2008-06-30

[日記] 千里の道も一歩から

 千里の道も一歩から――少しずつでも歩いていれば、必ず目的地に到達することができる。途中であきらめず、もう一歩を踏み出す勇気が大事である。
 野球をする人にとって、「素振り」は基本中の基本。王貞治氏は、この素振りで自分の肉体をつくったといわれる。荒川博氏と二人で編み出した“一本足打法”。「人間というのは気の遠くなるような反復練習で、何かを会得することができる」と荒川氏。まさに血のにじむような努力の結晶だ。
 努力は平凡なことかもしれない。しかし、平凡なことほど持続は難しい。ある意味、才能とは長い努力に耐える力といえまいか。だれにも才能の芽はある。その芽を咲かせるのも、たゆまぬ努力以外にない。
 菩薩の誓いに、四弘誓願がある。四つの誓いのそれぞれに、「無辺」「無量」「無尽」「無上」という言葉が用いられている。どこまでも限りなく努力し、行動し続けていくところに、四弘誓願を貫く菩薩の生き方がある、という意味だ。
 自分の幸福だけでなく、友の幸せをも祈り抜き、対話の実践に励む仏道修行。これほど尊い努力はない。どんな障害があろうと、広宣流布への歩みを止めない。そうすれば、必ず人生勝利の道が大きく開いていくものだ。

2008-06-29

[日記] 誠意と勇気

 心には「扉」がある。それを開かなければ、言葉は相手に届かない。
 満員の最終電車。ドアの前に若者たちが座り込み、騒いでいる。乗客の一人が、にこやかに「ちょっとごめんね。降りるよ!」と声をかけた。びっくりしたように見上げ、身を寄せる若者たち。降りしな客は「おやすみ!」と。彼らはほおを赤らめ、立ち上がった。
 その光景を目にして思った。もし客が、不機嫌な顔つきで「邪魔だ。どけよ!」と告げたとしたら……。ひと悶着起きたかもしれない。理由はどうあれ「不機嫌は怠惰の一種」とは、ゲーテの指摘。正論といえども“伝え方”には、やはり配慮が欠かせまい。
 法華経に「言辞は柔軟にして、衆の心を悦可せしめたまう」(言葉柔らかに人々の心を喜ばせる)と。創価学会二代会長戸田先生の講義は、まさにこの経文のごとくであったという。わかりやすい言葉で、自在に。それは“一人も残らず、救わずにおくものか”との慈愛の発露であった。「しかも、絶妙なユーモアを交え、場内を爆笑の渦に巻き込みながら、いつしか深遠な仏法の極理を、心から納得させていかれるのであった」(「随筆 新・人間革命」)。
 心の「扉」を開く鍵は、快活な誠意と勇気だ。そのとき言葉は心に届き、相手は動く。

2008-06-28

[日記] 試練は勝利につながる

 がん、交通事故、肉親との死別等、宿命の嵐に次々襲われた青年に、婦人が一言。「例えるなら、試練は“竹の節”。節があるから、真っすぐ伸びる。節が多いから、大きく伸びる」。
 勝因の一つ――それは“励ましの達人”の存在だ。
 夢が実現できず悩む青年に、達人いわく「『つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』とあるが、拙き者が忘れるのは『約束せし事』だけじゃない。『誰と約束したか』――師匠の存在まで忘れる。君はどうか。池田先生の弟子じゃないか!」と。発奮した青年は勝った 師を求め抜く人に、停滞も敗北も悲哀もない。必ず功徳と歓喜と報恩に至る。これこそ“庶民の王者”に共通する最大の勝因だ。

2008-06-27

[日記] 我慢は忍耐?

 我慢という言葉。多くの人は、その意味を“自分の感情を抑えて耐え忍ぶこと”と思っているのではないだろうか。
 辞書を引き、驚く人が多い。「忍耐」の意と共に、仏教用語の視点で「自分を偉く思い、他を軽んずること」という解説があるからだ。日本人の“謙譲の美徳”のように感じていた人は、意外さをぬぐえない。
 しかし、実は通底していると見ることもできる。つまり、我慢とは外面的に耐え忍ぶ姿を保ちつつ、心の中では自分を偉く思い、他を軽んずる感情が渦巻いている――その両面を示している、と。内面だけを見れば、自己中心の感情である我執の「我」、慢心の「慢」となる。
 仏法では、我執を断つことを教える。だが、各人の個性の否定とは全く違う。自己への執着を断つことで、逆に自らの個性を押し込めていた固い殻を破り、より豊かな真実の個性が輝く道が開かれる、と考える。
 米ノートルダム大学・ダルマイヤー博士は「“我執”を“奉仕”の心へと転換させようとする、仏教の教えを高く評価しています」と期待する。“小さな自分”に執着するのではなく、他者を思いやる心をはぐくみながら、利他の実践で自分の生命を磨く。それが“大きな自分”に成長する近道なのだ。

2008-06-26

[日記] 「助け合う」

 “地獄の長い箸”の話。地獄にいる衆生たちは、目の前に並べられたご馳走を食べられずに苦しむ。自分の腕よりも長い箸が邪魔をするからだ。
 一方、仏国土。同じように、長い箸を手にしていたが、皆、楽しそうだった。なぜか――。長い箸を利用し、他の人の口にご馳走を運び合い、互いの食事を可能にしていたからである。
 地獄と仏国土の違いは、「環境」ではなく、人の「心」にあることを示した譬え。とりわけ、人のために尽くせば、わが心も充実することを教えていよう。
 現代社会は、「助け合う」精神が生まれにくくなっているという。過剰な個人主義が蔓延した結果であろう。だが、他者への思いやりなくして、自己の真の幸福実現はない。富や権力を追求する物質主義、利益優先の経済主義等、先の説話が示す智慧は、現代社会の行き詰まりを打開する大きな示唆を与えている。
 日蓮大聖人は、「芝が枯れれば蘭が泣き、松が栄えれば柏は喜ぶ。草木でさえ、このように互いに助け合うのです」(御書1088ページ、通解)と仰せである。友が苦境の時こそ、手を差し伸べ、励ましの声をかける。そこにこそ厳しい現実社会を乗り越えゆく鍵があると信じる。

2008-06-25

[日記] “知”への探究

 中世ヨーロッパが、現代に残した大きな文化がある。大学の誕生だ。ボローニャ大学の創立は、1088年。パリ大学の起源は、12世紀中頃といわれる。当時、校舎等の建物はなく、広場で教師と学生が議論を重ねたという(今道友信著『西洋哲学史』講談社学術文庫)。
 “場所”があって、大学が生まれたのではない。真理を求める学生と、それに応えんとする教師の情熱が、火花を散らし合うなかで、大学は誕生した。師と弟子の、飽くなき“知”への探究こそ、大学の原点といえよう。

2008-06-24

[日記] 信念

 名古屋テレビ塔、大阪・通天閣(2代目)、そして東京タワー。これらの構造設計を担当したのが、「塔博士」こと内藤多仲氏だ。
 実は東京タワーが完成した時(昭和33年)、一部で「パリのエッフェル塔に似ている」との声が。しかし彼は全く意に介さない。留学などで研究を重ね、日本の耐震建築技術を飛躍的に向上させた自信があったからだ。
 彼にとって、「安全」こそ最優先の価値。安全性を追求した塔の形が似るのは「当たり前」だった(INAX出版刊『タワー』)。事実、東京タワーは完成から50年となる現在も、微動だにしない。今では地震の際、列車への緊急停止信号なども発信する。
 人が何と言おうと、これだけは正しい。これが自分の人生だ――信念に生きる人は幸せである。信仰とは、自身の胸中に揺るぎない“信念の塔”を打ち立てることにほかならない。

2008-06-23

[日記] 目標

 「やっぱり人生は目標がしっかりとあったほうがいい」。子どもに絶大な人気を誇る「アンパンマン」の生みの親、やなせたかし氏は著書でこう語る(『痛快! 第二の青春』講談社)。
 氏が初めてアンパンマンの絵本を出版したのは54歳の時。最初は出版社や評論家から「二度と描かないでください」「こんな絵本は図書館に置くべきでない」と酷評された。しかし全国の幼稚園・保育園から注文が殺到。子どもたちの支持で人気に火がついた。
 69歳の時にアニメ放映が開始。77歳で故郷の高知県にアンパンマンミュージアムを開館。89歳の今も、はつらつと創作活動を続ける。
 氏は綴る。「ぼくが一番うれしいことは他人を喜ばせることで、とくに子どもたちの笑顔を見るのが大好きです」。子どもの笑顔を喜びとし、次々と目標に挑んできたことが活力源なのであろう。
 仏法では「不老不死」と説く。「老いない、死なない」との意味ではない。妙法を信受し、万人の幸福を目指す広宣流布へ生き抜くなら、いつまでも若々しく豊かな人生を築いていけるとの教えだ。
 目標に年齢は関係ない。さあきょうも、わが広布と人生の目標へ向かって前進を! 偉大なる挑戦の中に、充実と歓喜のドラマは生まれる。

