昨年、流行した言葉に「KY」があった。「空気が読めない」の略である。もちろん、その場の雰囲気に気を配ることは大事である。しかし、みんなと違う意見を言って「あいつはKYだ」といじめられる例が、多くの学校で報告されている。これは行きすぎだ。
そのような世相を風刺する「寓話」がある。アンデルセン童話の「裸の王様」の舞台を、現代日本に置き換えたら、どうなるか。みんなが「王様の服は素晴らしい」というなかで、少年が「王様は裸だ!」と叫んだ。すると周囲から「KY! 空気を読めよ!」とたしなめられてしまう。
昔から「付和雷同」、長いものには巻かれろの雰囲気が強いとされる日本社会。だが、意見を言うことすらできない「雰囲気」は危険だ。主体たる“自分”に確固たる自我が必要であろう。
そのような世相を風刺する「寓話」がある。アンデルセン童話の「裸の王様」の舞台を、現代日本に置き換えたら、どうなるか。みんなが「王様の服は素晴らしい」というなかで、少年が「王様は裸だ!」と叫んだ。すると周囲から「KY! 空気を読めよ!」とたしなめられてしまう。
昔から「付和雷同」、長いものには巻かれろの雰囲気が強いとされる日本社会。だが、意見を言うことすらできない「雰囲気」は危険だ。主体たる“自分”に確固たる自我が必要であろう。