IRIS


日本でのタンカーの荷役作業は早い、、入港すると翌日の夕方には荷役作業は大体終わる、翌日の早朝には出港する、従って入港中は忙しい、次に日本に帰るのは40日近く後になる、散髪に行く人、航海中の消耗品を買いに行く人、家族が訪船している乗組員は船内に泊まったり、近くの高石市にある船員の宿泊保養施設を利用したり、とにかく入港中は慌ただしいひと時だ、入港した日の夕方、通信長が、次席さん、旨いものでも食べに行こう、、とお誘いだ、、船での夕食をキャンセルして2人で堺の繁華街に出かけた、上司の通信長... 続きを読む


事業も段々と拡大して行くとどうしてもそれに伴う工事も出てくる、又ここまでやらないと事業としてのうまみが出てこない、もともと高いところはあまり好きではないんだが、、、もっとも高い所が好きだ、と言う人はあまりいないと思いますがね、、! しかーしだ!  仕事と成ればそーも言ってられない、はじめの頃は20メーター、30メーターの高い所で両手を離してなかなか仕事が出来なかった、安全帯をしているとは言え、どうしても片手で物に掴まってしまう、これじゃ仕事にならない、、安全帯をしているので落ちる筈... 続きを読む


海上の12万トンのタンカーから送信される電波は兎に角よく飛んでくれた、障害物は全く無し、アースは完ぺき、海面から30メーターはあるだろうアンテナ(空中戦)、連日、世界のアマチュア無線家とのQSO(交信)が続いた。そしてこの趣味が講じて今度は商売を始める事になった。自作の10ワットで始めた無線局が、上級資格を取得し当時では国内最高の500ワットの無線局(写真)を開局した。深夜、早朝、眠い目を擦りながら世界の珍しい局を探しての交信、、、、




家では大きなアンテ... 続きを読む


当時は未だアマチュア無線人口も少なく、ちょっと変わった趣味と、とらえられていた頃だ、毎日、夢中になってマイクにかじりついていた。たまに生まれ故郷の局とつながるとマイクを握る手に汗をかいて、興奮して喋った事を覚えている。こうした趣味が講じてプロの通信士の道を歩む事になった。ある船に乗船した時に、当時の八重洲無線の FT-200(写真)と言う無線機を持ち込み、上司の許可をとり船から運用する事になった。

   


コールサイン(呼び出し符号)も新しく申請して JR6KRG... 続きを読む


私の趣味、道楽の始まりと言うか、きっかけは小学5年生の時に始まる。理科の時間に”鉱石ラジオ”なるものを作った、その結果が、一番早く完成して、一番上手に出来て、一番良く鳴った、、、K先生に褒められて、、、このたわいもない出来事が私の長い人生に大きな影響を与えた、と言っても過言ではない。学校の帰りにラジオ屋さんに寄り、いらないラジオの部品を貰い、学校の休みの時にはアルバイトをして、、、アルバイトと言っても、ただ店の人にくっついて行くだけだ、僅かな小遣いを貰い、部品を買ってラジオ(五球スー... 続きを読む

久し振りの観光案内、



今日は昼間の勤務、お天気は予想に反して良い天気だ、、これからの時期、こんな天気はもうけものってもんだわね、、 10時過ぎ両替の為、フロントに行くと、 おー、○○さん(私の事)観光の資格持ってるよね、、! はい、一応、、、、、  ちょうど良い、一つ頼むわ、、 駅前のホテルにお迎えに行くと、老夫婦が出てこられた。 見学を希望する場所を書いたメモを出された、茨城県から来られたようだが、親鸞聖人が流罪で上陸された場所から、それにまつわるお寺、神社などを見たいとの事だ、 内心、こう言うタイプの... 続きを読む

3つの春日神社



上越市春日にある、春日神社の創建は、天徳2年(958)に鉢が峰の山上、現在の春日山山頂付近に奈良県にある春日大社の分霊を勧請したのが始まりとされます。祭神は天児屋根命(あめのこやね)、武みか槌命、経津主命(ふつぬし)、比売神(ひめ)、である。越後国府全域の鎮護の神として広く信仰され永徳元年(1381)に時の守護代長尾高景が春日山城を築城するにあたり現在地に遷座したと伝えられる。この場所は春日山城から見ると鬼門(北東)にあたる為、領内の守護として歴代領主に崇敬され、特に上杉家(藤原家... 続きを読む


広島県、因島のドッグを出港して40日近く、朝目が覚めて部屋のポールド(窓)を覗くと左舷に懐かしい日本の山々が望め、やがて室戸岬だろう灯台が遥かに見渡せる、何年も船乗りをやっていてもやはり日本の山々を見ると懐かしさを感じる、 やっぱり日本人なんだね、、、     まもなく本船は淡路島の東、友ヶ島水道にさしかかった、いよいよ大阪湾だ。暫くすると堺の臨界工業地帯沖に到着した、4隻のタグボートも本船の船首、船尾に寄り添うように付いている、今航は初めて入港する港、パイロット(水先案内人)も乗... 続きを読む


週末は2週間続きの泊まり勤務、そろそろ忘年会と言う声も聞き始め、週末と言う事で結構忙しかった。昼近くに帰り3時間ほど寝て夕方から勤務先の我が班の忘年会だ、例年12月になると忙しく休日出勤なども重なる為どの班も11月中に忘年会を行うのが通例だ、、、高田地区の歓楽街の一角にある地元の居酒屋チェーン、幹事さん、どうやって見つけたのか飲み放題で、3,500円、、今どき田舎でもなかなか見た事、聞いたことがない、で、問題は中身だが、、それが又、大したもんですぜ、、、刺身、ブリのてりやき、野菜サ... 続きを読む


越後の国分寺は上越市五智3丁目にある(写真)、正式には安国山華蔵院国分寺と言い現在は天台宗のお寺である。
国分寺(こくぶんじ)、国分尼寺(こくぶんにじ)は、天平13年(741)、聖武天皇が、その当時全国的にはやり病が多く発生したり、農作物の不作続きで人々が動揺していた時代であった、疫病神を取り除き人々のよりどころとし、平和な国にするのが狙いで各国に建立を命じた寺院であり、寺格の一つともいえる。正式名称は、国分寺が金光明... 続きを読む