2007-09-30

[誕生後] 母乳マッサージ

シャワーの後で、母乳の指導も受けました。
友人から、すごく痛いと聞いていましたが、
よく分かっていませんでした。

いよいよ、母乳を出すときがきました。
といっても、看護師さんが乳首をつねったり、引っ張ったり・・。
痛くて痛くて、地団駄を踏んでしまいました。
もう少し続いていたら、看護師さんを突き飛ばしていました。
突き飛ばそうとしたら、母乳が滲んできました。

妊娠中、母乳の講習を受けていました。
臨月になると、毎日母乳マッサージをしていました。
だから、母乳はよく出てきました。
マッサージは、絶対しといたほうがいいです。
母乳が出やすいです。

でも出やすいといっても、最初は本当に痛かったです。。。

2007-09-29

[誕生後] 人の1.5倍の。。。

次の日。息子が産まれて4日目。
この日から私のシャワーがOKになりました。
背中の点滴も抜いてもらいました。
久々のシャワーは気持ちよかったです。
出産後は、自然分娩、帝王切開、関係なく1ヵ月間は
シャワーにしてくださいと先生から指示がありました。
体の免疫が落ちているから、ばい菌が入りやすくなるから
だそうです。
暑い時期や寒い時期なら、きつかったかもしれませんが
春に近い時期だったので、楽勝でした。

お腹の傷が見えるかなと思ったのですが、
ガッチリとガーゼを当ててくれていたので
見えませんでした。
私の場合、息子の状態が良くなかったので
人の1.5倍切開したと聞かされました。
人の1.5倍って????
それは、後から知ることになります。。。。。

2007-09-28

[誕生後] 手足を動かしてくれた

夕方の面会にも、歩いて行きました。
息子の眠り薬が薄めになっていると看護師さんから
聞きました。
そのせいか、手足をよく動かしていました。
私たちが言ったことにも、手を動かして反応したり・・・。
初めて息子の動くところを見たので、すごく嬉しかったです。
そんな些細なことが、すごく嬉しくてたまりません。

こんなに元気だったら生命力は、強いと思いました。
息子は大丈夫。
息子は大丈夫。
心の中で、何度も何度もつぶやきました。
出来ることなら、息子の全てを全部引き受け、身代わりに
なりたいと思っていました。

2007-09-27

[誕生後] 泣かないこと。。。

1時間の面会を終え、またゆっくりと歩いて病室に
戻りました。途中、産科の先生や看護師さんに会い
「もう大丈夫だよ」
と声をかけてもらいました。でも心の中は、
((それどころじゃない!))
と思っていました。

夕方の面会までの間、夫と息子の事を話し合いました。
うまく排泄も出来てない様子でした。
ミルクの量も、制限されているとのことなので
お腹空かせているのだと思います。

悪いものは、体の中から出すこと。
これを息子に語ることにしました。
そして、息子と会っているときは、泣かないこと。
これも決めました。
息子は聞いているみたいなので
泣かないと決めました。
なかなか難しいことですが。。。。。

2007-09-26

[誕生後] デジカメを新調

デジカメで写真を撮っていた時、
ハプニングが起こりました。
息子の状態を、一生懸命撮りたくて、
ベットの周りをウロウロしているときに
デジカメを落として壊してしまいました。。。。
形が変形してしまい、完全に壊れてしまいました。

夫と相談して、新しいのを買うことにしました。
新しいのがほしかったので、嬉しかったです。
これで、きれいな画像で残せると思いました。

しかし・・・・・
息子の状態は、どんどん悪くなっている気がしました。
この時は、先生方を信じていました。

デジカメで写真を撮るということは、こんなになってきている
という記録の意味もありました。

2007-09-25

[誕生後] 写真

何年も前に買った古いデジカメを持って息子に会いに
行きました。

この機会に新しいのが欲しかったのですが、
古いのがあったので、それを持って行きました。
昨日も書きましたが、息子の写真は、位牌に
なるような気がして、嫌でした。
だから、何のアザもない可愛い顔した右側からの
写真は撮りませんでした。
あえて、アザになってひどい状態の左側ばかりを
撮りました。

良くなった時に、「こんなのだったんだよ」と
笑い話になるように・・・・。

2007-09-24

[誕生後] 息子の写真

息子との面会で、気になっていることがありました。
息子と会えるのは、私と夫だけです。
でも、みんなが心配してくれていました。
私は電話で、息子の状態を話しましたが、思うようには
伝わりませんでした。
昨日のブログでも書きましたが、コブではなくアザという
違いも上手く伝わりませんでした。
ショッキングな説明のみが、みんなの心を支配していたという
感じでした。
見てないので、仕方がありません。
上手く説明も出来ないので、仕方ありません。
そこで、デジカメで写真を撮ることに決めました。
持って帰ったら、義父母は息子を見ることが出来ます。

