もし、柿の種が、味も香りも良い果肉のようだったら――詩人・吉野弘氏は、そんな想像を働かせた。種は果肉とともに食い尽くされるだろう、と。
種子は、好ましい味をもたなかったがために、周囲から無視され、かえって未来への芽を守り続けたというのだ。氏は結論する。「人間の歴史にも/同時代の味覚に合わない種子があって/明日をひっそり担っていることが多い」(『吉野弘詩集』ハルキ文庫)。
長い時を経ても残るもの――それが、時流とは一線を画した「種子」のような生き方ということなのだろう。確かに、世間の風潮に迎合し、流行を追いかけるだけの人生は空しい。真実の幸福の実体はない。反対に、毀誉褒貶に流されることなく、自らの信じた道を貫く人生には、充実がある。永遠に崩れざる勝利がある。そのために必要なのは、「何のため」という根本の哲学はあるまいか。目的観があれば、人生の座標軸はぶれない。確かな軌道を歩んでいける。なければ、迷走するだけだろう。
種子は、好ましい味をもたなかったがために、周囲から無視され、かえって未来への芽を守り続けたというのだ。氏は結論する。「人間の歴史にも/同時代の味覚に合わない種子があって/明日をひっそり担っていることが多い」(『吉野弘詩集』ハルキ文庫)。
長い時を経ても残るもの――それが、時流とは一線を画した「種子」のような生き方ということなのだろう。確かに、世間の風潮に迎合し、流行を追いかけるだけの人生は空しい。真実の幸福の実体はない。反対に、毀誉褒貶に流されることなく、自らの信じた道を貫く人生には、充実がある。永遠に崩れざる勝利がある。そのために必要なのは、「何のため」という根本の哲学はあるまいか。目的観があれば、人生の座標軸はぶれない。確かな軌道を歩んでいける。なければ、迷走するだけだろう。