2008-04-30

「島の心を島の言葉で歌い続けたい」

(つづき) 
 私にとって歌は大切だけど、もっと大切なのは人間です。一人一人が人間として生まれてきたのだから、子どもたちにも人間として接していきたい。
 例えば子どもたちが、人間として生きる道から外れていたら、頭ごなしに叱るのではなく、優しい言葉で、道に戻してあげたいと思っています。

 子どもを一人の人格として尊重していくことだと感じ入った。
 昔から海を通じて外国と交流し、さまざまな文化を学んできた沖縄には、多様性・共存・寛容といった、まさに「平和の文化」が息づいているのであろう。

2008-04-29

[九州・沖縄] 童神

 「童神」は天から授かった「神」のように子どもを大切にし、暑い日は涼しい風を送って、寒い日には胸に抱いて温めて……と、母の優しさがつまった歌です。古謝さんは語る。
 もともとは、出産する長女へのプレゼントとして作詞しました。大変な思いをして、ひとつの生命を産んでくれた娘への感謝の歌なんです。
 二女が母親になる時には「黄金ん子」の歌を贈りました。もちろん、これからも孫が生まれるたびに歌を作るわけにはいきませんが・・・。

 「子は何よりの宝もの」と考える、ウチナーンチュ(沖縄人)の気持ちが、題名によく表れている。
 「童神」「黄金ん子」など、日常の会話では忘れがちな、沖縄の大切な言葉と心を若い世代に残したいと思っているという。素晴らしい伝承者である。

2008-04-28

[九州・沖縄] 沖縄民謡歌手の古謝美佐子さん

 古謝さんは、これまで、ウチナー口(沖縄方言)で沖縄民謡を歌ってこられました。「黒い雨」は、標準語の歌である。それはなぜか。
「黒い雨」というと広島、長崎の原爆を思い起こしますが、「鉄の暴風」とも言われた、あの沖縄戦のイメージと重なったと言う。(そのままの言葉で載せて頂く)
 父、母に呼びかける歌詞でしょう? それは私が言えなかったセリフでもあるんです。父は私が4歳の時、嘉手納基地で交通事故にあい、亡くなりました。「父ちゃん」と呼んだことのない私だから、3番の歌詞で父に呼びかける時は、決まって涙が出るんですよ。
 また、50歳を過ぎて、やっと本当の気持ちを歌えるようになったんです。
 もちろん、現実に目を閉ざして、自分のことだけを考えて生きることもできる。私も、かつては「好きな歌を歌って自分が満足できれば、それでいい」と、心のどこかで思っていたかもしれない。
 しかし、孫が生まれた時、「この子たちの将来のためにも、私が口を閉ざしてはいけない」と思い始めたのです。           つづく

2008-04-27

[日記] 大科学者ニュートン

 私が遠くを見ることができたとするなら、それは、私が巨人の肩に乗っていたからです――大科学者ニュートンが、自身の偉大な発見は先人の遺産のお陰である、と語ったのは有名。彼はガリレオやコペルニクスなど、先哲への恩を忘れなかった。
 天才と呼ばれたニュートンでも、たやすく「巨人の肩」に乗ったのではない。地道な研究に挑み、一歩一歩、巨人によじ登った。その苦闘の末に、近代科学の新たな地平を開くことができたのである。
 私たちは、知らず知らずのうちに、親や周りの人の恩恵にあずかっていることがある。それを実感することのできる一人一人でなければならない。
 しかし、できあがった平和の上にあぐらをかいて、ふんぞり返っては絶対にならないのではなかろうか。

