2008-06-30

[日記] 千里の道も一歩から

 千里の道も一歩から――少しずつでも歩いていれば、必ず目的地に到達することができる。途中であきらめず、もう一歩を踏み出す勇気が大事である。
 野球をする人にとって、「素振り」は基本中の基本。王貞治氏は、この素振りで自分の肉体をつくったといわれる。荒川博氏と二人で編み出した“一本足打法”。「人間というのは気の遠くなるような反復練習で、何かを会得することができる」と荒川氏。まさに血のにじむような努力の結晶だ。
 努力は平凡なことかもしれない。しかし、平凡なことほど持続は難しい。ある意味、才能とは長い努力に耐える力といえまいか。だれにも才能の芽はある。その芽を咲かせるのも、たゆまぬ努力以外にない。
 菩薩の誓いに、四弘誓願がある。四つの誓いのそれぞれに、「無辺」「無量」「無尽」「無上」という言葉が用いられている。どこまでも限りなく努力し、行動し続けていくところに、四弘誓願を貫く菩薩の生き方がある、という意味だ。
 自分の幸福だけでなく、友の幸せをも祈り抜き、対話の実践に励む仏道修行。これほど尊い努力はない。どんな障害があろうと、広宣流布への歩みを止めない。そうすれば、必ず人生勝利の道が大きく開いていくものだ。

2008-06-29

[日記] 誠意と勇気

 心には「扉」がある。それを開かなければ、言葉は相手に届かない。
 満員の最終電車。ドアの前に若者たちが座り込み、騒いでいる。乗客の一人が、にこやかに「ちょっとごめんね。降りるよ!」と声をかけた。びっくりしたように見上げ、身を寄せる若者たち。降りしな客は「おやすみ!」と。彼らはほおを赤らめ、立ち上がった。
 その光景を目にして思った。もし客が、不機嫌な顔つきで「邪魔だ。どけよ!」と告げたとしたら……。ひと悶着起きたかもしれない。理由はどうあれ「不機嫌は怠惰の一種」とは、ゲーテの指摘。正論といえども“伝え方”には、やはり配慮が欠かせまい。
 法華経に「言辞は柔軟にして、衆の心を悦可せしめたまう」(言葉柔らかに人々の心を喜ばせる)と。創価学会二代会長戸田先生の講義は、まさにこの経文のごとくであったという。わかりやすい言葉で、自在に。それは“一人も残らず、救わずにおくものか”との慈愛の発露であった。「しかも、絶妙なユーモアを交え、場内を爆笑の渦に巻き込みながら、いつしか深遠な仏法の極理を、心から納得させていかれるのであった」(「随筆 新・人間革命」)。
 心の「扉」を開く鍵は、快活な誠意と勇気だ。そのとき言葉は心に届き、相手は動く。

2008-06-28

[日記] 試練は勝利につながる

 がん、交通事故、肉親との死別等、宿命の嵐に次々襲われた青年に、婦人が一言。「例えるなら、試練は“竹の節”。節があるから、真っすぐ伸びる。節が多いから、大きく伸びる」。
 勝因の一つ――それは“励ましの達人”の存在だ。
 夢が実現できず悩む青年に、達人いわく「『つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』とあるが、拙き者が忘れるのは『約束せし事』だけじゃない。『誰と約束したか』――師匠の存在まで忘れる。君はどうか。池田先生の弟子じゃないか!」と。発奮した青年は勝った 師を求め抜く人に、停滞も敗北も悲哀もない。必ず功徳と歓喜と報恩に至る。これこそ“庶民の王者”に共通する最大の勝因だ。

2008-06-27

[日記] 我慢は忍耐?

