2008-04-30

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Carpenters “The Singles 1969-1973”

 このCDアルバムは、カーペンターズのシングル・ヒットを集めたCDなので、収録曲のみ記入します。休むより良いかと・・・

1. We’ve Only Just Begun
2. Top of The World
3. Ticket to Ride
4. Superstar
5. Rainy Days and Mondays
6. Goodbye to Love
7. Yesterday Once More
8. It’s Going to Take Some Time
9. Sing
10. For All We Know
11. Hurting Each Other
12. (They Long to Be) Close to You

 この盤は輸入盤で、音質も国産盤より、のびのびとしていて、音域も広いです。同じアルバムで、名のあるメーカーの輸入盤は、国産盤と全く違った音質で再生されるのも不思議です。

2008-04-29

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Carpenters “Close to You”

 カーペンターズの「遥かなる影(Close to You)」のアルバムの紹介となる。これは1970年にリリースされたカーペンターズのアルバムであるが、1970年7月22日にはチャート1位に昇りつめ、ビルボード・ホット100で4週にわたって首位の座を守った。1970年ビルボード誌年間ランキングでは第5位となっている。ベストセラーとなったアルバム「遙かなる影」の収録曲から、「遥かなる影(Close to You)」と、「愛のプレリュード」 ("We've Only Just Begun") がRIAAによってゴールドディスクに認定されている。
 カレン・カーペンターの死について、詳しく調べたので、書き込みます。

 カレンのトーマス・ジェイムズ・バリスとの結婚や、彼女が患っていた拒食症などの個人的な問題は、グループの復帰に暗い影を落とした。瞬く間に恋に落ちたあと、カレンは不動産業者のバリスとの結婚式をビバリーヒルズ・ホテルのクリスタル・ルームで盛大に行なった。1980年の8月31日に挙げられたこのセレモニーの中で、カレンは翌年に「タッチ・ミー」のカップリングとしてリリースされる、リチャードとベティスが書き下ろした楽曲「ウエディング・ソング」を披露している。だが、結婚してから1年ほどの間に、彼女の容姿は変わり果てていった。カレンとバリスの結婚生活は惨憺たるもので、彼らは1981年の終わりには別居する。1982年、カレンは障害の診療を受けるためニューヨークの著名な心理セラピスト、スティーブン・レベンクロンを訪ね、この年の11月には仕事に復帰して離婚手続きを完了するためにカリフォルニアへ戻った。カレンの甲状腺は通常のものであったが、新陳代謝を加速するために甲状腺の薬を通常の10倍服用していることが分かった。これに加えて大量の緩下錠(日に90錠から100錠)を服用していたことが、彼女の心臓を弱める原因となった。ニューヨークの病院での2ヶ月以上にわたる治療を経て、カレンは30ポンド(13.6キログラム)以上も体重を戻したが、急激な体重の増加は長年の無理なダイエットですでに弱っていた彼女の心臓に対してさらに負担をかけてしまった。1983年の2月4日の朝、カレンはダウニーの両親の家で心肺停止状態に陥ってダウニー・コミュニティ病院に運ばれるが、死亡が確認された。彼女はその日、離婚届へ署名するつもりであったという。検死によると、カレンの死因は神経性無食欲症に起因するエメチンの心毒性であった。解剖学的な結論としては、心臓麻痺が第1の原因で、拒食症は第2の原因であった。第3に挙げられるのが悪液質で、これは負担や衰弱としては非常に軽いもので、慢性的な疾患と関連した一般的な体の衰えというべきものであった。エメチンの心毒性が死因であったことは、カレンが当時は簡単に入手できた薬である吐剤(誤って毒物を摂取してしまった人が、即座に嘔吐できるようにするためのもの)を悪用していた可能性を示唆するが、明確な証拠はないとの事。

 さて、肝心の収録曲は、
1. We’ve Only Just Begun(愛のプレリュード)
2. Love is Surrender(ラブ・イズ・サレンダー)
3. Maybe It’s You(メイビー・イッツ・ユー)
4. Reason to Believe(リーズン・トゥ・ビリーブ)
5. Help(ヘルプ)
6. (They Long to be) Close to You(遥かなる影)
7. Baby It’s You(ベイビー・イッツ・ユー)
8. I’ll Never Fall in Love Again(恋よさようなら)
9. Crescent Noon(クレセント・ヌーン)
10. Mr. Guder(ミスター・グーダー)
11. I Kept on Loving You(愛しつづけて)
12. Another Song(アナザー・ソング)

 この「Close to You」のタイトルから、何故、「遥かなる影」の和訳出来るのかを、私は、長い間悩んだ経験を思い出した。この曲の元々のタイトルは「They Long to Be Close to You」だったんですね。少し利口になった。この収録曲は、カーペンターズの2枚目のアルバムなので、まだ、カントリーやビートルズの影響を、色濃く残しているといえる。このように聴きながら、書き込んでいるとあっらためて、カーペンターズの偉大な軌跡が見えてくるの不思議だが、今、聴いても、私には、世に流れているリズム主体の楽曲よりも、違和感なく身体に浸透してくるのを憶える。何よりも、メロディアスで音楽的だと思う。コーラスも素晴らしいし、「遥かなる影」に、チョイ役で参加しているトランペットの音色も、アルパートらしい(笑)

Close to You (Hal David/Burt Bacharach)

Why do birds Suddenly appear?
Everytime You are near just like me
Thy long to be Close to you
Why do some fall down from the Sky?
Everytime You walk by just like me
Thy long to be Close to you
 
On the day that you are born
The angels got together and decided
To create a dream come true
So they sprinkled moondust in your hair
And golden starlight in your eyes of blue
 
That is Why All the girls go down
Follow you all around
Just like me
They long to be Close to you

2008-04-28

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Carpenters “Top of The World”

 canameのブログの方で、レオン・ラッセルのレコード盤の紹介で触れたカーペンターズの“A Song for You”を含んだCDアルバムである“Top of The World”の紹介です。このアルバムは彼らの最高傑作と言えるものだと個人的には思っています。
 このアルバムはカーペンターズの通算4枚目のアルバムで、1972年にリリースされています。大音量でスピードの速いロックが大勢を占めていた1970年代にありながら、リチャードとカレンはソフトな音楽スタイルを貫きつつ、あらゆる時代を通じて最も大きな成功を収めたグループとあるが、本来は楽器担当の兄リチャードとドラムとヴォーカル担当の妹のカレンのディオ。レコード・コレクターの父親の影響で、二人は幼少時から、音楽に親しんで育ち、12歳で兄・リチャードはっクラシック・ピアノを習い始めている。一方、カレンは高校の体育の授業から逃れるために、ブラス・バンドに入り、ブロッケンピールを担当していた。ブロッケンピールはドラム隊と一緒に行進するため、自分でもドラムが演奏出来ると考え、両親からドラム・セットを買ってもらうという経緯があったらしい。これで、ドラマーのカレン・カーペンターが誕生する。そこで、兄・リチャードは、ドラムのカレンを含めたグループを結成した。これは、最初は、カーペンター・トリオと言う、名称だった。そして、彼らは、サマーチャイムス、スペクトラムというグループ名を経て、1969年にカーペンターズとして活動を開始している。カーペンターズが作製したデモ・テープがA&Mのプロデューサーに認められ、A&Mと契約し、リリースされた「涙の乗車券」で1969年4月にシングル・デビューしている。
次にリリースされた「遥かなる影」で、全米のヒット・チャートで6週連続1位を獲得し、トップ・スターの仲間入り。そして、カレンが、神経性無食欲症(いわゆる拒食症)の合併症による心停止のために死去する1983年までの14年間に、「愛のプレリュード」、「ふたりの誓い」、「雨の日と月曜日」、「スーパースター」、「トップ・オブ・ザ・ワールド」、「ナウ・アンド・ゼン」などのヒット曲と、11枚(うち「遥かなる影」、「スーパースター」、「トップ・オブ・ザ・ワールド」、「ナウ・アンド・ゼン」、「緑の地平線(ホライゾン)」はトップ10入り)のアルバム世に送り出した。
 このアルバムの収録曲は
1. A Song for You(ア・ソング・フォー・ユー)
2. Top of The World(トップ・オブ・ザ・ワールド)
3. Hurting Each Other(ハーティング・イーチ・アザー)
4. It’s Going to Take Some Time(小さな愛の願い)
5. Goodbey to Love(愛にさようならを)
6. Intermission(インター・ミッション)
7. Bless The Beasts and Children(動物と子供たちの詩)
8. Flat Baroque(フラット・バロック)
9. Piano Picker(ピアノ・ピッカー)
10. I Won’t Last A Day Without You(愛は夢の中に)
11. Crystal Lullaby(クリスタル・ララバイ)
12. Road Ode(明日への旅路)
13. A Song for You(ア・ソング・フォー・ユー)(Reprise)
このアルバムの全ての曲とも馴染み深く、選べと言われても、難しいが、本当に敢えて言うなら1曲目の“A Song for You”だ。穏やかだが、ドライブ感溢れる、サックスの演奏も含めて(笑)。
「一万人の観客が見守るなかで、愛を演じたりもしたけれど、今はあなたのためにだけ、歌いましょう」と一生に一度でも言われてみたいですねぇ~。

2008-04-27

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Carpenters “Now & Then”

 昨日、今日と連続で、結城市まで通うのだが、今日が結城での最後の仕事だと思う。距離的に往復で90キロ弱の運転なので、気をつけて行き、帰ってこようと思う。
 さて、カーペンターズ2枚目の紹介となりますが、アルバムタイトルは彼らのアルバムの中の超名盤である“Now & Then”です。
 このアルバムのリリースは1973年で“Now & Then”で通算5枚目のアルバムとなる。
このアルバムは、カーペンター兄弟(カーペンターズ)のアルバムでも、1、2を争うの名盤中の名盤だろう。
さて、お決まりの収録曲は
1. Sing(シング)
2. This Masquerade(マスカレード)
3. Heather(ヘザー)
4. Jambalaya(ジャンバラヤ)
5. I Can’t Make Music(アイ・キャント・メイク・ミュージック)
6. Yesterday once More(イエスタディ・ワンス・モア)
a. Fun, Fun, Fun(ファン、ファン、ファン)
b. The end of The World(この世の果てまで)
c. Da Doo Ron Ron(ハイ・ロン・ロン)
d. Deadman’s Curve(デッドマン・カーブ)
e. Johnny Angel(ジョニー・エンジェル)
f. The Night Has A thousand eyes(燃ゆる瞳)
g. Our Day will Come(アワー・ディ・ウィル・カム)
h. One Fine day(ワン・ファイン・ディ)
7. Yesterdasy Once More(イエスタディ・ワンス・モア)
 このアルバムで6番目に“Yesterday once More(イエスタディ・ワンス・モア)”が入っているが、この曲は、何故か郷愁を感じさせる名曲と考える。7曲目にも、エンディングとして、アレンジされたこの曲が歌われるが、このセンスもA&Mならではかな?
このアルバムからあえて1曲を選べと言われれば、この曲か2曲目の“This Masquerade(マスカレード)”なのだが、“マスカレード”演奏と歌では、セル・メン&ブラジル’66の方かな?(笑)
1曲目の“Sing(シング)”は、子供達のコーラス曲にもなっているし、4曲目の“Jambalaya(ジャンバラヤ)”は、カントリーの曲だが、彼らのアレンジで全く、見事に料理している。カーペンターズではなく「音楽の料理人」と改名すべきなのかも(笑)これも、カーペンターズの偉大な功績なのだろう。一時代を築いたグループの1枚のアルバムの紹介でした。

最近、少し、楽してます(苦笑)

2008-04-26

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Carpenters “スーパースター”

 カーペンターズのCDアルバムの紹介となった。このカーペンターズは70年代のまさに「スーパースター」だったような気がする。このアルバムはカレンが亡くなった10年後に再リリースされたアルバムのようだ。
 さて、収録曲は
1. Rainy days and Mondays(雨の日と月曜日)
2. Saturday(サタディー)
3. Let Me Be The One(あなたの影になりたい)
4. (A Place To) Hideaway(愛は涙のために)
5. For All We Know(ふたりの誓い)
6. Superstar(スーパースター)
7. Druscilla penny(ドリシラ・ベニー)
8. One Love(ワン・ラブ)
9. Bachrach/David Medly(バカラック・メドレー)
a. Knowing When To Leave(去りし時を知って)
b. Make It Easy on Yourself(涙でさようなら)
c. There To Remind Me(愛の想い出)
d. I’ll never Fall in Love Agein(恋よさようなら)
e. Walk on By(ウォーク・オン・バイ)
f. Do You Know The Way to San Jose(サン・ホセへの道)
10. Sometimes(サムタイムス)
 このアルバム最初の曲“Rainy days and Mondays(雨の日と月曜日)”が鳴り出した瞬間に、何故か彼らの(彼女ら?)音楽の世界に、完全に浸っている自分がいる。カーペンターズの音楽は何度聴いてもそのような感覚になるから不思議なのだ。しかし、すでに、ヴォーカルのカレン・カーペンターは1983年2月に亡くなっている。しかし、このアルバムをトレイに載せ「PLAY」ボタンを押せば、カレンの声が、SPから当時の若さのまま甦ってくる。そして、私もその当時に引き戻され、ゆったりした気分に浸れる。このアルバムは、リラクゼーションとリフレッシュの効果を持っている。
 このアルバムでカーペンターズ・サウンドと呼ばれる音楽が確立した。これ以前のアルバムでは、60年代後半はロック、そして、ビートルズの影響が如実に理解できる音つくりをしていた。
 私は、このアルバムでは、レオン・ラッセルとボニー・ブラムレッドの作品である“Superstar(スーパースター)”を、このアルバムでは1番に愛聴曲として、挙げる。人並みなのかも知れないが、彼女ら(彼らの)の代表歌と私は考えるからだ。
 最後に、英語のヒアリングの勉強には、このカレン・カーペンターの声は、素晴らしい教材となるらしい。それほど、素晴らしい発音をしていた事実を記して、本日のBlogとします。

2008-04-24

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 明日は、診察日です。

 昨日、電話で善い知らせがあった。
先日、面接を受けた結果の連絡がった。50歳半ば過ぎにして、2つ目の就職試験の結果は、合格。
これも、真面目に1つ目の仕事をやってきた結果だろう。これで、少し楽になるかな?
 本日と明日は、CDアルバムの紹介はお休みにします。

2008-04-23

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 The Platters “Smoke Gets in Your Eyes”

 黒人のリズム・アンド・ブルースの魅力を世に認めさせた偉大なグループ「ザ・プラターズ」のCDアルバムの紹介になります。女性1人を加えた5人編成のチームで、男性ボーカル・プラス・ワンということになるのだが、この紅一点が、ハーモニーの上でも、またステージの上でも、一種の言葉で言い表せない甘さや、やわらかさ、優しさの効果があった。
 ザ・プラタースは1955年から1960年の間に、30曲以上ヒット曲を出しているが、4曲は全米のヒット・チャートの1位に輝いている。この期間が彼らの全盛期であった。と言うのは、リード・ボーカルにトニー・ウィリアムスが在籍していた期間であったからである。1961年にトニー・ウィリアムスの代わりに、トニー・ターナーがリード・ボーカルとして代わると、メンバーの移動が激しくなり、挙句に、元リーダーのトニー・ウィリアムスとマネージャーでプロデューサーのバックラムとの間で、「ザ・プラターズ」の名前をめぐる裁判沙汰が起こり音楽関係以外でも話題を振りまいた。彼らは最初、マーキュリーに在籍していたが、1960年代後半のレーベルはジムコールとUAに移ったが、1974年にマーキュリーに戻っている。
 このアルバムは、マーキュリー時代に吹き込まれたベスト・アルバムである。メンバーは、リード・ボーカルがトニー・ウィリアムス(テナー)、ディヴィット・リンチ(テナー)、アレックス・ホッジ(バリトン)、ハーバート・リード(バス)に、1754年に女性のゾラ・テイラー(アルト)が参加し、55年にアレックスが抜けてボール・ロビが参加し、彼らの黄金時代のもの。
 収録曲は、
1. Only You(オンリー・ユー)
2. The Great pretender(グレート・プリテンダー)
3. The Magic Touch(マジック・タッチ)
4. My Prayer(マイ・プレイヤー)
5. You’ll Never Never Know(ユール・ネバー・ネバー・ノウ)
6. Sixteen Tons(16トン)
7. My Dream(マイ・ドリーム)
8. Twilight Time(トワイライト・タイム)
9. Smoke Gets in Your Eyes(煙が目にしみる)
10. Harbour Lights(港の灯)
11. Red Sails in The Sunset(夕日に赤い帆)
12. Sleepy Lagoon(スリーピー・ラグーン)
13. Ebb Tide(引き潮)
14. Love is A Many Splendored Thing(慕情)
15. Mona Lisa(モナリザ)
16. Mary Jane on My Mind(メリー・ジェーン)
 私が、初めてこのCDをきいたて、驚いたのは、16曲目の“Mary Jane on My Mind(メリー・ジェーン)”だ。日本では、つのだ・ひろが歌ってヒットしたが、この原曲が1950年代に、既に、歌われていたという事に、事実にである。15曲目の“Mona Lisa(モナリザ)”は、ナット・キング・コールの方が好きな曲ではあるが、ザ・プラターズのコーラスも嫌いではない。
 これら曲を、今聴いても全く私にとって違和感はなく、反って、現代音楽のリズム主体のラップなどに違和感を覚えるのだから、老いを痛感してしまう。

2008-04-22

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Peter, Paul and Mary “The Very Best of P.P&M”