2008-04-26

[日記] 苦楽しい

 「小説を書くのは苦楽しい」。作家・遠藤周作氏が、臨床心理学者の河合隼雄氏との対談で語った言葉である。この言葉を引用して河合氏は、家族こそ「苦楽しい」最たるものではないか、と問いかける(『父親の力 母親の力』)。
 子育てや夫婦間の悩みなど、家族が抱える課題は多い。だが、「苦」と「楽」は表裏一体。幸福とは、苦難がないことではない。苦難に負けないことである。河合氏は指摘する。「『家族のための苦労』というものに価値がある。
「苦楽」を分かち合うことで家族の絆は深まる。一人がより大きな幸福を築くことが家族を包んでいくのであろう。

2008-04-25

[日記] 新生活に奮闘する友へ

 あるタクシードライバーの話です。
 昨年65歳で普通自動車第二種免許に挑戦し合格。タクシー会社に就職した。今は道路を覚えるため、早めに出社しては知らない道を走り、道のりをノートに記録しているという。新しい挑戦を開始した緊張感が、とても爽やかだったと言う。
 この時期、進学や就職による新しい生活環境の変化に、戸惑っている人は多いはず。まずは、追い立てられるような生活のリズムに慣れること。自身の目標を明確にし、何事も前向きに受け止めていくプラス思考が大事であろう。
 中国の諺に「一事を経ざれば一智に長ぜず」と。一つの事をやり遂げてはじめて一つの知恵が身につく、という意(井波律子著『中国名言集 一日一言』)。新しい挑戦への失敗を恐れず、焦らず着実に経験を積み重ねていく以外にない。
 また新生活に奮闘する友への家族や周囲の心配りも大切だ。「善人と親しくなる者は、特別なことはないにもかかわらず、心も行動も真っすぐになるのである」と言われるのは真理であろう。
 新しい生活に挑戦する友よ、頑張れ! と温かい励ましを送りたい。

2008-04-24

[日記] 石垣

 石垣はなぜ、大・中・小の石を複雑に組み合わせるのか。地震に強くなるからだという。同じ大きさ、同じ重さの石を積むと、地震の揺れを吸収できず、逆に揺れが大きくなって、崩壊する危険度が増す。
 組み合わせ方もバラバラではいけない。実際、高い精度で、がっちりと組まれている。大きな石も小さな石も、どれ一つとして欠くことのできない石として働いているから強固なのだ。
 人の世界も同じだろう。使命のない人はいない。どんな人も、なくてはならない人となれる。そのためには、周囲が一人一人の長所を見つけ伸ばし、使命に目覚めさせることだ。
 自分の活躍の舞台があれば、誰もがもてる力を発揮できるようになる。いるだけで場を明るくする人、皆のやる気を引き出す人など――多彩な人材が団結してこそ、永遠に崩れない“組織”となる。

2008-04-23

[東北] 新渡戸稲造博士

 わが国を代表する教育者・新渡戸稲造博士は第一高等学校の校長時代、課外講義を週1回2時間、全校生を対象に連続で行った。教材は、世界的名著ばかり。ゲーテの『ファウスト』、カーライルの『衣服哲学』、ミルトンの『失楽園』など。
 校長という激務の中での講義は「一高生に対する愛情が最も現実的具体的に現われた」行動の一つであり、先生の校長時代に一高生だった事は「大きな幸福」――『衣服哲学』の講義を懇願した山田幸三郎氏(独文学者)は卒業60年後、こう述懐した。
 「数世紀の試練をへた書物の中にこそ、困窮にあっても富を見出し、縄目をうけても自由を見、病にあっても健康を、悲しみにあっても歓喜を、孤独にあっても交わりを見出すのである」(『新渡戸稲造全集 第20巻』教文館)。新渡戸博士のこの言葉通り、講義は次代を担う青年の「心の財」となったことだろう。