 我慢という言葉。多くの人は、その意味を“自分の感情を抑えて耐え忍ぶこと”と思っているのではないだろうか。
 辞書を引き、驚く人が多い。「忍耐」の意と共に、仏教用語の視点で「自分を偉く思い、他を軽んずること」という解説があるからだ。日本人の“謙譲の美徳”のように感じていた人は、意外さをぬぐえない。
 しかし、実は通底していると見ることもできる。つまり、我慢とは外面的に耐え忍ぶ姿を保ちつつ、心の中では自分を偉く思い、他を軽んずる感情が渦巻いている――その両面を示している、と。内面だけを見れば、自己中心の感情である我執の「我」、慢心の「慢」となる。
 仏法では、我執を断つことを教える。だが、各人の個性の否定とは全く違う。自己への執着を断つことで、逆に自らの個性を押し込めていた固い殻を破り、より豊かな真実の個性が輝く道が開かれる、と考える。
 米ノートルダム大学・ダルマイヤー博士は「“我執”を“奉仕”の心へと転換させようとする、仏教の教えを高く評価しています」と期待する。“小さな自分”に執着するのではなく、他者を思いやる心をはぐくみながら、利他の実践で自分の生命を磨く。それが“大きな自分”に成長する近道なのだ。

2008-06-26

[日記] 「助け合う」

 “地獄の長い箸”の話。地獄にいる衆生たちは、目の前に並べられたご馳走を食べられずに苦しむ。自分の腕よりも長い箸が邪魔をするからだ。
 一方、仏国土。同じように、長い箸を手にしていたが、皆、楽しそうだった。なぜか――。長い箸を利用し、他の人の口にご馳走を運び合い、互いの食事を可能にしていたからである。
 地獄と仏国土の違いは、「環境」ではなく、人の「心」にあることを示した譬え。とりわけ、人のために尽くせば、わが心も充実することを教えていよう。
 現代社会は、「助け合う」精神が生まれにくくなっているという。過剰な個人主義が蔓延した結果であろう。だが、他者への思いやりなくして、自己の真の幸福実現はない。富や権力を追求する物質主義、利益優先の経済主義等、先の説話が示す智慧は、現代社会の行き詰まりを打開する大きな示唆を与えている。
 日蓮大聖人は、「芝が枯れれば蘭が泣き、松が栄えれば柏は喜ぶ。草木でさえ、このように互いに助け合うのです」(御書1088ページ、通解)と仰せである。友が苦境の時こそ、手を差し伸べ、励ましの声をかける。そこにこそ厳しい現実社会を乗り越えゆく鍵があると信じる。

2008-06-25

[日記] “知”への探究

 中世ヨーロッパが、現代に残した大きな文化がある。大学の誕生だ。ボローニャ大学の創立は、1088年。パリ大学の起源は、12世紀中頃といわれる。当時、校舎等の建物はなく、広場で教師と学生が議論を重ねたという(今道友信著『西洋哲学史』講談社学術文庫)。
 “場所”があって、大学が生まれたのではない。真理を求める学生と、それに応えんとする教師の情熱が、火花を散らし合うなかで、大学は誕生した。師と弟子の、飽くなき“知”への探究こそ、大学の原点といえよう。

2008-06-24

[日記] 信念

 名古屋テレビ塔、大阪・通天閣(2代目)、そして東京タワー。これらの構造設計を担当したのが、「塔博士」こと内藤多仲氏だ。
 実は東京タワーが完成した時(昭和33年)、一部で「パリのエッフェル塔に似ている」との声が。しかし彼は全く意に介さない。留学などで研究を重ね、日本の耐震建築技術を飛躍的に向上させた自信があったからだ。
 彼にとって、「安全」こそ最優先の価値。安全性を追求した塔の形が似るのは「当たり前」だった(INAX出版刊『タワー』)。事実、東京タワーは完成から50年となる現在も、微動だにしない。今では地震の際、列車への緊急停止信号なども発信する。
 人が何と言おうと、これだけは正しい。これが自分の人生だ――信念に生きる人は幸せである。信仰とは、自身の胸中に揺るぎない“信念の塔”を打ち立てることにほかならない。

