2008-06-30

[日記] 千里の道も一歩から

 千里の道も一歩から――少しずつでも歩いていれば、必ず目的地に到達することができる。途中であきらめず、もう一歩を踏み出す勇気が大事である。
 野球をする人にとって、「素振り」は基本中の基本。王貞治氏は、この素振りで自分の肉体をつくったといわれる。荒川博氏と二人で編み出した“一本足打法”。「人間というのは気の遠くなるような反復練習で、何かを会得することができる」と荒川氏。まさに血のにじむような努力の結晶だ。
 努力は平凡なことかもしれない。しかし、平凡なことほど持続は難しい。ある意味、才能とは長い努力に耐える力といえまいか。だれにも才能の芽はある。その芽を咲かせるのも、たゆまぬ努力以外にない。
 菩薩の誓いに、四弘誓願がある。四つの誓いのそれぞれに、「無辺」「無量」「無尽」「無上」という言葉が用いられている。どこまでも限りなく努力し、行動し続けていくところに、四弘誓願を貫く菩薩の生き方がある、という意味だ。
 自分の幸福だけでなく、友の幸せをも祈り抜き、対話の実践に励む仏道修行。これほど尊い努力はない。どんな障害があろうと、広宣流布への歩みを止めない。そうすれば、必ず人生勝利の道が大きく開いていくものだ。

2008-06-29

[日記] 誠意と勇気

 心には「扉」がある。それを開かなければ、言葉は相手に届かない。
 満員の最終電車。ドアの前に若者たちが座り込み、騒いでいる。乗客の一人が、にこやかに「ちょっとごめんね。降りるよ!」と声をかけた。びっくりしたように見上げ、身を寄せる若者たち。降りしな客は「おやすみ!」と。彼らはほおを赤らめ、立ち上がった。
 その光景を目にして思った。もし客が、不機嫌な顔つきで「邪魔だ。どけよ!」と告げたとしたら……。ひと悶着起きたかもしれない。理由はどうあれ「不機嫌は怠惰の一種」とは、ゲーテの指摘。正論といえども“伝え方”には、やはり配慮が欠かせまい。
 法華経に「言辞は柔軟にして、衆の心を悦可せしめたまう」(言葉柔らかに人々の心を喜ばせる)と。創価学会二代会長戸田先生の講義は、まさにこの経文のごとくであったという。わかりやすい言葉で、自在に。それは“一人も残らず、救わずにおくものか”との慈愛の発露であった。「しかも、絶妙なユーモアを交え、場内を爆笑の渦に巻き込みながら、いつしか深遠な仏法の極理を、心から納得させていかれるのであった」(「随筆 新・人間革命」)。
 心の「扉」を開く鍵は、快活な誠意と勇気だ。そのとき言葉は心に届き、相手は動く。

2008-06-28

[日記] 試練は勝利につながる

 がん、交通事故、肉親との死別等、宿命の嵐に次々襲われた青年に、婦人が一言。「例えるなら、試練は“竹の節”。節があるから、真っすぐ伸びる。節が多いから、大きく伸びる」。
 勝因の一つ――それは“励ましの達人”の存在だ。
 夢が実現できず悩む青年に、達人いわく「『つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』とあるが、拙き者が忘れるのは『約束せし事』だけじゃない。『誰と約束したか』――師匠の存在まで忘れる。君はどうか。池田先生の弟子じゃないか!」と。発奮した青年は勝った 師を求め抜く人に、停滞も敗北も悲哀もない。必ず功徳と歓喜と報恩に至る。これこそ“庶民の王者”に共通する最大の勝因だ。

2008-06-27

[日記] 我慢は忍耐?

 我慢という言葉。多くの人は、その意味を“自分の感情を抑えて耐え忍ぶこと”と思っているのではないだろうか。
 辞書を引き、驚く人が多い。「忍耐」の意と共に、仏教用語の視点で「自分を偉く思い、他を軽んずること」という解説があるからだ。日本人の“謙譲の美徳”のように感じていた人は、意外さをぬぐえない。
 しかし、実は通底していると見ることもできる。つまり、我慢とは外面的に耐え忍ぶ姿を保ちつつ、心の中では自分を偉く思い、他を軽んずる感情が渦巻いている――その両面を示している、と。内面だけを見れば、自己中心の感情である我執の「我」、慢心の「慢」となる。
 仏法では、我執を断つことを教える。だが、各人の個性の否定とは全く違う。自己への執着を断つことで、逆に自らの個性を押し込めていた固い殻を破り、より豊かな真実の個性が輝く道が開かれる、と考える。
 米ノートルダム大学・ダルマイヤー博士は「“我執”を“奉仕”の心へと転換させようとする、仏教の教えを高く評価しています」と期待する。“小さな自分”に執着するのではなく、他者を思いやる心をはぐくみながら、利他の実践で自分の生命を磨く。それが“大きな自分”に成長する近道なのだ。

