IRIS
 

大分市内、大洲総合運動公園内の別大興産スタジアム(野球場)の近くに旧海軍の航空基地があったことは意外と知られていないのではないだろうか。「神風特別攻撃隊発進之地」の慰霊碑が建っていていつもきれいな花が供えられている(写真)。特攻隊の発進基地としては鹿児島の陸軍知覧基地、海軍鹿屋基地はよく聞くんだが大分市にもあったとは知らなかった。
 

昭和20年8月15日午後4時30分、太平洋戦争最後の特別攻撃隊がこの基地より出撃し、沖縄の米艦隊に突入し尊い18名の若者が戦地に散った。19歳2名・20歳6名・21歳3名・22歳4名・23歳1名・24歳1名・55歳1名の名前と出身県が刻まれていた。慰霊碑に向かいそっと手を合わせた、、、

昭和32年3月に運輸省の所管となり大分空港(第二種空港)として供用開始したが昭和46年10月、国東に新大分空港が開業し閉鎖され48年3月に公園用地として払い下げられ現在に至る。
 
 

2 コメント

壮絶な死を遂げた隊員18名のうち17名が19歳から24歳の若者ですよね、、
県内には宇佐海軍航空隊、人間魚雷「回転」の基地跡が残っています。
終戦の年に生まれた人も70歳を過ぎています、時とともに悲惨な出来事が
忘れられないように、後世に伝えるのが今を生きる人の義務でもありますね、、、
悲惨な出来事が二度と起きないために、、、 ham (2018-09-19 15:24)
おそらくほとんどの人が、このことを知らないと思います。
8月15日午後4時30分といえば、天皇陛下から日本降伏のお知らせがあった後なのに。
なんとも痛ましい。戦争は絶対やってはいけませんね。合掌 すいちゃん (2018-09-19 08:02)