心には「扉」がある。それを開かなければ、言葉は相手に届かない。
満員の最終電車。ドアの前に若者たちが座り込み、騒いでいる。乗客の一人が、にこやかに「ちょっとごめんね。降りるよ!」と声をかけた。びっくりしたように見上げ、身を寄せる若者たち。降りしな客は「おやすみ!」と。彼らはほおを赤らめ、立ち上がった。
その光景を目にして思った。もし客が、不機嫌な顔つきで「邪魔だ。どけよ!」と告げたとしたら……。ひと悶着起きたかもしれない。理由はどうあれ「不機嫌は怠惰の一種」とは、ゲーテの指摘。正論といえども“伝え方”には、やはり配慮が欠かせまい。
法華経に「言辞は柔軟にして、衆の心を悦可せしめたまう」(言葉柔らかに人々の心を喜ばせる)と。創価学会二代会長戸田先生の講義は、まさにこの経文のごとくであったという。わかりやすい言葉で、自在に。それは“一人も残らず、救わずにおくものか”との慈愛の発露であった。「しかも、絶妙なユーモアを交え、場内を爆笑の渦に巻き込みながら、いつしか深遠な仏法の極理を、心から納得させていかれるのであった」(「随筆 新・人間革命」)。
心の「扉」を開く鍵は、快活な誠意と勇気だ。そのとき言葉は心に届き、相手は動く。
満員の最終電車。ドアの前に若者たちが座り込み、騒いでいる。乗客の一人が、にこやかに「ちょっとごめんね。降りるよ!」と声をかけた。びっくりしたように見上げ、身を寄せる若者たち。降りしな客は「おやすみ!」と。彼らはほおを赤らめ、立ち上がった。
その光景を目にして思った。もし客が、不機嫌な顔つきで「邪魔だ。どけよ!」と告げたとしたら……。ひと悶着起きたかもしれない。理由はどうあれ「不機嫌は怠惰の一種」とは、ゲーテの指摘。正論といえども“伝え方”には、やはり配慮が欠かせまい。
法華経に「言辞は柔軟にして、衆の心を悦可せしめたまう」(言葉柔らかに人々の心を喜ばせる)と。創価学会二代会長戸田先生の講義は、まさにこの経文のごとくであったという。わかりやすい言葉で、自在に。それは“一人も残らず、救わずにおくものか”との慈愛の発露であった。「しかも、絶妙なユーモアを交え、場内を爆笑の渦に巻き込みながら、いつしか深遠な仏法の極理を、心から納得させていかれるのであった」(「随筆 新・人間革命」)。
心の「扉」を開く鍵は、快活な誠意と勇気だ。そのとき言葉は心に届き、相手は動く。