2008-04-22

[日記] 二兎を追う者は一兎をも得ず

 「『二兎を追う者は一兎をも得ず』と言います」。昔、ある女子学生が質問に立った。「勉強、クラブ活動、――。全部やろうとすると、どれも中途半端になりませんか」
 じっと耳を傾けた後で、その場にいた指導者は語った。「力があれば、百兎でも千兎でも追いなさい」と。
 実に心を広げる一言である。当時、その場にいた学生がその指導者の心をこう考えた。「『力があれば』と言われたが、『力はあるんだ』と言おうとされたのだと思います」
 その頃は、多くが“貧乏学生”。その一人ひとりに「君たちこそ、世界の指導者に!」と語りかけた。そんなことを言う者はいなかった。学生たちも半信半疑。だが、その言葉通りに今、世界中で、社会の指導者が活躍している。
 百兎でも、千兎でも!――自身の小さな殻を破り、友の幸福を考える。自分中心の「小願」にとどまらず、「大願」に生きる。
 春は行動の季節。成長の季節。「思い切って」「一つ一つ、着実に」「縦横に挑戦して」と語っていきたい。

2008-04-21

[日記] 前向き・後ろ向き

 ある女性が情報誌制作の仕事に就き、念願の社会進出を果たした。彼女は、生まれながら気管が狭く、気道を確保するために気管を切開。チューブを挿入している。そのチューブの先が当たる部分の肉が盛り上がって、窒息状態を起こすことがある。これを切除するため、全身麻酔での手術は数百回に。両親は病院での24時間体制の付き添いを10年以上続けてきた。
 しかし、女性は常に明るく、院内学級や夜間高校に学び、短大に進学。ついに、社会進出を勝ち取った。彼女の言葉に脱帽した。「私が“前向き”に頑張れたのは、家族や医療関係の人々、そして励まし続けてくれた仲間がいたから。感謝の思いを、自分の頑張る姿で示したい!」
 「前向き」と「後ろ向き」の違い。それは、わずかな「心の差」。思うようにいかない時こそ、縮み込まず、心を弾ませ行動したい。

 何事も受け身では、成長も喜びもない。主体者としての自覚で、挑戦の日々、成長の日々を。

2008-04-20

自覚

 4月も半ばが過ぎ新年度も慌しいスタートから落ち着きを少し見せてきた。少子化で、“大学全入時代”に突入したと言われる今日で、大卒というだけで持てはやされた時代は終わり、有能で人格の優れた人材を、企業はじめ各界は真剣に求めている。
 人材とは自覚した人である。自分だけの輝きを最大限に発揮していく環境を自ら作るとともに、作っていける環境を構築していく日々でありたいものだ。

2008-04-19

[関西] ガリ版伝承館

 滋賀・東近江市に「ガリ版伝承館」がある。「ガリ版」……懐かしい響きだ。鉄筆で原紙をガリガリと切る。部屋に立ち込めるインクのにおい。「謄写版」は、簡便で手軽な印刷機として、明治から昭和にかけて、庶民の活字文化を支えた。
 海外のいくつかの機関紙誌も、出発は謄写版刷りだったと言う。「謄写版」誕生の陰には、その開発に情熱を燃やした親子がいる。滋賀出身の堀井新治郎氏である。養父が開発に専念するため官職を辞し、息子も商社を退社。赤貧のなか、父子一体で研究に没頭し、ついに謄写版を完成させる(1894年)
 養父の引退後、息子は新治郎の名を継ぎ、謄写版の改良・普及に努めた。初代の新治郎名義の発明登録数は60件、2代目名義は488件にのぼる。二人の新治郎氏の生涯は、まさに志を「謄写」(=そのまま書き写す)したような人生だった。
 山の木々に新芽が芽吹く季節。継承の心は成長の基盤であろう。

2008-04-18

“いざ”という時

 日々の地道な活動は、この“いざ”という時、立ち上がる自分を建設する作業である。何より、人の“いざ”という出来事を、わがことのように考え励ましてくれる友人の存在ほど、ありがたいものはない。
 人生を豊かにしてくれるのは,そんな自分の事を我が事のように考えてくれる友人(宝)に他ならない。
 人生には幾多の困難がある。しかい何もないことが、幸福なのではない。何があっても、負けないこと、揺るがないことが幸福なのだ。そのために,日々成長できる環境でありたいものである。

