2012年まで・・・もう時間がない

地球は知性を持った生き物

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[2012年の黙示録] 魂レベルアップ

2007-11-09



●健康になる食べ物、食べ方
 ・旬の物を食べる。(温室栽培物は基本的にはよくない)
 ・感謝して食べる。
 ・おいしく(よく味わって)食べる。
 ・よく噛んで食べる。
 ・まるごと食べる。(全食)
 ・地の物を食べる。(地場野菜だとか、魚なら近海物がいい)
 ・残さず食べる。(粗末にしない)
 ・食べたいときに食べる。
 ・体が求める物を食べる。

●ふたりの人物が窓から外を見ている。一人は空の星を。もう一人は窓の下のゴミを。プラス思考とは、つねに物事のすばらしい面を見れること。

●物事にはすべて二つの役割(功罪両面)がある。悪と見えることもひとつの大事な役割。「清濁あわせ飲む」のも神の心。悪と思われるものにも用(役割)がある。

●獣性の特徴。獣は本能のままに行動する。
 (1)餌が切れると、凶暴性を発揮する。(牙をむく)
      自己防衛本能が強いため。
 (2)弱いものをいじめる。逆に、強いものにはへつらう。
虚勢を張って、こけおどしをする。

●損な道を進んで(喜んで)選べるか。
 アメリカの川に墜ちた飛行機の乗客が、救助にきたヘリのハシゴを手にしながら、2回も他の人に譲ったあと、力尽きて溺れ死んでしまった。

●豊かさは外にあるのでなく、内にある。
 メーテルリンクの「青い鳥」。内なる豊かさに気づけば、他人と競争する必要はない。

●悪循環=悪の拡大再生産(エントロピーの法則)
  いずれカタストロフィーに到達する。たとえば、学校教育、家庭のしつけ、社会の指導。極限的状況のとき、それは吹き出してくる。

●宗教団体を一つ一つ審神することはできないが、発足時の教主の教えが曲解され、誤って指導されている団体が多い。指導者たるべき幹部層が、世俗的な野心と欲望に満ち満ちている。
 ①権勢拡大に血眼を上げる。(信者数を誇る)
 ②教主の絶対化、神格化。(神を冒涜するもの)
 ③金集め、金儲けに走る。
 ④他宗の全否定、邪教呼ばわり。

●他人の欠点が見えることはいいことだ。しかし、それが気になったり、不愉快になったりするとき、その同じ欠点が自分のなかで生きている証拠である。欠点は見えても、
 ①許す(心を曇らせない)。
 ②哀れに思い、救ってやりたいと思う。
 ③それも含めて、その人の成長過程に必要なものだからと、意に介さない。

●誘惑に克つこと。人間が魂を磨く過程には、さまざまな誘惑がある。楽をして、夢や欲望を実現させたいという誘惑。

●地球がこうなる、人類がこうなる、といった予言は多いが、個々人がどうなるかを判断できる予言はない。日本が沈没したとしても、助かる人はいるはず。どういう人が助かり、どういう人が助からないのか判断できないから、漠然とした恐怖感を植え付けるだけで、警鐘としての役割をなしていない。天変地異が続発することはわかっても、自分がその被害に遭うかどうかについては実感を伴わない。飛行機事故や交通事故と同じように、自分や自分の身近な人がその事故の当事者になるまでは、全くの他人事でしかない。
 終末のカタストロフィーを暗示するさまざまな予言も、飛行機事故と同じようにとらえられているのではないだろうか。しかし、飛行機の事故は飛行機に乗らなければ避けられるが、これから始まる終末の大異変は人類すべてを襲うのである。そのとき、助かる人と助からない人はどこで分けられるのか。あらゆる予言は、助かる人はどこにいても助かると言う。逆に、助からない人はどこへ逃げても助からないのである。はたして「神のみぞ知る」ですませていいのか。

