2008-03-31

[日記] 励ましのネットワーク

 まもなく見頃を迎える岐阜県本巣市の「淡墨桜」。樹齢1500年の名木だが、かつて枯死しかかったことがある。人々の惜しむ声は強く、さまざまな“治療法”が検討された結果、「若木の根接ぎ」という手法に決まった。 昭和24年、治療を開始。でき得る限り接がれた山桜の若根は、実に238本にのぼった。根の白蟻を駆除し、土壌を替え、肥料を施す。接いだ部分に雪が積もれば皆で払った。こうして、淡墨桜は往年の勢いを取り戻す。
 人材の育成も、また然りであろう。成長を願う一人また一人が、友に真心の声をかけ、励ましを送る。その無数のかかわりを生命の滋養として、人は、成長の根を伸び伸びと広げ、勝利の花を咲かせる大樹となる。わが身を振り返っても、どれだけ多くの人に支えられ、勇気づけられてきたことか。 心豊かな“励ましのネットワーク”を広げ、新しき人材の育成に全力を挙げたい。

2008-03-30

[日記] 「できた!」との達成感

 食育・料理研究家の坂本廣子さん。小さな子どもを対象とした料理教室「キッズ・キッチン」を全国各地で開催するなど、食育活動の第一線で活躍している人だ。
 そんな彼女が食育を担当していた幼稚園に、一人の男の子がいた。車で送り迎えされ、欲しいものは何でも買ってもらえる。しかし、幼稚園のものを大事にせず、壊してばかりだった。
 どうしたら「ものの大切さ」を伝えられるか担当教諭も悩んでおられた。
 ある時、授業でパンを作った。粉を練り、形を作り、焼いて……すべて子ども自身が行う。ところが、その男の子は、自分が焼いたパンをオーブンから取り出す時、熱くて床に落としてしまった!
 「替えてあげようか」と聞くと、彼はパンを手できれいにぬぐいながら、「ううん、もったいない」と。自分で苦労して作って初めて、「ものの大切さ」がわかったようだ。
 その後、皆でパンを食べたのだが、彼は少しだけ残して、家に持ち帰った。後日、お母さんが「家族のためにと持って帰ってくれたパンは、どんなパンよりもおいしかったです」と話してくれた。
 親の世代は、とかく言葉で教えようとしがちですが、子どもは実感することで学ぶわけだということが分かる。

2008-03-29

[日記] ナポレオン

 ナポレオンの劇的な生涯の中でも、有名な場面がある。1814年の閲兵での出来事。ナポレオンは、一人の老兵に目を留めた。「どこかで会った気がする。名前は何というのか」
 アルコレ橋、マレンゴ、アウステルリッツと、数々の激戦を、老兵は皇帝と共に勝ち越えてきた。位は伍長。功労に比べれば、あまりに低かった。皇帝と一緒であれば、それで満足だった。ナポレオンは、胸にあった勲章を自ら老兵につけてやった。太鼓、ラッパが響き、その場で老兵は大尉に昇進する。20年来泣いたことのない老兵の目に涙が光った。
 公平に、誠実に、頑張った人に報いる。陰の人を、草の根を分けても探し出して讃える。この意識があればこそ盤石な組織ができあがったのである。この一点を深く銘記していきたいものだ。

2008-03-28

上村愛子選手

 ワールドカップスキーのモーグル種目総合優勝の快挙を遂げた上村愛子選手の話である。モーグルとは、ノルウェー語で「雪のコブ」。多くのコブがある急斜面を滑り降りながら、途中でジャンプによる演技を入れ、ターンの技術やスピードを競う。
 上村選手の転機は、コーチのヤンネ・ラハテラ氏との出会いであった。ヤンネ氏は“モーグルの王者”と呼ばれた五輪金メダリスト。上村選手は、彼の指導で、それまでこだわっていたジャンプからターン技術の重視へ。昨季は負傷欠場が続いたが、その間に、着実に技術を磨いた。それが見事に開花した今季。終盤5連勝で、年間王者に輝いた。
 方向転換に不安はなかったのか? との問いに彼女は答えた。「偉大なコーチの言っている通りにやれば勝てるという確信がありました」。精神面での成長も著しい。
 素晴らしい師を持つことはいかに素晴らしい人生を送れるかに関わるのである。