2008-06-20

[日記] 頑張れ岩手・宮城

 岩手・宮城内陸地震の被害は、日を追うごとに拡大しているが、各地の復旧への努力も急ピッチで進んでいる。
 地震直後、一番心配なのは、身近な人の安否であろう。「真っ先に電話をしてきてくださったのは、関西創価学園の職員の方。5分と置かず副校長先生からも電話が入った時には、思わず涙が出ました」
 今春から関西学園で学ぶ子を持つ、婦人部の方が、心からの感謝を語っていた。親元を離れて暮らす生徒のために、いち早く連絡してきた学園関係者――。緊急時の素早い対応に、親子がどれほど安堵したことか、想像に難くない。
 池田名誉会長は常々、語っている。「報告を聞いたら、即座に対応する。この電光石火の行動こそが、友の心に勇気と希望の波動を広げるのです」。非常時への万全の備えは当然として、いざというとき、直ちに励ましの行動に徹することができるかどうか。「一人を大切にする」とは、スピードを伴うものだ。
 2次災害の不安も深刻で、予断を許さない。被災地の一日も早い復興を祈りたい。

2008-06-19

[日記] 怒りの日記

 インドのマハトマ・ガンジーが提唱した「怒りの日記」をご存じだろうか。ガンジーの孫のアルン・ガンジー氏が10歳の頃。肌の色を理由に差別と暴力を受ける。「目には目を」と怒りに駆られるアルン少年。この時、ガンジーが勧めたのが「怒りの日記」。
 怒りを感じることがあれば日記にすべてを書き出しなさいと。ただし、怒りを撒き散らし、増幅させるために書くのではない。自分が感じる怒りが、どこから来ているのかを理解し、解決の糸口を見いだすのだと。アルン少年は日記を通し、怒りを問題解決の力に変えていった(塩田純著『ガンディーを継いで』NHK出版)。
 過日の青年部幹部会。池田名誉会長は創価の師弟を貫く「正義の怒り」について語った。戦時中、恩師の牧口先生を獄死させたものに、怒りを滾らせて仇討ちを誓った戸田先生。
 しかし、それは血を流す復讐ではない。民衆を苦しめる権力の魔性と向き合い、対話で社会に正義を打ち立てる闘争であった。その根本の精神を正しく継承し、世界に正義の連帯を広げたのが名誉会長である。御書に「怒りは善悪に通じる」(584ページ、通解)と。
 怒りを時代変革のエネルギーに転換した創価の師弟。この価値創造の智慧こそ現代に求められている。

2008-06-17

[日記] 一歩でも前へ

 サッカーW杯の予選突破へ、日本代表チームの要として期待が集まる中村俊輔選手。「サッカー選手として誰にも負けないことは?」と取材で聞かれ、「妥協しない姿勢」と答えた。その大切さを痛感したのは、中学3年生の時。
 有望選手がひしめくクラブチームで、当初はレギュラーだったが、次第に先発から外されていく。高校生になる前には、ユースチームに昇格することさえなかった。試合に出られる現状に満足して、油断があった、と(『察知力』幻冬舎新書)。
 スポーツの世界ばかりではない。現状に甘んじていれば、人間の成長は止まる。常に前を目指して努力するところに成長は生まれる。より前へ。越えるべき“壁”は、今の自分だ。
 創価学園生に、創立者の池田名誉会長は綴っている。疲れた、もうやめよう――そう思ってから「あと5分」「あと10分」勉強を頑張れるか。「あと1ページ」教科書に挑めるか。こうした挑戦の繰り返しが大きな力となっていく、と。
 いつも自らに問いたい。「一歩でも前へ」との執念があるか。気力の一歩がある限り、勝利の未来を開いていくことができる。

2008-06-16

[日記] 師匠不在

 お笑い最大手の企業が、昨今のブームに乗って、過去最高の売上高を記録。確かに、目にしない日はないほど、お笑い番組は茶の間にあふれている。
 放送作家の鶴間政行氏はこうした業界に警鐘を鳴らす。芸人は、昔なら自分のためだけでなく、「師匠に恩返しする」と頑張った。今は「自分のため」だけで、有名になると、すぐ他の道へと移ってしまう。「師匠不在」の時代――と(『人に好かれる笑いの技術』アスキー新書)。
 現代社会を「師匠なき時代」と評したのは20世紀のイタリアの作家モラヴィア。人々を精神的・社会的に導く「師匠」をもたないことで、芸術は、ひどい形式主義・順応主義に陥ったと憂えた。
 「師弟」が、人間にとって、どれほど掛け替えのない精神の宝であるか。池田名誉会長は、「求道の心を失い、慢心に陥れば、ただちに人間としての堕落が始まる。それを教えてくださる師匠の存在は、本当にありがたいものである」と。師をもつことがいかに大切か――この点を胸に刻み、師弟の精神を貫く日々でありたい。

2008-06-15

[日記] 父の日

 第2次大戦中、学童疎開をする娘に、父は自分あてのハガキをたくさん持たせた。「元気な日はマルを書いてよこしなさい」
 最初に届いたハガキは、威勢のいい大きなマル。しかし翌日からマルは小さくなり、ついにはバツ。そして、ハガキは来なくなった。娘は病に倒れていた。迎えの母と帰宅するや、父は裸足で外に飛び出し、やせた娘を抱き締めた、
 向田邦子さんが書いた、「無口な手紙」などのエッセーの中にある父と妹の話である。普段は無口でも、最後まで、家族を守り抜くという父の情愛を感じてならない。
 段ボールの箱作りが家業の壮年の話。不渡りをつかまされ、借金の山。3枚の段ボールを仕入れるのがやっと。それでも「いつか、天井まで段ボールを積んでみせる」と誓う。
 世間体など関係ない。必死の努力と祈りで、事業は好転。信心が敗れなければ、人生に負けることはないと、家族に教えた。3人の子も皆、大学を卒業し、成長。家族のために、黙々と頑張る父の姿を心に刻んだ。

2008-06-13

[日記] 小さな親切の日

 込んだ電車での小さな出来事。座っている女子高校生の前に、老紳士が立った。
 彼女は「どうぞ」と声をかけ、立ち上がった。男性は、快く席に着き、目の前の重そうな荷物を見て、「持ってあげようか」と。少女は「ありがとうございます」と、これまた素直に鞄を預けた。お互いが気持ちよく親切を交わし合うほほ笑ましい光景。そばで見ていた婦人が、「こちらまで心が温かくなった」と語っていた。
 文豪のロマン・ロランは、楽聖ベートーベンのこんな言葉を残している。「親切であるということ以外に、立派な人間であることの証拠はありません」(新庄嘉章訳)。親切心や思いやりの心こそ、人間性の発露である。
 きょう13日は「小さな親切の日」。誠実な振る舞いで身近な他者に尽くすことこそ大事であろう。

2008-06-10

[日記] 正義

 ショーウインドーを割った!――子どもたちが、町一番のケーキ屋さんに、身に覚えのない罪を着せられた。
 自分たちをばかにする、分からず屋の大人たちに、子どもたちは敢然と戦いを挑む。武器は学校新聞――。児童文学『チョコレート戦争』(大石真・作、北田卓史・絵、理論社)である。
 学校新聞を読んだ町中の子どもたちは、“自分のことのように”腹を立てた。大好きな店のケーキを我慢してボイコットしていく場面は、ほほ笑ましくも、痛快だ。「正義」の感覚は、子どもたちのほうが敏感なのかもしれない。
 かつて、歴史家のトインビー博士は、善悪・正邪がはっきりしている問題に関して、中立を保つことは不可能であり、正しくないと指摘した。中立がかえって悪にくみすることになる、と(『21世紀への対話』)。
 しかし、もっと言えば、善悪・正邪があいまいな時にこそ、はっきりと悪・邪を指摘することが、欠かせないのではなかろうか。仏法では、人間を苦しめる者を、叱り責め(呵責)、追い払い(駈遣)、その罪を一つ一つ糾明し処分する(挙処)ことの大切さを説いている。
 人間生命を尊ぶゆえに、それを脅かす者を許さない。その行動が本当の人間主義であり、優しさである。

