IRIS


今日は母の日、昼間仕事で何人かのお婆ちゃんをお供した、85歳の一人暮らしのお婆ちゃん、二年ほど前までは良くお供したが杖をついて歩くのがやっと、久し振りに見るとすっかり年老いた感じだ、近くの入浴施設までお供したが、数年前までは12人いた同年輩のお婆ちゃんが月に一回入浴施設に集まり半日ゆっくりと語り合うんだが今は二人に成っちゃったと嘆いておられた、、、この仕事をやっていると、ご主人に先立たれた高齢のお婆ちゃんの一人暮らしの家庭の多い事に驚く、本来であれば親の世話をする子供さんがいない訳ではない、自分で自分の世話が出来なくなれば老人施設に入居すると言うか、入居させられると言った方があてはまる様な気がする。激動の世の中であるが家庭環境も随分と変わりつつあると感じるが、、、、
80歳90歳代のお年寄りは戦中、戦後の大変な時期を苦労して生き抜いて来られた方々だ、若い時の無理が年老いてから色々な形で身体に出て来ているのであろう、先代の人々のご苦労があってこそ、今の日本があると言っても決して過言ではないだろう、、、。

 


仕事でお年寄りをお供すると5年前に100歳を前に他界した母を思い出す。母の日の今日、照れくさいが仕事の帰りにカーネーションを妻に買って帰った。母親は戦中戦後の大変な時期に8人の子供を産み(私の姉の二人の女の子は子供の時に病死した)育てた。真冬でも朝の4時には起きて火の気の無い広い裸電球の部屋で縫物をしていた、そして囲炉裏でお湯を沸かし、かまどでご飯を炊いていた、父親と二人で二町歩(2ヘクタール)の田んぼと数反歩の畑を作っていた、今と違いほとんどが手作業だ、子供の頃はよく手伝わされた、厳しかった父親は言う事を聞かなかったり、物を粗末にしたりすると容赦なく手を上げた、、模型を造るのが好きだった私は母によく、おねだりをすると父は、 そんなもん作って何に成る、、とひどく怒鳴られた、それでも母は父に内緒で町に出た帰りにそっと買ってきてくれた、歳を重ねた母は昔の無理がたたったのか段々と腰が曲がって来た、30数年前に1800坪の広い土地に引っ越したが、90歳を過ぎても腰を曲げて広い屋敷と畑の草取りに精を出していた、現代人に話せば、 時代が違うわね、! で終わってしまうだろうが、元気な時にもっと親孝行をしておけばよかったなー、 と思うこの頃だが、親孝行、したい時には親は無し と言うが全くその心境だ、、
 

0 コメント