2008-03-27

[日記] 福沢諭吉

 旧五千円札の新渡戸稲造博士は少年時代、慶応義塾で福沢諭吉の演説を聴いた。内容は忘れたが、両手に紙袋を提げてきた福沢が演説前、聴衆の少年に紙袋から煎餅を配ったことは鮮明に覚えていた。
 新渡戸博士は後年、この思い出を述懐し、次のように語った。「今日教育家は多いが、大抵は教育屋であって、真の教育家ではない」「子供たち一人々々に煎餅を与へながら、自然に滲む愛情で周囲を潤ほしてゆくやうな血の通った教育をする人は少ない」(『慶応義塾学報』)。現代にも通じる指摘だろう。その人物のありのままが教育の原点で会ってもらいたいものだ。

2008-03-26

[日記] 万紫千紅

 「万紫千紅/総て是れ春」(朱子)。百花が春爛漫の景観を織りなすように、多彩な青年群が勢いよく開花する時期である。
 そのために育成に全魂を込める事が大切である。希望に満ち活躍の舞台をさらに広げていこうとする青年に明確な指針が与えられるような先輩でありたいと思う。

2008-03-25

[日記] 環境

 徳島の山あいの町が「葉っぱを売って2億円を稼ぐおばあちゃんたち」と脚光を浴びている。和食に添えられるナンテンやモミジの葉を農家が栽培し流通させる新市場を開拓したのだ。今では町の人口より多くの視察者が訪れる。そこでは、ファクス、携帯電話、パソコンを駆使して注目の事業を営む年配者の姿を見ることができる。
 ビジネスには企業秘密がつきもの。が、ここは完全公開。仕組みをまねされても、絶対に負けない自信がある。それは「人と人との強い絆があるから」だという(横石知二著『そうだ、葉っぱを売ろう!』)。どこでも過疎の町は、仕事がない。経済基盤も弱い。事実、この町も寒波襲来で主力産品のミカンがだめになって生活が立ちゆかなくなった。その“どん底”で悩み抜いた一人が、すし店で見つけた新規事業。愚痴をこぼしあうだけの人間関係から、目標を掲げ、皆で幾度も共に困難を乗り越えて、共に生きる絆ができあがった。
 「環境で、心の大きさは変わらない。心は、いくらでも広げていける。心は、どちらの方向にも行ける」。環境が悪いと嘆くのか、環境を変えようと動くのか。一人が立ち上がれば、必ず続く。我らは、その最初の一人でありたい。

2008-03-24

[日記] ひくまの出版

 児童文学作家の那須田稔さん。“「命の大切さ」を伝えたい”という思いで作家として出発した時から現在に至るまで、この思いは変わら無いという。
 少年時代に戦争を体験した世代。次の世代へ語り継がなくてはいけない言葉がある。旧満州のハルビンで、終戦を迎えられたそうだ。終戦直前に旧ソビエト軍の侵攻が始まり、平安だった街が一瞬にして、混乱と恐怖に支配されてしまう。砲弾が飛び交い、親しい人が命を落としていく――。必死に戦火から逃れるなかで、「何よりも大切なものは命なんだ!」と、心の底から感じたそうだ。
 命を尊さを次代に伝えるためには、今生きているものがその姿勢を通し伝えなければならないのだ。

2008-03-23

[日記] 世界気象デー

 きょう3月23日は「世界気象デー」。世界気象機関は、1950年(昭和25年)のこの日に設立。日本が加盟してから今年で55年を迎える。気象観測のネットワークは、今や世界に広がる。気象現象は地球規模で起こり、より多くの地点で観測することが、正確な予測につながる。
 自然災害による世界の経済的損失の63%が気象に関連している、との統計もある。各国が協力して、これらの被害を減らすことが求められている。 気象の変化をとらえる“目”は、地上や上空の観測から始まった。現在は、それらに加え、レーダー、気象衛星と多彩。情報の交換や技術の進歩によって予報の精度を増しているが、最終的な判断は人に委ねられる。人間の英知と不断の努力が不可欠なゆえんである。
 国内で最も過酷な地点である富士山頂の冬季観測に活躍した気象学者、野中到・千代子夫妻の生命をかけての作業も、その使命感のなせるわざであった。
 大自然の兆しを見抜くにも、たゆまぬ努力の積み重ねがあって可能になる。多くの人々の安全のため、どんな些細なことも見逃さない――この責任感が欠かせないのは、社会のすべての活動についても同じことだと思う。

