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国東半島にある大分百山の文殊山に登ったんだがピークを踏めず下山した。せっかくここまで来たのにこのまま帰るのはしゃくだ、まだ体力は残ってる、、急遽4~50分走り屋山に登る事にし登山口のある長安寺(写真)に来た。シャクナゲ・アジサイ・もみじなど、一年を通じて参拝者を飽きさせない、花の寺長安寺と呼ばれるにふさわしく、ちょうどシャクナゲが見頃で見事だ。平安時代から鎌倉時代には六郷満山一千人の僧侶を統括する総寺院として国家安穏・藩内安穏を祈念した由緒ある霊場です。国の重要文化財である「太郎天童像」や「銅板経」などからも当時の勢力がうかがえます。また「太郎天童」とは、長安寺にのみ存在する仏であり、寺伝では不動明王の化身としてこの地域で信仰されたと伝えられており、本尊は千手観音菩薩で第八番特別札所です。


 

六郷満山

国東半島のほぼ中央に位置する両子山から谷間は放射状に海岸へ延びている、約28の谷を六つの里(来縄「くなわ」、田染「たしぶ」、伊美「いみ」、国東「くにさき」、安岐「あき」、武蔵「むさし」)に分け六郷と称し、この地に開かれた天台宗寺院全体を総称しして六郷満山と呼んでいる、満山は本山(もとやま)「学問をおこなう」、中山(なかやま)「修行をおこなう」、末山(すえやま)「布教をおこなう」の3群をさらに本寺(28寺)と末寺(37寺)に分け盛時には65の寺院があったと言われる。奈良、平安、鎌倉の時代より、宇佐八幡宮〈全国八幡宮の総本社〉の庇護と影響の下に神仏習合の独特の寺院集団と信仰が形成され、最盛期には半島一帯に185の寺院、洞窟、僧坊、を含めて約八百の大小の堂、石仏、石塔が点在し、仏の里といわれる六郷満山仏教文化圏が開かれてきました。今年は六郷満山開山1300年を迎え多くの参拝者が訪れていた。

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