旧、日本鉱業の煙突が目に入る(写真)、9月まで乗船していた佐賀関丸で毎航入港していた、小さな町の隅から隅まで解ると言っても決して過言ではないだろう。積み荷のニッケル鉱の荷役作業が終わり3日目の朝、日本鉱業の専用岸壁を静かに離れた。豊後水道から四国沖を千葉県の君津へ向かうのかと思ったが瀬戸内海を通るようだ、こちらの方が距離が近いのだろう、昼過ぎに小さな内航船、漁船に混じり外国航路の大型船、フェリーが行き交う難所、来島海峡を通過した... 続きを読む
作詞: 森 まさる
作詞: 橋本国彦     朝はどこから


 

子供の頃、よくラジオから流れていた曲だ、この曲を聞くとなにか、すがすがしく元気が湧きでてきた記憶がある、、、
昭和21年3月、敗戦で沈んでいた日本を元気づけようと朝日新聞が全国から募集し、たくさんの応募の中から一位に選ばれ、6月にコロンビアレコードから発売された。昭和21年から昭和37年までNHKのラジオ第一放送(JOAK)で放送された歌謡番組「ラジオ歌謡」で放送された。
 
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マレーシアのズングンを出港して2日目、午後の当直中に本社より1通の電報がきた。 ジコウツミチ、ゴアニヘンコウ、ジッシュウセイ○○○トバタニテゲセン(次航積地ゴアに変更、実習生○○○戸畑にて下船)、もう一航海、マレーシアに行く予定が次航はインドのゴアに積地が変更になったわけだ、、次席さんが、おい、アップさん、戸畑で下船だぞ! 次航インドへ行くと日本に帰るのは9月の中旬ころになってしまう、後期の授業が始まっている、私は次航も乗船したいんですが、本社に話してもらえませんか、、会社より学校に話した方... 続きを読む


全国各地で夏の高校野球の県大会が行われているが、今日、大分県大会の決勝戦が大分市の別大興産スタジアムで行われ創部62年目の私立大分高校が悲願の初優勝で甲子園切符を手に入れた。決勝戦は甲子園の経験のある明豊高校との一戦だ、県民の大まかな予想はやはり明豊高校だろう、5-3明豊高校リードで迎えた9回表、大分高校は2点を奪い5-5で延長戦にもつれた。10回表、大分高校が1点を奪い、プロ注目の150キロの右腕佐野君が明豊打線を抑えて甲子園初出場を決めた。
子供の頃から野球キチのhamさん、高校野球の大分県... 続きを読む


朝いちばんであるビルに配車になった、30代前半と思われる女性がカメラを首にかけて立っていた。行き先は郊外のスポーツ施設だ、さて、よわったなー! 場所は解るんだが市内の中心部からの最短の道はよく解らない、私の知っている道では多分、最短で行くより3~4割くらい割高になるだろう、、、お客さんに道を尋ねると、運転手さんの知っている、オーソドックスな道で良いですよ、、と言われるがタクシードライバーとしてそうはいかない、お急ぎか尋ねると、特別指定された時間は無いと言う、お客さんは何度か行かれたこと... 続きを読む

日正丸乗船


趣味のアマチュア無線が高じて よし、外国航路の船舶通信士になろう、、 希望が叶い念願の船舶通信士として勤務した。柄にもなくメモ程度に書いた日記と、ウエザーチャート(天気図)に記入したヌーンポジション(正午の船の位置)、写真と古ぼけた頭の記憶をたよりに書き綴った「古い航海日誌」もお陰で完結を迎えた。船員生活の中で一番印象に残っている日正丸(写真)の11ヶ月の航跡をもう一度たどってみたい... 続きを読む