2008-03-22

[日記] ありがとう

 ある人の子育て体験。最近、言葉が増えてきた2歳の娘。靴下を履かせてあげたら「あいがと、パパ」と感謝された。親として当然のことをしただけなのにと驚き、温かな気持ちになった。まだ幼いから、どこまで理解して話しているかはわからない。おそらく何かにつけて、子どもに「ありがとう」と言うようにしているので自然と覚えたのだろう 。
 身近な家族だからこそ、何かをしてもらって当たり前と思うのでなく感謝を声に出す。態度に表す。そうした積み重ねが、和楽の家庭を築く力となる。
 ロシア・国際児童基金協会のリハーノフ総裁は、子どもの育成は「国家の課題というより、親の、また人間の課題である」と述べている。子どもの健やかな成長と幸せを実現する。そのために大切なのは、大人自身の生き方だ 社会といっても、その縮図は家庭である。親子や夫婦など家族が傷つけ合う事件が多く伝えられる昨今。だからこそ「ありがとう」の宝の価値を心に刻みたい。

2008-03-21

[日記] 手は第2の顔

 「手は第2の顔」と言われる。深い皺の刻まれた手。節くれ立った手。手には、その人の人生が刻まれている。
 ノーベル物理学賞・化学賞受賞者のキュリー夫人の手は、ラジウムによる火傷と、たこで硬くなっていたという。女性として、どんな思いで、わが手を見つめただろう。が、その手によって、多くの若い研究者が励まされ、育っていった。
 苦悩の人がいる限り、すべての手をさしのべて救い切る力がある。わが友のために、誠実に粘り強く手を尽くしていきたい。

2008-03-20

花の義経

 険しい断崖を前に、兵士達は足がすくみ怖じ気づいていた。「鹿のかよおう所を馬のかよわぬ様やある」――源義経は皆を鼓舞すると、自ら馬を操り坂を駆け下った。その勇猛果敢な姿に味方は奮い立ち、次々と続いた。1184年の3月(旧暦2月7日)、源氏と平氏による一ノ谷の合戦が開かれた。一ノ谷は平氏が陣を敷いた堅牢な地。そこを見事に打ち破ったのが、義経の“鵯越の逆落とし”の奇襲だった。
 孫子の言葉に「善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず」(戦上手は勝利の要因を勢いに求め、人の能力に求めない)と。ゆえに、勢いをつくる人が最も大切になる。先陣が目前に立ちはだかる困難に逡巡するか、それとも打って出るか。先頭を走るリーダーの勢いこそ、勝負を決する戦いの要諦といえよう。
 弥生3月も10日余り。弥生は「いやおい」が転訛したものとも。厳しい寒さを耐えてきた草木が、勢いよく成長を始めるという意だ。
 さあ、万物が躍動し、百花が萌え出る春本番! 勢いよく地域・社会に飛び出し、一人一人が勝利と幸福の花を万朶と咲かせゆこう。「花の義経」となって。

2008-03-19

[日記] 魂そのものが芸術

 「真の音楽家にとっては……彼の魂自身がすでに音楽である」(豊島与志雄訳)とは、文豪ロマン・ロランの言葉。偉大な魂からは偉大な芸術が迸る。否、魂そのものが芸術なのだ。ロランは、こうも言う。「芸術、それは人を生きさせるものだ」(同)。人に勇気を与え、生きる力を与えてこそ真の芸術であると言っている。
 一人一人が違った生き方をする。その時点で違った芸術の表現をするのである。「あの人は格好いい・・とか、お金儲けが上手い・・とか」で人まねだけをして自分を忘れてしまうと感動が生まれない。
 自分らしく生きることが最大の演出と言っていいだろう。

2008-03-18

[日記] 恩恵

 作家の井上靖氏は自らの出会いを回顧した随想で、「人間というものは、自分が恩恵を受けたたくさんのことを、それを思い出そうとしないと思い出さないものであるということを、こんど強く感じた」(わが一期一会)と綴る。
 原点を忘れぬ自分でありたい。それが成長の推進力であるからだ。励ましの対話とは、未来へ輝かせる作業といえるかもしれない。

2008-03-17

[日記] トルストイ

 納屋が壊れ、途方に暮れた貧しい婦人を、文豪トルストイは、放っておけなかった。壁を作り、残るは屋根葺き。下を見てしまい、目がくらむ。農夫が助言した。“やっている仕事だけを見るんですよ。他へ目をやらなければ、何でもありませんよ”。文豪は、人生の「極意が分かった」と喜んだ。恐れを克服するには、降りかかる迫害や敵意に気を取られず、目の前の現実に集中することだ、と(『トルストーイ傳』原久一郎著)。