2008-06-23

[日記] 目標

 「やっぱり人生は目標がしっかりとあったほうがいい」。子どもに絶大な人気を誇る「アンパンマン」の生みの親、やなせたかし氏は著書でこう語る(『痛快! 第二の青春』講談社)。
 氏が初めてアンパンマンの絵本を出版したのは54歳の時。最初は出版社や評論家から「二度と描かないでください」「こんな絵本は図書館に置くべきでない」と酷評された。しかし全国の幼稚園・保育園から注文が殺到。子どもたちの支持で人気に火がついた。
 69歳の時にアニメ放映が開始。77歳で故郷の高知県にアンパンマンミュージアムを開館。89歳の今も、はつらつと創作活動を続ける。
 氏は綴る。「ぼくが一番うれしいことは他人を喜ばせることで、とくに子どもたちの笑顔を見るのが大好きです」。子どもの笑顔を喜びとし、次々と目標に挑んできたことが活力源なのであろう。
 仏法では「不老不死」と説く。「老いない、死なない」との意味ではない。妙法を信受し、万人の幸福を目指す広宣流布へ生き抜くなら、いつまでも若々しく豊かな人生を築いていけるとの教えだ。
 目標に年齢は関係ない。さあきょうも、わが広布と人生の目標へ向かって前進を! 偉大なる挑戦の中に、充実と歓喜のドラマは生まれる。

2008-06-22

[九州・沖縄] 沖縄慰霊の日

 23日の「沖縄慰霊の日」を前に、沖縄県平和祈念資料館が行った「児童・生徒の平和メッセージ」の作文部門最優秀賞の作品である。
 中学時代、戦跡地で平和ガイドを務めた体験を通し、平和への思いを綴った。なかでも、沖縄へ修学旅行に訪れる生徒の親が、わが子に恐ろしいものを見せたくない、と戦跡地の見学を避ける発言があった事実を知り、「(戦争の)記憶をこれ以上、遠い時代の出来事として忘れてしまってはいけない。忘れない、忘れさせない努力をしなければならない」と、強く主張する。
 現在、平和教育で大きな問題となっていることに、戦争体験の風化がある。平和の心を後世に伝え、広げることは、容易ではない。しかし、黙っていては伝わらない。乗り越える一つの方途は、「戦争体験」をさまざまな機会を通して伝え、訴えることだ。
 忘れない、忘れさせないための努力を永遠に。この地道な訴えこそ、平和への第一歩である。

2008-06-21

[コラム] わが友に贈る

 「よるは用心きびしく」
 早めの帰宅を。

 絶対無事故こそ
 一切の根本である。

2008-06-20

[日記] 頑張れ岩手・宮城

 岩手・宮城内陸地震の被害は、日を追うごとに拡大しているが、各地の復旧への努力も急ピッチで進んでいる。
 地震直後、一番心配なのは、身近な人の安否であろう。「真っ先に電話をしてきてくださったのは、関西創価学園の職員の方。5分と置かず副校長先生からも電話が入った時には、思わず涙が出ました」
 今春から関西学園で学ぶ子を持つ、婦人部の方が、心からの感謝を語っていた。親元を離れて暮らす生徒のために、いち早く連絡してきた学園関係者――。緊急時の素早い対応に、親子がどれほど安堵したことか、想像に難くない。
 池田名誉会長は常々、語っている。「報告を聞いたら、即座に対応する。この電光石火の行動こそが、友の心に勇気と希望の波動を広げるのです」。非常時への万全の備えは当然として、いざというとき、直ちに励ましの行動に徹することができるかどうか。「一人を大切にする」とは、スピードを伴うものだ。
 2次災害の不安も深刻で、予断を許さない。被災地の一日も早い復興を祈りたい。

2008-06-19

[日記] 怒りの日記

 インドのマハトマ・ガンジーが提唱した「怒りの日記」をご存じだろうか。ガンジーの孫のアルン・ガンジー氏が10歳の頃。肌の色を理由に差別と暴力を受ける。「目には目を」と怒りに駆られるアルン少年。この時、ガンジーが勧めたのが「怒りの日記」。
 怒りを感じることがあれば日記にすべてを書き出しなさいと。ただし、怒りを撒き散らし、増幅させるために書くのではない。自分が感じる怒りが、どこから来ているのかを理解し、解決の糸口を見いだすのだと。アルン少年は日記を通し、怒りを問題解決の力に変えていった(塩田純著『ガンディーを継いで』NHK出版)。
 過日の青年部幹部会。池田名誉会長は創価の師弟を貫く「正義の怒り」について語った。戦時中、恩師の牧口先生を獄死させたものに、怒りを滾らせて仇討ちを誓った戸田先生。
 しかし、それは血を流す復讐ではない。民衆を苦しめる権力の魔性と向き合い、対話で社会に正義を打ち立てる闘争であった。その根本の精神を正しく継承し、世界に正義の連帯を広げたのが名誉会長である。御書に「怒りは善悪に通じる」(584ページ、通解)と。
 怒りを時代変革のエネルギーに転換した創価の師弟。この価値創造の智慧こそ現代に求められている。