 私にとっても、懐かしい1960年代を代表するフォーク・グループであるピーター・ポール&マリーのベスト盤のCDアルバムの紹介になる。今、聴き返しても、素朴でありながら、訴える力を持った歌ばかりだと思う。
 1960年代のアメリカで最も成功したフォークソング・グループの一つ。ピーター・ヤーロウ(Peter Yarrow)、ノエル・ポール・ストゥーキー(Noel Paul Stookey )とメアリー・トラヴァース(Mary Travers)のトリオ。ベトナム反戦のメッセージを全世界に送り出した。通称PP&M(ピー・ピー・エム)。1961年に旗揚げされ、早速にニューヨークのグリニッジヴィレッジのコーヒー店「ビターエンド」に出演している。ここはフォークソングを聴くには人気の店であった。グループは、翌年にはファーストアルバム「ピーター・ポール&マリー 」をリリース。それには、「500マイル」、「レモンツリー」、「花はどこへ行った」、そしてピート・シーガー編曲の「天使のハンマー」(ハンマーソング)が含まれていた。アルバムは、ビルボード誌のトップ10に10ヶ月君臨し、トップ100に3年以上にわたり留まった。
 1963年、彼らは、3枚のアルバムを録音し、新曲「パフ」をリリースした。これは、ヤーロウと彼の友人でコーネル大学の学生レオナルド・リプトンがもともと1959年に作詞作曲したものである。1963年のワシントン大行進では「天使のハンマー」が歌われた。マーティン・ルーサー・キングがかの有名な演説「私には夢がある」(I Have a Dream)を語ったのは、この行進の際である。彼等の最大のヒットは、ボブ・ディラン の「風に吹かれて」で、これは世界中での大ヒットとなっている。これが、ワーナー・ブラザース・レコードに移籍しての最初のシングルカット曲でもあった。その後長くグループは、アメリカ合衆国の公民権運動やその他の社会的正義を主導する運動の第一線に立ち続けた。後年のヒット曲「悲しみのジェット・プレイン」は、当時全くの無名だったジョン・デンバーによって書かれた。
そんな彼らも70年代はメンバーのソロ活動が続き、原発反対運動の支援コンサートのために、78年に再結成している。
 このアルバムの収録曲は
1. Leaving on A Jet Plane(悲しみのジェット・プレーン)
2. Early Mornin’ Rain(朝[あした]の雨)
3. 500 Miles(500マイル)
4. Don’t Think Twice, It’s All Right(くよくよするなよ)
5. Settle Down(セトゥル・ダウン)
6. San Francisco Bay Blues(サンフランシスコ湾ブルース)
7. Puff(パフ)
8. Lemon Tree(レモン・トゥリー)
9. Hush-A-Bye(ハッシャ・バイ)
10. Day is Done(デイ・イズ・ダーン)
11. I Dig Rock and Roll Music(ロック天国)
12. A Soalin(ア・ソーリン)
13. All My Trials(私の試練)
14. Gone The Rainbow(虹と共に消えた恋)
15. Tell It on The Mountain(山の上に告げよ)
16. Cruel War(悲惨な戦争)
17. Where Have All The Flowers Gone(花はどこに行った)
18. If I had A Hammer(天使のハンマー)
19. Blowin’ in The Wind(風に吹かれて)
20. This Land is Your Land(わが祖国)
 このグループの凄いところは、音楽的な基礎をしっかりと、ギターの伴奏に使っていることだろう。12曲目の“A Soalin(ア・ソーリン)”を聴くと、ポールのギター伴奏に、低音弦と高音弦の対位使がわれている。このことで、この曲は独特の感じに仕上がっていて、印象深い。
 私の娘が勉強しながら、英語の曲のメロディーを聴いていて、「その曲はパフ?」と聞いてきたのに驚いた。小学生3年生なのだが、この曲は、学校で教わるのだろうか?私もこの“Puff(パフ)”は好きで、ギターのスリー・フィンガーをこの曲で憶えている。
 19曲目に、ボブ・ディランが作曲した“Blowin’ in The Wind(風に吹かれて)”だが、反戦歌(プロテスト・ソング)としてだけでなく、フォーク時代のスタンダード曲となっている。この曲をここまで、有名にしたのもこのP.P&Mの力なのだろう。

2008-04-21

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Herb Alpert “The Very Best of Herb Alpert”

 ハーブ・アルパートのデビュー・ヒット“悲しき闘牛”から1991年発表の“ジャンプ・ストリート”までを、カバーしたベスト・アルバムの紹介となる。
このアルバムの収録曲は
1. The lonely Bull (El Solo Tora)(悲しき闘牛)
2. A Taste of Honey(蜜の味)
3. Tijuna Taxi(ティファナ・タクシー)
4. Spanish Flea(スパニッシュ・フリー)
5. Zorba The Greek(その男ゾルバ)
6. What Now My Love(そして今は)
7. Casino Royale(カジノ・ロワイヤル)
8. This Guy’s in Love With You(ジス・ガイ)
9. Without Her(ウィズアウト・ハー)
10. Jerusalem(エルサレム)
11. Rise(ライズ)
12. Rotation(ローテーション)
13. Keep Your Eye on Me(キープ・ユア・アイ・オン・ミー)
14. Diamonds(ダイアモンド)
15. Junp Street(ジャンプ・ストリート)
 このアルバムの1曲目から6曲目までは、ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラスのサウンドで懐かしい。中でも2曲目の“A Taste of Honey(蜜の味)”は、1965年のグラミー賞の「レコード・オブ・イヤー」、「ベスト・インストゥルメンタル・パフォーマンス/Non Jazz」、「ベスト・インストゥルメンタル・アレンジメント」を獲得しているが、本来は、イギリスの女性作家のシーラ・ディラニーの戯曲「A Taste of Honey」のステージ間の音楽としてホビー・スコットが作曲したもので、自らの楽団で演奏したもの。翌年61年に映画化され、この曲が使用され、同年のアカデミー「ベスト・インストゥルメンタル・テーマ」賞を受賞している。3曲目の“Tijuna Taxi(ティファナ・タクシー)”は、ラジオ番組のテーマ・ソングになっていたし、6曲目の“What Now My Love(そして今は)”彼らの曲だけでなくても、好きだった曲で、66年度グラミー賞「ベスト・インストゥルメンタル・パフォーマンス/Non Jazz」、「ベスト・インストゥルメンタル・アレンジメント」を獲得した。この曲名を覚えている人居るのだろうか?さらに、7曲目がバート・バカラックのカバー曲であるが、この曲も良い。67年度のベスト・インストゥルメンタル・パフォーマンス」、「ベスト・インストゥルメンタル・アレンジメント」(バート・バカラックに対して)を獲得した。この曲を覚えている人は多いと思う。
と、聴いて行くと、11曲目の“Rotation(ローテーション)”までは、私の好みなのだが、後の曲は、好きになれない。何故なのか?リズムが、自分に合わないのだ。それだけ歳をとった証拠なのかも(涙)

2008-04-20

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Eric Clapton “Change The World”

 エリック・クラプトンの“チェンジ・ザ・ワールド”なるMAXI Singleの紹介に入るが、その前にクラプトンの功績などを。
 クラプトンの功績は、「アフリカからアメリカに奴隷貿易によって連れてこられた黒人たちの憂鬱(Blue)な気分や絶望観を歌ったものが起源の黒人の大衆音楽」=「ブルース」を、白人の感覚で解釈し直したことにある(ホワイトブルース)。ブルースの精神をロックと融合させることによって、より広い世界で鑑賞できる音楽に発展させた。また、ギターを単なるヴォーカルの伴奏から脱皮させた功績も大きい。つまり、純なブルース演奏者ととってしまうと誤解を生む。
 クラプトンはルースターズに1963年1月から8月まで在籍。その後、ケイシー・ジョーンズ・アンド・ジ・エンジニアズに参加。程なくロンドンでも注目を集めていたバンド、ヤードバーズに迎えられる。1963年の秋である。ヤードバーズでのプレイが認められ、その存在が注目されるようになったが、バンドはポップ路線を志向するようになり、クラプトンは他のメンバーと意見が対立。1965年にバンドを去ることになる。
 ヤードバーズ脱退後、ジョン・メイオール・ブルースブレイカーズに参加。ここでクラプトンは、ヤードバーズ以上にストレートなブルースの世界を追求している。オーティス・ラッシュ、フレディー・キングらのナンバーをプレイするメイオール時代は、クラプトンの原点的なもの。
 その後、ジャック・ブルースやジンジャー・ベイカーらと「クリーム」を結成。メンバーの即興演奏をフィーチャーしたジャム・セッションや実験的な音楽で、ビートルズに対抗できる唯一のバンドと言われた。しかし、才能をぶつけ合い素晴らしい演奏が生まれる一方で、メンバーのエゴの衝突により人間関係が悪化、バンドは空中分解する形で解散。その直後、スティーヴ・ウィンウッドや先のベイカーらとブラインド・フェイスを結成し、1枚のアルバムを残して解散している。
 さらに、新天地を求めてアメリカに渡り、本格的なソロ活動をスタートした。現在もソロ活動を続け、自ら作曲し歌い(当然、ギターを弾き)、適時にヒット曲を出す。1974年9月14日付のシングルチャートではボブ・マーリーのカバー曲である、「アイ・ショット・ザ・シェリフ」(I Shot The Sheriff)でナンバー1を獲得している。
 1970年代には薬物依存症、1980年代にはアルコール依存症、交通事故、胃潰瘍、愛妻パティ・ボイド(親友でもある元ビートルズのジョージ・ハリスンの前妻)との別離を経験。
 さて、このアルバムの収録曲は
1. Change The World
2. Danny Boy
3. Change The World (Instrumental)
 だが、1996年に、映画『フェノミナン』にカバー曲、「チェンジ・ザ・ワールド」を提供している(元々はカントリー・シンガーのウィノナ・ジャッドが歌っている)。この曲でクラプトンはグラミー賞のソング・オブ・ジ・イヤーを獲得している。ちなみにプロデューサーはベイビーフェイスとなっている。
 実は、このアルバムを手に入れたのは、私が、病院に勤務するために、通勤途中でFM放送を聴きながら走っていた時に、「ダニー・ボーイ」のナイロン弦での演奏が聴こえてきた。誰が弾いている演奏なのかも、解からずに、演奏が終わり、アナウンサーの声で「エリック・クラプトンのダニー・ボーイをお聴きいただきました」との解説で、クラプトンの演奏だったことを、初めて知った。約1年前になる。そこで、ネットで探す。しかし、既に廃盤。仕方なく中古で探し200円で手にいれた。
 この「ダニー・ボーイ」の事に触れる。戦争に赴く息子を思う親の気持ちを切なく歌い上げるアイルランドの名曲「ダニー・ボーイ」。その切ないメロディーは、アイルランド国民のみならず世界中の人々の心を魅了している。ミュージカル映画「ホワイトクリスマス」や数々のクリスマスソングでも有名なアメリカの歌手・俳優ビング・クロスビー(Bing Crosby/1903-1977)を始め、数々の有名アーティスト達も好んでダニー・ボーイを自分のレパートリーの一つとしている。そして、この曲は、アイルランド民謡「Londonderry Air」のメロディーに、フレデリック・ウェザリが歌詞をつけたものと云われている曲。
 この「ダニー・ボーイ」で、新しいクラプトンの一面を見出したと言って、過言ではないと思っている。

2008-04-19

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Eric Clapton “Unplagged”

 私の持っているこの“Unplagged”CDアルバムは、海外盤です。
このアルバムの聞きどころは、アコースティック・ギターを弾くクラプトンと、バックのメンバーとの息の合った演奏の素晴らしさであることは間違いない事だと思います。
 クラプトンの声に対して、特に、意識した事が無かったけれど、このアルバムを聴いて、クラプトンの歌声の「渋さ」に感動しますね。
 特に「Nobody Knows You」は、デレク&ドミノス時代の泣きのブルースから一転して、うらぶれた酔いどれの諦観ともとれるような、ボーカルを聞かせてくれて、この歌詞的には、こちらの方がぴったりとマッチしている様に思う。
 このアルバムの収録曲は、
1. Signe(サイン)
2. Before you accuse me(ビフォー・ユー・アキューズ・ミー)
3. Hey Hey(ヘイ・ヘイ)
4. Tears in Heaven(ティアーズ・イン・ヘヴン)
5. Lonely Stranger(ロンリー・ストレンジャー)
6. Nobody Knows you when(ノーバディ・ノウズ・ユー)
7. Down & Out(いとしのレイラ)
8. Running on Faith(ランニング・オン・フェイス)
9. Walkin’ Blues(ウォーキン・ブルース)
10. Alberta(アルバータ)
11. San Francisco Bay Blues(サン・フランシスコ・ベイ・ブルース)
12. Malted Milk(モルテッド・ミルク)
13. Old Love(オールド・ラヴ)
14. Rollin’ & Tumblin’( ローリン&タンブリン)
 このアルバムオープニングの“Signe(サイン)”では、綺麗なインストナンバーで上手い、スリーフィンガー・プレイが聴けますし、8曲目の“Running On Faith(ランニング・オン・フェイス)”での、スライドギターの演奏も、郷愁の漂う、素晴らしい出来です。 クラプトンのライブアルバムの中でも、もっともリッラクスした演奏、そして歌声が聞ける一枚だと思います。
 エリック・クラプトンは、「指で弾いたら良い音がしたから」と、LDのインタビューで、本人が語っているように、クラシック・ギター愛好家のM氏も、素晴らしい音をだしていると言っていたくらいです。
 さて、このアルバムで使っているギターは“Signe”が、ホセ・ラミネス(何世のものかは判断できませんが、3世では絶対ないです。)。素晴らしい鳴りです。 そして、ジャケットに写っているのが、マーティンの000-42モデル。このアルバム以降、何故か000-28モデルが、世界中で売れに、売れたようです。クラプトンのこの演奏を聴いて、「クラプトンに続け!」だったのでしょうね。(笑)
 でも、枯れた音は出なかったでしょうね。だって、彼が使ったのは、ビンテージの000-42だったのですが・・・。そう『unplugged』で使用したのは、マーティンの000-42なんです。000-18、000-28、000-42、さらに000-45は、全て形は全く同じです。何故なら前の「000」が型を現しているからです。その後の数字は材料の品質と装飾の度合いを意味し、高級なギターほど大きな数字となるが、45がマーティンでは最高級のギターとなる。D-28なら前の「D」がドレッドノート型を意味する。つまり、マーティンでは、ドレッドノート型の最高級品が、D-45と言う訳です。
 余談が過ぎたので本筋に戻します。この“アンプラグド”の後に、クラプトンは「チェンジ・ザ・ワールド 」でグラミー賞6部門を独占した。私はそのCDシングルに入っている“Danny Boy”が好きで、このCDも持っているので、紹介されるでしょう。

2008-04-18

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Jose Feliciano “The Best of Jose Feliciano”

 日本の「長谷川きよし」のレコードはcanameのBlogでレコードを紹介している。今回はCDで、アメリカの「ホセ・フェリシアーノ」をこちらでは紹介する。
 ホセは1945年9月10日、アメリカ自治領のプエルト・リコの貧しい農民の一家に生まれた。彼が5歳の時に、一家はニューヨークのハーレムに引っ越す。父は湾岸の荷役作業に従事するようになる。ホセは生まれながらにして盲目だった。彼は幼い頃から音楽に興味を持ち、3歳では、おもちゃの缶ウクレレ、6歳になるとコンチェルティーナ(小さなアコーディオン)を独学で弾くようになり、8歳では学校の友達の前で腕前を披露するまでになり、9歳には、コミュニティーの小さな劇場でも演奏を開始する。この後、本物のウクレレ、そして、ギターへと手を伸ばす。彼の師匠はレコード盤で、一日14時間も練習していたという。後に、ロックン・ロールに影響を受け、英語の歌をうたいはじめる。17歳の時に、父親が職を失ったのを機会に、グリニッジ・ビレッジのコーヒー・ハウスで僅かなチップのために演奏を始め、その年にデトロイトのクラブとプロとしての出演契約を結んでいる。この時の演奏を聴いた音楽評論家がニューヨーク・タイムスに、「比類無きギターの若き魔術師登場。明日のスターの誕生を目撃したければガーデス・フォーク・シティーに繰るべし!」と記事を載せた。この記事で、彼の評判は広く世間に知られるようになる。
 このアルバムの収録曲は
1. Light My Fire(ハートに灯をつけて)
2. Stay With Me(ステイ・ウィズ・ミー)
3. Chico and The Man(チコ・アンド・ザ・マン)
4. Hi-Heel Sneakers(ハイ・ヒール・スニーカーズ)
5. And I Love Her(アンド・アイ・ラブ・ハー)
6. Don’t let The Sun Catch You Crying(太陽は涙がきらい)
7. Daytime Dreams(デイタイム・ドリームス)
8. Hey! Baby(ヘイ・ベイビー)
9. Golden Lady(ゴールデン・レディー)
10. Always Something There to Remind Me(恋のウェイト・リフティング)
11. Wild World(ワイルド・ワールド)
12. California Dreamin’(夢のカリフォルニア)
13. And The Sun Will Shine(そして太陽は輝く)
14. Here, There and Everywhere(ヒア・ゼア・アンド・エブリウェア)
15. Yesterday(イエスタデイ)
16. Destiny(愛のささやき)
17. Marley Purt Drive(日曜日のドライブ)
18. Rain(雨のささやき)
19. Susie Q(スージー・Q)
20. And The feeling’s Good(アンド・ザ・フィーリング・グッド)
 このアルバムにビートルズの曲が2曲カバーされている。まず、5曲目の“And I Love Her(アンド・アイ・ラブ・ハー”だが、彼のギター演奏が、ビートルズ名曲を見事にカバーしている。次に、15曲目の“Yesterday(イエスタデイ)”だが、どちらも、オケをバックにホセのギター演奏だけで、歌は入っていないのだが、このギターサウンドとテクニックを聴くだけで、充分と思わせてしまうほど素晴らしい演奏が聴ける。私は個人的に、ホセのラテン系の声と歌い方を好きな方だが、ギターを歌わせる彼の音楽性を私は絶賛する一人。チョーキング・ダウンなるテクニックを“And I Love Her”で使っているのだが、そのタイミングとナイロン弦でのそのフィーリングを味わって欲しい。
 12曲目の“California Dreamin’(夢のカリフォルニア)”も聴きなれた曲ではあるのですが、ギターも彼のラテン系のボーカルもナイスです。

2008-04-17

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Acoustic Alchemy “Arcan’um”

 今回は短くいきます。このアルバムの収録曲は
1. Columbia(コロンビア)
2. Homecoming(ホームカミング)
3. Chance Meeting(チャンス・ミーティング)
4. Lazeez(レイジーズ)
5. Mr. Chow(ミスター・チャウ)
6. Same Road Same Reason(セイム・ロード・セイム・リーズン)
7. Casino(カジノ)
8. Something She Said(サムシング・シー・セイド)
9. Jamaica Heartbeat(ジャマイカ・ハートビート)
10. Catalina Kiss(カテリーナ・キス)
11. Reference Point(レファレンス・ポイント)
12. Heart in Chains(ハーツ・イン・チェインズ)
 この中で、新曲は、1曲目“Columbia(コロンビア)”、3曲目の“Chance Meeting(チャンス・ミーティング)”、8曲目の“Something She Said(サムシング・シー・セイド”、だけで、他は既にリリースされているアルバムからの曲なので、或る意味ではベスト盤的なアルバムなのだ。
 1曲目“Columbia(コロンビア)”は、テキサスのヒューストンにあるスペース・シャトルに2人で行き、スペース・シャトルの発射を見てこの曲を書いたらしいのだが、サウンド的には、パット・メセニー・グループのサウンドを思わせる感じで、現在のアコーステック・アルケミー(6人組み)・バンドを連想できる。
 このアルバムは、彼らのアコースティックなハーモニーのバリエーションと、リズムを、彼らが常に探求している経緯が、理解出来るアルバム構成となっている。

