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ムッちゃん平和像


大分市の中心部より少し東の位置に長さ1,8キロにおよぶ細長い平和市民公園がある。市民の文化教養、休養散策、スポーツ等の多様なニーズに対応する施設として昭和54年から実に12年の歳月をかけて建設された総合公園です。園内には国際交流広場をはじめ、ワンパク広場、また行事やレクリエーションに利用できる多目的広場や芝生広場など様々な広場があります。また公園の南側に位置する能楽堂では能楽はもとより、日本舞踊、邦楽、民謡、茶道など広く古典芸能での利用が可能です。
公園の裏側の裏川沿いにはソメイヨシノが約650本、八重桜約160本を植栽し、国際交流広場には季節に応じた花を植えるなど四季を通じて楽しめる市民の憩いの場となっており、毎日多くの市民が利用しています。この公園の南側にあるワンパク広場の一角に 「ムッちゃん平和像」(写真)がある。

この「ムッちゃん平和像」は昭和52年に毎日新聞大阪本社が企画した、戦争体験(終戦三十三回忌の夏)に、京都府宇治市の主婦、中尾町子さんが疎開先の大分市で出会った少女「ムッちゃん」の思い出の手記を投稿し、それが記事として掲載されたことが建立のきっかけとなりました。
横浜で両親と弟を戦災で亡くし、大分のおばさんを頼って疎開していたムッちゃん(当時十二歳)は結核を患い飢えと孤独の苦しみの中、昭和二十年の終戦直後、西大分駅近くの防空壕の中でひとり寂しく死んでいったという。この戦争悲話は全国的な反響を呼ぶことになり、ムッちゃんの記念像建立にと各地から約650万円の寄付金が寄せられ、その平和を願う多くの浄財により昭和58年8月12日、ここ平和市民公園ワンパク広場に「ムッちゃん平和像」が建立除幕されました。二度と戦争による悲惨な惨禍を繰り返さないためにも、この平和像建立を機に平和への誓いを新たにするとともに、平和像が恒久平和のシンボルとして皆様に愛され、そして平和の輪がさらに広がることを願っております。  大分市     =案内板より抜粋=

昭和60年(1985)にはそのムッちゃん、こと山下睦子ちゃんの物語を綴った映画「ムッちゃんの詩」が上映されました。今でも大分市では毎年8月に「ムッちゃん平和祭」というセレモニーが行われ、市内の小、中学生による千羽鶴が飾られる。「ムッちゃん平和像」の周りには千羽鶴、お花が飾られていた。

 

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