2008-06-18

[東北] 頑張れ,地震に負けるな

 与謝野晶子は10年の歳月をかけて書きためた「源氏物語」(現代語訳)の原稿を、関東大震災によって、焼失する。あまりに長い時間をかけ、心血を注いだ作品は、一瞬で灰となってしまった。
 「やり直すことなどできない」と、一度はあきらめる。しかし、再起を誓う。そこには、これまで、自分を励まし続けてくれた文学界の仲間の存在があった。ゼロからの出発。実に震災から16年後、ついに、『新新訳源氏物語』を完成させた。
 岩手・宮城内陸地震。瞬間的な揺れの強さは、国内最大という。被災者の皆様に心からお見舞いを申し上げるとともに、行方不明の方々の一刻も早い救出と、地域復興を祈りたい。
 地震は、天災である以上、防ぐことは難しい。ゆえに、日ごろからの備えと、起きたときの迅速な対処が大事なことは言うまでもない。とりわけ、危機に直面した際に、それを乗り越えていける「人間の絆」が大切だ。
 日蓮大聖人は、この世の悩みは、即、自身の悩みであると述べられた。困難と戦う友を思い、自他ともの幸福を祈る同苦の心こそが、今こそ求められている。人間関係が希薄になりがちな現代にあって、この真心のネットワークが、友に勇気を与え、安穏の社会を築く力となる。

2008-06-17

[日記] 一歩でも前へ

 サッカーW杯の予選突破へ、日本代表チームの要として期待が集まる中村俊輔選手。「サッカー選手として誰にも負けないことは?」と取材で聞かれ、「妥協しない姿勢」と答えた。その大切さを痛感したのは、中学3年生の時。
 有望選手がひしめくクラブチームで、当初はレギュラーだったが、次第に先発から外されていく。高校生になる前には、ユースチームに昇格することさえなかった。試合に出られる現状に満足して、油断があった、と(『察知力』幻冬舎新書)。
 スポーツの世界ばかりではない。現状に甘んじていれば、人間の成長は止まる。常に前を目指して努力するところに成長は生まれる。より前へ。越えるべき“壁”は、今の自分だ。
 創価学園生に、創立者の池田名誉会長は綴っている。疲れた、もうやめよう――そう思ってから「あと5分」「あと10分」勉強を頑張れるか。「あと1ページ」教科書に挑めるか。こうした挑戦の繰り返しが大きな力となっていく、と。
 いつも自らに問いたい。「一歩でも前へ」との執念があるか。気力の一歩がある限り、勝利の未来を開いていくことができる。

2008-06-16

[日記] 師匠不在

 お笑い最大手の企業が、昨今のブームに乗って、過去最高の売上高を記録。確かに、目にしない日はないほど、お笑い番組は茶の間にあふれている。
 放送作家の鶴間政行氏はこうした業界に警鐘を鳴らす。芸人は、昔なら自分のためだけでなく、「師匠に恩返しする」と頑張った。今は「自分のため」だけで、有名になると、すぐ他の道へと移ってしまう。「師匠不在」の時代――と(『人に好かれる笑いの技術』アスキー新書)。
 現代社会を「師匠なき時代」と評したのは20世紀のイタリアの作家モラヴィア。人々を精神的・社会的に導く「師匠」をもたないことで、芸術は、ひどい形式主義・順応主義に陥ったと憂えた。
 「師弟」が、人間にとって、どれほど掛け替えのない精神の宝であるか。池田名誉会長は、「求道の心を失い、慢心に陥れば、ただちに人間としての堕落が始まる。それを教えてくださる師匠の存在は、本当にありがたいものである」と。師をもつことがいかに大切か――この点を胸に刻み、師弟の精神を貫く日々でありたい。