2008-04-17

[日記] 桜前線

 桜前線が北上している。本州ではソメイヨシノの開花を追う前線だが、北海道ではエゾヤマザクラ、チシマザクラ、沖縄・奄美ではヒカンザクラの花に注目する。
 沖縄では、この桜が北から南へと咲いていく。つまり、桜前線は南下するのだ。冬の低温の刺激を受け、花芽が成長するのが、桜の特徴。沖縄北部の山間部のほうが早く寒さを経験するため、花芽がより早期に、つぼみになるというのだ。桜は多種多様で、一説によると、300品種を超える。それぞれの花が誇らしく咲き香るように、個々の個性も輝く人間関係が構築できる社会でありたい。
 広告業界の大手企業は、「粒ぞろい」ではなく、「粒ちがい」の人材を求め続けた。「1人としてパターン化した人間はいりません」「起業家精神の旺盛な個の集まりが理想です」と(高橋宣行著『博報堂スタイル』PHP研究所)
 本年度も、新社会人が希望の出発を期した。思い通りにいかず、挫折を味わうことがあるかもしれない。だが、決して地道な努力は裏切らない。努力の開花の時期は、人それぞれだが、必ずやって来る――そう信じて、“自分らしさ”を磨く鍛えの青春をと期待したい。

2008-04-16

[日記] 流行

 「最新の流行」を聞かれると、ファッションや音楽、言葉、お笑い芸人に至るまで、思い浮かべる人は多いのではないだろうか。
 心動かされることを伝えるから、共感が広がる。この連鎖が拡大すれば流行となる。「流行」について、電通の調査結果が興味深い。流行を拡大させる人は「影響を取り入れ うまく反応し、発信する」人という。その割合は20代、30代の青年が多く、男性よりも女性が多いことが分かった。
 はやり廃りの激しい現代社会。世間の流行を追い求め、華やかさに浴しても、はかないことだ。むしろ、変化変化の世の中だからこそ、時勢に流されない、確固たる自分を築くことが肝要であろう。
 「流行」の語源をたどると『孟子』にある。人徳は、急使で命令を伝えるよりも、速く浸透するという意。なるほど、人格の力は偉大である。
 優れた人格は、相手の徳性まで引き出していける。そして友の心を強く引きつけて離さない。人間主義という本来、意味するところの「流行」を担う青年でいつまでもありたい。

2008-04-15

[日記] 生きた日

 「世界に別れを告げる日に/ひとは一生をふりかえって/じぶんが本当に生きた日が/あまりにすくなかったことに驚くだろう」(『茨木のり子集 言の葉』筑摩書房)。
 人生を振り返った時、財産や肩書ばかりを追う生き方が、いかに空しいか。本当に生きることがいかに難しく大切かを、詩人・茨木のり子氏は見つめた。

 今日の戦いの結果はどうか 自分らしく頑張った
 明日の建設の 信念はよいか 大丈夫 一日の建設をなさずば 次の完成はないのである
 この悔いなき積み重ねが「本当に生きた日」として輝きを増すのだろう。