2008-06-08

[日記] 金字塔

 オリンピックの金メダル。輝き以上に、「重かった」という印象が残っていると見た人は言う。
 「4年に一度」のプレッシャー、周囲のけた外れの期待、並み居る強豪との戦い……。それに負けない心技を磨く鍛錬の日々。そのメダリストは「偉大な目標には必ず、それに見合う高さの“壁”が存在する。それを越えるには、『基本』を見極めていくほかない」と断言する。
 スポーツ史に金字塔を打ち立てるまでの道程を聞き、「重かった」メダルには、実際の重量に、努力の“重さ”が加わっていることに気付いた。
 過日の吹奏楽連盟主催のソロコンテストで、金賞を受賞したホルンを奏でたメンバーは、大病を克服したばかり。ピアノ伴奏の部員も、弱視というハンディキャップをはね返しての熱演だった。いずれも、努力を重ね、困難の壁を越えて築いた、青春の金字塔だ。
 「金字塔」という言葉は、ピラミッドのことで、金色や材質の金とは無関係だ。形が「金」の字に似ていることに由来する。頂点が高いほどに、それを支える底辺は盤石でなくてはならない。たゆみない努力で堅固な土台を築いてこそ、勝利の頂点は気高くそびえるのだ。

2008-06-07

[日記] 先人への感謝を忘れるな

 アメリカ公民権運動の指導者キング博士の盟友で、博士のベトナム反戦スピーチの草稿を書いたことで知られるデンバー大学のビンセント・ハーディング名誉教授。
 教授は「博士が死をもって努力したのに、悪は一向になくならない」と疑問をもつ青年に、こう語っていると紹介した。
 「もし博士が、すべてを解決してしまっていたら、次の世代は何もすることがないではないか」。そして「先人への感謝を忘れるな」と。
 教授が言うように、より良い世界をつくってくれた先人への感謝があれば、「自分たちも、次の世代に、より良い世界を残そう」と思うはずだ。非暴力の価値を伝える、モアハウス大学キング国際チャペル主催の“ガンジー・キング・イケダ展”を見た小・中学生の間で、「いじめや暴力が半減した」と学校関係者から報告されているのは良い例であろう。
 より良き社会を築き、平和と人類の幸福という「夢」へ前進したい。“感謝の連鎖”は必ず未来に広がるからだ。

2008-06-06

[日記] 希望

 詩人の塔和子さん。差別やパーキンソン病と闘いながら、命ほとばしる詩で人々に生きる希望を与えたと、高見順賞など高い評価を得る。
 民間の船便はなく、国営の船でしか行けない島に塔さんは住む。ハンセン病療養所、大島青松園である。感染力は微弱。薬で完治する。世界では何十年も前から「隔離必要なし」。が、日本では「終生絶対隔離」を定めた法律が12年前まで存在した。
 小学6年生でハンセン病を発病。完治したが、法律や、誤解に基づく偏見ゆえに、島を出ることはできなかった。生きる証しと、詩作を始めた。
 塔さんの詩にある――「ああ 何億人の人がいようとも かかわらなければ路傍の人」。身は隔離されても、詩を通じて多くの人とかかわってきた。また、自分にかかわってくれた人々への感謝も、塔さんは謳う。
 「私は人間だ。人間に関することなら、私に無関係なものは何一つない」(ローマの詩人・テレンティウス)。池田名誉会長も「そこに人間がいるから」と、旧ソ連、中国に足を運び、「友好のかかわり」を続けた。
 身近にも、悩める友とかかわり続ける同志の姿。「関係ない」と、無関心の風潮が広がる現代社会。「かかわり続ける」学会の存在は、まぎれもない希望である。

2008-06-05

[日記] 世界環境デー

 地球温暖化の波が、至る所に押し寄せてきている。
 世界の有識者からなる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によると、地球の平均気温はこの100年で0・74度上昇。温暖化の影響により、絶滅の危機に瀕した生物は、1万6000種を超えるという。
 近年の世界各地を襲う異常気象は、危険を知らせる一つの“サイン”であろう。地球と運命をともにしている私たちは、環境問題をもっと“身近な問題”と捉える必要がある。
 きょう6月5日は、「世界環境デー」。日本でも、6月を環境月間と定めている。
 特に本年は、京都議定書第1約束期間開始の年。7月には北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)も予定されており、国内外の環境保全の取り組みにとって重要な節目となる。
 日常生活でも環境改善への取り組みは少しずつだが、着実に進んでいる。例えば、日本プロ野球組織(NPB)では、温暖化防止のため、今年から試合時間の6%短縮に取り組んでいる。
 自然エネルギーの効率的な活用など、大きな枠組みをもって国がリーダーシップを発揮しなければならないにもかかわらず、その欠如のため遅れをとっているという現状が確かにある。
 その上で、地球温暖化防止の鍵を握るのは、ちょっとした節約、環境への気配りといった、一人一人の意識革命だ。欲望の充足のみを願う生き方から、地球全体の未来を考える生き方への発想の転換を、始めなくてはならない。

2008-06-03

[日記] 健康人生

 メタボ健診元年――本年4月から、40歳以上を対象に、特定健康診査・特定保健指導が始まった。生活習慣病の予防には、内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)の対策が不可欠という。
 健診の結果いかんでは、保健指導が行われる場合もある。戦々恐々としているお父さんも多いのでは? “健康のために歩こう”と決意しても、“30分以上、歩かないと効果がない”と聞いて、始める前から尻込みする人もいるようだ。
 「がんばらないインターバル速歩」を提唱するのは、医師の鎌田實氏(『ちょい太でだいじょうぶ』集英社)。30メートルの全力速歩と30メートルのゆっくり歩きを、10回繰り返す。所要時間は7~8分。通勤途中で実践してみると、筆者には効果があった。
 鎌田氏は語る。「健康に生きようと思うプロセスのなかに、健康は隠れている」。大事なのは心のあり方。“やろう!”と決心したとき、すでに目標の半分は達成しているといっていいだろう。踏み出す一歩がなければ、ゴールはない。
 「一生涯、何かに挑戦する。何かを創造する。前へ前へと自分の世界を広げていく――この“創造的人生”こそ、真の“健康人生”」との池田名誉会長の指針を胸に、きょうも大いに友の激励に歩こう。

2008-06-02

[日記] 衣替え

 衣替えのシーズンを迎えた。下ろしたての夏服を着用して通勤・通学の途につく姿が目にまぶしい。
 衣替えは「更衣」とも書く。かつて宮中の行事として、旧暦4月1日から夏装束に、10月1日から冬装束にと替えていた風習が民間にも普及。明治時代になって会社や学校の制服を、6月1日から夏服に、10月1日から冬服に改めるようになった。
 自然のリズムは人間の営みと関係なく、歩みを進めていく。近年は、空調設備がいきわたったこともあり、季節を感じにくくなっている。それでも服装を替えるだけで、気分が一新するから不思議なものだ。
 日蓮大聖人は“季節の変わり目には、必ず大きな変化がある”という事象を、“凡夫が仏になろうとするときには必ず大きな障害が立ちはだかる”ことを説明する際の譬えとして挙げておられる(同1091ページ、趣意)。 訪れる一日一日を、ただ漫然と過ごすのか、目標に向かう前進の節目とするのか。それによって人生には大きな差が生まれる。“衣替えは心替え”――季節の変わり目を自身の生き方を見直す契機として、決意も新たに「わが挑戦の歴史」をつづりゆこう。

2008-05-29

[日記] 吉川英治氏

 文豪・吉川英治氏は、自身を「校訂癖の持ち主」と述べている。毎日の新聞原稿でも「せっかく組ミの出来ている版へまっ黒なほど筆を入れる」。単行本にする際にも「また訂筆する」と。「ただ気がすむまでの精進をしているつもりなのである」とも(『随筆 私本太平記』)。
 文筆に携わる者にとって当然の作業かもしれないが、氏が日本の誇る大作家たり得た一因には、人一倍の“校訂癖”があったともいえよう。後世に残る仕事をする人は、さらなる高みを目指し、挑戦を繰り返すものなのだろう。
 