2008-06-15

[日記] 父の日

 第2次大戦中、学童疎開をする娘に、父は自分あてのハガキをたくさん持たせた。「元気な日はマルを書いてよこしなさい」
 最初に届いたハガキは、威勢のいい大きなマル。しかし翌日からマルは小さくなり、ついにはバツ。そして、ハガキは来なくなった。娘は病に倒れていた。迎えの母と帰宅するや、父は裸足で外に飛び出し、やせた娘を抱き締めた、
 向田邦子さんが書いた、「無口な手紙」などのエッセーの中にある父と妹の話である。普段は無口でも、最後まで、家族を守り抜くという父の情愛を感じてならない。
 段ボールの箱作りが家業の壮年の話。不渡りをつかまされ、借金の山。3枚の段ボールを仕入れるのがやっと。それでも「いつか、天井まで段ボールを積んでみせる」と誓う。
 世間体など関係ない。必死の努力と祈りで、事業は好転。信心が敗れなければ、人生に負けることはないと、家族に教えた。3人の子も皆、大学を卒業し、成長。家族のために、黙々と頑張る父の姿を心に刻んだ。

2008-06-14

[四国] 四国サッカーリーグ「カマタマーレ讃岐」監督 羽中田昌さんは語る

 指導者を目指した当初、S級の取得は“夢のまた夢”。それでも、「いつかはS級を」と願い続け、一つ一つ、経験を積んできました。その努力と実績が協会に認められ、まず、ライセンス取得に向けての受講資格を得ることができました。
 始まりは“夢”でいいんです。どんなに大きくても、今の自分には無理に思えてもいい。少しずつでも近づいていけば、夢は必ず目標に変わります。夢を持つことは“はじめの一歩”。すべての道は、夢から始まるんです。

2008-06-13

[日記] 小さな親切の日

 込んだ電車での小さな出来事。座っている女子高校生の前に、老紳士が立った。
 彼女は「どうぞ」と声をかけ、立ち上がった。男性は、快く席に着き、目の前の重そうな荷物を見て、「持ってあげようか」と。少女は「ありがとうございます」と、これまた素直に鞄を預けた。お互いが気持ちよく親切を交わし合うほほ笑ましい光景。そばで見ていた婦人が、「こちらまで心が温かくなった」と語っていた。
 文豪のロマン・ロランは、楽聖ベートーベンのこんな言葉を残している。「親切であるということ以外に、立派な人間であることの証拠はありません」(新庄嘉章訳)。親切心や思いやりの心こそ、人間性の発露である。
 きょう13日は「小さな親切の日」。誠実な振る舞いで身近な他者に尽くすことこそ大事であろう。

2008-06-12

[四国] 四国サッカーリーグ「カマタマーレ讃岐」監督 羽中田昌さんは語る(Ⅱ)

 羽中田さんは、高校時代、山梨の強豪・韮崎高校でエースとして活躍されながら、卒業後、交通事故に遭い、歩くことさえできなくなってしまわれた……。

 彼は語る「自分の将来はどうなってしまうのか」――当時は、不安でいっぱいでした。でも、僕が少しでも落ち込んだ顔を見せると、周囲が一生懸命に励ましてくれる。その姿を見ているうちに、「これ以上、皆を悲しませるわけにはいかない」と思うようになりました。
 もし、自分のためだけであれば、どこかであきらめてしまっていたでしょう。家族や友人、サッカーを通して知り合った仲間たち。たくさんの素晴らしい“出会い”があって、今の自分があるんです。
 さらに、事故は大切なことを教えてくれたように感じています。事故によって失ったものは少なくありません。車いすでの生活は困難の連続でした。
 でも、不幸を嘆いてばかりいたって、状況が変わるわけではありません。それなら、もっと物事の明るい側面を見たほうがいい。
 事故の後、僕はこう考えることにしたんです。「これほどつらい経験をしたんだから、残りの人生は、きっといいことばかりだ」って。