2008-04-14

水上勉氏の小説「櫻守」

 水上勉氏の小説「櫻守」のなかで、桜の大家が語る。「ええ桜ほど、肌に傷がついてますわ。キズで寿命をちぢめるのも木なら、キズで、大きく育つのも木のおもしろさです」。
 受けた“キズ”が木のもつ本来の生命力を、たくましくさせるというのだ。人生も同じであろう。困難があったからこそ大成できた、という人は多い。人生の勝因は、艱難がないことではなく、悲哀を制する戦いがあったかどうかであろう。
 一人の老婦人が孫が出席する会合に参加していた。「私は、この子の母親代わりのばあちゃんです」と、孫を見つめた。孫は今春、高校を卒業したばかり。「うれしくて、居ても立っても居られず、ついて来ちゃいました」と祖母。
 娘を、また、母を亡くした二人の悲嘆は計り知れない。だが二人は、感傷と決別した。祖母は娘に代わって、孫を立派に育て上げることに生きてきた。孫娘も、懸命に育ててくれた祖母の恩にこたえようと真っすぐに努力を重ねた。
 桜は、花を散らすと、ほどなく、来年の開花の準備を始める。そして、厳冬を耐え抜いた春に、これまでの努力を爛漫と咲かせる。苦難を勝ち越えゆく二人の人生が、必ずや満開となることを思った。

2008-04-13

[中国] 何のための学問

 吉田松陰は、教えを請う者に、最初に必ず聞いた。「何のために学問をするのか」。その答えの多くが、書物をうまく読めるようになりたい、だった。
 松陰は諭した。「学者になってはいかん。人は実行が第一じゃ。書物などは心がけしだいで、実務に服するあいだに、自然に読めるようになるものだ」と。門下生が在りし日の恩師を回顧した。「実行という言葉は、先生が常に口にされるものであった」(津本陽著『松風の人』)。
 実践に移すことは勇気がいる。自分を越えることが大切なのだ。

2008-04-12

[日記] 食卓のだんらん

 「後継の未来っ子を立派に育てるには」――東京・練馬区に住む、二人の子を持つ婦人が語ってくれた。「毎日の食事をきちんと作ってあげること。それが、わが家の方針です」。
 胸を突かれた。なるほど、簡単なようでいて、しかし今の時代、食事の支度を欠かさぬことは難しい。共働きの家庭もある。知恵を絞り、夫の協力も得て、食事作りに挑戦してきたという。
 確かに、「食」への取り組みいかんで、生活リズムや家族相互のかかわりは大きく変わってくるだろう。その意味で食卓は“アルキメデスの支点”(=物事を大きく動かすための急所)とも言えそうだ。子どもたちは今元気に歩む。
 霊長類の生態を研究する山極寿一氏によると、仲間と共に食事をするのは人間だけ。そこに人間ならではの、互いに分かち合う「家庭」「社会」が形成された(『暴力はどこからきたか――人間性の起源を探る』NHKブックス)。
 心のこもる一皿で家族の笑顔を引き出す主婦は、一国の宰相に勝る。食卓のだんらんは、世界の平和につながっているのだから。

2008-04-11

[日記] 目的観

 もし、柿の種が、味も香りも良い果肉のようだったら――詩人・吉野弘氏は、そんな想像を働かせた。種は果肉とともに食い尽くされるだろう、と。
 種子は、好ましい味をもたなかったがために、周囲から無視され、かえって未来への芽を守り続けたというのだ。氏は結論する。「人間の歴史にも/同時代の味覚に合わない種子があって/明日をひっそり担っていることが多い」(『吉野弘詩集』ハルキ文庫)。
 長い時を経ても残るもの――それが、時流とは一線を画した「種子」のような生き方ということなのだろう。確かに、世間の風潮に迎合し、流行を追いかけるだけの人生は空しい。真実の幸福の実体はない。反対に、毀誉褒貶に流されることなく、自らの信じた道を貫く人生には、充実がある。永遠に崩れざる勝利がある。そのために必要なのは、「何のため」という根本の哲学はあるまいか。目的観があれば、人生の座標軸はぶれない。確かな軌道を歩んでいける。なければ、迷走するだけだろう。

