2008-06-18

[東北] 頑張れ,地震に負けるな

 与謝野晶子は10年の歳月をかけて書きためた「源氏物語」(現代語訳)の原稿を、関東大震災によって、焼失する。あまりに長い時間をかけ、心血を注いだ作品は、一瞬で灰となってしまった。
 「やり直すことなどできない」と、一度はあきらめる。しかし、再起を誓う。そこには、これまで、自分を励まし続けてくれた文学界の仲間の存在があった。ゼロからの出発。実に震災から16年後、ついに、『新新訳源氏物語』を完成させた。
 岩手・宮城内陸地震。瞬間的な揺れの強さは、国内最大という。被災者の皆様に心からお見舞いを申し上げるとともに、行方不明の方々の一刻も早い救出と、地域復興を祈りたい。
 地震は、天災である以上、防ぐことは難しい。ゆえに、日ごろからの備えと、起きたときの迅速な対処が大事なことは言うまでもない。とりわけ、危機に直面した際に、それを乗り越えていける「人間の絆」が大切だ。
 日蓮大聖人は、この世の悩みは、即、自身の悩みであると述べられた。困難と戦う友を思い、自他ともの幸福を祈る同苦の心こそが、今こそ求められている。人間関係が希薄になりがちな現代にあって、この真心のネットワークが、友に勇気を与え、安穏の社会を築く力となる。

2008-04-23

[東北] 新渡戸稲造博士

 わが国を代表する教育者・新渡戸稲造博士は第一高等学校の校長時代、課外講義を週1回2時間、全校生を対象に連続で行った。教材は、世界的名著ばかり。ゲーテの『ファウスト』、カーライルの『衣服哲学』、ミルトンの『失楽園』など。
 校長という激務の中での講義は「一高生に対する愛情が最も現実的具体的に現われた」行動の一つであり、先生の校長時代に一高生だった事は「大きな幸福」――『衣服哲学』の講義を懇願した山田幸三郎氏(独文学者)は卒業60年後、こう述懐した。
 「数世紀の試練をへた書物の中にこそ、困窮にあっても富を見出し、縄目をうけても自由を見、病にあっても健康を、悲しみにあっても歓喜を、孤独にあっても交わりを見出すのである」(『新渡戸稲造全集 第20巻』教文館)。新渡戸博士のこの言葉通り、講義は次代を担う青年の「心の財」となったことだろう。

2008-03-13

[東北] 改革

 江戸時代、若き上杉鷹山は、儒学者・細井平洲の教えを受け、米沢藩主となる。当時、米沢藩は財政難など問題が山積していた。鷹山は赴任前、自分は何をすればよいのか、改めて平洲に教えを請う。師は“大事なこと、手本になることはすべて教えた”と答え、「勇なるかな」と励ました。今こそ戦う時。勇気を持て!――と。その通り、果敢に改革を断行し、藩を再建した。
 師の日頃の真剣な姿勢と弟子の勇気が改革を成し遂げたのであろう。

2008-02-15

[東北] 吉田松陰

 青森県・津軽半島の竜飛岬に吉田松陰の記念碑がある。幕末、異国船が津軽海峡で日本の漁船を略奪していると伝え聞き、松陰は視察のために江戸から歩いて訪れた。
 この東北訪問をはじめ、黒船来航への対応策を藩主に進言した文書の執筆、外国への「密航」の試み。松陰は徹底した“実践の人”だった。後に松下村塾から維新回天の雄が多く輩出される。若い志士の心を鼓舞したのは、自らの信念を行動で示す松陰の人格の輝きだったのではないだろうか。

2008-02-13

[東北] ふるさと

 舞い上がる地吹雪にあらがい、中学生が雪道を踏みしめ、歩いてくる。目的地の“小学校”に着くと、マントの中から小学生がひょっこり現れた。日本海沿いの山形県庄内地域では昔、上級生が下級生をマントに包み込み、学校に送り届ける慣習があったという。
 彼らが、容赦ない風雪から守ったものは、“自分も大きくなったら、下級生を送るんだ”と誓った、あの日の約束。そして、受け継がれてきた心だったろう。過酷な環境に耐え忍んでこそ、強い心がはぐくまれるのなら、ふるさとは、その偉大な“育ての親”といえよう。

2008-02-08

[東北] 津軽塗りの伝統

 300余年の歴史を誇る津軽塗。堅牢優美な姿で知られる日本最北端の伝統漆器だ。その作業は全部で四十数工程、2カ月以上に及ぶ。工程の半分近くを費やす下地作り。そして漆を塗っては研ぎ、研いでは塗る。こうした労作業を繰り返すことで、どんな漆器にもひけをとらない堅牢さをつくりあげる。
 技法そのものは、時を経て変化してきた。そのなかで変わらないものもある。それが伝統だ。津軽塗では、常に使う人の立場に立って、「より使いやすく、より丈夫に、より美しい」ことを目標にし、「喜んでもらいたい」と願う心であるという(佐藤武司著『あっぱれ! 津軽の漆塗り』)。
 『論語』のなかで、弟子の子貢が師の孔子に、こう質問する。「人生で最も大切なことを一字で表すと、何でしょうか」。師は「それ恕か」、すなわち、「思いやりだ」と。「相手のことを思う」ためには、「相手の立場に立ってみる」ことだ。津軽塗では、この「心」を、師から弟子へ連綿と伝えてきた。
 この思いが積み重なってきて、今日の発展もあるのだろう。未来を盤石にする人材育成のポイントであろう。

2007-11-24

[東北] 八郎

久しぶりに「八郎」を思い出した。心優しい山男・八郎は,家一軒ほどの大男である。ある日,浜で幼い男の子が泣いているのを見つけた。海が荒れて村の田んぼが塩水をかぶってしまう,と。それを聞いた八郎は山を動かし,波をせき止めようとする。しかし,海は一段と荒れ狂い,田んぼに押し寄せてきた。
ついに,八郎は体を張って自ら海へ!波を押し返しながら言った。
「分かったァ!おらがなして今までおっきくおっきくなりたかったか!」
「こうしてみんなのためになりたかったなだ」と。
生きていく上で何に喜びを感じるか。自分の持てる力を発揮して社会のために尽くすことが素晴らしいのではないかと,昨今の不祥事から感じることである。
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うつ病とぶつかりあって,長年苦しんでいますが
周囲の温かな優しさが自分を育んでくれる今日この頃です。

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