2008-04-16

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Acoustic Alchemy “Against The Grain”

 最近、“アンプラグド”なる作品が多い。私が、実際、持っているものではMTVのエリック・クラプトン、イーグルスだけなのだが、これは、ミュージシャンが、アコースティック・サウンドこそ最高で、誤魔化しの効かない技術を誇示出来るものと解かり始めたからだろう。動物や植物が一番敏感に反応するのは、アコースティックな音なのだ。非エレクトロニクスな音は、自然に一番近いからだろう。この“Against The Grain”なるアコースィック・アルケミーのアルバムは、そんな1994年代にリリースされている。
 そんな中で、アコースティックの魅力に固守したAcoustic Alchemyのニック・ウェッブとグレッグ・カーマイケルのようなアーチストやウィンダム・ヒル・レコード創始者で、ウイリアム・アッカーマンのようなプロデューサーでありアーチストもいるが、後者は後にシンゼサイザーなどの演奏者なども育成しているので、アコースティックな音だけでは、ないのかも知れない。流行に順応していかなければ、レコード会社は残れないから。
 余談だが、“Alchemy”は「錬金術」を意味する。アルケミスト(錬金術者)はいろんな異なった素材を混ぜあわせた。混ぜ合わせれば「金」が出来ると思っていたのだが、或る程度化学が進歩し、教育が行き届いた今日であれば、どんなに異種の金属を混ぜても「金」にはならない事は誰でも知っていることであるが、結果として、それらの錬金術者はその過程で、素晴らしい「合金」を誕生させてきた。
 “Against The Grain”(意味は「性分に反した」)では、彼らはいろんな要素をブレンドしている。たとえば、1曲目のタイトル曲は、単純に、アコースティックなサウンドを録ったのではなく、ステール弦は、電気的処理をされたサウンド・メイクがなされていて、完全なアコースィックな音ではない。「時代に反して」、なのかも知れない(笑)
 このアルバムの収録曲は、
1. Against The Grain(アゲインスト・ザ・グレイト)
2. Lazeez(レイジーズ)
3. A different Kind of Freedom(ア・ディファレント・カインド・オブ・フリーダム)
4. Lady Lynda(レディ・リンダ)
5. Road Dogs(ロード・ドッグス)
6. Shoot The Loop(シュート・ザ・ループ)
7. Across The Golden Gate(アクロス・ザ・ゴールデン・ゲート)
8. Papillion(パピヨン)
9. Silent Partner(サイレント・パートナー)
10. Nouveau Tango(ヌーヴォー・タンゴ)
 2曲目の“Lazeez(レイジーズ)”と4曲目の“Lady Lynda(レディ・リンダ)”が、今までのアルケミーらしい曲だが、“Lady Lynda”はアコースティック・ピアノをフィーチャーしているし、3曲目“A different Kind of Freedom(ア・ディファレント・カインド・オブ・フリーダム”では、パーカッションとサックスが加わり、サックスが演奏している間はバックングに徹しているのは、アフリカかコスタリカあたりのリズムで、全体的にジャジー(フュージョン的)でもある。5曲目の“Road Dogs(ロード・ドッグス)”と7曲目の“Across The Golden Gate(アクロス・ザ・ゴールデン・ゲート”は、アメリカン・フォークソング風で、新しいアルケミーを感じさせるような楽曲に仕上がっている。8曲目は、アコースィック・ピアノのイントロから入る、爽やかさというよりもダークな雰囲気の曲で、ジャジーなドラムとソプラノ・サックスが変わって、ここでも、アルケミー色を塗り替えている。最後の“Nouveau Tango(ヌーヴォー・タンゴ)”は、タンゴのリズムに、哀愁漂う二人の演奏がかさなって、今までの彼らにない、独特な曲と言える。

2008-04-15

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] アコースティック・アルケミーの使用ギターについて

 ここで、二人の使用ギターに触れよう。二人とも、グレッグ・カーマイケルが、Lowdenのナイロン弦。ニック・ウェブがステール弦のLowdenのギターをメインに使用する。勿論、マイクが搭載されたタイプですが、本来は、それだけで充分なアコースィック・ギターです。

「Lowden」guitarの日本語のHPを見つけたので、その文章を引用する。

「多くのギタリスト、またレコーディングやコンサート・ホールの現場スタッフの方がまず口を揃えておっしゃることは「遠鳴りする」「音の分離が良い」ということです。ローデンは完全な生楽器でありながら大変優れた音のバランスの持ち主です。また安定したコンディションが維持されることも過酷なプロフェッショルの現場で高い評価を受けるもうひとつの理由です。
さらに前述のようなアーティストが多用する変則チューニングにおいて、特にレギュラーのチューニングから音程を下げた場合でも十分な音量と違和感のない弦のテンションを維持することも特筆に値します。ローデンは6弦を安心してCまで落とせる数少ないギターでもあるのです。 それではローデン・ギターの設計、構造上の特徴についてもう少し詳しくご説明いたしましょう。ローデン・ギターには音に関わる全ての材とブレーシング用の材に割材(=のこぎりで切り出されたものではない)から厳選されたもののみを使用しています。そしてそのブレーシングには独創的な設計がなされておりハンド・クラフトで削り出しています。ネックは安定したコンディションを得るために2~5ピース構造となっており、材を圧迫させないインテグラル・トラス・ロッドをフィーチャーしています。またネック角度を長年に渡って維持させるため、サウンドボード部のブレーシングに完全に結合させた独特のネック・ジョイントを採用しました。ブリッジはハンド・ミュートがし易い独特のシェイプとなっており、また音程の狂いを少なくする2ピース・サドルが採用されています。さらにそのサドルがその上に乗る弦の角度を丁度二分割するよう斜めにセットされているのです。また手間暇を惜しまないハンド・ポリッシュのラッカー塗装はそのサウンドに貢献するとともに、手にになじむ高級な質感を醸し出しています。こういう細部までに渡るこだわりが完成度の高いローデン・ギターを作り上げたのです。一度手にして頂ければ数少ない本物の手工ギターであることがお分かり頂けると思います。」

 良いギターなのですが、高価です。ここに雑学として、記したけど・・・、いつも長文で御免なさいです(苦笑)

2008-04-14

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Acoustic Alchemy “Reference Point”

 この以前のCDアルバム“Red Dust and Spanish Lace”(1987年)、“Natural Elements”(1988年)、“Blue Chip”(1989年)は、MCAのマスター・シリーズからプレスしたが、この時点では、日本では、国内盤が発売されていなかった。この4枚目の“Reference Point”のアルバムからアコースティック・アルケミーは、GRPレコードからリリースされている。つまり、GRPレコードでは、第1弾となる。
 このGRPレコードであるが、GRPレコード(GRP Records)はアメリカのフュージョン/コンテンポラリー・ジャズを中心にしたレコード会社で、スムーズ・ジャズでは、最大級のレコード会社でもある。1976年、デイヴ・グルーシン(Dave Grusin)とラリー・ローゼン(Larry Rosen)によってプロダクションとしてグルーシン・ローゼン・プロダクション(GRP:Grusin/Rosen Productions)が設立され、アリスタ・レコードと契約したが、1982年にレコード会社として独立する。1994年にグルーシンとローゼンは会社を離れてからは"Great Records Period"が正式名称となる。現在はユニヴァーサル・ミュージック・グループ(UMG)のヴァーヴ・ミュージック・グループの傘下にある。
 canameの楽器Blogでレコードを紹介した、アール・クルーも初期にこのレコード会社の所属アーチストだった。アコースティック・アルケミーもこのグループのアーチストとなって、完全にフュージョン/コンテンポラリー・ジャズの路線を歩き初めたことになった。
その事は、このアルバムの収録曲を見ればご理解頂けると思う。
 さて、この“Natural Elements”の収録曲は、
1. Reference Point(リファレンス・ポイント)
2. Missing Your Touch(ミッシング・ユア・タッチ)
3. Take Five(テイク・ファイヴ)
4. Same Road, Same Reason(セイム・ロード・セイム・リーズン)
5. Make My Day(メイク・マイ・デイ)
6. Caravan of Dreams(キャラヴァン・オブ・ドリーム)
7. Homecoming(ホームカミング)
8. Cuban Heels(キューバン・ヒールズ)
9. Lullaby for The First Born(ララバイ・フォー・ザ・ファースト・ボーン)
である。3曲目にJazzの名曲である“Take Five(テイク・ファイヴ”を彼らのアレンジで演奏しているが、やはり、この曲は本家のブルーベックの“Timeout”の演奏にはかなわないが、テンポが遅めで、うぅ~ん?と考えてしまうような演奏だが、この路線を進むという羅針盤的演奏なのだから、これで良いと思う。
 このアルバムの特徴だが、2曲目の“Missing Your Touch(ミッシング・ユア・タッチ)”と3曲目の“Take Five(テイク・ファイヴ)”、6曲目の“Caravan of Dreams(キャラヴァン・オブ・ドリーム)”、最後(9曲目)の“Lullaby for The First Born(ララバイ・フォー・ザ・ファースト・ボーン)”は、スロー・テンポの彼ららしい曲だが、それ以外は軽快なテンポの曲で、乗りも良い。アップ・テンポの曲では、7曲目の“Homecoming(ホームカミング)”は最高だろうし、5曲目の“Make My Day(メイク・マイ・デイ)”のイントロや間奏は、アール・クルーを連想してしまう様な曲なので、なかなか楽しめるアルバム構成となっている事は、賞賛に値する。

 最後に、本日4月14日は私の誕生日です。この年齢になると・・・嬉しくもあり、悲しくもあり、善く今日まで生きてこれたな~と思うのも事実。
誕生日が同じ芸能人さんは、今井美樹、小沢健二、工藤静香に、山ちゃん(南海キャンディーズ)だって、この最後の人は仲間じゃない!!
今日が、私の「Reference Point」なのかも。お粗末。

2008-04-13

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Acoustic Alchemy “Natural Elements”

 昨日のBlogで順序を間違えて紹介してしまったのだが、このアルバム“Natural Elements”の方が先で、1988年にリリースされている。こちらの方が“Blue Chip”より先なのであるが、サウンド的にアダルトな仕上がりと成っているのは不思議である。と言うのは、このアルバムほど安らぎと、ロマンティシズムが表現されているアルバムはこれ以後リリースされていないのだ。つまり、“Natural Elements”以降のアルバムはどちらかと言えばPOPs路線に乗ってしまったアルバムなのだ。
 では、このアルバム“Natural Elements”に収録されている曲は
1. Drake’s Drum(ドレイクス・ドラム)
2. Overnight Sleeper(オーバーナイト・スリーパー)
3. Natural Elements(ナチュラル・エレメント)
4. Casino(カジノ)
5. If Only(イフ・オンリー)
6. Ballard For Kay(バラード・フォー・ケイ)
7. Evil The Weasel(イーヴル・ザ・ウィーヴル)
8. Late Night Duke Street(レイト・ナイト・デューク・ストリート)
 このアルバムを聴いてみるとご理解頂けると思うのだが、2曲目の“Overnight Sleeper(オーバーナイト・スリーパー)”が、唯一の8ビートっぽいリズムで、これ以後の彼らの方向性を示唆しているが、それ以外は殆どバラード。彼らはテクニックよりも美しいメロディーとマイルドなギターサウンドで爽やかさをメインに活動してきているディオなので当然、このアルバムでもそれは裏切られていない。あくまでも、アコースティック楽器の特性を重視した曲作り徹しているからだろう。勿論、ドラム・マシーンやサンプリング音は多用されているが、人間がプレイしているかのような処理がなされているので、それに気付かない方も多いと思う。そんなアルケミーの音楽は、イージーリスニングのリスナーだけでなく、ジャズ・フュージョンまでのリスナーまで、幅広いのも分かるようだ。
 このアルバムの売りは、ロマンチックでメロディアスな楽曲。アコースティック・ギターでも、スティール弦と、どちらかと言えば、フラメンコ・ギター風のナイロン弦のディオの絶妙なバランスと演奏を充分楽しんで頂きたい。1度耳にしたら、忘れないような爽やかな気分を味わえ、かつ、印象に残る曲が多いはずです。

2008-04-12

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Acoustic Alchemy “Blue Chip”

 このアコーステック・アルケミーというギター・デュオが、アメリカのFM局で驚くべきオン・エア率を記録したことは、前の“Red Dust & Spanish Lace”の解説で触れたが、それだけ素晴らしい才能と、技術をかれらは持っている証だろう。そんな彼らの3枚目、1989年リリースのCDアルバムである“Blue Chip”の紹介となる。この前に、“Natural Elements”(1988年リリース)があるのだが、前後しての紹介となる。
 このアルバムの収録曲は
1. Catalina Kiss(カタリーナ・キッス)
2. The Blue Chip Bop(ザ・ブルー・チップ・ボッブ)
3. Making Waves(メイキング・ウェーブス)
4. With You in Mind(ウィズ・ユー・イン・マインド)
5. Bright Tiger(ブライト・タイガー)
6. Ariane(アリアース)
7. Highland(ハイランド)
8. Boulder Coaster(ボウルダー・コースター)
9. Hearts in Chains(ハーツ・イン・チェインズ)
10. No More Nachos (Por Favor)(ノー・モア・ナチョス)(ポル・ファヴォール)

 オープニングは、「Catalina Kiss(カタリーナ・キッス)」は、非常にポップな楽曲で、完璧なウエスト・コースト・サウンドという感じの曲に仕上がっている。2曲目の「The Blue Chip Bop(ザ・ブルー・チップ・ボッブ)」も、彼らとしては、珍しいポップで、ロック色が濃いが、3曲目と4曲目の「Making Waves(メイキング・ウェーブス)」と「With You in Mind(ウィズ・ユー・イン・マインド)」は、やっと、彼ららしいミディアム、スロー・テンポの演奏に戻ってくる。
 あえて、このアルバムで1曲を選ぶなら「Ariane(アリアース)」。全体に、哀愁感が漂いサックスがそれを助長するような曲で好きな1曲で、メロディーの美しさや透明感と温かみのあるアコースティック・サウンドを堪能できる。
 ただ、このアルバムは、廃盤となっていないはずなので、CDショップで見かけたら購入して聴いてみては?多分、オリンピックの解説のバックで流れていた曲が数曲入っているので、オヤッと思うはず。

2008-04-11

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Acoustic Alchemy “Red Dust & Spanish Lace”

 このアルバムは昨日紹介したアコースティック・アルケミーというより第二世代のアルケミーのアルバム。このアルバムの方が“Early Alchemy”より先で、1987年にアメリカでデビュー・アルバム"Red Dust and Spanish Lace"として、リリースされている。つまり、アメリカ・デヴューである。メンバーはスティール弦ギターのニック・ウェブとナイロン弦ギターとグレッグ・カーマイケルの二人。
 音の好みはあるだろうが、このレコードのサウンドは、繊細で、細い感じのサウンドがするのは気のせいだろうか。アルケミーらしい心地よいサウンドではあるのだが。
 このアルバムはNAC(ニュー・アダルト・コンテンポラリー)のジャンルとされる。ジャズフュージョンをベースに、スパニッシュ、ブラジル、クラシック、ポップ、ロックそして、イージーリスニングの要素を彼ららしいブレンドで聴かせてくれ、アメリカのFM局でオン・エア率は驚くべき高さだったらしい。
 このアルバムの収録曲は
1. Mr. Chow(ミスター・チャウ)
2. Ricochet(リコシェ)
3. The Stone Circle(ザ・ストーン・サークル)
4. The Rideout(ザ・ライドアウト)
5. Girl With A Red Carnation(ガール・ウィズ・ア・レッド・カーネーション)
6. The Colonel and The Ashes(ザ・コロネアル・アンド・ジ・アッシェズ)
7. One For The Road(ワン・フォー・ザ・ロード)
8. Sarah Victoria(サラ・ヴィクトリア)
9. Red Dust and Spanish Lace(レッド・ダスト・アンド・スパニッシュ・レース)
 この中で、“Sarah Victoria”は、アルバム“Early Alchemyでも演奏されているが、演奏を受け持つナイロン弦ギター奏者は、グレッグ・カーマイケル。この曲と“Early Alchemy”のそれと、聴き比べるのも楽しみだろうが、この曲は、アコースティック・アルケミーの代表曲の存在なのは、間違いない。
 6曲目に演奏される楽曲は、「これ映画の挿入曲」と思われるような、哀愁ただようメロディーは、アルケミーにしては特異で、或る意味では陰りも感じられ、アルケミーの別の顔を見た感じで良いのだ。
 次に、1曲目の“Mr. Chow”は中国人なのだろう。アジア的なサウンド・メイクされている。共演のジョン・パーソンズのギターも聴き処で、ハーモニー厚みが増している。
 9曲目は、スパニッシュ・ギター・ディオが最初に演奏され、ラテン系のムード一杯の曲で好み。中ほどから、アルケミーらしいサウンドとラテンのリズムで、心地よい上に、自然に体が動いてしまうかのように、ノリのよい曲で、聴き終わってスッキリとした気分にさせられた。

本日の勤務に備えて、寝ます。お休みなさい~~~~!!