2008-05-28

[日記] 第4回アフリカ開発会議

 実話を忠実に再現した映画「マンデラの名もなき看守」が17日から公開され(全国で順次)、評判だそうだ。
 1960年代の南アフリカ共和国。人種隔離政策のもと、黒人は白人より劣ると信じてやまない男がいた。看守として赴任した彼は、後に同国初の黒人大統領となるマンデラ氏と出会う。氏の人格と誠実さに触れ、偏見を捨て、次第に心の交流を深めていく主人公。同作のビレ・アウグスト監督は“もともとの事実自体が感動的であり、わざわざ何かを創り上げる必要はなかった”と語る。
 「幾度 無駄足を踏もうとも/君の礼儀正しさに/彼は遂に/恥ずかしい思いをしたといわれる/大誠実の人生を送ってほしい」との言葉は大統領のことを歌ったことのようだ。
 きょう28日から、横浜で第4回アフリカ開発会議が開催される。“人間”を見つめ結ぶ、有意義な議論を期待したい。

2008-05-26

[日記] スピード

 戦いには「スピード」が重要だ。古代世界を席巻し、ヨーロッパから遠くインドまでを版図に入れたアレキサンダー大王も、スピードが身上。あまりの速さに敵は舌を巻いた。速い者をたとえる「韋駄天」の語も、「アレキサンダー」からきているといわれる。
 鎌倉幕府が開かれて約30年後、朝廷と幕府との間で「承久の乱」が起こった。幕府内では、朝廷軍を迎え撃つ案が主流。が、重鎮の大江広元は「日時を累ぬるに於ては(中略)定めて変心有る可きなり」(『吾妻鏡』)と、兵を挙げて、すぐに攻めるよう主張する。結果、躊躇を捨て、速攻に転じた幕府が大勝利した。
 「戦い」にはもちろん、冷静な状況判断と準備が欠かせない。そのうえで、迅速に行動する組織、団体が勝利をする。「スピード」は、全体の士気、心の勢いをも高めるものだ。
 スピードは,リーダーの欠かせない条件であろうか。

2008-05-22

[日記] ネアンデルタール人

 わずか3万年前まで生きていたネアンデルタール人は、なぜ絶滅したのか。理由には諸説あるが、近年、彼らの命運を決めたのは「声」だとする説が出た。ネアンデルタール人は、現代人との声帯の位置の違いから、現代人ほど複雑な発声ができず、言語を獲得できなかった。
 氷河期の厳しい環境に対し、言語を持った現代人の祖先は、多様なコミュニケーションを駆使し団結した。一方、ネアンデルタール人は寒さに強い体を持ちながら、狭い範囲の協力にとどまり衰亡していったのだという(『ネアンデルタール人の正体』)。
 先史時代、コミュニケーションの能力が生死を決めた。この原則は文明社会にも当てはまるようだ。ある有名企業のかつての研究では、米国を代表する企業群も寿命は平均40年ほど。しかし100年を超す会社もあり、そこに共通する特徴は、環境の変化への適応を可能にする結束力、柔軟性等であることが分かった。そうした力を生み出す鍵は「対話」にあるとの分析も進んでいる。

2008-05-21

[日記] つながり

 会話をする時、思わず相づちを打ったり、うなずいたりする――そういう経験はないだろうか。
 人は単に言葉だけでなく、目の動きや手ぶりなど、無意識に体を動かして、自らの思いを伝える。人間同士の対話では、生体リズムが、互いに同調化する。この現象を「引き込み」と呼ぶ。これによって、円滑なコミュニケーションが図られる。
 岡山県立大学の渡辺富夫教授は指摘する。「話せば必ず、リズム同調が起こるしくみになっているのです。リズムが合えば一体感、共有感が湧いてくる」(「潮」2007年9月号)。対話の本質は「話せば思いが伝わる」にあるといえよう。
 “ありのままの自分”を受け入れてくれる環境がある人は幸せだと思う。思いを伝え合い、互いに励まし、支え合いながら、現実の生活に挑戦する一体感こそ平和の原点であろうか。
 「対話」を通して分かり合う――この人間交流が心と心を結び、相互理解を深め、信頼を築いていく。誠心誠意で、友人と心を通わせ合っていきたい。

2008-05-20

[日記] 思い出

 高校時代の野球部のOB会に参加した人の話である。
 毎年の恒例行事だが、今回は定年を迎えた監督を招待していた。20年も前の試合内容を、鮮明に覚えていた記憶力には、正直、驚かされた。そればかりか、教え子の陰の努力を、恩師はしっかりと心に刻んでいた。
 「よう頑張ってたな」と監督に肩を叩かれた後輩。一度も公式戦に出られなかった。が、腐らず、密かに練習を重ねていたと、監督が“証言”。「そんなことも見えんようじゃ、監督は務まらんよ」。さらりと言った恩師こそ、彼の上達を、だれよりも願っていた。
 「だれも見ていないところで忍耐強く戦っている人をこそ、私は讃えたい。大切にしたい。それが私の変わらぬ心である」と語る人の真の優しさを感じる次第だ。

2008-05-14

[日記] アイ・アム・プラウド・オブ・マイセルフ

 英語に「私は自分を誇りに思う(=アイ・アム・プラウド・オブ・マイセルフ)」との表現がある。日本語には、あまりなじまない言い方だろう。何はともあれ、わが国では控えめが美徳とされるからだ。
 が、世界を舞台に企業家として活躍する、佐々木かをりさんは指摘する。「誇り」とは、単なる自慢ではない。「自分の大切な生き方の魂の部分をしっかり持ち、その自分に敬意を表わすことではないだろうか」と(『自分が輝く7つの発想』知恵の森文庫=光文社)
 人間にはかえる事ができない尊い命が脈打っている。それを強く確信する事はこの上ない喜びである。
 友の幸福を願っていけることは最高の喜びである。

2008-05-12

[日記] ひとときの安らぎ

 「墓地」のイメージを大きく変える。無機質な墓石の羅列から「風景として捉えられる墓地公園」へ――造園・建築・土木の専門誌「ランドスケープデザイン」(マルモ出版)6月号は、こう主張する。
 今号の特集は「光、風、そして緑の墓地公園」。タイトルは「人と自然が向き合う場所――気候・風土を生かした全国の墓地公園」
 五つの墓地公園の建設に携わった井上剛宏氏は言う。「いかに自然に馴染み、つながる空間を創造し、同時に訪れる方がひとときの安らぎを覚え、日常の雑事を忘れ、その空間に身を置く楽しさを感じることができるか」が大切。「将来そこを訪れる方々だけではなく、地域の文化施設として誇りを持っていただける墓地公園であることを願って、建設に携わってきた」と 。

 墓地は亡くなった人の眠っているだけでなく,これから生き続ける人のスタートになるのであろうか。

2008-05-09

[日記] いなずみくみこさん(工房なある主宰)の「ガラクタ工作」

 忙しい毎日。たまには、子どもと一緒に「工作」に取り組んで、楽しい時間を過ごしてみませんか。手作りおもちゃを真ん中に、お互いを再発見できる貴重な機会になるかもしれません。「工房なある」主宰の、いなずみくみこさんの身近な物を活用した「ガラクタ工作」を紹介します。
 
キラキラ宇宙コマ(初級)
 不要になったCDの裏面は、キラキラしていて捨てるには惜しい美しさです。その美しさを「コマ」にして楽しんでみましょう。回転させて、誰のコマが一番長く回っているか、模様が美しいか、家族で競い合いましょう。
 【材料】
 使い終わったCD・段ボール(うすいもの)・スナップ(衣服などの合わせ目を留める凸型と凹型の小さな留め具)の凸型の方・アルミシートのようなキラキラした素材
 【道具】
 はさみ・油性マーカー・両面テープ
 【作り方】
 (1)段ボールを3センチ角の正方形に切り、両面テープを十字に張って、まん中にスナップを張る。
 (2)その上にCDの印刷面を上にして、穴の中心にかぶせる。
 (3)CDのキラキラ面にアルミシートを両面テープで張り、油性マーカーで模様を描く。
 【遊び方】
 CDの表面の段ボールに指をかけてひねり、CDを回転させます。それが上手にできない場合はCDの端に両手の指をかけて回してください。
 【ポイント】
 スナップの凸型がCDの中心になっていないと、バランスが悪く、長く回転しません。
 シートなどを張る時は、重さのバランスを考えて張りましょう。