●呼び水現象。
①言葉。②らしく振る舞う(行動)。③思い(想念)。つまり、「身・口・意」によって、潜在意識の中のものを呼び出す。パニックも呼び水現象で起こる。極限的状況を迎えたときに、人の潜在意識の中に潜んでいるものが出てくるのである。だれかの扇動によって、付和雷同的に人は走りだす。

●そっ啄の機。
 神界からも、宇宙存在も、人間が気づき、内側から殻をつついてくるのを待っている。

●人々は平成不況から何を学んだか。この不況は、やがて訪れる“本番”に備えるためのリハーサルの色彩が強い。本番は1995年からスタートする。日本人もやがて飢えを経験する。美食、グルメに明け暮れて、食べ物を粗末に扱うようになった反動は必ずくる。天の恵みに対する感謝の念をもたない民族になってしまったからだ。まず経済の混乱と天変地異から始まり、つぎは食糧危機。そして、それが原因となっての騒乱、ついには戦争へと進む可能性が高い。世界中の食糧を金にまかせて買いまくっている日本に対して、各国の風当たりはいちだんと強くなろう。

●いまやるべきことは「光講」である。光(愛、許し、感謝などの想念)を鼠算式に広げていくことである。悟りを広げることこそ功徳となる。

●みろくの世になって神国に住むことのできる日本の人民は5,670万人となるらしい(『伊都能売神諭』)。今の人口の半分は生き残れないことになるが‥‥。

●カルマは必ず払わなくてはならない。「業」としての想念、心の癖は自分で直しておかないと、新しい時代の波長に合わないことになる。心の癖はどうやって矯正するのか。瞑想や宗教もそのひとつであるが、逆にそのことを通じて新たな心の癖をつくりだす危険性も大きい。

●僕は30年以上も日記をつけている。25歳のとき、日記のタイトルを「人生糞だらけ」から「夜明け」に変えたら僕の人生は変わった。余りもの大きな変化に、言葉の持つ力の大きさを実感させられた。

●自分を大切にできない人は、他人をも大切にできない。大切にするとはどういうことか。ある理想の姿(神)に自分を近づける努力をするということである。人間は限りなく神に近づくために生きている。神とともに進化しているのである。神によって生かされ、神の生を生き、神と一体になる。

●船井幸雄さんがいくら「21世紀にはすばらしい時代がくる」と断言しても、船井さんの本に触れる機会のない大多数の人は、天変地異が身近に起こり始めたら慌てふためくことだろう。そこに魔が入り、群集心理が働き始め、人々は断崖に向かって走り出す。獣の性を顕してしまう。カルマはエネルギーとして発散されない限りなくならないから。

●カタストロフィーを避けるための条件。それは心の奥底から、地球に対して懴悔できるかどうかにかかっている。人類の一員として、私たちの先祖が(あるいは前世の私たちが)やってきた数々の過ちについて、心から詫びることができなくてはいけない。悪人正機。

●人類のカルマ
 農薬や乱伐、核廃棄物などは、人類の負の遺産(カルマ)となっている。そのカルマをいつ払うのか。どういう形で清算するのか。そろそろ支払い期限がきている。現人類は破産するのか。無借金に戻って、のびのびと生きるのか。

●これから滅びゆく現文明の「最後の悪あがき」現象が多発する。まず経済の崩壊は避けられない。間違いの構図は次の通り。
 資本主義 → 市場主義 → 競争社会(金の力を競う) → 弱肉強食。
 金がある → 強い → 正義。
 強者はますます権力を集め、自らの論理で陰から世の中を牛耳っている。

●この世的な善悪の価値観で判断できないことは多い。「ねばならない」「してはならない」と思う根拠が間違っていることが多いからだ。善も悪も大神の掌の中の現象。善と見るか悪とみるかはその人次第。

●極限的状況で人の本性が明らかになる。人は試される。
 例えば、①死の宣告を受けたとき。②無人島に不時着し、食物がないとき。
 アメリカで飛行機が氷の浮いた冷たい川に不時着した。乗客だった一人の男性が、救助のヘリコプターから降ろされた縄ばしごを手にしながら、2度も他人に譲ったあと、力つきて死んだ。自分の命を失う危険を冒して他人を救える人は神の心の持ち主だろう。さて、‥‥。