2008-04-10

ある友だちの体験

 彼の父親は仕事が長続きしない。やがて失業、借金だけが膨らんだ。朝とりあえず家を出るが当然、仕事はない。酒を浴びるように飲んで帰宅することも、しばしば。母親が働いて家を支え、学費を出してくれた。
 そんな父を許せず、口も聞かなかった。先輩に指導を受けると、意外な答えが。「お父さんは、家族のために頑張ってきたのではないのかい。男は家を出ると7人の敵がいるという。だから『いってらっしゃい』『お帰りなさい』という、家族の一言が力になるんだよ」
 半信半疑で翌日からやってみた。「いってらっしゃい!」。息子の声に、父親は怪訝な顔をして家を出た。彼の変化に、母親も加わった。そして、ある日――帰宅した父親は、迎えた二人を前に両手をついて、再起を誓った。家族の心が一つになった。それ以後、職場に恵まれ定年後も請われて働いた。
 春4月は、新たな門出の時でもある。真心の言葉が、振る舞いが、心に火を灯す。その小さな努力が、大きな幸福をもたらすのだろう。

2008-04-09

[日記] かけがえのない人

 「自分の絵本を出版したい」(12歳)、「世界でいちばん大きなカブトムシにあいたい」(8歳)――どんな子にも夢がある。だが、不自由な闘病生活が続くと、そうした豊かな夢を心の中に眠らせがちになる。
 「難病の子どもの夢をかなえる」ことを目的としたボランティア団体「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」。事務局長の大野寿子さんの話である。
 大野さんは確信している。「“あなたは、かけがえのない人”“皆が応援団よ”との必死の思いが、心の奥まで届けば、子どもたちの眠っていた希望は必ず目を覚ます」。飛び切りの笑顔で、夢に向かって歩み始めるというのだ。
 人の心を打つのは、話のうまさでも、美辞麗句でもない。“この友を絶対に幸福に!”――「一人」を思う大情熱が、わが胸中に燃えているかどうかだ。

2008-04-08

大和田伸也さんの思い

 (昨日の続き)
 大人が「今の若者は……」なんて言う資格はないんです。自分の子どもに対しても、一人の人格者として接していきました。誠意をもって今の若者たちに接していこう。彼らの中にも、人のために役立とうというボランティア精神があるように思います。
 だからこそ、僕たち大人が若者たちを尊敬し、「分かってるよ」というメッセージを送ることです。

2008-04-07

[日記] 「みこん六姉妹2」

昨日の続き(大和田さんの話をそのまま載せています)

 人間はいろいろな人に助けられながら生きています。僕は舞台の演出もしますが、「人間が人間にかかわることって、なんてすてきなんだろう」というメッセージを送っているつもりです。
 そんな中、若者と接して、あらためて学んだことがあります。それは、「見た目では絶対に判断してはいけない」ということです。茶髪の若者も、阪神大震災の時には救援ボランティアで大活躍しました。やはり、まずは話し合ってみることが大切です。
                             つづく

2008-04-06

[日記] 子どもにはガツンと

 今、TBS系のドラマ「みこん六姉妹2」に出演している俳優・大和田伸也さんの話です。そのまま書かせて頂く。

 子どもにはガツンと言う時も必要だと思います。ただ、その後のフォローが大事なんです。「お前を愛しているからなんだ」ということを伝えなければなりません。
 実際に重大事件を起こした子どもたちと話したことがあるんです。彼らによれば、犯行への衝動を抑えることができるかどうかは、自分が愛されていることを自覚できるかどうかで決まるそうです。
                              つづく

2008-04-05

[日記] やる気

 「やる気」を出すには、どうすべきか。あれこれ思い惑うより、まずはちょっと“動いてみる”こと。最新の脳科学が教える知見だ(池谷裕二・糸井重里著『海馬――脳は疲れない』)。
 たとえば、掃除をしようと思い立つ。掃除機のところへ、まずはわが身を運ぶこと。勉強しなければ、と考える。テレビを消し、まずは机の前に座ること。すると脳の側坐核が刺激され、やる気が高まってくるという。
 やり始めないと、やる気は出ない。座っていては、人生は始まらない。まずは体を動かして自分の心を揺さぶろう。刺激された心が、今度は行動に拍車を掛けるはずだ。