2008-05-08

[日記] 「演説」という言葉

 「演説」という言葉は、福沢諭吉による訳語。「演説とは英語にて『スピイチ』と言い(中略)我思うところを人に伝うるの法」(『学問のすゝめ』岩波文庫)と解説している。
 学問を習得しても、大衆のために語らない。インテリ然と、ふんぞり返っているだけ。そんな手合いに、諭吉は「活用なき学問は無学に等し」「懶惰と言うべし」(同)と手厳しかった。やがて、自身が創立した慶応義塾のキャンパスに「三田演説館」を建設。ここで、尾崎行雄や犬養毅など、多くの言論の雄を訓育する。
 正義を語らずにはいられない!――この闘魂が、真の雄弁を生み、人の心を打つのであろう。

2008-05-07

[日記] 「音楽は楽しい!」を追求したい

 映画や舞台音楽の作曲や斬新なステージ演出で話題を呼ぶ、ピアニスト・稲本響さん。音楽活動は、どこからインスピレーションを得ているのですか?との問いにこう答える。
 驚くかもしれませんが、音楽とはまったく関係のない、小中学校時代の友人と話すなかで、新しいことに挑戦する力をもらったりします。僕が生まれ育った大阪・堺には、畳屋さん、鍛冶屋さん、饅頭屋さんをはじめ、職人さんの子どもが多くて、今もそれぞれ“職人魂”で頑張っている。だから僕も、ピアニストである前に、“音楽屋”の職人の息子として、もっと頑張ろうとか思えるんです。
 建て前ではなく人間としてのあり方が大切なのであろう。

2008-05-06

[日記] 心の財産

 病気の友を見舞う時、どうしたら喜ばれるだろうか。
 病床にあった経済学者の小泉信三氏を元気づけたのは、友人から贈られた運動靴だったという(『平生の心がけ』講談社学術文庫)。“早く戻って来いよ”と、自分を思いやってくれた友の“心の情景”が見えたからだろう。 ベラルーシ共和国の、ある小児白血病棟での話(鎌田實著『雪とパイナップル』集英社)。つらい治療に負けそうな子どもたちが、ある日を境に明るく変わる。学校に戻った時に授業に遅れないようにと、ボランティアの教師が勉強を教えに来てくれた日からだ。勉強するということは、いつか退院できるということ。そこに希望が芽生えた。
 励ましとは、相手に“希望の花”を咲かせることだ。人は皆、希望の種を持っている。相手の状況、置かれた環境を踏まえながら、それを、どう芽吹かせ、はぐくむか――「自分には、こんなに思ってくれる人がいる!」。その心が、どれだけ友の励みになることだろう。
 友の幸福を真剣に願う気持ちは、必ずや友の心の財産になっていくに違いない。

2008-05-05

[日記] 朝日新聞 社説に思う

 水戸市にある湖で、頭や首などに傷を負った7羽が無残な姿で死んでいるのが見つかった。市内に住む男子中学生たちが警察の調べに、「棒で殴った」と認めたという。
 中学生といえば、まだきちんとした判断力が備わっているとはいえない。おもしろ半分だったかもしれないし、仲間でふざけているうちに、いたずらが過ぎたのかもしれない。

とあった。中学生だから・・と言うのはあまりにも短絡的であると思う。命の尊さを低年齢だから分からないと言うのでは,いつまで経っても優しさを育てていくことはできないのではないか。
 チューリップなどの花を憂さ晴らしのために傷めている大人の世界で子どもを育てていいのかと考えてしまう。

2008-05-04

[日記] 幼児期からの語彙力の低下(つづき)

 まずは聞く機会を増やすことです。
 言葉を聞いていない子は、語彙力がありません。語彙力がなければ、表現することができません。物事を考えることもできません。語彙力は、学力の根本でしょう。
 今は学力低下が問題になっていますが、その論議は小学校から上の段階の子どもを指しています。しかし、本当は小学校で学力が落ちているのではなく、幼児期からの語彙力の低下が影響しているのだと思います。ですから、幼児期からの家庭でのかかわりが大事です。

2008-05-03

[日記] 幼児期の子どもの語彙力

レクタス教育研究所の正司昌子理事長の話である

 顕著に感じるのは、使う言葉自体が少なくなっている点です。子どもたちの語彙力が低下しています。
 会話をしていても、文章になった話ができていない。主語と述語を使わないので、ほとんど単語だけで話す子も増えています。また、実体験が少ないからか、想像力も低下してきているように感じます。
例えば、幼児を対象にした授業の中で、いちごをテーマに「お話を作ってください」と言ってみます。すると、「いちごは甘い」「いちごはきれい」などの単文しか言えないのです。何回やっても、文章が膨らみません。
 以前なら、しばらくたつと、「買い物から帰ってきたお母さんと一緒に、いちごを食べました」など、想像力を膨らませながら、文章が出来上がりました。
 今はそれができなくなっています。語彙力と想像力が低下しているのです。
 言葉は、いきなり話せるようになるのではありません。聞くことを積み重ねて、使えるようになります。
 ですから、語彙力の低下の原因は、言葉を「聞く」機会が減っていることにあると思います。昔と比べ、圧倒的に子どもに話し掛ける人が減りました。きょうだいも少ないし、共働き夫婦も増えています。
 親が意識して子どもの聞く機会を増やしていけば、語彙力は大きく伸びると思います。
                               つづく

2008-05-02

[日記] 火事場の馬鹿力

「火事場の馬鹿力」といわれるように、人間のもつ潜在能力は、想像以上に大きい。「もう駄目だ」と思った時こそ、もう一歩、踏み出す努力を心がけたい。
 水泳の世界で、数々の世界記録を更新してきたイアン・ソープ。水泳は、ライバル選手との争いであるとともに、自分自身との戦いでもある。その彼が語っていた。「レースで1位になろうと、2位、3位だろうと関係がない。大事なのは、自分ができるかぎりのベストをつくしたかどうかだ」
 どんな分野であれ、一つのことを成し遂げようとすれば、自分の“限界との戦い”に行き着く。努力し続ける先に、成功への道も開けてくる――まさに、自分との戦いが勝敗の分かれ目となろう。
 フランスの思想家モンテーニュは綴っている。「私は他人にどう見えるかということよりも、むしろ私自身の中でどんな人間であるかを気にする」(原二郎訳『エセー』岩波文庫)と。他人の評価ではなく、自分として満足できたかどうか――これが問題だというのだ。
 あきらめの心を、挑戦の心に転換する事が勝利の要諦となろう。自分に勝ったという充実感は必ず、あすへの活力となる。「きょう一日、私はやり切った」という完全燃焼の日々でありたい。

2008-05-01

[日記] 交流

 人と会い、交流を深めるには最高の季節を迎えた。若葉が薫る心地よい風に乗って、友好を深めたい。
 一本一本の木の下には大小の根が張り巡らされている。この根の力で、山地をしっかりと支えているから、雨にさらされても山は崩れない。
 この山地を支える効果は「大きさの異なる多くの根が偏りなく深くまで張りめぐらされているほど高い」と言う(『究極の森林』梶原幹弘著)。友好の絆というのも本来多種多彩なものである。その多様性こそが強さに通じるものであると思う。深く、広く、強く、心を結ぶ友好を広げようと思う。

2008-04-27

[日記] 大科学者ニュートン

 私が遠くを見ることができたとするなら、それは、私が巨人の肩に乗っていたからです――大科学者ニュートンが、自身の偉大な発見は先人の遺産のお陰である、と語ったのは有名。彼はガリレオやコペルニクスなど、先哲への恩を忘れなかった。
 天才と呼ばれたニュートンでも、たやすく「巨人の肩」に乗ったのではない。地道な研究に挑み、一歩一歩、巨人によじ登った。その苦闘の末に、近代科学の新たな地平を開くことができたのである。
 私たちは、知らず知らずのうちに、親や周りの人の恩恵にあずかっていることがある。それを実感することのできる一人一人でなければならない。
 しかし、できあがった平和の上にあぐらをかいて、ふんぞり返っては絶対にならないのではなかろうか。