●知識によって表面の心は変えられるが、潜在意識はなかなか変わらない。
 粗い波動の影響を受けないようにするためには、食べ物、言葉をコントロールすることが大切。粗い波動とは獣の波動。つまり、自己防衛本能が過剰である。攻撃的で威嚇したがる。強いもの勝ちの波動。その他、人の波動に影響を与えるものとして、①姿勢(体の姿勢、歩き方、立ち居振る舞い)、②呼吸、③想念(心の姿勢、考え方)が重要である。

●テレビを見ているとマインドコントロールされ、付和雷同型の人間になってしまう。目と耳からの説得に人は弱い。

●潜在意識を変えるには、まず自分の心の癖を知ることが必要。被害者意識、弱者意識、不満、憎悪などを、心の扉を開いて白日のもとにさらす。つまり、神様に対して懴悔することである。そのとき、人は涙を流すだろう。世の中の生きとし生けるものと自分とが一体のものであることを知り、またそれらを生かしている偉大な力の存在に気づくからである。
 しかしながら、人の心は宇宙を飛び交う波動の影響を受けて刻々と動く。粗い波動の影響を受けないようにするには日々の心の調律が必要である。毎晩、就寝前に気持ちの軌道修正をしておくこと。砂に書いた文字はそのとき消える。

●人は何回となく生まれ変わるなかで、心の状態と自分の周囲に起こることとの相関関係について学んできた。人の運命とは自分の中にあるものが外に現れているだけだということを学んだ。したがって、外に現れているものを見ると、自分の中にあるもの、つまり心の癖がわかる。人は皆、自分の人生を自ら選び取っているのである。心が成長していくプロセスを自分の意志で経験しているのである。
 さて、ようやく地球人も進級すべき時を迎えた。ここで、進級組とやり直し組に分けられる。進級組は、進化した新しい地球の住民としてこの星に残る(すべての進級組が肉体をもったまま残れるというわけではない)。落第組は現在の地球と同レベルの星へ移り住み、また1年生(原始時代の状態)からやり直しである。

●これから(たぶん西暦2012年までに)すべての人がそれぞれの極限的状況を経験する。光りの子か獣かは、それぞれの心の癖によって自らが選択するのである。まず食糧を巡って争いが起こる。買い占めや略奪、殺人、自殺など、人は本性を剥き出しにする。つまり、今まで自分が拠り所としてきたものを失う状態のことを極限的状況という。
 名誉、地位、財産、権力、愛する人、健康、などなど。それらを失ったとき、人の仮面の下の顔が白日のもとにさらされる。

●生き方、対処の仕方を教えない予言者、予言の書は有害無益である。そういう予言書の内容を、確信もなく吹聴することも有害であり、罪が大きい。その意味で聖書は完璧な予言の書と言えるだろう。しかし、黙示録などの預言の部分のみをクローズアップしてしまうと、人類を厭世的にしてしまうだけで、本来の生き方から目をそらさせてしまうことになる。

●これから世界は天災、人災の一大展示場となるだろう。地球が大進化をするための「産みの苦しみ」の時代である。これまでは肉体を失っても、再び新しい肉体を得て転生することができた。しかし、今後は地球の人口が激減することで、人間への生まれ変わりは難しくなる。しかも、新人類は旧人類(現人類)と波長が違うので、粗い波動の人は永遠に幽界にくぎづけになる可能性が高い。

●あらゆる予言書は地球のカタストロフィーを示唆している。人類の意識が変わらなければ、という条件付きで。いったい人類の意識の何が問題なのか。貧しい人が富を求めることが、なぜいけないのか。身の回りに物を集めて、豊かさを確認することは間違いだったのか。より楽をするため、便利さを求めて、さまざまな発明をしたことがいけなかったのか。