しかし、写真を撮るのは、嫌でした。
位牌の写真を想像したからでした。。。。。

2007-09-23

[誕生後] コブというより、アザ・・・

息子に再会して、思ったこと・・・。
左の頬のアザが大きくなっていることでした。

産まれる前まで、コブだと思っていたのですが、
実際見てみて、コブというよりは、アザというほうが
近かったです。
ひどい打ち身をして、紫色のアザ。
それが、腫れ上がっている感じです。
コブなら、手術が出来ると思っていたのですが、
アザなので、無理だと言われました。
場所も悪かったみたいです。
頬というのは、脳に近く、脊髄にも近いためです。
このアザが、腕や足なら、問題はなかったと
後で言われました。

昨日見たより、アザの色は濃くなっていたし
大きくなっていました。
嫌な予感はしましたが、先生方を信じていました。
「「必ず、治してくれる。」」
本当に、そう思っていました。。。。。

2007-09-22

[誕生後] 息子に会いたいから

NICUの控え室に到着してから、エプロンに着替えるのが
大変でした。
腕が上に上がらないので、苦労しました。
手の消毒も、消毒口に手が届かない。
そんなときに限って、ハンカチを落としたりしたりして。。。
拾えない。
たくさんのハプニングがこの控え室で起こりました。
廊下を歩くよりも、大変でした。
一緒に控え室でいた、あるお母さんが、心配して
声をかけてくれました。
「2日前に手術したので・・・」
というと、驚かれました。
その人も、帝王切開で出産されたそうですが、
1週間は、動けなかったそうです。

驚くべき、私の回復力!
息子に会いたいから、頑張れました。

2007-09-21

[誕生後] 歩く歩く歩く

やっとの思いで部屋を出て、廊下を歩き出しました。
当然ですが、思うようには歩けません。
帝王切開してから、2日。
まだ食事も開始していないし、
背中に点滴の針がささっている状態です。
廊下の手すりに体を預けて、リズムを取りながら、
歩きました。
夫は心配そうに、見守ってくれています。
辛くて、苦しくて、痛くて・・・・・。
それでも、息子に会いたい一心で歩きました。

20分くらいかけて、息子のいるNICUに到着しました。
息も絶え絶えになっていました。

2007-09-20

[誕生後] リハビリ

「赤ちゃんは、すごく頑張っていますよ」

お腹は真っ二つに切られたくらい痛かったですが、
頑張らなければと思いました。
自分でベットから起き上がれるのがやっとの状態でしたが、
コツを掴んで、立てるようになりました。
「2時の面会は、自分の歩行で行きたい」
何度も何度もリハビリしました。
途中、看護師さんが部屋に入ってきて。
「無理しないで・・」
と言われましたが、どうしても歩きたかったので
必死にやりました。

面会30分前、ベットから起き上がり、NICUへ
向かいました。。。。

2007-09-19

[誕生後] 赤ちゃんの生命力

看護師さんに自分の気持ちを話してから、いろんな人が
病室を訪ねてくれるようになりました。
私の状態を心配してくれているんだなぁと感じました。
翌朝になって、担当医の問診のほかに、助教授も
部屋に来てくれました。

「赤ちゃん、すごく頑張ってますよ!小児科の先生方も
全力を尽くしています。赤ちゃんの生命力を信じましょう!」

不思議と、助教授の言葉は私の心に響きました。
助教授は初めにお会いしたときから、優しくて頼もしい雰囲気を
感じていました。だから、この言葉は私を勇気付けました。

でも、昨夜会った病棟主任が息子の治療をしているのだと
思うと、とても不安になりました。。。。。。

2007-09-18

[誕生後] 看護師さんに感謝です。

「あの子、何の為に産まれてきたの!!」
夫に叫んでいました。
夫も同じ様に辛いのに。。。
息も出来ないくらい、大泣きしていました。

そこへ、看護師さんが入ってきました。
私が泣き狂うのを見て、慌てるでもなく、
ゆっくりと近づいてきてくれて、背中を擦ってくれました。

私は看護師さんの前では、泣き狂うのは駄目だと思って
いましたが、あまりの優しさに、また大泣きしてしまいました。

息子の病気が分かったのが産まれる3日前だったこと。
心の準備が出来てなかったこと。
息子の左目が、もう見えていないこと。
看護師さんに、自分の気持ちを話していました。
看護師さんは、うん、うん、と優しく、ずっと話を聞いてくれました。
辛さは変わらないけど、思っていることを話せてよかったと
今は思っています。
看護師さんに感謝です。