2008-04-26

[日記] 苦楽しい

 「小説を書くのは苦楽しい」。作家・遠藤周作氏が、臨床心理学者の河合隼雄氏との対談で語った言葉である。この言葉を引用して河合氏は、家族こそ「苦楽しい」最たるものではないか、と問いかける(『父親の力 母親の力』)。
 子育てや夫婦間の悩みなど、家族が抱える課題は多い。だが、「苦」と「楽」は表裏一体。幸福とは、苦難がないことではない。苦難に負けないことである。河合氏は指摘する。「『家族のための苦労』というものに価値がある。
「苦楽」を分かち合うことで家族の絆は深まる。一人がより大きな幸福を築くことが家族を包んでいくのであろう。

2008-04-25

[日記] 新生活に奮闘する友へ

 あるタクシードライバーの話です。
 昨年65歳で普通自動車第二種免許に挑戦し合格。タクシー会社に就職した。今は道路を覚えるため、早めに出社しては知らない道を走り、道のりをノートに記録しているという。新しい挑戦を開始した緊張感が、とても爽やかだったと言う。
 この時期、進学や就職による新しい生活環境の変化に、戸惑っている人は多いはず。まずは、追い立てられるような生活のリズムに慣れること。自身の目標を明確にし、何事も前向きに受け止めていくプラス思考が大事であろう。
 中国の諺に「一事を経ざれば一智に長ぜず」と。一つの事をやり遂げてはじめて一つの知恵が身につく、という意(井波律子著『中国名言集 一日一言』)。新しい挑戦への失敗を恐れず、焦らず着実に経験を積み重ねていく以外にない。
 また新生活に奮闘する友への家族や周囲の心配りも大切だ。「善人と親しくなる者は、特別なことはないにもかかわらず、心も行動も真っすぐになるのである」と言われるのは真理であろう。
 新しい生活に挑戦する友よ、頑張れ! と温かい励ましを送りたい。

2008-04-24

[日記] 石垣

 石垣はなぜ、大・中・小の石を複雑に組み合わせるのか。地震に強くなるからだという。同じ大きさ、同じ重さの石を積むと、地震の揺れを吸収できず、逆に揺れが大きくなって、崩壊する危険度が増す。
 組み合わせ方もバラバラではいけない。実際、高い精度で、がっちりと組まれている。大きな石も小さな石も、どれ一つとして欠くことのできない石として働いているから強固なのだ。
 人の世界も同じだろう。使命のない人はいない。どんな人も、なくてはならない人となれる。そのためには、周囲が一人一人の長所を見つけ伸ばし、使命に目覚めさせることだ。
 自分の活躍の舞台があれば、誰もがもてる力を発揮できるようになる。いるだけで場を明るくする人、皆のやる気を引き出す人など――多彩な人材が団結してこそ、永遠に崩れない“組織”となる。

2008-04-22

[日記] 二兎を追う者は一兎をも得ず

 「『二兎を追う者は一兎をも得ず』と言います」。昔、ある女子学生が質問に立った。「勉強、クラブ活動、――。全部やろうとすると、どれも中途半端になりませんか」
 じっと耳を傾けた後で、その場にいた指導者は語った。「力があれば、百兎でも千兎でも追いなさい」と。
 実に心を広げる一言である。当時、その場にいた学生がその指導者の心をこう考えた。「『力があれば』と言われたが、『力はあるんだ』と言おうとされたのだと思います」
 その頃は、多くが“貧乏学生”。その一人ひとりに「君たちこそ、世界の指導者に!」と語りかけた。そんなことを言う者はいなかった。学生たちも半信半疑。だが、その言葉通りに今、世界中で、社会の指導者が活躍している。
 百兎でも、千兎でも!――自身の小さな殻を破り、友の幸福を考える。自分中心の「小願」にとどまらず、「大願」に生きる。
 春は行動の季節。成長の季節。「思い切って」「一つ一つ、着実に」「縦横に挑戦して」と語っていきたい。

2008-04-21

[日記] 前向き・後ろ向き

 ある女性が情報誌制作の仕事に就き、念願の社会進出を果たした。彼女は、生まれながら気管が狭く、気道を確保するために気管を切開。チューブを挿入している。そのチューブの先が当たる部分の肉が盛り上がって、窒息状態を起こすことがある。これを切除するため、全身麻酔での手術は数百回に。両親は病院での24時間体制の付き添いを10年以上続けてきた。
 しかし、女性は常に明るく、院内学級や夜間高校に学び、短大に進学。ついに、社会進出を勝ち取った。彼女の言葉に脱帽した。「私が“前向き”に頑張れたのは、家族や医療関係の人々、そして励まし続けてくれた仲間がいたから。感謝の思いを、自分の頑張る姿で示したい!」
 「前向き」と「後ろ向き」の違い。それは、わずかな「心の差」。思うようにいかない時こそ、縮み込まず、心を弾ませ行動したい。

 何事も受け身では、成長も喜びもない。主体者としての自覚で、挑戦の日々、成長の日々を。

2008-04-17

[日記] 桜前線

 桜前線が北上している。本州ではソメイヨシノの開花を追う前線だが、北海道ではエゾヤマザクラ、チシマザクラ、沖縄・奄美ではヒカンザクラの花に注目する。
 沖縄では、この桜が北から南へと咲いていく。つまり、桜前線は南下するのだ。冬の低温の刺激を受け、花芽が成長するのが、桜の特徴。沖縄北部の山間部のほうが早く寒さを経験するため、花芽がより早期に、つぼみになるというのだ。桜は多種多様で、一説によると、300品種を超える。それぞれの花が誇らしく咲き香るように、個々の個性も輝く人間関係が構築できる社会でありたい。
 広告業界の大手企業は、「粒ぞろい」ではなく、「粒ちがい」の人材を求め続けた。「1人としてパターン化した人間はいりません」「起業家精神の旺盛な個の集まりが理想です」と(高橋宣行著『博報堂スタイル』PHP研究所)
 本年度も、新社会人が希望の出発を期した。思い通りにいかず、挫折を味わうことがあるかもしれない。だが、決して地道な努力は裏切らない。努力の開花の時期は、人それぞれだが、必ずやって来る――そう信じて、“自分らしさ”を磨く鍛えの青春をと期待したい。

2008-04-16

[日記] 流行

 「最新の流行」を聞かれると、ファッションや音楽、言葉、お笑い芸人に至るまで、思い浮かべる人は多いのではないだろうか。
 心動かされることを伝えるから、共感が広がる。この連鎖が拡大すれば流行となる。「流行」について、電通の調査結果が興味深い。流行を拡大させる人は「影響を取り入れ うまく反応し、発信する」人という。その割合は20代、30代の青年が多く、男性よりも女性が多いことが分かった。
 はやり廃りの激しい現代社会。世間の流行を追い求め、華やかさに浴しても、はかないことだ。むしろ、変化変化の世の中だからこそ、時勢に流されない、確固たる自分を築くことが肝要であろう。
 「流行」の語源をたどると『孟子』にある。人徳は、急使で命令を伝えるよりも、速く浸透するという意。なるほど、人格の力は偉大である。
 優れた人格は、相手の徳性まで引き出していける。そして友の心を強く引きつけて離さない。人間主義という本来、意味するところの「流行」を担う青年でいつまでもありたい。

2008-04-15

[日記] 生きた日

 「世界に別れを告げる日に/ひとは一生をふりかえって/じぶんが本当に生きた日が/あまりにすくなかったことに驚くだろう」(『茨木のり子集 言の葉』筑摩書房)。
 人生を振り返った時、財産や肩書ばかりを追う生き方が、いかに空しいか。本当に生きることがいかに難しく大切かを、詩人・茨木のり子氏は見つめた。

 今日の戦いの結果はどうか 自分らしく頑張った
 明日の建設の 信念はよいか 大丈夫 一日の建設をなさずば 次の完成はないのである
 この悔いなき積み重ねが「本当に生きた日」として輝きを増すのだろう。

2008-04-12

[日記] 食卓のだんらん

 「後継の未来っ子を立派に育てるには」――東京・練馬区に住む、二人の子を持つ婦人が語ってくれた。「毎日の食事をきちんと作ってあげること。それが、わが家の方針です」。
 胸を突かれた。なるほど、簡単なようでいて、しかし今の時代、食事の支度を欠かさぬことは難しい。共働きの家庭もある。知恵を絞り、夫の協力も得て、食事作りに挑戦してきたという。
 確かに、「食」への取り組みいかんで、生活リズムや家族相互のかかわりは大きく変わってくるだろう。その意味で食卓は“アルキメデスの支点”(=物事を大きく動かすための急所)とも言えそうだ。子どもたちは今元気に歩む。
 霊長類の生態を研究する山極寿一氏によると、仲間と共に食事をするのは人間だけ。そこに人間ならではの、互いに分かち合う「家庭」「社会」が形成された(『暴力はどこからきたか――人間性の起源を探る』NHKブックス)。
 心のこもる一皿で家族の笑顔を引き出す主婦は、一国の宰相に勝る。食卓のだんらんは、世界の平和につながっているのだから。