2008-04-10

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 アコースティック・アルケミー “Early Alchemy”

 このアコースティック・アルケミー(Acoustic Alchemy)はイギリス出身のアコースティック・ギター・デュオで、スティール弦ギターのニック・ウェブとナイロン弦ギターのサイモン・ジェイムスで、1980年に結成されている。その後サイモンがソロ活動を従事するようになり脱退、ウェブはグレッグ・カーマイケル(1953年)を加入させ、ウェブがスティール弦ギターを持ちバッキングを、カーマイケルがナイロン弦ギターを持ちメロディを弾くという形態となる。1998年2月5日にウェブが膵臓ガンで夭折(享年43歳)。同年発表の"Positive Thinking"が彼の遺作となるが、治療中だったためレコーディングには参加できず、作曲など演奏以外での参加となった。
 このアルバム“Early Alchemy”は1992年にリリースされているオリジナル・メンバーのサイモン・ジェイムスと組んでいた初期の曲が収録されている。その前に“Back On The Case”があるが、このアルバムは残念ながら所有していないし、遺作となる“Positive Thinking”も無いのである。私はアコースティック・アルケミーのウェブが参加しているアルバムを7枚所有しているのだから、本来のアコースティック・アルケミーのアルバムの9枚中7枚もっている事になる。だからと言って、ニック・ウェブのファンということではない。偶然に、その時点で、アルケミーのアルバムから卒業し、離れてしまったというのが正解なのだろう。その後も「アコースティック・アルケミー」としてバンド形態をとって、活動は続けてはいるようだ。
 このアルバムの収録曲は
1. Santiago(サンティアゴ)
2. Sarah Victoria(サラ・ヴィクトリア)
3. Last Summer Song(ラスト・サマー・ソング)
4. Slap It Down(スラップ・イット・ダウン)
5. Sira’s Song(シーラズ・ソング)
6. Moonstone(ムーンストーン)
7. Wind It Up(ワインド・イット・アップ)
8. Casino(カジノ)
9. Little Bercheres(リトル・バーチャーズ)
10. Amanecer(アマネサー)
11. Waiting For You(ウェイティング・フォー・ユー)
12. Return Flight(リターン・フライト)
13. Daybreak(デイブレイク)
14. A Dream of Fair Women(ア・ドリーム・オブ・フェアウィメン)
である。
 どの曲を聴いても、新鮮で、瑞々しいアコースィック・サウンドを堪能出来る。このアルバムで、アコースティック・アルケミーを知った訳であるが、このグループを知るキッカケとなったのは、つくば学園都市の営業所に使っていたマンションに備え付けの有線放送。「ギター音楽」を何気なく選択して聴いていて、“Moonstone(ムーンストーン)”が流れてきて、当時は曲名もグループも解からなかったので、有線放送へ問い合わせて、初めてこのグループ名と曲名を知った。これが、このグループとの出会いで、その後も、何曲か有線放送で流れては、曲名を問い合わせていた。どの曲も私にインパクトがあったのだろう。いつの間にか、7枚。そして、私の部下だったY氏と、演奏しようと意気込んでいたが、時間もなくて、実現しなかった。テクニックも無かったのだが・・・(苦笑)

2008-04-09

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 ウィンダム・ヒル Sampler ’86

 レコード会社のA&Mは、メジャーでなくても、良いアーティストは大事にする、大企業にあるまじきポリシーを持っている。このアルバムは1983年8月に、ウィンダム・ヒル・レコードとこのA&Mレコードがディトリビュート契約を交わした後のアルバムである。この翌年に、ウィンダム・ヒルの作品は日本でもリリースされるようになった。
 このCDのような「ウィンダム・ヒル・レコード・サンプラー」と題するオリジナル編集の作品は、’81、’82、’84とこの’86で4枚目のベスト盤となるが、このアルバムだけは、アッカーマン自らプロデュースにあたっているオムニバス盤であるところが他の盤と違っている。意図的なのかどうかは不明なのだが、ウィンダム・ヒルのスター・ミュージシャンは外されていて、新進ミュージシャンをあてている。
 このアルバムの収録曲は
1. Wellcoming/Michael Manring(ウェルカミング/マイケル・マンリング)
2. Devotion/Liz Story(デヴォーション/リズ・ストーリー)
3. Engravings/Ira Stein & Russel Walder(彫刻/アイラ・スタイン&ラッセル・ウォルダー)
4. Dolphins/Mike Marshall & Darol Anger(ドルフィン/マイク・マーシャル&ダロール・アンガー)
5. Gwenlaise/Scott Cossu with Eugene Friesen(グウェンレイズ/スコット・コッス、ユージン・フリーゼン)
6. Another Country/Shadowfax(アナザー・カントリー/シャドウファクス)
7. Hot Beach/Interors(ホット・ビーチ/インテリアズ)
8. New Walts/Malcolm Dalglish(ニュー・ワルツ/マルコム・ダグリッシュ)
9. Marias River Breakdown/Philip Aaberg(アリアス・リヴァー・ブレイクダウン/フィリップ・アーバーク)
10. Pittsburgh.1901/Mark Isham(ピッツバーグ1901/マーク・アイシャム)
11. Near Northern/Darol Anger & Barbara Higbie Quintet(北の辺りに/ダロール・アンガー&バーバラ・ヒグビー・クインテット)
である。前に紹介した“Heart”と同じ、日本のインテリアズのギターの野中英紀とシンセサイザーの日向大介の二人組みの“Hot Beach”が7曲目に入っている。また、同様に、4曲目にマンドリンのマイク・マーシャルとバイオリンのダロール・アンガーの演奏する“Dolphins”も収録されているが、11曲目にバイオリンのダロール・アンガーとバーバラ・ヒグビー・クインテット(マンドリンとギターのマイク・マーシャル、ベースのとっど・フィリップが参加)の“北の辺りに”は、ライブ演奏。アップ・テンポで、ご機嫌で楽しい曲。ヒグビーのピアノにも、ウィンダム・ヒル独自の響きを持たせていて、アンガーのダイナミックでスリリングなバイオリンの演奏が楽しめる作品だ。お勧めは、3曲目の“彫刻”。アイラ・スタインのピアノとラッセル・ウォルダーのオーボエの演奏の駆け引きが美しい。

2008-04-08

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 SANTANA “Supernatural”

 1999年発表のアルバム『Supernatural』と、このアルバムから生まれたヒット曲「Smooth」では、グラミー賞史上最多の9部門を受賞した。数々のヒット曲を持つサンタナだが、意外にもビルボードのHOT 100で1位を獲得したのは「Smooth」が最初である(12週連続1位)。正直いって、サンタナがこのアルバムでグラミー賞を受賞した事を知って、このCDを購入したのだが、当時の私のオーディオ・システムのセッティングで、このCDを評価することが出来なかった。とにかく、ウルサイ。これが、本当にサンタナのCDで、グラミー賞???
 そう思って、アルバムの半分も聴かないで、棚に仕舞い込んで、今まで再び、聴こうとしなかった。これは、真実。それを、私が今ならどうか?と重い腰を上げたのは、このBlogのお陰なのかも知れない。
 聴きなおして何だ?これ同じアルバム?賑やかさは変わらないが、サンタナのギターの音が前に、前に出てくる。以前に聴いた時は、ヴォーカルやパーカッションのリズムに隠れてしまっていたのが、今回は全く違うアルバムを聴いているかの様だった。彼らしい、太いサンタナのギター・サウンドが、ヴォーカルやパーカッションのリズムや、ブラスに負けることなく聴けるバランスになっている。“哀愁のヨーロッパ”で、万人ねらいのポピュラー路線を歩み始めたのかと、彼のアルバムから遠ざかった私だが、再び、このアルバムで、サンタナのギター・プレイに、神業を見出すことが出来る。このレコードは何故この場で紹介するのかは、意味がある。このCDアルバムは、アッカーマンのプロデュースでウィンダム・ヒル・レコーズからリリースされているからに他ならない。
 前置きが長くなったが、このアルバムの収録曲は
1. De Le Yaleo (ヤレオ)
2. Love of My Life(ラブ・オブ・マイ・ライフ)
3. Put Your Lights on(プット・ユア・ライツ・オン)
4. Africa Bamba(アフリカ・バンバ)
5. Smooth(スムーズ)
6. Do You Like The Way(ドゥ・ユー・ライク・ザ・ウェイ)
7. Maria Maria(マリア・マリア)
8. Migra(ミグラ)
9. Corazon Espinado(コラソン・エスピナード)
10. Wishing It Was(ウィッシング・イット・ワズ)
11. El Farol(エル・ファロル)
12. Primavera(プリマベーラ)
13. The Calling(ザ・コーリング)
 このアルバムの各曲で、サンタナのギター・ワークとギター・サウンドを聴けるが、受賞曲の“Smooth(スムーズ)”が、私の好きなサンタナらしいサウンドで纏めていた。この音だよね!とホッとするような曲だ。ラテンのリズムに乗った彼のギタープレイは後半で聴けるのだが、8曲目の“Migra(ミグラ)”は、途中から入ってくるトランペットの、ユニゾンも最高で、デストーション掛けまくりのサンタナの演奏も最高。9曲目は、ラテン・ロックの創始者であるサンタナらしいのギター・サウンドで、懐かしい気持ちにさせられた。凄いアルバムだと思い直す。このアルバムは、バランスが狂ったタンノイでは、絶対聴けないCDなのかも知れない。P.S.9曲目の“El Farol(エル・ファロル)”は、何とも言えないスローな曲で、サンバのリズムをバックに、サンタナが奏でるギターは、メローで“君に捧げるサンバ”を思い出す。

2008-04-07

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Bill Quist“エリック・サティー ピアノ作品集”

 私がエリック・サティーのピアノ曲に、初めて、触れたのは、TVの連続ドラマだった。
陽が当たる喫茶店の店内をカメラがゆっくりバーンする間、バックに流れるピアノ曲に気がついた。TVの画面を何気なく凝視した。そのTVの隅にエリック・サティーの「ジムノペディNo. 1」と曲名表示を眺めた。こんなクールなピアノ曲があるのか?そんな事を考えた。そこの挿入されたTV映像と、このピアノ曲がお互いを支え合うようにフィットしていた。エリック・サティーのピアノ曲集を買って聴いた。勿論、クラシック畑の演奏家のアルバムだ。何故、このサティーの音楽に惹きつけられたのだろう。私の体内に「3つのグノシェンヌ」と「3つのジムノペティー」には、特に、惹きつけられるものがある。
 そんな理由で、このウィンダム・ヒルのこのアルバムを見つけた時には、飛びついて購入した。それまで、この演奏者のBill Quistのことは全く知らなかった。聴いてみると、やはりプロの演奏家。聴かせ処を知っている。それに、ウィンダム・ヒルの録音技術が、このアルバムCDの質をより高めているのだろう。
 このアルバムの収録曲は、
1. 3 Gymnopedies (1888)
2. 3 Sarabande (1887)
3. 3Ogives N.1 & 2 (1886)
4. Prelude de la Porte Heroque du Ciel (1894)
5. Les Trois Valses Distinguees du Precieux Degoute (1914)
1. Sa Taille : His Figure
2. Son Binocle : His Monocle
3. Ses Jambes : His Legs
6. Avante-Dernieres Pensees (1915)
1. Ldylle (To Debussy)
2. Aubade (To Paul Dukes)
3. Meditation (To Albert Roussel)
7. 3 Gnossienne (1890)
8. 2 Preludes (1893)
9. Le Fils des Etoiles No. 1 & 2 (1892)
1. La Vacation (The Calling)
2. L’Initiation (The Initiation)
10. Noctunes No. 1, 2 & 3 (1919)
 以上。音楽の贅肉を削ぎ落とすと、こんな風に響くのかと再認識する。それは現代にマッチするクールさを持っているし、この音楽を聴きながら、ボーとするのも合うし、何気ないことを考えるにも、最適なCD。サティーはフランス人なのでタイトルも一部仏語です。

2008-04-06

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 George Winston “December”

 “Heart”と順序が逆になってしまったが、このアルバムで、ジョージ・ウィンストン三部作の2枚目の“Winter into Spring”の違和感が一掃された。最初の“Thanksgiving”は、ゆったりとかつ、風景が現れそうな、1作目の“Autumn”の1曲にも似ている曲。その他の曲も、バッハの宗教曲やクラシックの名曲を彼のピアノ・ソロで聴かせてくれた。“Autumn”のような人工的なのだろうが、響きと余韻が全体で、感じられる演奏のアルバムである。特に感銘を受けたのが、6曲目の“Night Part One : Snow”は、外灯の薄明かりに照らされて、雪が舞い降りてくる様子が、彼のピアノの音から感じ取れる。舞いながら、ゆっくりと、そして、外灯の光に照らされて、キラリと光ながら・・・。彼の音での、風景描写は素晴らしかった。9曲目のパッペルバルのカノンは、「アンティ・クア・ケルン」で持っているが、テンポもその弦楽四重奏団よりも、ゆったりとしていて、自分的には、好きな演奏で、ギターのトレモロ的な演奏も気に入った。勿論、トランスの入った状態での再生で、レコードの再生音のイメージは私の頭の中では、リセットした状態なのだが・・・。11曲目の“Some Children See Him(サム・チルドレン・シー・ヒム)”は、右手だけのメロディー演奏で始まる。物静かなメロディーに、左手の演奏がアクセントのように入るが、右手の演奏だけで、充分なのかも知れないと思えるほどの表現力と間の上手さを聞ける。12曲目の“Peace(ピース)”もその延長上の演奏で幕を閉じる。このアルバムでは、この間のとり方の絶妙さを聴けば善いと思わせる。確かに“Winter into Spring”では、この間が彼の“Autumn”と違っていたように感じてならない。それが、違和感として残ったのだろう。
 この“December”の収録曲は
1. Tanksgiving(サンクスギヴィング)
2. Jesus, Jesus, Rest Your Head(ジーザス、レスト・ユア・ヘッド)
3. Joy(ジョイ・・・主よ、人の望みの喜びよ)
4. Prelude(プレリュード)
5. Corol of The bells(キャロル・オブ・ザ・ベルス)
6. Night : Snow(ナイト:スノウ)
7. : Midnight(ナイト:ミッドナイト)
8. : Minstrels(ミンストレル)
9. Variations on The Kanon by Jahann Pachel bel(パッペルバルのカノン)
10. The Holly and The Ive(柊(ひいらぎ)とつた)
11. Some Children See Him(サム・チルドレン・シー・ヒム)
12. Peace(ピース)
 クラシック音楽でも、メロディーが終わった後の余韻と、曲と曲の「間」を聴くと主張する方が存在するのだから、このウインダム・ヒルのアルバムは、そのような聴衆を満足させてくれるレーベルなのかも知れない。このアルバムは、忙しい日々を送っている方々に是非聴いて頂きたいCDアルバムである。

2008-04-05

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Heart(An Innovation to Windham Hill)Part 2

 昨日に続いて、“Heart”の曲の解説になるが、このアルバムを気に入っていたのだ。実は、このアルバムに日本人が参加していたからである。やはり、私は日本人の一人で、海外のアーチストに混じって、日本人の演奏を聴けることで、満足していた。
 さて、6曲目に“Hot Beach”がその曲である。インテリアズはギターの野中英紀とシンセサイザーの日向大介の二人組みで、コンピュータを駆使して新風を吹き込んでいる。穏やかな曲で、ギターの音も明らかにコンピュータ処理されて、丸くシンセの音に溶け込んでしまっている。曲自体はシンプルなのだが、広がりがある。
 7曲目は、“Western”ウィンダム・ヒル・レーベルきっての印象派ギタリストのアレックス・デ・グラッシの作品。この曲もリバーブを効かせた余韻の残るもので、シンプルだが、味わいのあり飽きがこない。この方は、横須賀生まれで、アッカーマンと従兄弟の間柄になるそうだ。
 8曲目の“Montana Half-Light”は、1986年「上村直己物語」のテーマ曲とサウンド・トラックを手掛け、作曲と演奏をしているフィリップ・アーバークの作品で、単調だが、ゆったりしたテンポの彼のアコースティック・ピアノの演奏は、せせらぎで遊ぶ小鳥を想い浮かべてしまほど、自然を描いた感じで、好きだ。
 9曲目の“Dolphins”は、マンドリンとバイオリンの演奏で、アップテンポで演奏されたかと思うと、一旦、テンポが落ちで、また、元の速さに戻る。明るくさわやかな曲。
 10曲目は、アコースティック・ピアノで、寂しげな哀愁ただようイントロで入り、シンゼサイザーに引き継がれ壮大にスケールに終わると、同時に、11曲目の単調だがインパクトのあるフレーズが演奏される。“Some Children See Him” ジョージ・ウィンストンのアコースティック・ピアノの音。明らかに、聴き覚えのある音色と演奏、かつ余韻の残る音色に、ホッとする一瞬。このアルバムは、この曲で終焉を迎える。このアルバムはアッカーマンで始まり、ウィンストンで終わる。ウィンダム・ヒルの大御所が最初と最後を抑えている。何とも心憎い造りだ。

2008-04-04

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Heart(An Innovation to Windham Hill)

今回は、この「心」と題するウインダム・ヒルのCDである。
このウインダム・ヒルの持つ特性は、澄み切った音色と押し付けがましいメロディーだろう。それが、人々の心の疲れや心の傷を癒す「心のシェルター」と解説者は称しているが、まさに、それだと私も考える。ウインダム・ヒルの音楽で、余韻を味わいながら、現代社会の規則的なリズムの中に忘れてきている何かをそこに見出せるのである。この音楽を、私は睡眠導入剤代わりに使って、仮眠を摂ったことを思い出す。1曲目が終わる頃には、寝入っているから必然的に、2曲目は夢の中。(笑)、今回、はこのBlogの為に聴き通した。
改めて、このアルバムはこんな構成だったのだと見直す結果となった。
1. Climbing in Geometry(クライミング・イン・ジオメトリー/ウイリアム・アッカーマン))
2. Gwenlaise(グヴェンレイズ/スコット・コッス)
3. Road to Hanna(ハンナへの道/シャドウファックス)
4. Engravings(彫刻/アイラ・スタイン&ラッセル・ウェルダー)
5. Ragamuffin(かわいそうな子供達/マイケル・ヘッジス)
6. Hot Beach(ホット・ビーチ/インテリアズ)
7. Western(ウエスタン/アッレクス・デ・グラッシュ)
8. Montana Half-Light(モンタナ・ハーフ・ライト/フィリップ・アーバーク)
9. Dolphins(ドルフィン/マイク・マーシャル&ダロール・アンガー)
10. When Things Deam(ホエン・シングス・ドリーム/マーク・アイシャム)
11. Some Children See Him(サム・チルドレン・シー・ヒム/ジョージ・ウィンストン)
 1曲目の「Climbing in Geometry」は、アッカーマンのアコーステック・ギター単調なリズムにアコーステック・ピアノとバイオリンがメロディーを重ねて行く。そのメロディーとアッカーマンのアルペジオが見事なほど、調和している。
 2曲目の「Gwenlaise」は、いきなり、チェロが奏でるイントロ。ピアノがそれに代わり演奏を始め、それにチェロが絡むが、チェロが伴奏しているかのような演奏で、あくまでピアノがメインで演奏しているような曲。
 3曲目の「Road to Hanna」は、民族音楽的なリズムにシンセサイザーを含むエレクトリック・アンサンブルで縦笛の美しくも、もの悲しいメロディーが印象的な作品。
 4曲目の「Engravings」は、ピアノとオーボエのディオ。シンプルな楽器の組み合わせだが、ユニークなアンサンブルで、新鮮さがある。
 5曲目の「Ragamuffin」は、マイケル・ヘッジスというギタリストの作品だが、このヘッジスの名前を、私は何かで知っていた。何で知ったのか、記憶が戻ってこないのだが、メロディー演奏中に、アクセントでハーモニックスを使っての演奏は、彼が音楽的テクニックと、その使い方の絶妙さは、才能の証なのだろう。この曲は、その才能とテクニックを聴くだけの価値がある。
長くなるので、この章はPart 1として、Part 2を明日にでも書こう。

