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上越市吉川区赤沢にある、越後の三大刹(えちごさんだいせつ)の一つである、曹洞宗瑞鳳山雲門寺に行ってきた。県道524号から(写真)わき道の山裾を這うように進むと山門に辿りつく。長享2年(1488)10月、越後守護上杉房定を訪問した京都五山の学僧、万里集九(ばんりしゅうく)は旅の途中、雲門寺に立ち寄り、「雲門精舎に寓す」と題する詩を詠み、<梅花無尽蔵>と言う書物に「越の越州(越後)に至徳、雲門、安国の三大刹有り」と書き残している。この丘陵にひっそりと佇んでいる雲門寺は越後を代表する禅宗の名刹の一つであった。

 

雲門寺の開山は越後の曹洞宗の中心、村上市の耕雲寺の四世だった清和天皇の末裔、岡山県出身の瑚海仲珊(こかいちゅうさく)禅師で文正元年(1466)のことである、瑚海仲珊和尚は応永9年(1402)岡山県で生まれ、後に種月寺(西蒲原郡岩室村石瀬)で剃髪し耕雲寺(村上市)で修業した。その後に中国に渡り雲門寺の住職となり、帰国後、耕雲寺に入った、後、東福院(刈羽郡刈羽村赤田)を建立して師を住職とし、自らは現、吉川区赤沢に雲門寺を建立し住職となった。

寺には室町時代の貴重な七条袈裟二点、袈裟袋一点が所蔵されている、蓮糸織の法衣で古式の物であり、法衣を入れる袋の刺繍から桃山時代の物と思われ、瑚海仲珊和尚の袈裟と言い伝えられ市の文化財に指定されている。

ここに名刹が開かれたのは、この地がかって「西大寺領佐味荘」(さいだいじりょうさみのしょう)と言う荘園の中心だった事と関係が深いと言われている。

越後の三大刹とは、雲門寺、安国寺、至徳寺を言う。

雲門寺の写真説明は = こちら 

雲門寺の写真スライドショウは = こちら =

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