2008-06-26

[日記] 「助け合う」

 “地獄の長い箸”の話。地獄にいる衆生たちは、目の前に並べられたご馳走を食べられずに苦しむ。自分の腕よりも長い箸が邪魔をするからだ。
 一方、仏国土。同じように、長い箸を手にしていたが、皆、楽しそうだった。なぜか――。長い箸を利用し、他の人の口にご馳走を運び合い、互いの食事を可能にしていたからである。
 地獄と仏国土の違いは、「環境」ではなく、人の「心」にあることを示した譬え。とりわけ、人のために尽くせば、わが心も充実することを教えていよう。
 現代社会は、「助け合う」精神が生まれにくくなっているという。過剰な個人主義が蔓延した結果であろう。だが、他者への思いやりなくして、自己の真の幸福実現はない。富や権力を追求する物質主義、利益優先の経済主義等、先の説話が示す智慧は、現代社会の行き詰まりを打開する大きな示唆を与えている。
 日蓮大聖人は、「芝が枯れれば蘭が泣き、松が栄えれば柏は喜ぶ。草木でさえ、このように互いに助け合うのです」(御書1088ページ、通解)と仰せである。友が苦境の時こそ、手を差し伸べ、励ましの声をかける。そこにこそ厳しい現実社会を乗り越えゆく鍵があると信じる。

2008-06-25

[日記] “知”への探究

 中世ヨーロッパが、現代に残した大きな文化がある。大学の誕生だ。ボローニャ大学の創立は、1088年。パリ大学の起源は、12世紀中頃といわれる。当時、校舎等の建物はなく、広場で教師と学生が議論を重ねたという(今道友信著『西洋哲学史』講談社学術文庫)。
 “場所”があって、大学が生まれたのではない。真理を求める学生と、それに応えんとする教師の情熱が、火花を散らし合うなかで、大学は誕生した。師と弟子の、飽くなき“知”への探究こそ、大学の原点といえよう。

2008-06-24

[日記] 信念

 名古屋テレビ塔、大阪・通天閣(2代目)、そして東京タワー。これらの構造設計を担当したのが、「塔博士」こと内藤多仲氏だ。
 実は東京タワーが完成した時(昭和33年)、一部で「パリのエッフェル塔に似ている」との声が。しかし彼は全く意に介さない。留学などで研究を重ね、日本の耐震建築技術を飛躍的に向上させた自信があったからだ。
 彼にとって、「安全」こそ最優先の価値。安全性を追求した塔の形が似るのは「当たり前」だった(INAX出版刊『タワー』)。事実、東京タワーは完成から50年となる現在も、微動だにしない。今では地震の際、列車への緊急停止信号なども発信する。
 人が何と言おうと、これだけは正しい。これが自分の人生だ――信念に生きる人は幸せである。信仰とは、自身の胸中に揺るぎない“信念の塔”を打ち立てることにほかならない。

2008-06-23

[日記] 目標

 「やっぱり人生は目標がしっかりとあったほうがいい」。子どもに絶大な人気を誇る「アンパンマン」の生みの親、やなせたかし氏は著書でこう語る(『痛快! 第二の青春』講談社)。
 氏が初めてアンパンマンの絵本を出版したのは54歳の時。最初は出版社や評論家から「二度と描かないでください」「こんな絵本は図書館に置くべきでない」と酷評された。しかし全国の幼稚園・保育園から注文が殺到。子どもたちの支持で人気に火がついた。
 69歳の時にアニメ放映が開始。77歳で故郷の高知県にアンパンマンミュージアムを開館。89歳の今も、はつらつと創作活動を続ける。
 氏は綴る。「ぼくが一番うれしいことは他人を喜ばせることで、とくに子どもたちの笑顔を見るのが大好きです」。子どもの笑顔を喜びとし、次々と目標に挑んできたことが活力源なのであろう。
 仏法では「不老不死」と説く。「老いない、死なない」との意味ではない。妙法を信受し、万人の幸福を目指す広宣流布へ生き抜くなら、いつまでも若々しく豊かな人生を築いていけるとの教えだ。
 目標に年齢は関係ない。さあきょうも、わが広布と人生の目標へ向かって前進を! 偉大なる挑戦の中に、充実と歓喜のドラマは生まれる。

2008-06-22

[九州・沖縄] 沖縄慰霊の日

 23日の「沖縄慰霊の日」を前に、沖縄県平和祈念資料館が行った「児童・生徒の平和メッセージ」の作文部門最優秀賞の作品である。
 中学時代、戦跡地で平和ガイドを務めた体験を通し、平和への思いを綴った。なかでも、沖縄へ修学旅行に訪れる生徒の親が、わが子に恐ろしいものを見せたくない、と戦跡地の見学を避ける発言があった事実を知り、「(戦争の)記憶をこれ以上、遠い時代の出来事として忘れてしまってはいけない。忘れない、忘れさせない努力をしなければならない」と、強く主張する。
 現在、平和教育で大きな問題となっていることに、戦争体験の風化がある。平和の心を後世に伝え、広げることは、容易ではない。しかし、黙っていては伝わらない。乗り越える一つの方途は、「戦争体験」をさまざまな機会を通して伝え、訴えることだ。
 忘れない、忘れさせないための努力を永遠に。この地道な訴えこそ、平和への第一歩である。

2008-06-21

[コラム] わが友に贈る

 「よるは用心きびしく」
 早めの帰宅を。

 絶対無事故こそ
 一切の根本である。
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うつ病とぶつかりあって,長年苦しんでいますが
周囲の温かな優しさが自分を育んでくれる今日この頃です。

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