IRIS


2年間の本社勤務のお陰で銀座のクラブで随分お酒を飲む事が出来た。勿論カバン持ちでだ、自慢じゃないが一度もお金を払った事が無い、、もっとも銀座のクラブで飲むほど高給取りでもないし、そんなお金は無い。銀座並木通りのあるビルの5階だったか7階だったかにあった、 クラブ ○ 、仙台出身の和服の似合うママさん、、、No,1 ホステスのYさん、50代くらいだろうか、決して美人ではないんだがさすが接客のプロだ、同じ新潟県出身と言う事で随分と可愛がって頂いた、、   ○○さん、ここは会社では無いんだから上司にそんなに気を使わなくて良いんだから、、、 そんな事言ってもねー、私のようなカバン持ちにも随分と気遣いをしてくれる、、さすがだ、、このクラブはいつも最後に寄る店だ、、当然店を出るのは午前様、、タクシーを呼び首都高で当時は北池袋で下りて我が家のマンションの前は素通り、埼玉、浦和の上司の家に直行だ、、ここで驚くのは上司の奥様だ、どんなに帰宅が遅くとも、タクシーが家の前に着くと数秒で玄関の灯りが点灯する、しかもだ玄関を開けて ”お帰りなさい” そして私にも向かって ”いつも有難うございます、悪いわねー” 申し訳なさそうに言われる、、ただ頭が下がるだけだ、、この怖い?上司、キャプテン○○さんも退職して数年後、病には勝てず他界された、奥様とは毎年年賀状は来ていたのだが2年前より途絶えた、、我が家の長男の出産の折にも随分とお世話になった、上司のご霊前にお参りも兼ねて一度、家内と尋ねようと思っているんだが、、、、

退職して故郷に帰り独立して社用で上京した折、歌舞伎座の近くにホテルをとり、数年振りに クラブ ○ を訪ねた、ママさんは今日はお店には来ないと言うことだったが、電話をしてくれたらしく、わざわざ支度をして渋谷のマンションから来て頂いた、、数年振りの再開で感激した、、、 (^0^;)
それから間もなく、1通の手紙を頂いた、、バブルの崩壊で銀座も随分暇に成ったとの事、歳もとり、夜の遅くまでの仕事は大変なので、お店は閉じて縁があって新橋駅の近くに小さな料理屋を開店したとの事、、お店の名前は北海道、道東のある地名を取った名前だ、、一度上京の折に寄ろうと思っていたんだが、、お元気ならもう随分と高齢だと思う、、No,1ホステスのYさん、故郷の新潟に帰り、小さな喫茶店でも始めると言う事で郷里に帰った、との事であったが、、随分とお世話になった懐かしい二人、今はどうされているだろう、、、!

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