紀州東照宮は元和7年(1621)、南海道の総鎮護として紀州藩祖徳川頼宣公によって創建されました。約400年も昔のことです。この時、藩主は親しく指揮をとり、石組などは士分以上のものに運ばせました。これは源頼朝の鶴岡八幡宮造営の古例にならったものです。この社殿の結構は「権現造り」または「石の間造り」といって、桃山時代の遺風をうけた江戸初期の代表的な重要文化財建造物です。漆塗り、極彩色の精巧な彫刻、狩野、土佐両派の絵によって荘厳された豪華さは、まさに関西日光の名に恥じません。左甚五郎の彫刻の多いのも稀有ですが、楼門の朱塗り極彩色は、関西唯一といわれます。武具類、陶器、絵画などの宝物の他、重要文化財の刀剣、衣料など17点の秘蔵も有名です。
天下の名勝、和歌浦の浦波に映える松の緑に覆われた山と丹青の妙を尽くした社殿の調和と破格は、人々に歴史的回想を促し、伝統への郷愁と魂のふるさとを抱かせます。
祭典としては、和歌祭といわれる神輿渡御祭が有名です。東照宮創建以来、伝承されているこの祭りは、和歌山の伝統芸能の集約化されたものが行列に参加しているので、民俗的にも貴重な祭典です。毎年5月に行われ、和歌山市全域を祭り一色に染めます。