2007-09-17

[誕生後] 大泣き

病棟主任は、私たちの顔をうかがうように言いました。
「血管腫が脊髄を圧迫していくと、左半身不随になります」

この言葉は衝撃でした。
左目も左耳のことも、気丈に先生の話を聞いていましたが、
この言葉を聞いてボロボロ涙が出ました。
左半身不随・・・・・・・・・・・・。

泣いている私に、病棟主任は
「話は以上です。失礼します」
そそくさと病室を出て行きました。

夫に左目の失明、左耳が聞こえないは、まだ許せるけど
左半身不随は、絶対許せないと叫んでいました。
息子は、一体何の為に生まれてきたのか?
何故、こんな目に息子があわなければいけないのか?
何故、何故、何故、、、、、、、、
声を出して、泣きました。
辛いとか、悲しいという気持ちよりも
本能で吠えるというほうが近かったと思います。
大泣きしてしまいました。

2007-09-16

[番外] 番外編

家族旅行から帰ってきました。
富士サファリパークに行ってきました。
楽しかったです。
宿のお風呂は最高でした!!
写真のは、岩風呂です。
あまりに疲れたので、今日は番外です。
また明日から再開しますので、よろしくお願いします。

2007-09-14

[誕生後] 説明ですが・・・

病棟主任は、本当に説明だけしてくれました。
淡々と息子の状況を説明しました。

血管腫で、左耳は聞こえていないこと。
それは夫に聞いていました。
知っていました。

左目も血管腫が大きくなってきたら見えなくなる可能性が
あること。
それも知っていました。

話を聞いていて、「何を言っているの!出て行って!」と
思いました。
(もちろん、言えませんでしたが・・・。)
説明は終わってなかったし、大事な話だったのに・・・・・。

今思えば、私たち夫婦の気持ちを全く無視した一方的な説明に
嫌気がしたのだと思います。

2007-09-13

[誕生後] 2時間の面会を終え

息子との語らいを一生懸命して、NICUを出ました。
2時間は長いようですが、短かったです。
でも前日に帝王切開術をしていたので、体はキツかったです。
立ったり座ったり、笑ったり泣いたりすることも
お腹に響いて痛いのです。
息子に会っているときは、必死なので頑張りましたが、
疲労は激しかったです。
車椅子で移動していて、自分では動いてないのに
グッタリしていました。

疲れて病室に戻って、少しした頃、ドアがノックされました。
NICUの病棟主任が、息子の説明に来ました。。。。。

2007-09-12

[誕生後] ディズニーランド

私たち夫婦は、この面会であることを実践していました。
それは、息子に未来を語ることです。
たとえ、眠らされて反応がなくても、未来を語ることが
大切だと考えていました。
それが、息子の生きる力になると信じていたからです。

だから、一生懸命息子に話しました。
周りの人は驚かれたかもしれません。
管だらけの寝かされている息子に、
「どこ行きたい?」
「何が好きかな?」
などなど、語っていましたので・・・。

息子はちゃんと反応をしました。
手をピクッと動かしたり、心拍を乱したり・・・。
行きたいところは・・・・・・・

ディズニーランドでした。。。。。。

2007-09-11

[誕生後] 私の息子!!

看護師さんが言われるには、寝ているから反応はないはず。。。
ということで驚かれたそうです。

そんなことはありません!
ちゃんと息子は、私たち夫婦のことを知っているし、
親だと認識もしてくれていました。
恥ずかしい話ですが、そこで私は、やっと息子が自分の
子どもだと確認できました。
顔を見ても分からないし、産まれた瞬間を見たわけでも
なかったので、どこかで信じたくなかった自分がいました。
でも、泣いている息子を見て、確信しました。

「「私の子ども!!!」」

違った意味で、涙が溢れました。。。。。

2007-09-10

[体調] お休み3

今日、もう一日お休みします。
明日から、再開すると思いますので、改めて宜しく
お願いします。

2007-09-09

[体調] お休み2

今日もまだ体調が戻りませんので、お休みします。
息子の風邪の威力は、すごいです・・・。

2007-09-08

[体調] お休み

今日、妻は体調不良の為ブログをお休みします。
体調が戻ったら再開します。

しかし、僕のブログを追い越しそうだなぁ・・・。

2007-09-07

[誕生後] 息子が泣いた

2回目の面会。
夫と一緒にまた息子に会いに行きました。
相変わらず、眠らされているので、反応はありません。
昼間と同じ様に何度も何度も呼びかけながら、頭を撫でていました。
長いと思っていた2時間の面会は、あっという間でした。
「そろそろ、帰ろうか」
夫にそう言って、車椅子を押してもらおうとしたら・・・・

