滋賀・東近江市に「ガリ版伝承館」がある。「ガリ版」……懐かしい響きだ。鉄筆で原紙をガリガリと切る。部屋に立ち込めるインクのにおい。「謄写版」は、簡便で手軽な印刷機として、明治から昭和にかけて、庶民の活字文化を支えた。
海外のいくつかの機関紙誌も、出発は謄写版刷りだったと言う。「謄写版」誕生の陰には、その開発に情熱を燃やした親子がいる。滋賀出身の堀井新治郎氏である。養父が開発に専念するため官職を辞し、息子も商社を退社。赤貧のなか、父子一体で研究に没頭し、ついに謄写版を完成させる(1894年)
養父の引退後、息子は新治郎の名を継ぎ、謄写版の改良・普及に努めた。初代の新治郎名義の発明登録数は60件、2代目名義は488件にのぼる。二人の新治郎氏の生涯は、まさに志を「謄写」(=そのまま書き写す)したような人生だった。
山の木々に新芽が芽吹く季節。継承の心は成長の基盤であろう。
海外のいくつかの機関紙誌も、出発は謄写版刷りだったと言う。「謄写版」誕生の陰には、その開発に情熱を燃やした親子がいる。滋賀出身の堀井新治郎氏である。養父が開発に専念するため官職を辞し、息子も商社を退社。赤貧のなか、父子一体で研究に没頭し、ついに謄写版を完成させる(1894年)
養父の引退後、息子は新治郎の名を継ぎ、謄写版の改良・普及に努めた。初代の新治郎名義の発明登録数は60件、2代目名義は488件にのぼる。二人の新治郎氏の生涯は、まさに志を「謄写」(=そのまま書き写す)したような人生だった。
山の木々に新芽が芽吹く季節。継承の心は成長の基盤であろう。