2008-04-03

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 George Winston “Winter into Spring”

 昨日の楽器Blogで、レコード盤のジョージ・ウインストンの「Autumn」を取り上げたのを期に、こちらも、ギター一色のCD紹介からウィンダム・ヒルで気分転換しよう。
 風景を叙情詩的に、アコースティック・ピアノで表現しているジョージ・ウインストンの三部作の2枚目のアルバムの“Winter into Spring”であるが、こちらは、“Autumn”ほど感動を与えてくれなかった。

 この“Winter into Spring”の収録曲は、
1. January Stars(一月の星)
2. February Sea(二月の海)
3. Ocean waves(波)
4. Reflection(きらめき)
5. Rain/Dance(レイン)
6. Blossom/Meadow(花/草原)
7. The Venice Dreamer(ベニスの夢
1. Part : One-Introduction
2. Two

 当時、確かに音は綺麗で、ジョージ・ウインストンらしいピアノ・ソロなのだが、何故か賦に落ちないものが違和感としてCDのフォーマットに感じていた。“Autumn”シンドロームなのだろうか?と、CDを先日、私のオーディオ装置にかけてみた。勿論、CDのコンバート・トランス(移送補正するためにP音響が作ったもの)を外して聴いてみた。1曲目、不協和音的なイントロが流れだす。そして、如何にも、オータムのアルバムで感じたジョージ・ウインストンらしいアコースィテック・ピアノが“January Stars”を演奏する。そして、エンディングが、また、不協和音的な演奏。2曲目が聴こえ始める。エクソシストのバックに流れていたような、単調な左手のリズムに、メロディーを重ねて行く右手。それが、少しずつ強く激しくなり、テンポが落ちエンディング。3曲目は、何故か違和感が残る。“Ocean Waves(波)”の表題がついているのだが、連想出来ないのだ。“Autumn”では、表題のL.A.の草原の風や、森を連想できたのだが、この曲で波を連想出来ないのだ。(涙)7曲目の“The Venice Dreamer”で気がついた。右手のテンポが極端に変わるのが、私が受け付けない違和感として残ったのだ。音楽だからテンポは一定なのだが、フォルテやフォルテシモの音が飛んでくる速さが速いためにそう脳が判断してしまうのだ。
 そこで、コンバート・トランスを付けて聴いてみる事にした。先ほどの違和感は、どこに行ってしまったのだろう?音程も低く聴こえ、曲も落ち着いて来た。全く違うのだ。ハーモニーも聴こえて楽曲も、先ほどまで聴こえていた音は、昔聴いていた違和感を感じた音だったが、今、聴いた曲は私の現在の再生音なのだが、落ち着き過ぎている感はあるが、これが本来の音で、アナログに近づいている。こんな聴き方も苦労の後を聴くようで楽しいものである。

2008-04-02

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Fourplay “Heartfelt”

 ラリー・カールトン参加のニュー・フォープレイのCDアルバムである。
1991年に、結成当時はギタリストは、リー・リトナーだったが、このフォープレイがリリースした全てのアルバムはビルボード誌のコンテンポラリー・ジャズ・チャートの1位を獲得して、JAZZ/Fusion(スムース・ジャズ)のトップ・グループとして君臨してきた。1998年にラリー・カールトンに代わり、出来上がったアルバムがこの「ハートフェルト」で、歴代6作目のアルバムとなった。注目すべきなのは、このアルバムから、今まで彼らが在籍していたワナー・ブラザーズからRCAが新しく設立したJAZZレーベル“ブルーバード”に移籍している。これだけのスーパー・グループだけに、会社の要望が強くなり、新しい事への挑戦が出来なくなってきていたらしい。フォープレイの原点に戻り、「フォープレイ・サウンドとは何か」を考えてこのアルバムが出来ている。
このアルバムの収録曲は
1. Galaxia(ギャラクシア)
2. That’s The Time(ザッツ・ザ・タイム)
3. Break It Out(ブレイク・イット・アウト)
4. Rollin’(ローリン)
5. Let’s Make love(レッツ・メイク・ラブ)
6. Heartfelt(ハートフェルト)
7. Tarry Ho!(ダリ・ホー)
8. Café L’mour(カフェ・モラール)
9. Ju-Ju(ジュ・ジュ)
10. Goin’ Back Home(ゴーイン・バック・ホーム)
11. Karma(カルマ)
12. Making Up(メイキング・アップ)
13. Soft Caress(ソフト・カレス)・・・Bonus Track
である。
 このアルバムでも、ヴォーカル・ナンバーが収録されている。5曲目の“Let’s make love”なのだが、この曲はボビー・ブラウン、ホイットニー・ヒューストン、Boyz II Men、TLC、トニ・ブラクストン、セリーヌ・ディオン、マライア・キャリー、エリック・クラプトン、マドンナ、平井堅などの楽曲のプロデュースで有名なベイビーフェイスとBassのネーザン・イーストの共作で、フォープレイとは、アルバム“4”の「サムワン・トゥ・ラブ」で既に参加していたのだが、タイトルは英語を知っている方ならん???だろう。何とストレートな表現なのだろう?これも、フォープレイの新しいことへの挑戦なのだろうか?R&Bのリズムに、アコースティック・ギターのリズムをバックに歌うネーザンのボーカルも、甘くてなかなか良い仕上がりだ。
 ラリー・カールトンに代わったフォープレイは、違和感なく再出発した。違和感どころか、カールトンの方がシックリと馴染んでいるから、このフォープレイとは不思議なグループだ。「Ju―Ju」、「ゴーイング・バック・ホーム」、「カルマ」、「メイキング・アップ」、「ソフト・カレス」は、カールトン、そのものの演奏で、他の3人が支えている感じが良く分かる。バックのボブ・ジェームスのエレクトリック・ピアノやアコースティックピアノの音色は、ボブ・ジェームスそのもの。イーストのベースのグルーブ感があり、ベースラインは彼ならではで、メロディアス。ハーヴィーのドラムも、新しい感覚で、リズムを叩いている。このアルバムでも、暖かい音を聴く事が出来た。違和感よりも、新鮮なアルバムと申し上げよう。

2008-04-01

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Fourplay “Elixir”

 このグループは、ボブ・ジェームス(Keyboards)、リー・リトナー(Guitars)、ネーザン・イースト(Bass & Vocal)、ハ-ヴィ・メイスン(Drams)の4人が、1990年のボブ・ジェームスの“グランド・ピアノ・キャニオン”で4人揃ってセッションをし、意気投合してグループを結成し、多忙な日々に追われながらも年に数ヶ月は「フォー・プレイ」として活動している。このグループ名の「Fourplay」は単に「四人組み」の意味だけでなく、「Foreplay」の意味も含んでいるらしい。「Foreplay」の意味は読者の皆さんが英語の辞書を紐解いて下さい。(笑)
 私は、このグループのLDやビデオを4種類所有し、何度も観ている。ある時は、ゲストが、エル・デバージだったり、タック&ベティーだったり、チャカ・カーンだったりしていた。このマーヴィン・ゲイのアフター・ザ・ダンスのカバーでエル・デバージが参加したアルバム名「Fourplay」はビルボード誌のコンテンポラリー・ジャズ・チャートで33週間1位を記録した。「ビトゥイーン・ザ・シーツ」、「エリクシール」と好成績を残し、3枚ともゴールド・ディスクを獲得している。
因みに、この「Elixir」では、フィル・コリンズ、パッティ・オースティン、ピーボ・ブライソンが参加している。
 「エリクシール」の収録曲は、
1. Elixir(エリクシール)
2. Dream Come true(ドリーム・カム・トゥルー)
3. Play Lady Play(プレイ・レディ・プレイ)
4. Why Can’t It Wait Till Morning(ホワイ・キャント・イット・ウェイト・ティル・モーニング
5. Magic Carpet Ride(マッジク・カーペット・ライド)
6. Whisper in My Ear(ウィスパー・イン・マイ・イヤー)
7. Fannie Mae(ファニー・メイ)
8. The Closer I Get to You(クローサー・アイ・ゲット・トゥ・ユー)
9. East 2 West(イースト・2・ウェスト)
10. Licorice(リコライス)
11. In My Corner(イン・マイ・コーナー)
12. Any Time of day(エニー・タイム・オブ・デイ)・・・Bonus Track
 最後に「Elixir」の意味は、「漢方薬・滋養強壮剤」で、リトナーの奥さんの友人の、漢方薬の薬局の主人が、このアルバムの収録中に、スタジオに差し入れた「エリクシール」がアルバムのタイトルになったとか・・・。さらに、4曲目にフィル・コリンズがVocalで参加している。お気に入りの曲は、10曲目の「Licorice」とBonus Trackの「Any Time of day」。どちらも、高価なRoger Sadowskyのエレ・ガットの音色とリトナー演奏と他のプレイヤーの演奏も最高。次は、8曲目は、Patti AustinとPaebo BrysonのVocalでロバータ・フラッグも彼女のアルバムで歌っている「The Closer I Get To You」のバラード。バックで鳴っているリトナーの太いGibson L-5の音色も、グッド。しかし、Vocalはロバータ・フラッグの声量に負けている。ロバータ・フラッグのデュエットの男性歌手は誰だったっけ?その内、出てくるからのんびり待ってくださいな!

2008-03-31

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Lee Ritenour & Larry Carlton“Larry & Lee”

 私の持っている「Larry & Lee」は、外盤であり、ブックレットも英文の羅列で、全てを読みこなせない。楽器コレクター的には、使用楽器に注目することに(笑)
ブックレットからの引用

Lee Ritenour plays : Gibson L-5 & 335, Roger Sadowsky classical & classical synthesizer guitar, Ovation steel strings & Roland 303 guitar, Bob Bradshaw racks and Boogie Maveric amp & speakers. Programing by Lee on E-magic, Logic Audio.
Larry Carlton plays : 1963 Fender Strat, 1957 Gibson Les Paul,1968 335, 1951 L-5 & Valley Arts acoustic Guitar. All Larry Carlton overdubs were done on Alesis edats.

この英文を読んで、Lee Ritenourより、Larry Carltonの方が、楽器の持つサウンドを大切にしている気がしてしまう。彼の使用したギターはオールド・モデルでその年代まで表記しているのだから(笑)。収録後の音の処理の問題は、Ritenourは、E-magicプログラミングを使い、Carltonは、Alesis adats上でオバー・ダビング処理をしている。このアルバムは、そのサウンド処理してから、ミックスしているようだ。
 このアルバムには、次の曲が収録されている。
1. Crosstown Kids(クロスタウン・キッズ)
2. Low Steppin’(ロウ・ステッピン)
3. L.A. Undergraound(L.A.アンダーグラウンド)
4. Closed Door Jam(クローズド・ドアー・ジャム)
5. After The Rain(アフター・ザ・レイン)
6. Remembering J.P.(リメンバリング J.P.)
7. Fun In The Dark(ファン・イン・ザ・ダーク)
8. Lots about Nothin’(ロッツ・アバウト・ナッシング)
9. Take That(テイク・ザット)
10. Up and Adam(アップ・アンド・アダム)
11. Reflection of A Guitar Player(リフレクション・オブ・ア・ギター・プレイヤー)
 この二人が、リトナー自身の音楽プロデューサー業が忙しくなったことで、フォー・プレィーを退団したことにより、カールトンにバトンタッチした形にあった。私の中では、カールトンはフュージョンのクロスオーヴァー・シーンで活躍していた。リトナーは、最初は、同じフュージョンのクロスオーヴァー・シーンだったが、後期は、完全にJazz/フュージョン・ギタリストの世界にドップリの感じなのだが?違うのだろうか?
 リリースは1995年。どちらがメインということもなく、全11曲も各5曲ずつに共作が1曲と完全に2人が平等なスタンスで制作にかかわっています。2人のギター演奏に関しても、ある曲は、個性を闘わせるような違う音色でプレイし、ある曲は、どちらがどちらか分からない程、完璧なツインリード風の演奏で、楽しませてくれます。この二人が、このアルバムで演奏している。あたかも、その持てるテクニック披露し、伝授しあっているようなアルバムだ。

2008-03-30

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Lee Ritenour “Feel The Night”

 今回も、リー・リトナー。CDアルバム「フィール・ザ・ナイト」の紹介となる。
1曲目は、当時流行った、オレンジ・スクイザーのギター・エフェクターの音色で奏でられるタイトル曲「フィール・ザ・ナイト」だが、現在のリトナーが、大人のギター演奏だとすれば、まだ、サウンドも完成されていないようで、1曲1曲何故全く違っている。このElektra時代の彼は、ポップ性を強く打ち出して、試行錯誤していた感じだ。オレンジ・スクザーの音色が、このアルバムの多くの曲で、聴くことが出来、フィンガリングも、まだ、荒い。それが、また、いろいろなJAZZ・フュージョンのギター音楽を聴いてきた私にとって、その演奏者の足跡を辿るようで面白いのだが。
 さて、「Feel The Night」の収録曲は
1. Feel The Night(フィール・ザ・ナイト)
2. Market Place(マーケット・プレイス)
3. Wicked Wine(ウィックト・ワイン)
4. French Roast(フレンチ・ロースト)
5. You Make Me Feel Like Dancing(恋の魔法使い)
6. Midnight Lady(ミッドナイト・レディー)
7. Uh Oh!(ウー・オウ!)
 特筆すると、彼が使っていたギターは、Gibson ES-335で、ギブソンのハム・バッキングのピックアップ特有の太いサウンドに、オレンジ・スクイザーやナチュラル・デストーションをかけての演奏は、懐かしさを覚える。リトナーが、ES-335を豪快に弾きまくるのは、フュージョンのクロスオーヴァーの醍醐味なのだろう。
 6曲目「Midnight Lady」で、テンポも落ち、多分、ナイロン弦のGibsonのチェットアトキンスCEの音と思われる演奏が始まるが、響きが良すぎるので、マイク取りのクラシック・ギターなのだろうか?チェットアトキンスのナイロン弦特有の高域のハネがない。彼がDVDの中で、チャットアトキンス・ナイロン弦で演奏していたのを観たことがあったが・・。
 こうして聴きかえしてみると、私は、現在のリトナーの演奏が好みらしい。しかし、このBlogで、聴き返したことでそれを再認識できたのだから、それで良い。7曲目辺りで、リトナーの演奏に現在のギター・サウンド風の音色を聴けた。これも、彼の試行錯誤時代の足跡(ん?音跡)なのだ。
 しかし、これも彼の昔を知る貴重な1枚なのだが、廃盤となってしまっている。

2008-03-29

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Lee Ritenour “RIT”

 まず、1981年にリリースされたレコード「RIT」をCD化したアルバムである。このCDアルバムのブックレットの解説に、「AORファン待望の・・・」の文章があり、私にはこのAORなる意味が解からなかった。ネットで調べた結果「AORとは、Audio-Oriented Rock(オーディオ・オリエンテッド・ロック)、またはAlbum-Oriented Rock(アルバム・オリエンテッド・ロック)の略であり、音楽のジャンルの一つである。」さらに、「70年代から80年代初めにかけて、米国で「Audio-Oriented Rock」という言葉が使われた。 この「音を重視するロック(音志向ロック)」は、パンクムーブメントやHM/HRといった方向とは違い、歪みのない楽器音と怒鳴らない声が特徴で、TOTOやクリストファー・クロスに代表される。 「AOR(Audio-Oriented Rock)」として日本に伝わったが、あまり普及しなかったため、日本では「AOR」が何の略であるか知らない人がほとんどであった。」ここまで、調べて納得したのは、日本では普及しなかったので、この略は知らない人が殆どだったと言うこと。俺は日本人だった(爆)
 このアルバムの収録曲は、
1. Mr. Briefcase
2. (Just) Tell Me Pretty Lies
3. No Sympathy
4. Is It You ?
5. Dreamwalk
6. Countdown (Captain Fingers)
7. Good Question
8. (You) Caught Me Smilin’
9. On The Slow Glide
10. No Sympathy
 アルバムの構成も1曲目から4曲目は、ヴォーカルを前面に押し出してヴォーカル・チューン。そして、4曲目は、エリック・タッグのヴォーカルをフューチャーして、大ヒットとなった「Is It You ?」。その後の曲は、リトナーの色を強め、インストという奇抜な構成。ただし、8曲目にヴォーカル曲が入るが、インストの合間に、憩いの場を作っていると、思って間違いない。インストの連続では、息が詰まるのを防いでいると思って間違いない。
このアルバムには、同じ曲が、繰り返し入っている。3曲目と10曲目の「No Sympathy」がそれだ。しかし、3曲目は、ソウルフルなビル・チャンプリンの歌が入り、ヴォーカルを前面に押し出した控えめの演奏、10曲目(最終曲)には、Vocalが入っていない、インストゥルメンタルな演奏で終了するという粋な構成だ。
 自分でも面白いと思うのは、リー・リトナーが「Dreamwalk」で、ラリー・カールトンが「Sleepwalk」と「walk」が題材の曲が存在し、「眠り」がそこに、介在することだ。さらに、それぞれのギタリストで、私が好きな曲が、リトナーの「Dreamwalk」で、カールトンの「Sleepwalk」なのだから、(こじ付けでなく)不思議なのだ。現実はこんなものかもしれないね!単純、どちらも、スローで、メロウなギター・サウンドだからだろう。

2008-03-28

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Lee Ritenour「Rit’s House」

 このアルバムは、彼自身が、このCDのブックレットでも語っているように、彼が「音楽的に本当にいる場所」をこの、タイトル名には反映されている。彼の演奏の集大成なのだろう。このアルバムは、通算で彼の30枚目のアルバムにあたるのだ。この通算30枚目のアルバムということも、彼のJazz/Fusion界のスパー・スターである証だと思う。私は、そのうち10枚程度は所有していると思う。(「Four Play」での演奏は入れて)これ以後紹介されると思うが、私のコレクションには、バニー・ケッセルやケニー・バレル、挙句の果ては、ジャンゴ・ラインハルト、ファル・ターロウ、ウェス・モンゴメリー、グラント・グリーンまでJAZZ Guitarのアーチストのアルバムだらけ。その中にあって、彼のアルバムの枚数が一番多いので、私が彼の演奏を如何に好きなのか解かると思う。
 このアルバムで、スムース・ジャズのことにも、触れているが、この時代、コンピュータやサンプルの音源を使いまくっているが、このアルバムでは、マーカス・ミラーやジョージ・デュークなどと、生の演奏をやりたかったと語っている。と、言ってもレトロなものだけに拘ったアルバムではないし、偉大なミュージシャンが沢山参加して、インタープレイや演奏をしている。
そんな訳で、今回は、パーソネルから紹介する事にする。
〈パーソネル〉
リー・リトナー(electric Guitar)
ジョージ・デューク(key Board)
マーカス・ミラー(Bass)
ヴィニー・カリウタ(Drams)
マイケル・マクドナルド(Vocal)
アニー・ワッツ(Tenor Sax)[A Little Dolphin Dreamin’でTsを務める]
 では、収録曲は、
1. Module 105(モジュール105)
2.“13”(13)
3. Mizrab(ミズラブ)
4. 78Th &3rd(78th & 3rd)
5. Rit’s house(リット・ハウス)
6. A Little Dolphin Dreamin’(ア・リトル・ドルフィン・ドリーミング)
7. Every Little Thing She Does is Magic(マジック)
8. Condor(コンドル)
9. Olinda(オリンダ)
10. Night Owl(ナイト・アウル)
11. Party Time(パーティ・タイム)
12. Just Listen(ジャスト・リッスン)
13. Country Blues(カントリー・ブルース)
 この収録曲の中で、2曲目の“13”は、私の持っているウェス・モンゴメリーの「ダイナミック・デュオ」で、ジミー・スミス(オルガン)と演っているファンキーな曲だが、彼の手によって、JAZZ風なクロスオーバー感覚で聴けるようになっている。5曲目のタイトル曲は、シャッフルのリズムに乗せて、彼のジャジーでファンキーな演奏と、この曲の各所で、オクターブ奏法をエッセンスのように使い、良い雰囲気の曲に仕上がっている。
9曲目の「オリンダ」は、ブラジル音楽のバイアォン取り入れた仕上がりで、バックのラテンのリズムに乗せて、楽しく彼のギター歌う。このイントロの笛は音色で、私は思わず、尺八を連想してしまった経験を持つ(苦笑)
この中では、12曲目の“Just Listen”が好きな曲で、彼の演奏の全てが凝縮されたような、濃厚なリトナーのギター・サウンドのような気がしてならない。
 さらに、予断だが、最初の曲のタイトル「Module 105」は、当時使われていたプログラミングとループ・サウンドである「Module 105 loop courtesy of Spectrasonics」から取った。リトナーの使用した楽器や弦も、ブックレットに書かれていた。勿論、英文で。アンプはMESA/BoogieのRoad Kingとスピーカー。ギターは、1950年製Gibson L-5とGibson “RIT”model Guitar。弦はD’Addario Chromes guitar strings。

英文引用)
Lee plays a 1950 Gibson L-5 guitar and a Gibson “RIT” model guitar. Module 105 lop courtesy of Spectrasonics.

