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九州7県の中では、あくまで私的な考えだが大分県と言うとあまりパッとしない県ではないだろうか、、大分県の県都は、あー別府ね!と言う人もいると聞く。全国県庁所在地の人口ランキングでは19位(約478,000人)である。大分市よりも別府市、由布市湯布院町の方が有名だ、しかーしだ! 南蛮文化発祥都市、戦国の武将大友宗麟、など等を知る人は少ないだろう、大分県民でも知らない人は結構いるそうだね。
 

私もご当地に引っ越すまでは大友宗麟と言う名前は恥ずかしながら全く知らなかった、(汗)
1987年、大分市史を編さんする際に、江戸時代の初めに描かれたとされる府内古図(ふないこず)を現在の地図上に当てはめた「戦国時代の府内復原想定図」が作られ、駅近くの現在の顕徳町3丁目に大友氏の館があったことが推定されました。

 

1998年(平成10年)に大友氏館跡第1次の発掘調査が行われ大規模な庭園遺構が発見されたことがきっかけとなり2001年に国の史跡に指定されました。庭園は東西67m、南北30mの池があり戦国時代の大名館の中では日本最大規模と言われる。発掘調査によりその全貌が明らかとなった庭園跡は、整備を行い2020年に史跡公園として公開される予定で工事中である(写真)
 

大友氏館跡は高い土塀で囲まれ、広さが1辺200mもあった、全国屈指の規模を持つ広大な屋敷跡です(写真)、発掘調査の結果、館の中央に政治や儀式を行った中心建物跡が、南東部には巨大な池を持つ庭園跡が発見されています。大友館の建設は14世紀末ころに行われたと言う。その後、館は数回の整備が行われ16世紀後半には200m四方に拡張され、大きな池を持つ庭園が造営された事がわかっています。16世紀後半は大友宗麟がキリスト教を保護し、南蛮貿易を積極的に進め、九州6ヵ国の守護に任ぜられた頃にあたります。
 

この大友氏の館跡地内に9月30日、南蛮BVNGO(ぶんご)交流館がオープンしました(写真)、好奇心旺盛、と言うより物好きなhamさん、さっそく行ってきましたってー、、工夫を凝らした展示や、迫力のある映像などで大友氏の遺跡や大友宗麟の功績を詳しく紹介しています。PR不足なのか興味が無いのか、日曜日にもかかわらず他に一人の見物人だけであったが、その分、学芸員であろう方から詳しく説明をしていただき、知らない事ばかりで大変勉強になりました。ぜひ市民の皆様に訪れていただき、郷土の偉人の功績を知っていただきたいもんだね。

BVNGOの表記について 
ヨーロッパ最初の日本地図であるティセラ(日本図)に九州全体をラテン語の大文字で「BVNGO」(豊後)と記されていたことに基づいています。  = 説明書を転記 =

大友宗麟の詳細は  = こちら =

 

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