IRIS
本船の艫(船尾)に日本の国旗を掲げ、マストにイタリヤの国旗を掲げてベネチア近郊のキオッジアの岸壁に着岸すると、何処からともなく多くのイタリヤ人が岸壁に集まってきた。ヤポーン(Giappone)と叫んでいるようだ、岸壁の端の方に野菜の加工工場が有り多くの女性が働いている、昼休みになると働いている女性たちが船の下にやってくる、サッカーをやろうと言っているようだ、こちらはサッカーのルールなんてまるで知らない、ボールを蹴る事くらいしか知らない。野球(ソフトボール)をしようと誘うと喜んで教えてくれと言う、言葉は通じなくても結構なんとかなるもんですでね、、さすが第二次世界大戦の同盟国だ、親日感情は良いね。新潟の実家と大阪にいる彼女に手紙でもだそうと郵便局の場所を尋ねると、近くなので私が連れて行ってやると言う、小さな郵便局へ行くと高齢の男がニコニコしながら寄ってきた、ヤポーン! 日本人か? と言っているようだ、下手なイタリヤ語で シー! すると私に向かって手で銃を打つ格好して、グアム、バン、バーン と言っているようだ、冗談がきついなー! どうも意味が解らない、さかんにイタリヤ語で銃を構える格好をして何やら話している、日本がグアム島でも攻撃したって言うのかなー?? 船に戻って通信長に、局長、ひょっとすると日本がグアム島を攻撃したかもしれませんよ、先ほど郵便局に行くと、さかんにそれらしき事を言っているんですよねー! すると、 次席さん、長い航海でちょっと頭がおかしくなったんじゃないのかい! 入港後はたいしてやる仕事もない、無線室で退屈しのぎにFAXでJJC(共同通信)の新聞を受信していたが混信が多く写りが悪い、すると大きな字の見出しが出てきた、、グアム島で生存の元日本兵発見 何ーそーだ、郵便局でさかんに言っていたのはこの事だわ、、さっそく通信長の部屋に行き話すと直に無線室にやってきてFAXを見て、へーー、次席さん、頭がおかしくなったんじゃなくて良かったなー! 終戦から27年後の昭和47年(1972)1月24日アメリカ領のグアム島で元日本兵の陸軍軍曹、横井庄一さん(写真)が現地住民に発見され2月2日57歳で日本に帰還した。横井庄一さんが記者会見などで話した「恥ずかしながら帰って参りました、、、、」の言葉が流行語になった、、、

0 コメント