2008-04-04

人材

 人材は待っていても生まれない。サーチライトで照らすように隅々まで探し、愛情をもって育まなければならない。
 いかなる団体も組織も国家も、その未来は「人材」で決まる。

2008-04-03

[日記] 負けるが勝ち

 新年度を迎え、学校や会社に新入生や新入社員が入ってきた。はつらつとしていて、周囲に新鮮な空気が広がる。さわやかな外見だが、心中は期待と不安が相半ばといったところだろう。最近の調査でも、社会人になる心境を聞いたところ、ストレスに持ちこたえられるだろうかといった不安を挙げる人が多くいた。
 新しい環境で、勉強や仕事、人間関係に慣れず、つまずくこともあろう。人生は成功と失敗、勝ちと負けの連続とも言える。うまくいった時はいいが、思うようにいかなかった時にどうするか。そこが問題だ。
 日本人初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士が中間子論をまとめた1934年の日記には、「天才は限られてゐる、努力には限りがない」と、研究に苦闘する模様が記されている。失敗についても「失敗つたと思つた時に気をとり直すか否かゞ勝敗の分れ目である」と(『湯川秀樹日記』朝日選書)。
 失敗して落ち込むだけでは、本当の敗北になってしまう。前に向き直って、さあもう一度、と挑戦するところに次の勝機が生まれる。
 「負けるが勝ちの場合もある。負けて悔しい経験をした人が、常勝の力を持つ」。万事、この心意気でいきたい。

2008-04-02

[日記] 子は親の鏡

 映画監督の大林宣彦氏が、紹介しているエピソード。若い母親と3歳くらいの男の子が電車に乗っていた。男の子は誤って、隣で眠る老人の白いズボンを靴で汚してしまった。その子と目があった氏は“後で謝ろうか”と言ったが、母親は逆に氏に文句を。その時、男の子は尋ねた。「お母さん、どうしてぼくを叱らないの?」。彼は、明確に善悪を判断していた(『なぜ若者は老人に席を譲らなくなったのか』幻冬舎刊)。
 「子は親の鏡」とは、ドロシー・ロー・ノルトが1954年に作った詩。“大人の価値観や振る舞いが、子どもの成長に影響を与えていく”との主題は、時を超えて支持される。問題は子ではない。親なのだ。
「子どもは、伸び伸びと自由にさせながらも、何をしているかを、親がよく心におさめて、祈り、見守ってあげる」。子どもを伸び伸び自由に育てたいのは、親心として当然だ。が、その心に自分の姿が映っていてこそ、子どもは安心してまっすぐ育つ。親もまた心を磨く努力が大切だ。「教育」は「共育(共に育つ)」。親子共に成長の日々でありたい。、心を磨く努力が大切だ。「教育」は「共育(共に育つ)」。親子共に成長の日々でありたい。

2008-04-01

[日記] 幸福の絵柄

 詩人・北原白秋の『洗心雑話』の中に「心柄といふものはほんの一寸した言葉のはしにもあらはれる」とある。人柄や絵柄と同じように、人の心にも柄があるのだ。柄とは模様のこと。人の品位・性格を指す。
 心の模様は、十人十色だ。ある時は、苦しみや悲しみの模様、またある時は、楽しみや喜びの模様を心に刻むこともある。心にどのような模様を刻むかで、人生も決まる、といえよう。
 優れた画家が、あらゆる生き物を真に迫って描くように、心がすべてを作り出していく。心の在り方一つで人生も決まる。「心こそ大切なれ」である。人のために尽くす行動は、日々刻々と自身の心に刻まれていく。それは、確かな“幸福の絵柄”となり、自らの心に描かれていくことを確信したい。

Profile

うつ病とぶつかりあって,長年苦しんでいますが
周囲の温かな優しさが自分を育んでくれる今日この頃です。

Recent Comments

RSS

RSS2.0

Access Counter

00042142