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国道18号線、妙高高原町の旧国道、長野県との県境に高田藩の三つの関所の一つ、北国街道 関川関所が有った。関所跡は平成9年に史跡として整備され、古絵図や発掘調査などをもとに御番所が復元され隣に博物館「道の歴史情報館」、御門、一ノ橋(長寿橋)、うば坂、御食事処「御宿せきがわ」が建設された。道の歴史情報館は入場料500円が必要である。 (写真は旧国道18号線、向こう側が新潟県)

 

 

ちょうど当所を訪れた時はところどころに雪が残り桜の花が満開で有った。当関所は高田藩が管轄した三つの関所、 鉢崎関所、 市振関所、 関川関所、 の中でも最も重要な関所「重き関所」であった。特に佐渡の金、銀、を江戸に運んだ道で 御金荷(おかねに)街道とも呼ばれ、又加賀の殿様などの参勤交代や旅人の往来で大変賑やかであったと言われている。 (写真は関所入口の復元された御門)

 

 

御番所には高田藩から派遣された二人の役人が常駐し、通行手形と人改めを行った。(写真) 関所は明け(あけ)六つ(午前六時)に開き、暮れ六つ(午後六時)に閉じられた。関所には「突棒」 「刺股」(さすまた)「袖搦」(そでがらみ)と言った三つの道具が備えられていて、関所破りを逮捕するのに使ったが、関所破りは重罪であり、はりつけ・獄門となった。

 

 

特に女は「入り鉄砲に出女」と言われたように厳しい調べを受けた。人見女(ひとみおんな、改女)が密書を持っているかどうかを確かめる為、髪や着物の中まで調べられた(写真) 。

「入り鉄砲、出女」 

幕府が各藩主の妻室を江戸に住ませて人質としていたため、この人たちが無断で帰郷するのを警戒したためであり、地方から江戸へ鉄砲を持って入ることが治安上危険と考えられていたため、と言われています。
 

 

 平成10年に一ノ橋(長寿橋)にちなんで、当時、百歳百歳で話題を巻いたお婆ちゃん、きんさん、ぎんさんの来町がかない、座像と手形のレリーフが作成された(写真) 。

「道の歴史情報館」には貴重な資料が展示してあり、歴史的価値や意義が学習できるようになっている。

 

市振関所跡      = こちら =

鉢崎関所跡      = こちら =

           

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2 コメント

この歴史館で、江戸時代の地図があり、私の先祖の名前を見つけた時の驚きが忘れられません。
また見学に行ってみたいです。
すいちゃん (2012-05-12 08:53)
そうですか、、
すいちゃんの実家は歴史のある由緒ある家系
なんでしょうね、、
歴史館で随分と勉強に成りました、
クイズは全門正解でした、、、(笑) ham (2012-05-12 20:51)