IRIS

 

俳人松尾芭蕉(1644~1694)が「奥の細道」へと旅立ったのは元禄2年(1689)3月27日。越後、新潟県に入った芭蕉は旧暦の6月27日岩船郡山北町、28日村上市、7月1日中条町、2日新潟、3日弥彦、4日出雲崎、5日鉢崎(現柏崎市)、6日今町(現上越市直江津)を訪れ、翌7日も滞在し、8日~10日まで高田(現上越市高田)で過ごしたようである、11日能生町(現糸魚川市)、12日市振(現糸魚川市)13日滑川市(富山県)。

出雲崎を立った芭蕉は柏崎の天屋に泊まる予定で紹介状まで用意して来たのであるが、思わぬ事から米山峠を一気に歩き通して鉢崎まで来てしまった。同行の弟子の「曾良日記」には 「申の下尅、至鉢崎、宿たわらや六良兵衛」 とのみ記している。鉢崎での宿、たわら屋、は代々庄屋で三百年以上も古くからこの集落に栄えた旧家で宿屋を業としていた。大正の頃まで刈羽郡高浜町の椎谷(現、柏崎市)に5月1日(旧暦)に馬市があって、その前夜はこの町も馬の往来が激しく、たわら屋 は馬宿でもあったと言う。  = 案内板より抜粋 = (写真は、たわら屋跡)

すぐ近くに鉢崎関所もあった事から、この辺りは当時は随分賑やかであったにちがいない。

今町(現、上越市の直江津)に入った芭蕉は 古川市左衛門宅に宿泊したようであるが、直江津駅前にある古川屋旅館(2月で廃業された)の本店が現在の直江津郵便局の当たりにあったと言われているが、これが古川市左衛門宅の事とhamさんは推測します、、、、そして近くにある聴信寺(中央3丁目、市が開かれる通り)で句会が開かれたと推測します、その時に詠まれた句、、、、下記

 

   文月や 六日も常の

           夜には似ず

 

8日に高田の医師細川春庵を尋ねている、その時に詠まれた句、、、、下記

高田には8日~10日まで滞在している。

 

   薬欄に いずれの

            花をくさ枕

 

★ 上越市内の松尾芭蕉の句碑などの史跡は   = こちら =

 

               にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 新潟県情報へ 人気ブログランキングへ

0 コメント