2008-04-11

[日記] 目的観

 もし、柿の種が、味も香りも良い果肉のようだったら――詩人・吉野弘氏は、そんな想像を働かせた。種は果肉とともに食い尽くされるだろう、と。
 種子は、好ましい味をもたなかったがために、周囲から無視され、かえって未来への芽を守り続けたというのだ。氏は結論する。「人間の歴史にも/同時代の味覚に合わない種子があって/明日をひっそり担っていることが多い」(『吉野弘詩集』ハルキ文庫)。
 長い時を経ても残るもの――それが、時流とは一線を画した「種子」のような生き方ということなのだろう。確かに、世間の風潮に迎合し、流行を追いかけるだけの人生は空しい。真実の幸福の実体はない。反対に、毀誉褒貶に流されることなく、自らの信じた道を貫く人生には、充実がある。永遠に崩れざる勝利がある。そのために必要なのは、「何のため」という根本の哲学はあるまいか。目的観があれば、人生の座標軸はぶれない。確かな軌道を歩んでいける。なければ、迷走するだけだろう。

2008-04-09

[日記] かけがえのない人

 「自分の絵本を出版したい」(12歳)、「世界でいちばん大きなカブトムシにあいたい」(8歳)――どんな子にも夢がある。だが、不自由な闘病生活が続くと、そうした豊かな夢を心の中に眠らせがちになる。
 「難病の子どもの夢をかなえる」ことを目的としたボランティア団体「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」。事務局長の大野寿子さんの話である。
 大野さんは確信している。「“あなたは、かけがえのない人”“皆が応援団よ”との必死の思いが、心の奥まで届けば、子どもたちの眠っていた希望は必ず目を覚ます」。飛び切りの笑顔で、夢に向かって歩み始めるというのだ。
 人の心を打つのは、話のうまさでも、美辞麗句でもない。“この友を絶対に幸福に!”――「一人」を思う大情熱が、わが胸中に燃えているかどうかだ。

2008-04-07

[日記] 「みこん六姉妹2」

昨日の続き(大和田さんの話をそのまま載せています)

 人間はいろいろな人に助けられながら生きています。僕は舞台の演出もしますが、「人間が人間にかかわることって、なんてすてきなんだろう」というメッセージを送っているつもりです。
 そんな中、若者と接して、あらためて学んだことがあります。それは、「見た目では絶対に判断してはいけない」ということです。茶髪の若者も、阪神大震災の時には救援ボランティアで大活躍しました。やはり、まずは話し合ってみることが大切です。
                             つづく

2008-04-06

[日記] 子どもにはガツンと

 今、TBS系のドラマ「みこん六姉妹2」に出演している俳優・大和田伸也さんの話です。そのまま書かせて頂く。

 子どもにはガツンと言う時も必要だと思います。ただ、その後のフォローが大事なんです。「お前を愛しているからなんだ」ということを伝えなければなりません。
 実際に重大事件を起こした子どもたちと話したことがあるんです。彼らによれば、犯行への衝動を抑えることができるかどうかは、自分が愛されていることを自覚できるかどうかで決まるそうです。
                              つづく

2008-04-05

[日記] やる気

 「やる気」を出すには、どうすべきか。あれこれ思い惑うより、まずはちょっと“動いてみる”こと。最新の脳科学が教える知見だ(池谷裕二・糸井重里著『海馬――脳は疲れない』)。
 たとえば、掃除をしようと思い立つ。掃除機のところへ、まずはわが身を運ぶこと。勉強しなければ、と考える。テレビを消し、まずは机の前に座ること。すると脳の側坐核が刺激され、やる気が高まってくるという。
 やり始めないと、やる気は出ない。座っていては、人生は始まらない。まずは体を動かして自分の心を揺さぶろう。刺激された心が、今度は行動に拍車を掛けるはずだ。

2008-04-03

[日記] 負けるが勝ち

 新年度を迎え、学校や会社に新入生や新入社員が入ってきた。はつらつとしていて、周囲に新鮮な空気が広がる。さわやかな外見だが、心中は期待と不安が相半ばといったところだろう。最近の調査でも、社会人になる心境を聞いたところ、ストレスに持ちこたえられるだろうかといった不安を挙げる人が多くいた。
 新しい環境で、勉強や仕事、人間関係に慣れず、つまずくこともあろう。人生は成功と失敗、勝ちと負けの連続とも言える。うまくいった時はいいが、思うようにいかなかった時にどうするか。そこが問題だ。
 日本人初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士が中間子論をまとめた1934年の日記には、「天才は限られてゐる、努力には限りがない」と、研究に苦闘する模様が記されている。失敗についても「失敗つたと思つた時に気をとり直すか否かゞ勝敗の分れ目である」と(『湯川秀樹日記』朝日選書)。
 失敗して落ち込むだけでは、本当の敗北になってしまう。前に向き直って、さあもう一度、と挑戦するところに次の勝機が生まれる。
 「負けるが勝ちの場合もある。負けて悔しい経験をした人が、常勝の力を持つ」。万事、この心意気でいきたい。

2008-04-02

[日記] 子は親の鏡

 映画監督の大林宣彦氏が、紹介しているエピソード。若い母親と3歳くらいの男の子が電車に乗っていた。男の子は誤って、隣で眠る老人の白いズボンを靴で汚してしまった。その子と目があった氏は“後で謝ろうか”と言ったが、母親は逆に氏に文句を。その時、男の子は尋ねた。「お母さん、どうしてぼくを叱らないの?」。彼は、明確に善悪を判断していた(『なぜ若者は老人に席を譲らなくなったのか』幻冬舎刊)。
 「子は親の鏡」とは、ドロシー・ロー・ノルトが1954年に作った詩。“大人の価値観や振る舞いが、子どもの成長に影響を与えていく”との主題は、時を超えて支持される。問題は子ではない。親なのだ。
「子どもは、伸び伸びと自由にさせながらも、何をしているかを、親がよく心におさめて、祈り、見守ってあげる」。子どもを伸び伸び自由に育てたいのは、親心として当然だ。が、その心に自分の姿が映っていてこそ、子どもは安心してまっすぐ育つ。親もまた心を磨く努力が大切だ。「教育」は「共育(共に育つ)」。親子共に成長の日々でありたい。、心を磨く努力が大切だ。「教育」は「共育(共に育つ)」。親子共に成長の日々でありたい。

2008-04-01

[日記] 幸福の絵柄

 詩人・北原白秋の『洗心雑話』の中に「心柄といふものはほんの一寸した言葉のはしにもあらはれる」とある。人柄や絵柄と同じように、人の心にも柄があるのだ。柄とは模様のこと。人の品位・性格を指す。
 心の模様は、十人十色だ。ある時は、苦しみや悲しみの模様、またある時は、楽しみや喜びの模様を心に刻むこともある。心にどのような模様を刻むかで、人生も決まる、といえよう。
 優れた画家が、あらゆる生き物を真に迫って描くように、心がすべてを作り出していく。心の在り方一つで人生も決まる。「心こそ大切なれ」である。人のために尽くす行動は、日々刻々と自身の心に刻まれていく。それは、確かな“幸福の絵柄”となり、自らの心に描かれていくことを確信したい。

2008-03-31

[日記] 励ましのネットワーク

 まもなく見頃を迎える岐阜県本巣市の「淡墨桜」。樹齢1500年の名木だが、かつて枯死しかかったことがある。人々の惜しむ声は強く、さまざまな“治療法”が検討された結果、「若木の根接ぎ」という手法に決まった。 昭和24年、治療を開始。でき得る限り接がれた山桜の若根は、実に238本にのぼった。根の白蟻を駆除し、土壌を替え、肥料を施す。接いだ部分に雪が積もれば皆で払った。こうして、淡墨桜は往年の勢いを取り戻す。
 人材の育成も、また然りであろう。成長を願う一人また一人が、友に真心の声をかけ、励ましを送る。その無数のかかわりを生命の滋養として、人は、成長の根を伸び伸びと広げ、勝利の花を咲かせる大樹となる。わが身を振り返っても、どれだけ多くの人に支えられ、勇気づけられてきたことか。 心豊かな“励ましのネットワーク”を広げ、新しき人材の育成に全力を挙げたい。