●想念の中に混入してくる悪魔のささやき。
 ①みんなやってることだから。
 ②今回限りだから。
 ③この程度のことだから。

●病気のとき、薬など外の力に頼るということは、自然治癒力を退化させる。内なる神の働きを退化させるということである。内を清め、鍛えれば、波動の法則により神が宿る。自分の力(自分に宿る神の力)を信じることが最も大切である。ただし、超能力者のように傲慢になってはいけない。高位のもの、大自然の法則などに対する畏敬の念を忘れると力の出口を閉ざしてしまう。

●物質は人間の勉強道具である。例えば自動車。自動車は人に一つの力(スピード)を与える物質である。人がその力を得たときどう変わるか。力を誇示する。力を競う。その結果、事故につながる。人がその力に対して謙虚になるとき、そして、自動車に対して感謝の念をもつようになって、初めて運転のマナーも守られる。自動車に対する姿勢でその人物の進化の度合いがわかる。高級車をやたらほしがり、ステータスを表現したがる人。反対に、そういう人を極端に毛嫌いする人。

●但馬神示(『人類は生き残れるか』95ページ)。
「次の世に渡るには真人が十把一からげにして連れてゆけ。それが真人の役じゃ」
「真人達神人合一の者は14万4千人でよい。この者が世の人を導くのじゃ」

●アメリカ型の消費生活は間違いである。安売りによって無駄遣いを進める消費拡大政策を日本もまねているが、浪費を強要する経済政策に依存する生き方は既に行き詰まっている。いま、金が無くてものが買えないという層はいない。800円の洗剤を400円にすることに、それほど大きな社会的意味はない。それよりも、環境にやさしいセッケンの利用を勧めることに金を使う方が価値がある。

●獣性。獣は本能のままに行動する。人間は本能を制御できる。しかし、極限的状況の時になると、人間の本性が表れてくる。食べるものがなくなったとき。大きな権力を得たとき、逆に失ったとき。人に裏切られたとき。

●予言はなんのためになされるのか。予言の変更はできるのか。「こうしたらこうなる」「だから、こうしなさい」という予言はあり得るのか。例えば、「何月何日に飛行機事故で死ぬ」と予言された場合、その日、飛行機に乗らなかったら死なないのか。あるいは、本人が心を入れ替えたら、その飛行機が落ちないか、落ちてもその人は助かるのだろうか。予言を知り、人が心のもち方や行動を変えることによって、未来の出来事が変わるのであれば、予言は当たらないことになる。
 「心のもち方を変えよ」と言っても、文明の恩恵に与かっていない未開の地の人や、戦火の中で今日の食べ物も十分に手に入らない人、あるいは、やっと貧困からの脱出のすべを見つけた発展途上国の人に向かって、「物欲や我欲を捨てなさい」と言ったとしても、はたして聞き入れてもらえるだろうか。第一、その人たちは圧倒的多数が予言そのものに触れることもできない、言わば、予言を信じる、信じない以前の人たちだ。

●出口王仁三郎は広島に原爆が落ちることを予言した。それを信じて避難した人は被害を免れたが、圧倒的多数の人は被害を受けた。出口王仁三郎の予言を聞いても、信用しなかった人もいたかも知れない。しかし、予言そのものに触れる機会のなかった人がほとんどであろう。その差は何から来ているのか。どうしようもない運命だろうか。広島に住んでいなかった人には、もともと予言は必要なかったとも言える。また、わざわざ当日に限って広島に出かけ、被災した人もいるだろう。予言が間違っていて、その予言を信じたために被災することも考えられる。そういう意味では、無責任な予言は罪が大きいのである。



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Comment

Tさん凄い・・・
今年は環境問題に関してもっと積極的に関わろうと思っていた矢先に、このブログとTさんからのリンク先を覗いていたら・・・
忙しくて大変でしょうが、これからもここを充実させていただきたいです。
私も微力ながら子どもたちのため、年老いた人のため、地球に生きる全てのもののために「何かする」気持ちだけはいっぱいなので^^

Posted by: GG

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