いきなり、息子の胸についている機械が音が鳴り出しました。
ピコッ ピコッ!!!!!
看護師さんが走ってきました。
息子の心拍、脈拍、血圧が乱れているとのことです。
息子を見てみると、肩を震わせています。
しゃくりあげているのです。
「泣いている」
看護師さんが、驚いたように言われました。。。

2007-09-06

[誕生後] お母さん・・・

病室に戻ると、両母親が待ってくれていました。
私は笑顔でまた言いました。
「可愛かったよ」

実母はホッとしている様子でした。
心配かけたくありませんでした。
でも、実家に帰ると言われたとき、
「お母さん!!!」
ベットの上で両手を広げて言っていました。
やっぱり、この先のことや息子のこと、不安で不安で一杯でした。
お母さんが帰ると思ったら、泣けてきました。
お母さんのこと、すごく頼りにしていたんだなぁと痛感しました。
退院したら、また来てくれると分かっていましたが
無事に退院出来るのか?、それも不安でした。

私を抱きしめて、母は実家に帰りました。

2007-09-05

[誕生後] 可愛かったですよ~

面会を終え、ションボリした気持ちでNICUを出ました。
車椅子を押している夫も、私もずっと無言でした。


産科病棟に到着したとき、担当の先生が声をかけてくれました。
「赤ちゃん、どうだった?」
たぶん、心配されていたのだと思います。

「可愛かったですよ~」
空っぽの心のまま、精一杯の笑顔を作って答えました。
可愛いなんて感情、なかったのに・・・。
あったのは、悲惨な現状だったのに・・・。

それでも、可愛かったと答えていました。
まだこの時は、辛かったりしても、心では泣いていても、笑える
状態だったんだなぁと、今思います。(ブログを書いていて思いました)
今後、本音でも建前でも笑えなくなりますので・・・・。

2007-09-04

[誕生後] 名前

息子は、生まれる前から名前が決まっていました。
妊娠中から、呼んでいる名前がありました。
やっと出会えた息子。
感動には程遠いけど、一生懸命、名前を呼んでいました。
もちろん、息子に反応はありません。

でも

きっと聞こえていると思いました。
聞いていると思いました。
だから、頭をなでながら、何度も何度も呼び続けました。
1時間は、あっという間に過ぎていきました。。。

2007-09-03

[誕生後] 担当医と看護師

夫と息子を見つめていると、担当医(夫のブログではA医師なので、統一しますね)と担当の看護師さんが、挨拶にきてくれました。
夫は説明などで何度かお会いしていると言っていました。
私は初対面でした。
A医師の話では、血小板が少なく血が止まりにくいとのことでした。
その他に黄疸も出ていると言われました。
「そうですか」
と言うしかありませんでした。
血が止まりにくいと言われても訳がわからず、そんな風に答えていました。

看護師さんは、とても優しい人でした。
面会中に、声を押し殺して何度も泣いた私を、なぐさめ励ましてくれました。親身になって話も聞いてもらい、大変感謝しています。
しかし、少しして、別の病院に転院してしまいました・・・。
その時は、また泣いてしまいました。
それくらい、看護師さんにはお世話になりました。


2007-09-02

[誕生後] 左頬のアザ

息子は眠らされていたので、私たちが面会しても
寝ているだけです。
私は、どうしても現実を受け止めることが出来ず、
「息子だよ」と言われても、実感も持てませんでした。
可愛いとか感動したとかは、程遠かったです。
左頬は、紫色になっていました。
右頬とは、明らかに違っていました。

コブだと思っていたのに、顔の表面が青アザになっている
感じでした。
そして、そのアザは、私が出産前に思っていたより
とても、大きなものに見えました。。。
どうして、こんなことになったんだろう。。。。。
私が原因なんだろうか?
ずっと涙が止まりませんでした。

2007-09-01

[誕生後] 息子と対面

車椅子を押している夫の手が止まりました。
「この子だよ」
私は車椅子から身を乗り出すようにして覗き込みました。
一瞬見たところで
「違う」
夫が言いました。
(何だ??違うって・・・・。)
車椅子を180度まわしました。

そこは・・・・
機械だらけのベットで、体中に管を入れられた、
小さな小さな赤ちゃんでした。
涙が出ました。
私の赤ちゃんが、この子であるはずがないと思いました。
お腹の中で、とても元気で順調で・・・・
産まれてきて、こんな目にあうわけがない。。。
((実は、本当は、あなたの赤ちゃんは元気なんですよ!))って
言われるんじゃないか?
そんなことを思っていました。
息子には悪いけど、本気でそう思ってしまうほど、ひどい状態でした。

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はじめまして。
30歳を超えて
ようやく母親になることが
出来ました。
息子の出生から今までのことを
綴っていきますので、
よろしくお願いします。

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