2008-03-30

[日記] 「できた!」との達成感

 食育・料理研究家の坂本廣子さん。小さな子どもを対象とした料理教室「キッズ・キッチン」を全国各地で開催するなど、食育活動の第一線で活躍している人だ。
 そんな彼女が食育を担当していた幼稚園に、一人の男の子がいた。車で送り迎えされ、欲しいものは何でも買ってもらえる。しかし、幼稚園のものを大事にせず、壊してばかりだった。
 どうしたら「ものの大切さ」を伝えられるか担当教諭も悩んでおられた。
 ある時、授業でパンを作った。粉を練り、形を作り、焼いて……すべて子ども自身が行う。ところが、その男の子は、自分が焼いたパンをオーブンから取り出す時、熱くて床に落としてしまった!
 「替えてあげようか」と聞くと、彼はパンを手できれいにぬぐいながら、「ううん、もったいない」と。自分で苦労して作って初めて、「ものの大切さ」がわかったようだ。
 その後、皆でパンを食べたのだが、彼は少しだけ残して、家に持ち帰った。後日、お母さんが「家族のためにと持って帰ってくれたパンは、どんなパンよりもおいしかったです」と話してくれた。
 親の世代は、とかく言葉で教えようとしがちですが、子どもは実感することで学ぶわけだということが分かる。

2008-03-29

[日記] ナポレオン

 ナポレオンの劇的な生涯の中でも、有名な場面がある。1814年の閲兵での出来事。ナポレオンは、一人の老兵に目を留めた。「どこかで会った気がする。名前は何というのか」
 アルコレ橋、マレンゴ、アウステルリッツと、数々の激戦を、老兵は皇帝と共に勝ち越えてきた。位は伍長。功労に比べれば、あまりに低かった。皇帝と一緒であれば、それで満足だった。ナポレオンは、胸にあった勲章を自ら老兵につけてやった。太鼓、ラッパが響き、その場で老兵は大尉に昇進する。20年来泣いたことのない老兵の目に涙が光った。
 公平に、誠実に、頑張った人に報いる。陰の人を、草の根を分けても探し出して讃える。この意識があればこそ盤石な組織ができあがったのである。この一点を深く銘記していきたいものだ。

2008-03-27

[日記] 福沢諭吉

 旧五千円札の新渡戸稲造博士は少年時代、慶応義塾で福沢諭吉の演説を聴いた。内容は忘れたが、両手に紙袋を提げてきた福沢が演説前、聴衆の少年に紙袋から煎餅を配ったことは鮮明に覚えていた。
 新渡戸博士は後年、この思い出を述懐し、次のように語った。「今日教育家は多いが、大抵は教育屋であって、真の教育家ではない」「子供たち一人々々に煎餅を与へながら、自然に滲む愛情で周囲を潤ほしてゆくやうな血の通った教育をする人は少ない」(『慶応義塾学報』)。現代にも通じる指摘だろう。その人物のありのままが教育の原点で会ってもらいたいものだ。

2008-03-26

[日記] 万紫千紅

 「万紫千紅/総て是れ春」(朱子)。百花が春爛漫の景観を織りなすように、多彩な青年群が勢いよく開花する時期である。
 そのために育成に全魂を込める事が大切である。希望に満ち活躍の舞台をさらに広げていこうとする青年に明確な指針が与えられるような先輩でありたいと思う。

2008-03-25

[日記] 環境

 徳島の山あいの町が「葉っぱを売って2億円を稼ぐおばあちゃんたち」と脚光を浴びている。和食に添えられるナンテンやモミジの葉を農家が栽培し流通させる新市場を開拓したのだ。今では町の人口より多くの視察者が訪れる。そこでは、ファクス、携帯電話、パソコンを駆使して注目の事業を営む年配者の姿を見ることができる。
 ビジネスには企業秘密がつきもの。が、ここは完全公開。仕組みをまねされても、絶対に負けない自信がある。それは「人と人との強い絆があるから」だという(横石知二著『そうだ、葉っぱを売ろう!』)。どこでも過疎の町は、仕事がない。経済基盤も弱い。事実、この町も寒波襲来で主力産品のミカンがだめになって生活が立ちゆかなくなった。その“どん底”で悩み抜いた一人が、すし店で見つけた新規事業。愚痴をこぼしあうだけの人間関係から、目標を掲げ、皆で幾度も共に困難を乗り越えて、共に生きる絆ができあがった。
 「環境で、心の大きさは変わらない。心は、いくらでも広げていける。心は、どちらの方向にも行ける」。環境が悪いと嘆くのか、環境を変えようと動くのか。一人が立ち上がれば、必ず続く。我らは、その最初の一人でありたい。

2008-03-24

[日記] ひくまの出版

 児童文学作家の那須田稔さん。“「命の大切さ」を伝えたい”という思いで作家として出発した時から現在に至るまで、この思いは変わら無いという。
 少年時代に戦争を体験した世代。次の世代へ語り継がなくてはいけない言葉がある。旧満州のハルビンで、終戦を迎えられたそうだ。終戦直前に旧ソビエト軍の侵攻が始まり、平安だった街が一瞬にして、混乱と恐怖に支配されてしまう。砲弾が飛び交い、親しい人が命を落としていく――。必死に戦火から逃れるなかで、「何よりも大切なものは命なんだ!」と、心の底から感じたそうだ。
 命を尊さを次代に伝えるためには、今生きているものがその姿勢を通し伝えなければならないのだ。

2008-03-23

[日記] 世界気象デー

 きょう3月23日は「世界気象デー」。世界気象機関は、1950年(昭和25年)のこの日に設立。日本が加盟してから今年で55年を迎える。気象観測のネットワークは、今や世界に広がる。気象現象は地球規模で起こり、より多くの地点で観測することが、正確な予測につながる。
 自然災害による世界の経済的損失の63%が気象に関連している、との統計もある。各国が協力して、これらの被害を減らすことが求められている。 気象の変化をとらえる“目”は、地上や上空の観測から始まった。現在は、それらに加え、レーダー、気象衛星と多彩。情報の交換や技術の進歩によって予報の精度を増しているが、最終的な判断は人に委ねられる。人間の英知と不断の努力が不可欠なゆえんである。
 国内で最も過酷な地点である富士山頂の冬季観測に活躍した気象学者、野中到・千代子夫妻の生命をかけての作業も、その使命感のなせるわざであった。
 大自然の兆しを見抜くにも、たゆまぬ努力の積み重ねがあって可能になる。多くの人々の安全のため、どんな些細なことも見逃さない――この責任感が欠かせないのは、社会のすべての活動についても同じことだと思う。

2008-03-22

[日記] ありがとう

 ある人の子育て体験。最近、言葉が増えてきた2歳の娘。靴下を履かせてあげたら「あいがと、パパ」と感謝された。親として当然のことをしただけなのにと驚き、温かな気持ちになった。まだ幼いから、どこまで理解して話しているかはわからない。おそらく何かにつけて、子どもに「ありがとう」と言うようにしているので自然と覚えたのだろう 。
 身近な家族だからこそ、何かをしてもらって当たり前と思うのでなく感謝を声に出す。態度に表す。そうした積み重ねが、和楽の家庭を築く力となる。
 ロシア・国際児童基金協会のリハーノフ総裁は、子どもの育成は「国家の課題というより、親の、また人間の課題である」と述べている。子どもの健やかな成長と幸せを実現する。そのために大切なのは、大人自身の生き方だ 社会といっても、その縮図は家庭である。親子や夫婦など家族が傷つけ合う事件が多く伝えられる昨今。だからこそ「ありがとう」の宝の価値を心に刻みたい。

2008-03-21

[日記] 手は第2の顔

 「手は第2の顔」と言われる。深い皺の刻まれた手。節くれ立った手。手には、その人の人生が刻まれている。
 ノーベル物理学賞・化学賞受賞者のキュリー夫人の手は、ラジウムによる火傷と、たこで硬くなっていたという。女性として、どんな思いで、わが手を見つめただろう。が、その手によって、多くの若い研究者が励まされ、育っていった。
 苦悩の人がいる限り、すべての手をさしのべて救い切る力がある。わが友のために、誠実に粘り強く手を尽くしていきたい。