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上越市木田新田地内、三叉路に有る「追分地蔵」、(旧18号線、上越大通り、高志小学校入口の信号から入り、旧道と交差する右角)、「追分」とは分かれ道、道の分岐点のこと、電気などの無い昔は暗くなってからの人通りの無い夜道、山道は旅人にとっては大きな不安の一つでした。
この木田新田地内に建てられている「追分地蔵」と呼ばれているお地蔵さんは道しるべを兼ねた供養碑です、旅人に道案内をし、旅の安全を祈り、又途中事故に遭った人達の冥福を祈る、当時の人達の深い思いが偲ばれるお地蔵さんである。いつ通ってもどなたがあげているのか、綺麗な花が供えてある。
    高田には昔、加賀街道(北陸街道)奥州街道(江戸時代の五街道の奥州街道ではなく、春日新田、黒井、を通り出雲崎までを奥州街道と呼んでいたようである)、信州街道(北国街道)など三つの脇往還が集まっていた。このお地蔵さんには「左かゝかいたう」 「右いまゝちみち」 と刻んである(写真)。左は加賀街道と言って糸魚川、親不知、富山を経て加賀百万石の城下町金沢へ通じ、右は今町と言って今の直江津である。北国街道は直江津から黒井に通じていたが、高田の城下町の繁栄を図る為、当時の高田藩は今町(直江津)にある荒川の橋を落とし、富山、柏崎方面から往来する旅人を必ず高田城下に廻らせるようにした為、このお地蔵さんのところからでないと今町には行けなかった。旅人の道案内と道中の無事息災を祈る守仏として親しまれ今日に至っている。
木田新田地内、三叉路にある「追分地蔵」(上記)は2代目地蔵菩薩として復元されました。慶応年間に造られた元々のお地蔵さんは近くにある諏訪神社境内に移設されているが、左半分は破損している(写真)。

             


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2 コメント

お地蔵さんの下にある銀色の筒 ソーラーセンサーライトなんです 匿名 (2010-06-20 19:01)
最近、お地蔵さんの前を通るたびに、あの白っぽい
茶筒のような物はなんだねー、 と思っていたんですが
これで納得です、有難うございました。
今度、夜、前を通ったらじっくりと見たいと思います。 ham (2010-06-20 21:37)