 自分自身を信じ抜く――強い心を持っている方です。時に厳しい現実に直面しながらも挑戦を続けてきた原動力は、強き楽観主義にあったんだと確信する。

2008-06-11

感謝の気持ち

 リンゴは木から落ちる。だが、高さを何百メートル、何万メートルと、どんどん高くしていったら? 重力が働く限り落ちてくるはずだ。しかし、月は落ちてこない。
 地球が月を引っ張る力と、月が回る勢いで、どこかへ飛んでいこうとする力が釣り合っているからだ。ニュートンは、リンゴをきっかけに、地球上の物体に働く重力と、天体の間に働く引力が、同じ性質のものであることに気付いた。
 吉野源三郎氏は、自著『君たちはどう生きるか』(ポプラ社)で、科学者の思考をたどり、考えるヒントを明かしている。“分かり切ったこと、当たり前と考えていることを追いかけて考えていくと、もう分かり切ったことだと言っていられないことに、ぶつかる”と。
 私たちの身の回りにも、“当たり前”と思っていることが結構ある。例えば、朝、ポストに入っている新聞。手元に届くまでには、印刷する人をはじめ、販売店に運ぶ人、各戸に届ける配達員の皆さんの奮闘がある。何と多くの方々に支えられていることか――。
 “当たり前”を突き詰めていくと、“感謝”にたどり着くのであろうか。

2008-06-10

[日記] 正義

 ショーウインドーを割った!――子どもたちが、町一番のケーキ屋さんに、身に覚えのない罪を着せられた。
 自分たちをばかにする、分からず屋の大人たちに、子どもたちは敢然と戦いを挑む。武器は学校新聞――。児童文学『チョコレート戦争』(大石真・作、北田卓史・絵、理論社)である。
 学校新聞を読んだ町中の子どもたちは、“自分のことのように”腹を立てた。大好きな店のケーキを我慢してボイコットしていく場面は、ほほ笑ましくも、痛快だ。「正義」の感覚は、子どもたちのほうが敏感なのかもしれない。
 かつて、歴史家のトインビー博士は、善悪・正邪がはっきりしている問題に関して、中立を保つことは不可能であり、正しくないと指摘した。中立がかえって悪にくみすることになる、と(『21世紀への対話』)。
 しかし、もっと言えば、善悪・正邪があいまいな時にこそ、はっきりと悪・邪を指摘することが、欠かせないのではなかろうか。仏法では、人間を苦しめる者を、叱り責め(呵責)、追い払い(駈遣)、その罪を一つ一つ糾明し処分する(挙処)ことの大切さを説いている。
 人間生命を尊ぶゆえに、それを脅かす者を許さない。その行動が本当の人間主義であり、優しさである。

2008-06-09

[四国] 「カマタマーレ讃岐」監督 羽中田昌さん

 全員でゴールを狙い、皆で自陣を守る。一丸となって戦うチームが監督の目指す理想のチームだそうだ。

 サッカーは、一人で勝利をつかむことはできません。優れたドリブラーの鮮やかな敵陣突破も、相手の選手を引きつけ、守備をかく乱する味方の協力があるからこそできることである。
 ボールを持っている選手だけが注目されがちですが、その陰にも勝利に貢献し、奮闘している多くの選手がいる。
 一人一人が“チームの勝利”を目指し、心を合わせることは、どんな戦いにも不可欠だと語る。

2008-06-08

[日記] 金字塔

 オリンピックの金メダル。輝き以上に、「重かった」という印象が残っていると見た人は言う。
 「4年に一度」のプレッシャー、周囲のけた外れの期待、並み居る強豪との戦い……。それに負けない心技を磨く鍛錬の日々。そのメダリストは「偉大な目標には必ず、それに見合う高さの“壁”が存在する。それを越えるには、『基本』を見極めていくほかない」と断言する。
 スポーツ史に金字塔を打ち立てるまでの道程を聞き、「重かった」メダルには、実際の重量に、努力の“重さ”が加わっていることに気付いた。
 過日の吹奏楽連盟主催のソロコンテストで、金賞を受賞したホルンを奏でたメンバーは、大病を克服したばかり。ピアノ伴奏の部員も、弱視というハンディキャップをはね返しての熱演だった。いずれも、努力を重ね、困難の壁を越えて築いた、青春の金字塔だ。
 「金字塔」という言葉は、ピラミッドのことで、金色や材質の金とは無関係だ。形が「金」の字に似ていることに由来する。頂点が高いほどに、それを支える底辺は盤石でなくてはならない。たゆみない努力で堅固な土台を築いてこそ、勝利の頂点は気高くそびえるのだ。