A Boogie Road King Amp and Speakers were used throughout project.
Monster Cable were used throughout the Album. Lee uses AD’Addario Chromes guitar strings on his L-5 and Gibson “RIT”guitars

2008-03-27

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Lee Ritenour「The Very Best of Lee Litenour」

 今回も、クロスオーヴァー・JAZZ・フュージョン・ギタリストで、ラリー・カールトンと双璧を成す、りー・リトナーのベスト・CD・アルバムの紹介である。この二人のギタリストが、同じフォー・プレイというボブ・ジェームスの率いるグループに参加したのも興味深い事実である。彼の成長の経緯を辿ると、ナイロン弦のエレガットを使い、ブラジル音楽や、クラシック音楽などを広く取り入れている。彼のブラジル音楽への傾倒は、アルバム・タイトル「リー・リトナー・イン・リオ」の発売でも、また、アルバムの最後にも、入っている「リオ・ファンク」という曲を聴けば、彼のブラジル観が理解出来るだろう。また、彼はこのアルバムの4曲目の「ハーレクイン」でグラミー賞を受賞し、トップ・ギタリストの地位をゆるぎないものにしている。
 最後に、日本人のシンガー「杏里」と婚約を発表したが、2007年7月に 破局が報じられた事も、忘れてはならない。
この「The Very Best of Lee Litenour」の収録曲は、
1. A Little Bumpin(ア・リトル・バンピン)
2. Water to Drink(おいしい水)
3. Get Up, Stand Up(グッド・アップ・スタンド・アップ)
4. Harlequin(ハーレクイン)
5. Wes Bound(ウェス・バンド)
6. 4 on 6(フォー・オン・シックス)
7. Night Rhythms(ナイト・リズム)
8. Latin Lovers(ラテン・ラヴァーズ)
9. Ooh-Yeah(ウォー・イェー)
10. Runaway(ランナウェイ)
11. Bahia Funk(バィーア・ファンク)
12. Etude(エチュード)
13. Rio Funk(リオ・ファンク)
 このアルバムを聴いてみると、ブラジル音楽の基礎的、ボサ・ノヴァのリズムを多用しているので、彼のブラジル音楽への傾倒の仕方が伺えると思う。4曲目のグラミー賞の受賞曲の入ったアルバム「ハーレクイン」のタイトル曲は、ラテン系のボーカルがフューチャーされているが、私にとって、違和感なく受け入れてしまえたのは、セルジオ・メンデスとブラジル‘66の音楽に、過去傾倒していたことに起因しているのだろう。ちなみに、グラミー受賞曲は、「Early A.M. Attitude」であり、グラミー賞の最優秀インストゥルメンタル・アレンジ部門に輝いた。
 このアルバムでも、彼の多彩ぶりが伺える。と、いうのは、1曲目の「A Little Bumpin」は、彼がウェスに捧げた曲であり、さらに、5曲目の「Wes Bound」も彼の作曲だが、どちらもサウンドはウェスのテイストに触れることが出来るし、「4 on 6」では、ウェスが蘇ったかのようなオルガンとの競演(コラボレーション)を楽しめる。一方、2曲目の「おいしい水」は、ボサ・ノヴァの神様「アントニオ・カルロス・ジョビン」の作品であるが、ウェスもジョビンも難なく弾きこなしてしまう、彼の才能は普通ではないのだ!彼のサウンドは、ロックギタリスト達のようなチャラチャラしたものではなく、サウンドに落ち着きがあり、クール演奏で、聴き疲れしないのだ。このアルバムのボサ・ノヴァのリズムや、彼の魅力的なギター・サウンドでリラックスした気分を味わって頂きたい(私の、既に紹介したアルバムと違って、たとえPCで再生しても・笑)。このアルバムはまだ、廃盤ではないと思います。(未確認)

2008-03-26

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] Larry Carlton “Collection”

 昨日に引き続き、ラリー・カールトンのベストアルバム「Collection」の紹介です。昨日のアルバム「The best of Mr.335」は、ES-335でのオーバー・ドライブ・サウンドがメインだが、この「Collection」は、1曲目から、アコーステック・ギターの演奏である。彼の多彩な才能を、伺い知ることが出来るアルバムである。
昨日の「The Best of Mr.335」より、こちらの「Collection」が好みで聴き返している。私が、アコーステック・サウンドを、如何に、好きかが判断できると思います。ですから、彼に限らず、リー・リトナーでも、ナイロン弦を使った(エレクトリック・ガット・ギターでも)曲を好きになってしまいます。
このアルバムは、彼がワーナー・ブラザース時代の原盤を、MCAが買い取って出来上がったことも記しておきます。
さて、「Collection」の収録曲は、
1. Small Town Girl(スモール・タウン・ガール)
2. Smiles and Smiles to Go(スマイル・アンド・スマイル・トゥ・ゴー)
3. Minute by Minute(ミニット・バイ・ミニット)
4. For Heaven’s Sake(フォー・ヘブンズ・セイク)
5. Nite Crawler(ナイト・クロワラー)
6. Blues For TJ(ブルース・フォー・TJ)
7. 10 P.M.(10 P.M.)
8. Sleepwalk(スリープ・ウォーク)
9. Tequila(テキーラ)
10. Bubble Shuffle(バブル・シャッフル)
11. Hello Tomorrow(ハロー・トゥモロウ)
12. High Steppin’(ハイ・ステッピン)
 このアルバムは、5曲目の「Nite Crawler」で、初めてエレクトリック・ギターでの、彼独特のサウンドが聴ける。不思議なもので、アコースティック・ギター・サウンドばかりのところに、エレクトリック・ギターが1曲入るとほっとする。その逆も然りなのだ。ロック・アルバムでも、ハイ・テンポの曲が続いて、その中に、スローなバラードが演奏されるとホッとする。そんな感じなのだ。シカゴのベスト・アルバムも、そんな構成になっている。これはディレクターの陰謀なのだろうか?(笑)偶然ではないと思う。しかし、ホッとした、その曲を好きになる傾向を、私は持っているようだ。
 このアルバムの「午後10時」と「Sleepwalk」は、エレクトリック・ギターでのえんそうであるが、夜の静けさを、サウンドと、彼のテクニックが見事に表現していて、不思議と落ち着いた雰囲気にさせてくれる名曲だ。
 そして、「Hello Tomorrow」は、Ovation Custom Legendを購入した頃、耳コピーして演奏した曲。今は、薄ら覚えだが、CDを聴き直せば思い出すだろう。

2008-03-25

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 LARRY CARLTON The best of Mr.335

 今回は、JAZZ・Fusion・ギタリストのラリー・カールトンを取り上げよう。彼がGibsonのセミ・アコースティック・ギターのES-335を愛用していたのは有名な話である。それゆえに、彼の自宅のスタジオの名前はRoom 335というネーミングで、彼自身は「Mr. 335」というニックネームを持つ。私はラリー・カールトンのアルバムは、この1枚と、「夜の彷徨」そして、フォー・プレイ参加第1弾のCDの3枚を所有するが、今回は、「The best of Mr. 335」の紹介である。
ラリー・カールトンは、クルセイダーズに1977年まで参加していた。その後はソロ・アーティストとして再スタートし、Fusion Guitar のトップギタリストとしての地位を築いている。そして、88年4月に自宅前で暴漢に銃で撃たれた。その弾丸は彼の頸部を貫通し、一時は生命の危機にさらされたが、一命を取りとめたが、再起不可能といわれた。しかし、彼の必死のリハビリで、復活した経緯があったことを、述べておきます。
 「The Best of Mr. 335」の収録曲は、
1. Room 335(ルーム335)
2. Rio Sanba(リオのサンバ)
3. (It was) Only Yesterday(昨日の夢)
4. Strikes Twice(ストライク・トワイス)
5. Midnight Parade(ミッドナイト・パレード)
6. Song For Katie(ソング・フォー・ケィティー)
7. Sleep walk(夢飛行)
8. Blues Bird(ブルース・バード)
9. Upper Kern(カーン河上流)
10. South Town(サウスタウン)
11. Blues For T.J.(ブルース・フォー・T.J.)
12. Cruisin’(クルージン)
 1曲目の「Room 335」は、アルバム「夜の彷徨」の、冒頭にも収められている、彼の代名詞ともなったナンバーである。軽くディストーションのかかった音色での彼の演奏、そしてフィンガリングまで、聴き取れるフュージョン・ギターの名曲。
 2曲目も、「夜の彷徨」に入っている曲で、サンバのラテンリズムにをバックに、カールトンのソロと絶妙なバッキングを聴いて欲しい。
 3曲目も「夜の彷徨」のラスト曲として、入っている。自然なディストーション・サウンド、そして、歌心溢れる彼のソロが、この「泣き」のバラードをよりいっそう美しいものにしている。バックのストリングスも絶妙でその美しさに盛り上げている曲。
 後に、アルバム「夜の彷徨」を、買うのだが、収録曲を調べずに、購入した。でも彼の演奏は、同じ曲でも微妙に違う。サウンドは、彼独特なものだが・・・、調べたらこのCDも廃盤となっている。

2008-03-24

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 Earl Klugh 「Finger Paintings」

 今回紹介するアール・クルーもギタリストである。しかし、私が始めて、彼の曲を聴いた時の驚きは、文章では表せないと思う。この曲どの和音使っているんだ?運指は?と彼の曲を聴くと、いつもそう考えてしまうのである。彼の曲の楽譜は、いまだに、楽器店の楽譜コーナーで見かけたことがないので、楽譜を紐解くことも出来ずにいる。それほど、技巧派。ギターもそれほど、名の通ったクラシック・ギター(ナイロン弦)を使っている訳ではなさそうであるが、ギターが小さなオーケストラとでも言う意味が理解できるし、彼の指で奏でられる、独特な音色は何とも云えないものである。
 「Finger Paintings」の収録曲は
1. Dr Macumba(ドクター・マクンバ)
2. Long Ago & Far Away(遠い昔)
3. Cabo Frio(カボ・フリオ)
4. Keep Your Eye on The Sparrow(バレッタのテーマ)
5. Catherine(キャサリン)
6. Dance with Me(ダンス・ウィズ・ミイ)
7. Jolanta(ジョランタ)
8. Summer Song(サマー・ソング)
9. This Time(ジス・タイム)
 このアルバムは、最新型のオーディオ装置で、聴いてはならない。実は、このCDをPCのDVDトレイに入れて再生させて聴いた。ニアサイドで聴こえてくるのは、キツイ高域成分。これって、音楽じゃないし、リズムだけを刻んでいるリズムマシーンのようだった。PCにもよるだろうけど・・・。
 まず、1曲目の「Dr Macumba(ドクター・マクンバ)」はEarl Klughの書いた曲。独特なリズムの上で、彼のギター・ワークを聴いて欲しい。彼の指は、歌心を感じさせてくれている。衝撃を受けるような曲で、その単音は追えるが、運指は理解困難。Videoでも出ていないのかな?(笑)
 次に聴いて欲しいのは、5曲目の「Catherine(キャサリン)」だろう。バックに、リー・リトナーがエレクトリック・ギターで参加している。ストリングスも起用し、爽やかな感じの曲で、昨日のジョージ・ベンソンとのコラボレーション(共演)にも入っている。リトナーのギターは、控えめで、アールをバックでしっかりと支えている感じ。
 6番目以降「サマー・ソング」まで、彼のギターが、そし指が、歌心を奏でているのを聴ける。タイトルの「Finger Paintings」が理解できるような演奏の連続である。
 最後の曲の「This Time」はEarl Klughの作曲による曲だが、80年に発売されたアル・ジャロウの名盤「This Time」のラスト・ナンバーになっている。そのアル・ジャロウに負けないEarl Klughのギターが、彼の歌心を醸し出しているので、聴いてみる価値ありと言っておこう。ただ、人には価値観の違いがあるので、強制はしませんが、何処かの馬鹿が、Blogで行っていたな~と、思いだされて聴いてみるのも、良いのでは?(笑)

2008-03-23

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 George Benson “Breezin’”

 今回は、ジョージ・ベンソンの「ブリージン」である。全曲とも、ストリングスがバックを取り持ったアルバムである。タイトル曲は、トップに入っていて、ストリングとフルートのアンサンブルが美しい出来映えの曲である。爽やかな朝を連想させてくれるような、私好みの良い雰囲気の曲である。この頃はまだ、Gibsonのフル・アコースティック・ギターを多用していた時代で、このアルバムは、ワーナー・ブラザース移籍第1弾のアルバムでもある。
アルバム“Breezin”の収録曲は
1. Breezin(ブリージン)
2. This Masquerade(マスカレード)
3. Six to Four(シックス・トゥ・フォー)
4. Affirmation(私の主張)
5. So This Is Love?(これが愛なの?)
6. Lady(レディー)
このアルバムは、全体的に爽やかな雰囲気の曲で統一されている。1曲目は巻頭で、解説したので、2曲目のマスカレード(仮面舞踏会)この曲は、ジョージ・ベンソンの歌が入っている。ピアノのイントロの後に、スキャット風な彼の声が、リズムを形成し、そして、彼の歌が、エレクトリック・ベースとストリングスをバックに、静かに入ってきて、歌い上げるという構成なのだが、それまで、ブラジル‘66や、カーペンターズ、作曲者のレオン・ラッセルなどで、聴き馴染んではいたが、彼の“マスカレード”は、アレンジも唄も黒人特有の何かを秘めていて、良い。
 次の「Six to Four」は、エレクトリック・ベースが活躍し、独特のそのリズムとベース・ラインに彼のギターがカラムの絶妙な演奏は、クロスオーヴァー的で、イージーリスニング的要素も加わって、楽しくさせてくれる。
 4曲目の「Affirmation(私の主張)」は、盲目の歌手として人気の高かったホセ・フェリシアーノの作品。彼のギター・ワークの真価が聴き取れる作品で、オルガンとの絡み、このオルガンの音色がエレクトリック・JAZZギターと自然にマッチし、さらに、そこにストリングスが絡んで、何とも言えない爽快感を感じさせてくれる曲だ。
 「So This is Love(これが愛なの?)」はジョージ・ベンソン自身のオリジナル。彼のギター・ワークと、彼のギターの音色のソフトさが、楽しく・幸せな気分にさせてくれる曲。
 最後の「Lady(愛するレディー)」は、映画音楽?と勘違いするような爽やかなストリングスをバックに、彼のギターとスタンリー・バンクスのベース、作曲者のロニー・フォスターのエレクトリック・ピアノ、控えめなハーヴィー・メイスンのドラムが、広がりと透明感を醸し出しているような演奏だ。
 このアルバムは、JAZZを知らない人でも違和感なく聴けるようなアルバムなので、廃盤になる前にお聴きになると良いですよ。

2008-03-22

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 The L.A.4 「GOING HOME」

 今回も、L.A.4のアルバム「GOING HOME」を取り上げる。このL.A.4がウエスト・コーストきってのジャズメンの集団で、かつ、楽器の名手が集まって出来たグループである話をすでにしたが、「L.A.4」の名前は、ロサンジェルス・フォアから来ているという説と、ギターの名手の「ローリンド・アルメイダ」から来てL.A.4という説がある。これも面白いが、ただ、集まって演奏するのであれば、ジャム・セッショングループとなってしまう。しかし、このL.A.4はレコーディングを考えて結成され、かつ、編曲がかなり重要視されていたことは、それぞれのアルバムを聴けば理解できると思う。その編曲を受け持っていたのが、ローリンド・アルメイダで、共演者のテクニックや音楽性を十分に熟慮された編曲によって、L.A.4のサウンド・カラーを打ち出している。グループとしては、楽器の種類は異なり、演奏スタイルも違う、名コンボのMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)に通じるものがある確かだが、サウンド・カラーが明らかに違っている点はここで述べておこう。
 このアルバムの収録曲は
1. Going Home(家路)
2. Softly As In A Morning Sunrise(朝日のようにさわやかに)
3. Greensleeves(グリーンスリーブス)
4. Things Ain't What Used to Be(昔は良かったな)
5. Recipe of Love(恋の料理法)
6. Romance De Amor(愛のロマンス)
7. Django(ジャンゴ)
である。
 1曲目は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」、第2楽章ラルゴの旋律をウィリアム・R・フィッシャーが歌曲化して「Going Home」の曲名で知られているものを取り上げている。よく知られているが故に、アルメイダの編曲のおもしろさや、アドリブの楽しさが生きてくる。アルメイダのギターでのイントロからベースとドラムスのリズムをバックに主題が現れ、再び、ギターを経て、フルートに、さらに、クラシックの室内楽的合奏、そして、シュリー・マンのドラムスがJAZZリズムを刻み、それに、シャンクがアルト・サックスでアド・リブを繰り広げるという演奏。その中に各パートのソロが挿入されというもの。原曲を知っていても、この編曲の醍醐味を堪能できる。
 3曲目は、私の好きな「グリーンスリーブス」。アルメイダの繊細な編曲が面白く、フルート、ベース、ドラムの絡みが絶妙。リズムはボサ・ノバァから4ビートへと変化するのも絶妙と言える。
 7曲目はMJQのアルバムで有名な「Django」。アルメイダの繊細な編曲が聞け、彼自身のギタープレイがそれを、さらに輝くものにし、L.A.4のサウンド・カラーを出している。
 JAZZでも、イージー・リスニングJAZZとしても聴けるアルバムです。
 

