IRIS

ハム(ham)の日

CQ CQ CQ こちらは JA1MBB 、、 昨日8月6日はハム(ham、アマチュア無線)の日、完璧な語呂合わせだ、、しかしアマチュア無線の日は7月29日だ。昭和25年(1950)に施行された電波法で「アマチュア局」という名称が初めて使われ、昭和27年(1952)7月29日、戦後初めて30局にアマチュア無線の予備免許が発給されたことから昭和48年(1973)日本アマチュア無線連盟(JARL)が制定した。その後昭和34年(1959)に電信級・電話級の初級資格が設置され、昭和41年(1966)には養成課程講習会の修了試験合格者にも免許が与えられるようになり、アマチュア無線局の爆発的な増加をもたらした。その後の高度経済成長を背景として、日本のアマチュア無線は発展し、1970年代には「趣味の王様」と呼ばれるほどのブームとなり、1980年代には米国を抜いて、世界一のアマチュア無線人口を有するようになった。街をゆく車にはアンテナが付いた車が多数みられ、大きなアンテナが立っている家があちこちに見られた。しかしその後の少子高齢化、景気の低迷、携帯電話の爆発的な普及、趣味の多様化などにより、最盛期には約135万局あったものが、1995年を境に減少に転じ、2015年には約43万局となった。
hamさんも、思えば私の70年を超す人生の半分以上の約40年という年月は無線の仕事に関わっていたことになる、私にとってその原点はアマチュア無線と言っても過言ではない。小学校5年の時に授業で鉱石ラジオを作り、クラスで一番上手にできて、一番良く鳴った、先生に褒められて電気、無線に興味を持つようになり昭和37年11月6日に郵政大臣より電話級アマチュア無線技士の免許証が交付され昭和38年に関東電波監理局から呼び出し符号 JA1MBB の無線局免許状が発給され、無線局を開局した(写真)

 

アマチュア無線人口の増加とともにメーカーからは新しい無線機器がどんどんと発売され我が無線局も発展を遂げ(写真)、夜に昼に世界の珍局を追っかけマイクを握り、電鍵をたたいた、、良き時代だったねー、、、

 

3 コメント

私も終段807の自作送信機を使っていた時期が有りますが、最初は6AR5が終段でした。その後テレビの水平増幅管の6BQ5なども終段管に使っておりました。
同級生から借りた9R59Dも高3の時に使っておりました。高校時代の受信機は殆ど借り物でした。
就職してからは自分で買った物を使うようになりました。 山下@山口 (2018-08-09 18:10)
開局は終段807の自作の送信機にトリオの9R59のキット(ローンで買いました)を組み立て、
7Mhzのフォールデットダイポールでした(写真上)。
写真下はTS-950S,TS-930V、TL-922,TS-711,TS-811,IC-551、
です。 ham (2018-08-08 21:14)
開局当時の写真なのでしょうか?ラックに収まった立派なリグですね。
私などは、5球スーパーを改造した受信機と自作の送信機という無銭家を絵に描いた様なリグでスタートしましたよ。ローカル局を訪ねては、メーカー製の綺麗なリグにため息をついておりました。
今は一台のトランシーバで1.9MHzから435MHzまでオンエア可能な時代になりました。 山下@山口 (2018-08-08 08:38)