2008-06-07

[日記] 先人への感謝を忘れるな

 アメリカ公民権運動の指導者キング博士の盟友で、博士のベトナム反戦スピーチの草稿を書いたことで知られるデンバー大学のビンセント・ハーディング名誉教授。
 教授は「博士が死をもって努力したのに、悪は一向になくならない」と疑問をもつ青年に、こう語っていると紹介した。
 「もし博士が、すべてを解決してしまっていたら、次の世代は何もすることがないではないか」。そして「先人への感謝を忘れるな」と。
 教授が言うように、より良い世界をつくってくれた先人への感謝があれば、「自分たちも、次の世代に、より良い世界を残そう」と思うはずだ。非暴力の価値を伝える、モアハウス大学キング国際チャペル主催の“ガンジー・キング・イケダ展”を見た小・中学生の間で、「いじめや暴力が半減した」と学校関係者から報告されているのは良い例であろう。
 より良き社会を築き、平和と人類の幸福という「夢」へ前進したい。“感謝の連鎖”は必ず未来に広がるからだ。

2008-06-06

[日記] 希望

 詩人の塔和子さん。差別やパーキンソン病と闘いながら、命ほとばしる詩で人々に生きる希望を与えたと、高見順賞など高い評価を得る。
 民間の船便はなく、国営の船でしか行けない島に塔さんは住む。ハンセン病療養所、大島青松園である。感染力は微弱。薬で完治する。世界では何十年も前から「隔離必要なし」。が、日本では「終生絶対隔離」を定めた法律が12年前まで存在した。
 小学6年生でハンセン病を発病。完治したが、法律や、誤解に基づく偏見ゆえに、島を出ることはできなかった。生きる証しと、詩作を始めた。
 塔さんの詩にある――「ああ 何億人の人がいようとも かかわらなければ路傍の人」。身は隔離されても、詩を通じて多くの人とかかわってきた。また、自分にかかわってくれた人々への感謝も、塔さんは謳う。
 「私は人間だ。人間に関することなら、私に無関係なものは何一つない」(ローマの詩人・テレンティウス)。池田名誉会長も「そこに人間がいるから」と、旧ソ連、中国に足を運び、「友好のかかわり」を続けた。
 身近にも、悩める友とかかわり続ける同志の姿。「関係ない」と、無関心の風潮が広がる現代社会。「かかわり続ける」学会の存在は、まぎれもない希望である。

2008-06-05

[日記] 世界環境デー

 地球温暖化の波が、至る所に押し寄せてきている。
 世界の有識者からなる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によると、地球の平均気温はこの100年で0・74度上昇。温暖化の影響により、絶滅の危機に瀕した生物は、1万6000種を超えるという。
 近年の世界各地を襲う異常気象は、危険を知らせる一つの“サイン”であろう。地球と運命をともにしている私たちは、環境問題をもっと“身近な問題”と捉える必要がある。
 きょう6月5日は、「世界環境デー」。日本でも、6月を環境月間と定めている。
 特に本年は、京都議定書第1約束期間開始の年。7月には北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)も予定されており、国内外の環境保全の取り組みにとって重要な節目となる。
 日常生活でも環境改善への取り組みは少しずつだが、着実に進んでいる。例えば、日本プロ野球組織(NPB)では、温暖化防止のため、今年から試合時間の6%短縮に取り組んでいる。
 自然エネルギーの効率的な活用など、大きな枠組みをもって国がリーダーシップを発揮しなければならないにもかかわらず、その欠如のため遅れをとっているという現状が確かにある。
 その上で、地球温暖化防止の鍵を握るのは、ちょっとした節約、環境への気配りといった、一人一人の意識革命だ。欲望の充足のみを願う生き方から、地球全体の未来を考える生き方への発想の転換を、始めなくてはならない。