2008-03-21

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 The L.A.4 「亡き女王のためのパバァーヌ」

 昨日に引き続き、L.A.4なのだが、このジャケットは、The L.A.4となっている。メンバーは同じなので、L.A.4とこの後呼ぶことにする。さて、今回も、L.A.4の「亡き女王のためのパバァーヌ」の紹介である。このグループがクラシック音楽をJAZZにアレンジし、演奏していた事は、既に、お話した。今回も、タイトル曲は、クラシック曲で、モーリス・ラヴェルの24歳に作曲したピアノ曲で、31歳で管弦楽用に編曲したものだ。
 このアルバムの収録曲は、例にもれず、JAZZのスタンダード曲やクラシック音楽、ボサ・ノバァをからのアレンジした曲が多い。

「なき女王のためのパバァーヌ」収録曲
1. なき女王のためのパバァーヌ
2. 枯葉
3. シェ・ホワット
4. コルコバード(静かな夜)
5. 波
6. リベイル
7. オルフェのサンバ

 パバァーヌは、シュリー・マンのベルで始まり、バド・シャンクのフルートで入り、ドラムとベースが加わり、少しずつ盛り上がり、ドラムの控え目なバックでベースがソロを取り、一転しローリンド・アルメイダのギターが演奏を始め、ベースのブラウンがそのバックに入り、静かにインタールードのメロディーを奏で、最後に、バド・シャンクがアルト・サックスに持ち替えて、カルテットの演奏形式になり、終了する。何とも、考え尽くされた演奏は素晴らしいと思う。
 2曲目の「枯葉」はJAZZのスタンダードナンバーで、JAZZを知らない方でも、この曲は、聴けば、あの曲ね!と思うが、この演奏も、私は素晴らしいと思う。お互いを知り尽くした、トップ・ミュージシャンの集団であるL.A.4ならではの演奏だろう。この曲全体を通して、ローリンド・アルメイダのアコースティック・ギターが、独特のリラックスした感じで、演奏している。シュリー・マンが中盤でブラシュからスティックに持ち替えて盛り上げて終了するという演奏も、ナイス。
 5曲目は、ボサ・ノバァの名手アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲であるが、ローリンド・アルメイダのギター・ワークとバド・シャンクのフルートの演奏が聴かせどころだろう。
 最後の「オルフェのサンバ」も揺ったりとした、ローリンド・アルメイダのギターで入り、レイ・ブラウンのベースがそれに代わり、メロディを演奏し、バド・シャンクのフルートが即興演奏で、カルテットでそれを盛り上げる。その即興演奏は、L.A.4ならでは演奏だ。
 このアルバムは、JAZZファンでなくても、リラックスして聴けるアルバム内容と成っている。

2008-03-20

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD盤 L.A.4 「Just Friends」

 まず、JAZZとクラシック音楽のCDとレコード紹介の最初は、L.A.4(ロサンジェルス4)となる。このレコードは最近また、シンガポールでプレスされた盤が、新星堂で売っていたので、購入したが、今回は、CD盤の紹介。
 レコードには、シルバーのジャケットとブラウンのジャケットの2種類が存在している。シルバーのジャケットが初期プレス盤。確か、ダイレクト・カッティングの盤だったと思う。私は、この盤を、P音響の店で聴かせてもらった。そして、ブラウンのジャケットは再販盤だ。こちらが、CD化されたものが、今回紹介するアルバムである。アメリカ西海岸のトップ・ミュージシャン集団で、1970年代のウエスト・コースト・ジャズを代表した名門コンボL.A.4のアルバムでも、最高傑作と称される。私も他に数枚のアルバムを収集したが、演奏も、その演奏の熱気が伝わってくるようなアルバムである。
 メンバーは、ローリンド・アルメイダ(ギター)、バド・シャンク(アルト・サックス&フルート)、レイ・ブラウン(ベース)、シュリー・マン(ドラム)で、1974年7月のコンコード・ジャズ祭でL.A.4としてデビューしている。
 このL.A.4は、ポップス、ジャズ、クラシック、ラテン音楽など多彩な素材を、JAZZに取り入れた。その点で、第2のM.J.Q.と言われていた。
 さて、収録曲は、

1. Nouveau Bach
2. Carinhoso
3. Just Friends
4. Love Medley
5. Spain

 1曲目~2曲目の「ヌーヴォー・バッハ」は、Bachの「Prelude in C Minor」のJAZZ編曲されたものに、アルフレド・ヴィアンナの「カリニョーソ」をアダプトしてボサ・ノバァのリズムにアレンジしてのメドレー的な演奏。3曲目はJAZZのスタンダード・ナンバーのタイトル曲である「Just friends」。ここで、バド・シャンクが素晴らしいソロを演奏している。4曲目の「ラブ・メドレー」はコール・ポーターの「ラブ・フォー・セール」とガーシュイン兄弟の「ラブ・ウォークド・イン」の2曲をアレンジしての演奏。最後が、チック・コリアの「スペイン」で、どの演奏も、素晴らしいサウンド(メロディー)が、魅力的なリズムで生かされていて、全てが素晴らしいアルバムである。

2008-03-19

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] オーディオの話からCDの紹介へ

 一応、オーディオの話は中断して、CanameのBlogでポピュラー系のレコードの紹介をしているので、こちらでは、クラシック系・JAZZ系のレコードとCDの紹介をして行こうと思う。この中には、既に廃盤となったレコードやCDも、多く含まれる。何故、こんな事してるの?と聞かれたら、自分の持っているCDやレコードのデータ・ベースを作る為と答えるだろう。既に、レコードもCDも枚数が多くて、把握出来ていないのが現状です。(苦笑)
 今日は、雲行きが怪しいので、雨になるだろう。しかし、暖かくなって、春も、もうすぐです。そう、思ってCDの棚を見上げて・・・溜息をついた。本日は、中休みかな?

2008-03-18

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] サブ×2・システム

 現在、JBLの4312MK IIの上に、フォステクスの黒いエンクロージャー(SP箱)が乗っている。そう、3セット目のSPである。この箱には、ドイツの今は医療機器で有名なシーメンスの口径16cmスピーカーが1本入っている。このSPは、校内放送とか、空港の場内アナウンスに使う為に作られたコスト・パフォーマンスの高いスピーカーだが、使用するには、非常に難しい。このSPを箱に入れたままの、裸なので、コーン紙は露出してしまっている。本来はこれに、保護用のパネル(サラン・ネット)等を被せて、聴くスピーカーなのだ。裸のシーメンスでは、音(中域の上の方)はキツメで、遠達性は非常に高い。8畳で鳴らしていても、家中で声がはっきり聴こえる。これを、8畳のオーディオルームで聴いていると、中域の上の方がキツイ性格のため、我慢できない時がある。現在は、東京サウンドの真空管プリ・メイン・アンプ(中国製の6L6が載っていたが、GEの6L6を載せ代えた)を使い、シンセ式のパイオニアのチューナーF-1000だけを繋いで、FM専用のSP的存在になっている。これは、ニア・サイドで聴くスピーカーではないので、何か保護カバー(サランネットでも)は必須で、現在、見つけ続けている。この選択もなかなか難しい問題も抱えている。その素材によって、音が篭ってしまうなどの影響も出るのだ。裸で鳴らし続けても、シーメンスはコンセプトが、構内放送や館内放送用なので、人が多い場所でハッキリ聴こえる様に設計されているから、エージングさせても、20年以上はかかるだろうと思う。俺は、その頃生きているのか?それも疑問である。(笑)
 最後に、まだ、箱に入ったまま、眠ったままのユニットもある。イギリスの「リチャード・アレン」である。これは、オリジナルではない。多分、ライセンス生産のような形で作られた10インチのユニットで、防磁型でないので、保管場所を考えないと、影響がでる。前にテレビの近くに置いたら、画面の一部の色が変わってしまった。(汗)このユニットもフルレンジ。リチャード・アレンの方が、音楽性は、シーメンスより裸で鳴らしても上。自作派が少なくなった今、適当な箱も見つからずこのまま、箱入り娘で居続けるのだろう。
 スピーカーの原点は、フルレンジなのだ。この形なら、楽器も定位するからだ。私の所有する、JBLやように3個のスピーカーが縦一列に配置されていないスピーカーでは、楽器が左右に揺れる現象が起きるのだ。同じ3スピーカーのTRIO KL-4050は 縦一列に配置されているので、多少その点では良いと思うが、複数のスピーカーを使用したときのカット・オフの周波数が問題となる。JBLは中域用スコーカーと低域用ウーハーの上のカット・オフを行わず、下方のカット・オフ周波数のみ加えている。つまり、ウーハーからは中域成分も高域成分も出ているし、スコーカーからは、高域成分も出てしまっているのだ。これが、JBLらしさなのだが、つまり、高域がその相乗効果でJBLらしさが出るというもの。
 つまり、SPの選択も難しいというお話でした。

2008-03-17

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] レコードプレーヤーの駆動方式

 Micro MB-800Sというプレーヤーを、Yahooのオークションで比較的最近、手に入れた。Microは、最終的に重量級の砲金を使ったイナーシャを、糸でドライブするタイプに落ち着いたが、私のものはベルト・ドライブである。マイクロも他のメーカーもこの頃が、全盛期だったと思う。その後は、衰退の一途を辿った。
 その後、国内・海外のメーカーは、駆動方式をアイドラー・ドライブからメンテナンス・フリーなダイレクト・ドライブに移ったメーカーや、頑固に、ベルト・ドライブを世に排出し続けるメーカーに分かれた。駆動方式でも、得手・不得手があるのだろうか。
駆動方式について、ここで、述べよう。駆動方式には大きく分けて3つある。
 まず、ガラードの301や401、EMT 930等に代表されるリム・ドライブはモーターの回転をターンテーブルの縁(リム)に伝える方法で、モーター軸とリムの間にゴムの車輪(アイドラー)を付け、回転速度切り替えに便利なように工夫されているが加工精度の問題などがあり性能的には限界がある。
 次にマイクロ精機やトーレンスに代表されるベルト(糸)ドライブはモーターの回転をベルト又は糸でターンテーブルに伝える方法でベルトの材質でモーターの振動が吸収されターンテーブルに伝わらないことや、ターンテーブルの質量が大きければモーターの多少の回転ムラも影響しない利点がある。
 最後にテクニクス、YAMAHAのGTシリーズやDENON、ドイツの現在のEMT等に代表されるダイレクト・ドライブは、他の駆動方式では、回転ムラやガタなどのトラブルが回転伝達構造から多く発生するので、伝達構造を無くしてモーター軸に直接ターンテーブルを載せた方式で回転部分の騒音もなければ、摩耗も少ないというメンテナンス・フリーで、ターンテーブルとして理想的な結果を導きだせるとされる。
 この駆動方式の違いは、リム・ドライブは 力強さや迫力は出るが、SNが取れないのと、繊細さに欠けるという欠点を持つ。ベルト・ドライブは、SNは素晴らしく、艶やかな音色が得られるが、迫力が出ない(出難い)という短所がある。最後に、ダイレクト・ドライブはSNや迫力は十分だが、艶が出難いという欠点を持つ。どの駆動方式も長所もあるが、欠点もある。ただ、私は幸いに、がラードに興味を持ったが、購入は避けたので、S氏のコメントを記述した。
 私の所有するトーレンスのTD-321とMicro MB-800Sはベルト・ドライブで、この二つともトーン・アームは別売の物を取り付けて使っている。 YAMAHA GT-1000と廉価版のDENONのDP-790とVictor JL-B31はダイレクト・ドライブで、搭載アームはその機種に最初から付いていたもの。それぞれ、使い分けしているのだが・・・。プレーヤーは、音の入り口としては重要なのだが、カートリッジほど音色の変化は無い。この頃のプレーヤーは、高いから良い、安いから悪いとは言えない、ほどほどの再生音を作ってくれると述べておきます。

2008-03-16

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 300Bシングル・アンプ

 今は、サブ・システムで使用している300Bシングル・アンプであるが、出力は4W程度なのだが、メインのTANNOYのWestminsterは入力感度が98dbなのだから、充分鳴っていたと思う。
 しかし、不幸にも、プリ・アンプの不具合で、300Bプシュプルに移行してしまったのだ。これは、言葉の行き違いの問題からだと、今思っている。入力過多で直ぐに、歪んでしまう現象を、P音響の社長に、単に「すぐに歪んでしまう!」と伝えた。これは、パワー・アンプの出力が小さいために歪むと社長はとったのだ。出力が大きい300Bのプシュプルを奨められた。
金額が金額なので、考えたのだが・・・。これが最後の投資と、このWE300Bのプシュプルで、WEの310AのドライバーとWE274Bの整流管を載せたアンプで、さらにピュアレスの出力トランスとチョークトランスも載せてあった。勿論、高価だった。
 実際は、プリ・アンプの方を直した、今、繋ぎ変えても、前のように歪まないで、かえって素直な低域を出してくれている。ただ、シングル特有の低域ではあるが、それでも、なかなか善い。何故、このような無駄をしてしまったのだろう?それは、言葉での表現の仕方、そして、受け取り方が問題になる。音を言葉で表現できないと私が繰り返し述べている事なのだが、この失敗に起因する。
 しかし、この投資のお陰で、間違いなく、TANNOYのWestminsterは、ダイナミックな再生音を得て鳴っているのだから、それで良かったのかもしれない。人生は失敗だらけ。その失敗で、より良いものを得られたのだから・・・。
 この300Bシングル・アンプは、既に、触りは話したが、PX-77のドライバー管、WE 422A、WE 300Bの出力管を1本使ったシングル構成のアンプ。シングル・アンプは、WE 300Bが波形の1周期(ストローク)を1本の真空管が受け持つので、素直な再生音を得られるのだ。一方、プシュプルは、2本の真空管のうち1本が、1周期の前半の上方のストロークを受け持ち、もう一本が、後半の下方のストロークを持つので、粘り強い再生音を生む。ダイナミックさは、このプシュプルが勝り、再生の忠実度はシングルが勝る。普通の方は、同じWE(ウエスタン)300Bのシングル・アンプとプシュプル・アンプを両方持って聴いている方は居ないだろう。人間の好みでどちらかを選択し、所有して聴いていることと想像する。まして、その両方に、トライアードの入力トランスを載せている私は、それを、重さと戦いながらも、交換してどちらも聴いていられると言う、幸せものである。
 このアンプは、最初から、WE 300Bを載せていたのではない。最初は、同じ出力管はWE 275Aを載せていた。しかし、このWE 275Aの出力1.5Wでは、TANNOYは鳴らしきれないと判断し、それよりも、大出力のWE 300Bに載せ換えたのだ。結局、今でも、そのWE 275Aを2本所有している。この275Aも300Bの違いは基本規格は同じなのだ。「真空管 300B」の章で述べたが、これらの真空管は、入力に対して、その対応幅が、ほかの真空管に比べて非常に広いのだ。ただ違うのは、その真空管で取れる出力が違うのだ。275Aは約1.5W、300Bは、回路次第で、最大で8Wの出力が取れる。Westminsterの入力感度98dbから考えても、この275Aでも、フルパワーで使ったのなら、充分に鳴っていたと思う。これも、知識のなさが原因なのだから、自分を悔いよう。

2008-03-15

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] CD プレーヤー

 私の所有するCDプレーヤーは3台ある。そのうち2台はPHILIPS社のLHH500とLHH900Rである。まだTANNOYのWestminsterがウレタンエッジだった頃、メインで使っていたのは、LHH500。このエレタンエッジの後半でLHH900Rを購入したのだが、LHH900Rはこのウレタンエッジの状態では、私の耳で、高域の繊細すぎてTANNOYには全く合わなかった。これは、後に解るのだが、最終的に、日本向けに最終チューニングをしたためらしい。時代的にそれよりも前に発売された、LHH500は日本向けというより、1Bitのプロセッサーで、音楽性だけを前面に、チューニングされていた。この500と900Rを比較すると解像度はないが、全体のバランスはLHH500が、私のシステムでは勝っていて、LHH900Rは、5~7年間眠っていた。サブシステムでも、使ったが、こちらでも合わなかった。今、LHH500はサブシステムで使い、LHH900R はメインのTANNOYの方で主に、クラシックの再生で使っている。
 今の使い方は、LHH900Rからデジタル光出力端子からノース・スターのD/Aコンバーターに持ち込み192bitでプリに接続して使っている。ここで、Esoteric X-50Wも、JAZZ系の音楽を再生するために、デジタルRCA出力でノース・スターのD/Aコンバーターにつなぎ、ノース・スターのフロントパネルのスイッチで切り替えて使うことにしている。
 Esotericの素晴らしい点は、メカの作りだろう。このCDプレーヤーの重量は25kgもある。この重量のため、CDプレーヤーの移動は、気合を入れないとラックから持ち上げられない。LHH900Rも重いが、Esotericに比べると軽いし、トレーもプラスチックを使っていて、全体的にやわな感じに仕上がっている。これが、クラシック音楽に合わせやすい理由なのだろうか?
 話は横道にずれるが、S氏はP0を所有し、クラシック音楽を聴いているが、これは、私には移動できる重量ではなかった。S氏だから、修理やセッティング時でも、持ち上げられるのだ。そうそう、彼は一時100kgの体重だったが、ダイエットして、今は、70kg台で維持している。
 Esoteric X-50Wは、USAのワデア製のD/Aコンバーターを使っているが、このコンバーターは、繊細かつ、ピシッとピントのあった再生音を生む。今は内部のコンバーターは使わず、先ほど話したRCAデジタル出力端子から、ワイヤワールドのRCAデジタル専用ケーブルで、North Star DAC -192につないで、そのアップコンバートしてプリに送り込んで使っている。訳は、Wadea製のD/Aコンバーターといっても、このCDプレーヤーの価格から考えて、最低ラインのコンバーターだと思うし、それなら、安いといっても、192までアップコンバート処理をした方が、再生音もまろやかになるという発想だ。実際、これは、うまく、TANNOYを鳴らしてくれた。当然の結果だと思うが、物に拘るとこのような発想を、忘れてしまうのかもしれない。