 この話に鼓舞された青年がいた。日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹である。26歳の年の正月、彼は日記に綴った。“あることに専心できれば、人は自然に伸び伸び成長を続けられる。一つのまとまった仕事を成就できるだろう”。中間子論を着想したのは、この年の秋のことだった。
 私たちもまた、現場で価値を創造する“大工”のようなものである。自他ともの幸せを探求する“科学者”でもある。他人の評価に一喜一憂することなく、自らの信ずるままに頑張っていきたい。そこにおのずと道は開かれ、自信もわいてくる。その人こそ、真の勇気の人である。目の前の、この一人のために――こう心を定め、邁進するところ平和への道は開かれていくと確信したい。

2008-03-16

[日記] ソクラテス

 優れた人材になるには? ソクラテスが一人の青年に発した質問だ。答えに窮する青年に師は語る。「私について来て、覚えなさい」と。以来、その青年、クセノフォーンは弟子の道を歩む。
 彼は後年、1冊の本を公刊する。ソクラテスへの告発に対する反論に始まり、敬愛してやまぬ師の数々の言動を世に残した本は、歴史的にも「もっとも貴重な文献」の一つとして名高い。(佐々木理訳『ソークラテースの思い出』岩波文庫)。
 優れた師弟関係を築くと言うことはこれ以上ないという幸せをつかむことになろう。そんな関係が、このグループで築けるであろうか。

2008-03-15

[日記] 頭から腹へ

 物事を「頭に入れる」とは、「しっかりと記憶する」こと。それを「腹に入れる」と「事情を理解し、心得る」ことになる(『日本国語大辞典』小学館)。
 私たちは、知ってはいても、できないことのほうが多い。しかし、その「知識」を、どれだけ「経験」として生かせるようにするか。「頭」から「腹」へ――それが、本当に「学ぶ」ということだろう。

 経験豊かな人を、よく「いぶし銀」という。人生で学んできた人の実力と魅力の輝きといえる。しかし、ある先輩が語っていた。「いぶし銀は、若いころにギラギラしていたからこそ、輝きが出るもんだ」と。経験は財産。が、大切なのは、失敗を恐れずに、目の前の課題に挑み続ける心。それこそが、経験を輝かせるものにちがいない。
 「希望は経験によって強化されはするが、経験がその源ではない。その源は、今まで人の行なったためしのないことも、行ない得るという確信である」(ノーマン・カズンズ著『人間の選択』角川選書)。
 私たちの人生は、いわば毎日が未経験の連続だ。ゆえに、その日々を「良く生き抜こう!」と前へ進む心が、自身を飾るのではないか。

2008-03-14

[日記] 人材の登用

 江戸時代の鎖国下、長崎は、唯一の開港地だった。街を歩けば、創業が「寛永」「天保」など、江戸期の老舗と出合う。日本には、個人商店や小規模な会社を含めると、創業100年を超える老舗は10万以上もあり、その約半数を製造業が占める。高度情報化や技術革新の激動を乗り越え、“のれん”を守り続けた老舗製造業には、共通項が見受けられる。
(1)優れた人材を取り入れるのを躊躇しない(2)時代の変化にしなやかに対応(3)創業以来の家業の部分は頑固に守り抜いている(4)“分”をわきまえている(5)売り手と買い手とが公正と信頼を取り引きの基盤に据えてきた――ことが挙げられる(野村進著『千年、働いてきました』)。
 人材の登用、進取の気風、こだわり、謙虚さ、公平な理念。老舗の伝統は看板という形式ではない。創業の精神を守り、発展させゆく後継者の努力と信念にこそあるといえる。

2008-03-13

[東北] 改革

 江戸時代、若き上杉鷹山は、儒学者・細井平洲の教えを受け、米沢藩主となる。当時、米沢藩は財政難など問題が山積していた。鷹山は赴任前、自分は何をすればよいのか、改めて平洲に教えを請う。師は“大事なこと、手本になることはすべて教えた”と答え、「勇なるかな」と励ました。今こそ戦う時。勇気を持て!――と。その通り、果敢に改革を断行し、藩を再建した。
 師の日頃の真剣な姿勢と弟子の勇気が改革を成し遂げたのであろう。

2008-03-12

[日記] 人材育成

 使命のない人はいない。じっと見守り、粘り強く励ましを送ろう。真心の慈雨で潤された友は、必ず芽が萌え出る時を迎える。
 人材は目の前にいる。その一人を“自分以上の人材に・・”と願うリーダーのもとに、人材が育つのである。