2008-06-04

心の不思議

 心は不思議だ。絶対、変わらないと見えても、人の言葉に触れて心は動く。善意の言葉を聞けば、心の善性が共鳴する。香り高い蘭の花の部屋にいると、その香りが体に移るように、善人に触れると、その徳の感化を受けるとある。
 人間の生命を尊重する仏法は最高善の言葉に満ちている。この仏法の精神に触発された時、人の心は人間性の輝きに包まれる。仏法を基調とした語らいを進めることが、幸福と平和の波動を広げることになる。誠実に、そして熱意を込めて友好対話を展開しよう。

2008-06-03

[日記] 健康人生

 メタボ健診元年――本年4月から、40歳以上を対象に、特定健康診査・特定保健指導が始まった。生活習慣病の予防には、内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)の対策が不可欠という。
 健診の結果いかんでは、保健指導が行われる場合もある。戦々恐々としているお父さんも多いのでは? “健康のために歩こう”と決意しても、“30分以上、歩かないと効果がない”と聞いて、始める前から尻込みする人もいるようだ。
 「がんばらないインターバル速歩」を提唱するのは、医師の鎌田實氏(『ちょい太でだいじょうぶ』集英社)。30メートルの全力速歩と30メートルのゆっくり歩きを、10回繰り返す。所要時間は7~8分。通勤途中で実践してみると、筆者には効果があった。
 鎌田氏は語る。「健康に生きようと思うプロセスのなかに、健康は隠れている」。大事なのは心のあり方。“やろう!”と決心したとき、すでに目標の半分は達成しているといっていいだろう。踏み出す一歩がなければ、ゴールはない。
 「一生涯、何かに挑戦する。何かを創造する。前へ前へと自分の世界を広げていく――この“創造的人生”こそ、真の“健康人生”」との池田名誉会長の指針を胸に、きょうも大いに友の激励に歩こう。

2008-06-02

[日記] 衣替え

 衣替えのシーズンを迎えた。下ろしたての夏服を着用して通勤・通学の途につく姿が目にまぶしい。
 衣替えは「更衣」とも書く。かつて宮中の行事として、旧暦4月1日から夏装束に、10月1日から冬装束にと替えていた風習が民間にも普及。明治時代になって会社や学校の制服を、6月1日から夏服に、10月1日から冬服に改めるようになった。
 自然のリズムは人間の営みと関係なく、歩みを進めていく。近年は、空調設備がいきわたったこともあり、季節を感じにくくなっている。それでも服装を替えるだけで、気分が一新するから不思議なものだ。
 日蓮大聖人は“季節の変わり目には、必ず大きな変化がある”という事象を、“凡夫が仏になろうとするときには必ず大きな障害が立ちはだかる”ことを説明する際の譬えとして挙げておられる(同1091ページ、趣意)。 訪れる一日一日を、ただ漫然と過ごすのか、目標に向かう前進の節目とするのか。それによって人生には大きな差が生まれる。“衣替えは心替え”――季節の変わり目を自身の生き方を見直す契機として、決意も新たに「わが挑戦の歴史」をつづりゆこう。

2008-06-01

命は尊い

 ある壮年の話だ。
 体調に異変を感じ、病院へ。医師はまゆを曇らせ、「すぐ入院を!」と告げた。
 「ちょっと待ってください。大事な用があるので、それを済ませてから、また来ます」。医師を説得し、自宅へ戻り、締め切り間近の原稿を仕上げて、再び病院へ。現在、治療も無事に済み、元気に活躍されている。
 「もちろん、医師の言うことは、きちんと聞くべきでしょう。命は大切です。でも、原稿執筆の約束も、破るわけにはいかなかった……」。自分の命と約束のはざまで苦悩しつつも、勇を奮い起こし、すべてに勝ち抜く。その気骨に胸を打たれた。
 命は尊い。一人の命は地球より重いと言われる。その通りだ。が、ここで注意しておくべきことがある。この命は誰の命か。もちろん「自分の命」も含まれるが、何より「相手の命」なのだ。
 作家のアンドレ・マルロー氏は語った。「人間の権利」を教えるとは結局、「他者たちの権利」を教えるということだ、と。“自分のため”より“友のため”に――その生き方を学ぶことが、人間としての最重要課題にちがいない。

Profile

うつ病とぶつかりあって,長年苦しんでいますが
周囲の温かな優しさが自分を育んでくれる今日この頃です。

Recent Comments

RSS

RSS2.0

Access Counter

00041716