IRIS

三十数年ぶりの消息

つまらないブログでも長いあいだ書き綴っていると、有難いことに色々な人の目に留まることがある様だ、思いもかけない人からコメントやメールを頂くことがある。ある日私のブログをみてメールをしてきた人がいる。簡単な内容で、「昔し横浜の○○工業高校の定時制で一緒だった〇〇さんではないでしょうか(多分間違いないと思いますがね)高知県の〇ですが、、、、、」と言う内容で最後に電話番号が書いてあったが直ぐにピンときた。高知県中村市出身の〇君だ、電話番号の市外局番を見ると川崎ではない、郷里の高知県に帰っているのか、懐かしいなー、、。私は当時横浜の鶴見線の終点、海芝浦駅前の東芝の機械に勤めていた、駅の前は全て東芝で、当時は東芝、東芝タービン、東芝機械があった。〇君は南武線の確か矢向駅、鹿島田駅、平間駅のどれかが最寄り駅の某大手企業に勤めていた。趣味が同じアマチュア無線と言う事でお互いに気が合い休みになると私が彼の寮に遊びに行ったり、彼が私の寮に遊びに来たり、彼はバイクも趣味でよく当時では大きいホンダの250ccホンダCB号に乗って遊びに来た。そんな彼も2年生の後半だったと思うが学校を辞めてしまった。しばらくは行き来もあったんだが、私は定時制高校を卒業後進学するため会社を退職し寮を出た。その後〇君とは連絡が途絶え、以後は全く音信不通で消息は分からなかった。夜になって早速書いてあった電話番号に電話すると、おー、〇〇君だろう、俺はあれから会社を退職し高知に帰り今は高知市の隣にある〇〇市に住んでいて電気工事の仕事をしているよ、、、、、! と元気な声が、三十数年ぶりだ、延々と2時間近く電話で話をした。私は仕事をリタイヤ―したら四国の八十八か所霊場巡りに行きたいと思っているので、その時は是非高知で会おう、、、、!と約束をして電話を切った。しかーしだ! その後私が使っていたIIYAMAのパソコンが壊れ電源も入らない、バックアップもしておかなかったし、と言うよりバックアップの仕方さえ知らなかった。住所も電話番号も解らなくなってしまった、勿論メールのアドレスも解らない。縁がありご当地に引っ越し、リタイヤ―も近くなり、時々楽しみにしていた八十八か所霊場巡りの下調べもしている、高知県の〇君、このブログを見てくれれば? と思うが、今のところ連絡をとるすべはない、、、

0 コメント