2008-03-11

[日記] 思いやる心

 一本の桜の木で、満開の枝と八分咲きの枝が、混ざっている場合がありますが,専門家から見れば、これは要注意なんだそうだ。花見が長く楽しめるなんて言っている場合じゃないですね。 
 一株の木なら、「開花」が同時に起こらなければいけないのに、「ズレ」がある。それは、遅れている枝に、害虫の被害があったり、根が圧迫されて水を幹に汲み上げにくくなっているなど、目に見えないところにも、必ず原因があるんです。放置していたら、その木全体が枯れてしまう恐れもあるという。
 木のわずかな変化も見逃さず、手間をかけて治し、その命を救っていく。尊い仕事だと考えさせられた。
 しかし、特別なことではないという。例えば、目の前に困っている人や、けがをしている人がいたら、「大丈夫ですか」と声を掛ける。それと同じで、目の前に傷んでいる木があれば治してあげたいと思う。そういう優しい心は、本当は誰もが持っているはず。この「思いやる心」を次代に伝えていく必要があるのです。

2008-03-10

[関西] 桜の治療

 木が傷む、主な原因は何でしょうか。

 雨風など、自然現象が原因になることもありますが、車やバイクが通るときに枝や幹を引っ掛けて折ったり、草刈り機で地面の手入れをしていて、うっかり根っこを傷つけたり、電線が引っ掛かったりと、いろんな原因があるという事である。
 そんな時、木を腐らせる「腐朽菌」が繁殖し、幹の一部が空洞になっています。そこで、殺菌し、支える鉄骨を組んでモルタルを塗り、ギプスを作りそれ以上、傷口が広がらないようにするらしいのです。
 木はものを言えませんが、正直者です。付き合う人間がいかに木々を大切にしていくかがこれからも大切にされることだろう。

2008-03-09

[関西] 仲人の落とし扇

 昔の大阪の言葉に「仲人の落とし扇」というものがある。結納や婚礼が滞りなく進行している時に、仲人が扇を落としてしまう。仏教的な根拠などないが、世間的には扇は「末広がり」「縁起がいい」ことの象徴。それを仲人が落とす。迷信深い人ならば、「縁起でもない」となってしまうところだ。が、この言葉が意味するところは違う。そのぐらいの“失敗”は、むしろプラスというのだ。すべてが完璧、何の欠点もない、などということは、あまりあるものではない。もしあったとしても慢心や油断を生み、敗北の因となるかもしれない。また、少し欠点があった方が、価値が高まる場合がある。そのような教訓を込めた言葉だ。
 人生に、失敗や苦難はある。それがないことが幸福ではなく、それを克服する勇気を持つことこそ、真の幸福なのだろう。

2008-03-08

[日記] 受け止め方

 同じ話を聞いて、感動する人もいれば、しない人もいる。話の受け止め方は、人によってそれぞれ異なる。ガラスは氷と違って、とける温度が部分によって変わる。詩人の矢崎節夫氏は、人を一枚のガラスにたとえて、心の融点が一人一人、違うと言う。「一度で感動しとける人、百度でとける人、千度でとける人」がいると。だから、対話をしていて、“なぜ、分かってくれないのか”と嘆くより、“もう少しこちらの温度を上げればいい”――と氏は語る(『みすゞコスモス』)。
 例えば、星を見るにしても、旅人にとっては大切な道しるべとなるが、学者にとっては研究の対象物となる。ただの光と思っている人もいる。見る人によって、受け止め方は千差万別だ。物の見方や考え方は、十人十色である。
 その違いを知ったうえで、対話をすることが大切だろう。感動している人の声は、相手の心に感動となって伝わっていくものだ。友人の心の融点に届くような感動の対話を重ねていきたい。

2008-03-07

[日記] 映画「眉山」

 映画「眉山」を見た。阿波・徳島を舞台に繰り広げられる、母と娘の絆のドラマだ(犬童一心監督、さだまさし原作)。
 母は居酒屋の女将「お龍」。宮本信子扮する彼女の、啖呵がいい。傍若無人に振る舞う人気歌手に、ピシャリと言い放つのだ。「ちょいと鼻歌が売れているぐらいでのぼせ上がるんじゃあないよ」「人の痛みが分からないような根性の手前の歌なんざどうせ偽物に決まってらぁ」
 啖呵を切られた歌手は、捨て台詞を残して店を後に。が、やがて目が覚め、女将を慕うようになる――。人を傷付け、分断する「暴言」は、世に多い。しかし、人を奮い立たせ、結び付ける「直言」は、いたって少ないのが昨今だ。

2008-03-06

[日記] 「従藍而青」

「従藍而青」という言葉がある。「藍よりして而も青し」と読む。もとになったもの(藍)より、優れたもの(青)が生まれるという意味で、そこから「後輩が先輩以上に成長する」ことの譬えともなっている。
 “後輩を自分以上の人材に”とする責任感のもとに組織は大きく成長していくのであろう。

2008-03-05

[日記] 思いこみの悲劇・・・

 世の中には、常識を打ち破る現実がある。「こうなるはず」という思いこみが砕かれる瞬間だ。これまでの「常識」は案外あてにならない。自然科学で近年、そうした報告が続いた。一昨年秋、世界の屋根・ヒマラヤ山脈が、モンスーン(季節風)のために隆起することが分かってきた。季節風に乗って雨が降り、山脈の岩石が削られる。削られると山は低くなりそうだが、逆に、地下深くに抑えられていた岩石が押し出されて高くなるという。
 本年、ハワイの地下深く、何千万年も位置を変えずに溶岩を供給してきた「ホットスポット」が、じつは動いていることが分かってきた。動かないことを前提に理論を積み上げてきた研究者に、大きな衝撃が走った。
 「前提」は、あくまで仮説。うのみにしてはならない。人生も同じ。思い込みにとらわれるのではなく、現実に根ざし、それを、どう変えていくかであろう。強い意志を持って立ち向かう時、自身の未来は大きく開けていく。

2008-03-04

[日記] 葬式

 懇意にしている人が亡くなった。晩年は明るくなったので良かったと思うが、今一やりきったという感じがなかったので後悔する。
 時機を逸しては正しいことも意味がなくなるのである。

2008-03-03

[日記] 三人姉妹

 三人姉妹がいた。綺麗な長女は女優に。優秀な二女は大学医学部へ。「それに比べて、私は……」。引っ込み思案の三女は、劣等感で押しつぶされそうだった。
 そんな少女が変わったのは中学時代。ボランティアで、身体障害児たちと一緒に遊んだ。歌をうたうと、全身で喜びを表現してくれた。逆に、自分が明るく、前向きに。それがきっかけで歌手になった。今は国際的に活躍するアグネス・チャンさんの体験だ。
 自分のことばかり考えていると、エネルギーが胸の中へ中へと入って、苦しくなる。そんな時、ちょっと自分を忘れて、人のために動いてみる。それが「楽になれる方法、エネルギーの出口がみつかる魔法」と彼女は言う(『小さな命からの伝言』)。
 人に尽くす行動こそ「小さなエゴの殻を破り、自身の境涯を大きく広げ、磨き高めてゆく道」。
 希望の春。さあ、“心の窓”を開けて、人の幸福に尽くす対話に飛び出そう! 自分の中にある「無限の力」が解き放たれる。

2008-03-01

火は見てる あなたが離れる その時を

 本日1日から、「平成20年春季全国火災予防運動」がスタートする(7日まで)。「全国統一防火標語」は、「火は見てる あなたが離れる その時を」。火災は、火から目を離した一瞬のスキに発生する。まずそのことを、一人一人が十分に銘記していきたい。
 昨年1月から9月の、放火自殺者などを除いた住宅火災による死者数は809人で、前年の同期間と比べると52人(6・0%)減少している。
 住宅火災による死傷者は、“逃げ遅れ”によって起こる場合が多い。火災は就寝時間帯に多く発生し、住宅火災は、想像しているよりも早く拡大するからである。そこで有効なのが、住宅用火災警報器の設置である。本年6月から、既存住宅への設置義務化が適用開始される地域も多くある。“自分の地域はまだ先だから”というのではなく、今回の火災予防運動を機に、火災警報器の取り付けを検討してみてはどうだろうか。
 また、出火の原因別を見ると、「放火」「放火の疑い」の2つで20・0%を占めている。家の周りに燃えやすいものを置かない、物置や車庫などには鍵をかける、ごみは収集日の朝に出す――といった普段の心がけが、未然に防ぐ有効な対策。加えて、地域全体で放火に対する手だてを考えることも必要であろう。

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うつ病とぶつかりあって,長年苦しんでいますが
周囲の温かな優しさが自分を育んでくれる今日この頃です。

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