2008-03-14

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] サブ・システム

 メイン・システムのレコード・プレーヤーの事は、話したが、サブ・システムのレコード・プレーヤーは、ダイレクト・ドライブのデノンのDP-790に、オーディオ・テクニカのカートリッジを組み合わせたものと、ベルトドライブのマイクロにデノンのアームを付け、EMTの借り物のTD-15のカートリッジを付けたものがセットされている。この2台はC22タイプのプリ・アンプのPhone入力の前に、FRのFR-3というMCトランスの入力端子にいちいち、つなぎ代えて使用している。こちらのCDプレーヤーはフィリップスのLHH500を使っている。フィリップス社が開発したスイング・アームのピックアップを使用したCDプレーヤーである。C22タイプのプリ・アンプとの間に、UTCのトランスが組み込まれているのが特徴で、CDの再生音はこのトランスで左右され 五月蝿い高域は抑えられ、ゆったりした低域を持たせることが出来ているが、メイン・システムのTANNOYが完璧に鳴り出すと、このサブ・システムの高域は粗いし、五月蝿い感じだ。
 こちらは、トライアードのイントラを載せ、77のドライバー、WEの422Aの整流管、300Bのシングルのパワー・アンプで鳴らしている。トランスは出力トランスとドライバートランスのみがUSAのピュアレスで、他はタムラのトランスで構成されている。元々はWE 275Aの真空管が載っていたのを改造し、WE 300Bに載せ変えた物だ。最終的な、音の出口はJBLの4312 Mk IIが受け持っている。
 このBlogの前の方で8畳の私のオーディオ・ルームではこちらのサブ・システムの方が先に、私好みの再生音で鳴っていたのは、確かだ。と言うのは、少し前にS氏の所有するオートグラフがダイナミックに鳴っていた頃の面影を、このサブ・システムは今でも持っているのだ。もう少し追い込んでみたいが、それを残して置きたいので、弄るのはやめている。

2008-03-13

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] オーディオ総論-2

 オーディオの何たらを活字で話してきたが、音とは感性なのだから活字で語れないものだと認識している。加えて、出てきた再生音が良いのかを判断するのは、所有者本人であって、自分好みにチューニングするのは当の本人なのである。その音を聞いて、自分のシステムの音との違いを知りことが出来る方はある程度オーディオに興味を持ち、チューニングの経験重ねた方達なのだろう。
 写真も同じように、ある程度経験を積まないと、作品である写真からそのテクニックを吸収し、自分の物として盗めない。何よりも、試行錯誤を繰り返しながら、それら経験して、身についた技術が、技術を盗む事を可能にさせる。何よりも経験の積み重ねが重要なのだ。
 経験を積まないとその領域に辿りつけないのも同じだのだが、そのような趣味に手を染めない方には、何故、多くの時間を趣味に注ぎこむのか理解しがたいだろう。しかし趣味は、その人の「文化」なのだ。どんな趣味でも、その人を語る上で、重要な事なのだろう。五味康祐も「オーディオ巡礼」で、物の個体差について語っている。真空管を何10本も集めてマッチングのテストをしたとか・・・。また、「オーディオ巡礼」で、訪問したお宅のオーディオ装置だけでなく、部屋の感じや、セッティングの様子も詳しく記述されている。されど、その再生音は活字では、聴こえて来ない。ニュアンスはとらえられるが、音は見えない。それほど、活字では表現し難い。しかし、五味氏本人は、実際の再生音を聴いている。聴くという行為の経験が彼をオーディオ評論家としての価値を高めたのだと考える。
 ここで、彼が賞を受けた作品名を尋ねたい。殆どの人は、答えられないと思うのだ。しかし、彼とオーディオの深い関係は、オーディオを趣味としている、往年の方々は「オーディオ巡礼」の存在は知っている。その中でオーディオ装置や真空管の個体差にも触れている。つまり、同じ装置を持ってきて鳴らしたとしても、同じ音になるとは限らない。それは、部屋の存在や部品の個体差が存在するからなのだ。
 私たちも、その個体差を持つ300Bという真空管に魅了され、個体差をカバーすべき技術を身につけ、感性で纏まった再生音を創りだしているのだ。その感性は、その人でなければならない、何かを左右していることは間違いない。ここで感性を磨くことが重要である。これは、全てに共通するから。

2008-03-12

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] オーディオ総論

 オーディオと言うのは、何も高い装置を集め、組み合わせれば良くなるとは限らない。先人たちが素晴らしい!名機だ!と評価を残した物の全ての組み合わせは、誰も知り得ないし、その装置を、組み合わせることで、偶然に出来あがった、再生音を評価した結果なのだ。
 最近、雑誌に掲載されたオーディオ評論家の評価を読んで、その出てくる音を、活字から想像するのは、皆さんの勝手だが、貴方は、どこまで、自分のオーディオの知識を身に付け、自分の装置の使い勝手やセッティングに時間を費やしたのだろう?
 私もS氏も、同じように、装置を持ち込みセットして終わりだった。最初から、その装置の長所や短所を、把握することも無かった。装置をセットして、駄目だと評価した。オーディオの知識も、K氏が居なかったら啓蒙されず、無知なままだったろう。ある時期から、再生音の変化を、自分の耳で判断出来る様になり、少しずつK氏から教えられ、自分でも学んだ。学んだ事を、試し、実践しながら知識を自分の物として深めた。その結果が、今となって実を結ぶ。いろんな無駄もあったが、実を結ばせることが出来た。
 何故、ここまで夢中になったのか?それは、高価なスピーカーへの、思い入れなのだろう。高価なのだから、こんな音になるはずだと思い込む。そこから、全てが始まったのだが、真実はそこには無い。普通の再生音に辿り着くことがゴールなのだ。それが答えだ。大きいSPユニットは、再生音に余裕を持たせるだけでよい。余計な思い入れは遠回りをさせ、無駄を増やす。その無駄があって、今の自分が居るのだが・・・。万事に通じる真理が、そこにある。
しかし、名機と言わさせしめた、その真意を善く理解し、それを求めるべきなのだ。300Bの章で触れたと思うが、あれが真実なのです。ただ、300Bのアンプであれば、良く鳴ると言うものでもない。それを理解すべきです。

2008-03-11

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 必携の名盤 SESSION

 私が、過去に書いたBlogで、TANNOYが初期から鳴ったレコードとして、紹介したレコードアルバムである。録音は、菅野沖彦さんで、もちろん非売品である。面白い事に、この録音で楽器奏者のレコーディング時の配置図がジャケット内側に記載されていることだ。必要性があったのだろうか?定位の良いとされる同軸型ユニットを持つTANNOYのWestminsterでは、その楽器配置は歴然と分かるのは当然だから。ヤマハのスピーカーでは定位がずれるのか?そんなことはなかろう。
収録曲は
Side A
1. Miracle
2. My Ideal
3. Day of Wine and Roses
4. St. James Infirmary

Side B
1. Stadust
2. Do you know what it means to Miss New Orleans
3. That Old Feeling
4. A Dialogue of Drums and Latin Percussins

Personnelは
北村英治(Cl)A-2, 4
岡崎広志(Ts & As)B-1, 3
光井章夫(Tp)A-4
増田一郎(Vib)A-2
八城一夫(P)A-3, B-1, 2, 3
世良 譲(P)A-2, 4
原田政長(B)A-2, 3. 4, B-1, 2, 3
鈴木 淳(E-B)A-1, B-4
バッファロー・ビル・ロビンソン(Ds)A-3, B-1, 2, 3
須永ひろし(Ds)A-2, 4
猪俣 猛(Ds)A-1, B-4
と、日本を代表するメンバーが参加している。
この中で、A面3曲目の八城一夫トリオの「酒とバラの日々」はスタンダードナンバーであるが、好演である。そもそも、「酒とバラの日々」を、私が好きなだけかもしれないが。
さらに、猪俣 猛が参加するB-4は前にも話したが、セルジオ・メンデスとブラジル‘66好きのラテン系の音楽に馴れ親しんだ私にとっては、最高という出来映えの演奏。
何故、このレコードを持っているのか?それは、学生時代に出入りしていた、郡山音響と言う、オーディオ店で、ラックスのMC60Cを買うときに聴かせて頂いて、そのレコードもおまけに付けて・・・と、お願いし、ゲットしたからだ。
 このレコードは昨日、全曲聴きなおした。全曲、それぞれに好いと再認識させられた。昔聴いたときより、若干低域の締まりはないものの、断然、臨場感に溢れていた。本当に、ここまで来れたと、歓びの念を覚える。

2008-03-10

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] ソース機器の配置について

 私がTANNOY Westminsterを8畳間で鳴らしている事は、このBlogの前の方で説明しているが、機器は全て部屋から追い出してしまっている。操作する為には、いちいち機器のところまで行って、行なわねばならないと言う不便はあるが、このことは重要な振動防止策である。
現在、15mのスピーカー・ケーブルで、パワー・アンプとWestminsterを接続している。高価なSPケーブルだったら、大変だが、幸い、アメリカのモンスターPCのケーブルの一番安い物なので30Mでも、2万円を切る値段である。これで、安いのだから、このオーディオの世界は異常なのかも知れない。
 部屋の中で、プリ・アンプの電源部が燃え、その煙の雲海の中で、昼寝をしていた話は、以前にしたが、それを期に、スピーカー以外の機器を、全てを部屋から追い出したのだ。これは本当に効果があった。再生音の振動を各機器が拾うことで、音を濁すことが無くなった。完全とは言えないが、少なくなり、音はピュアな方向に向かったのだ。レコードの時代ならハウリング対策は、必然的に行なわねば成らない事だったが、CDでも振動が、厳密に言うと、ピックアップやトレイに影響を与える。それを軽減できたのだ。さらに、真空管アンプなら、ヒータのフィラメントを、再生音の振動で揺らしてしまい真空管自体を壊すと言うとオーバーだが、影響が無いとは言い切れない。
 しかし、CDを交換するにも、ボリームを調整するのも、機器のところまで歩くのは、辛い時もあるが、良い再生音の為だと、最近は諦めている。(笑)

2008-03-09

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 真空管 300Bについて

ここで、オーディオ愛好家のマニアの皆さんが、ウエスタンの300Bという出力管に憧れ、そして、追い求めるのは、真空管300Bが優れた音楽性を持つ球だからと思っている方が、殆どだ、と思う。ここで、私のBlogを呼んで、雑学的に「オーディオ」という概念が出来た方でも、そう思っていると思います。しかし、ウエスタンで有名な300Bは、全く音楽性は持っていません。
 何故、そう云えるのか?それは、ウエスタンの真空管300Bは「高原の綺麗な水」に喩えられる。300Bの音と言っているのは、本当は300Bの音ではなく、300Bの前の回路と後ろの部品(トランス)で音なのです。300B自体は優秀な真空管で無味無臭。そして、直線的に、入力に比例し、その対応性が良く、その対応幅が他の真空管に比べ抜群に広いと言えば分かり易いだろう。だから、NF(Negative Feedback)の必要性もない真空管なのです。だから、300Bで作製したパワー・アンプが良くなるのも、前の回路と後ろの部品次第だということ。世に出ている300Bのパワー・アンプが、全て音が違うのは、そこに理由がある。
 前に話したが、鹿沼のS氏の所の300Bのプシュプルのパワー・アンプと、私の所有するプシュプルのパワー・アンプは、回路的には似かよってはいるが、当然、出てくる音は違っている。それは、300Bの後に載っているトランスがS氏がハモンドで、私がピュアレスと違うから、その部品の音の違いと思っていただいてよい。
 さらに、私が使用したシングルのパワー・アンプで使用した、真空管WEの275も300Bと同じように優秀な真空管だが、出力が小さいという欠点を持っていた。それを改善し、パワーアップしたのが300Bと思っていただいて良い。WE 275の真空管1本で1.5W、WE 300Bが最大で8Wの出力が1本でとれる。
 ここで、WE 275で、TANNOYのWestminsterは十分に鳴ったように思うのだ。タンノイのWestminsterは、能率は98dBで高い方だからだ。そう考えると、遠回りをしたな!と感じる。まあ、遠回りしたから、今があるのだから・・・

2008-03-08

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 「年金特別便」

 本日は、オーディオの話は休む。それどころでは無いのだ。年金記録が漏れていた。トータルで10年間の年金記録が抜けていたのだ。正直言って怒りを感じました。1つではなく2つも抜けていたのです。一つは私が大学を卒業した翌年の昭和51年4月から昭和53年10月まで、勤めた栃木トヨペットの社会保険・厚生年金の記録。さらに10月まで勤めて社会保険料が引かれていたのに、昭和53年4月には既に、国民年金に加入していることに成っている。この6ヶ月はダブルに加入したのか?全く出鱈目、ズサンと言われても仕方がない。これだけなら何かのミスだろうと流せる。さらに、昭和61年7月から平成5年6月まで、自分の会社の社会保険・厚生年金の記録が漏れていた。私は、会社の取締役だったので、厚生年金の記号・番号まで全て記録にとってあった。私の記録が欠落していたのだから、社会保険に加入していた10数人の全ての記録が欠落しているのだと思う。社会保険料も半端な額ではなかったと思う。私だけの場合で言うと、年俸だったが、900万近い額を12ヶ月で割った金額の社会保険料だったのだから、20万円近く払っていたと思う。会社が半額負担していたとしても、相当な額だ。その後の国民年金は10年間殆ど最高額払わされていたのに、呆れて物が言えないね!

2008-03-07

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 大地君、安らかに

 犬の「大地」君が3月5日に亡くなりました。
 私がおもちゃの町から拾ってきて、12年間生きてくれました。私が獨協医大の受診から帰っても、出向かえに来ないので小屋を覗いて気がつきました。最近、弱っていたので、バスマットのお下がりを小屋に敷いたのですが、気に入らないらしく、小屋から引きずり出して。
大地君、安らかに。ありがとう。

2008-03-05

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] MCトランス

 MCカートリッジを使うのなら、出力が小さいので、トランスで昇圧することが必要になる。オルトフォンからも、沢山のMC昇圧トランスやヘッドアンプが発売されてきた。このトランスのチョイスは、好みで良い。しかし、現実として、すべてのMC昇圧トランスを試聴できた人は、存在しないと思うくらい多いのも確か。ビンテージ物から、現在細々と製造されている海外製品をいれれば、1000を越える。どのような組み合わせでも、昇圧比が合えば、本質的にはよいのだが、オーディオ好きには、MCトランスで付加される輝きや、繊細さ、音の太さなどで、自分のお気に入りのMCトランスが出てくるはず。そんなMCトランスは、私の場合、PEERLESS Audio Products SLC-1。音は自然で、太い再生音を得られるからである。その他に、FRのFRT-3やAudio-technicaのAT-650も持っているが、断然にPEERLESSが良いのだ。情報量でPERRLESSが勝るので、メインのTANNOYに使っている。サブ・システム(JBL 4312MarkIII)でFR-FRT-3を使っている。これは、Audio-technicaのAT-650と比較すると、明らかに、中域から低域の再生音の違いと、太さでFRT-3が勝ったからだ、しかし、ベークライトのピンがボロボロに割れて、スイッチ・クラフトのピンに最近、交換した。勿論、ハンダはキースターでウェィスラーの半田コテを使う。結局、比較の問題なのだ。Audio-technicaのAT-650は繊細で、情報量が少な過ぎる。
しかし、FRT-3、PERRLESSのSLC-1もAudio-technicaのAT-650も、現在は作られていない。壊れたら、今の再生音も無くなる。大切に使うことにしよう!

2008-03-04

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] カートリッジ・トーンアームについて

 カートリッジの発電方式には、大きく分けて2つだろう。いろんな発電方式のカートリッジが存在するのは事実だが、私の所有するカートリッジはMM型とMC型に大別できる。
 MM型はムービング・マグネットで、MC型はムービング・コイルの略で、発電するのにマグネットを動かすか、コイルを動かして発電するかの違いである。振動を発電に変え、さらにイコライズして、増幅し、レコードに刻まれた音楽を再生するための入口にあたるカートリッジ。このカートリッジの針の構造には、楕円針と丸針が存在する。私のところにあるカートリッジでも、間違いなく楕円針なのは、EMTのTSD-15、オルトフォン、シュアーのタイプIII(型番V15III-HEの後のHEがその意味)がこの針だと思う。FRや他のMM型は資料がなくて分からないのだが、トレス能力観点から云えば、楕円針のほうが善いと思っている。
 MC型のカートリッジとMM型のカートリッジを比較しても、優劣はつけられない。と言うのは、それ以後の組み合わせで音色が左右されるので、先日、聴いた感じでは、素直なのは、主観であるがMM型だろう。JAZZを聴くなら、ビック・バンドのJAZZ楽団を聴く場合でないなら、MM型。オーケストラやクラシックの音楽を聴くのなら、私は、MC型を選ぶ。構造の複雑さからなのか、厚みや倍音成分が出てくる感じがするのだ。所有数から言っても、MC型が好みなのだろう。
 MM型で名機といわれるシュアーのType IIIもSMEの3010Rを使うと歴然と再生音が違ってくる。しっかりとした再生音で、微細なとこまで再現するところは、さすがだなと思う。このシュアーのこのカートリッジを良く鳴らすために、趣味で作ったトーン・アームがSME。このアームを友人の為に作っているうちに、オーディオを楽しむ人々の要望で、トーン・アームを作製する会社になってしまった。オーディオも奥が深い。このアームは、ユーザーが、調整できる場所も、多く複雑でマニアックな面も持っている。それらが、完璧に調整されて、初めて、本領を発揮できる。
 一方、オルトフォンのアームや、EMTのアームを私は持っていないが、K氏やS氏が使用している。話を聴いてみると、調整できるのは、バランスだけと言ってもよい。構造は、なんでこんなに高価なのに?と思うほど、簡単かつチャチ。しかし、オルトフォンのSPUは、専用アームを使わないと本領は発揮しない。つまり、トータルで設計された結果なのだろう。EMTも専用アームは、構造も簡単で、EMT以外はオーバーハングなどの問題で取り付けられない。まして、アーム接合部の構造も、カートリッジのシェルの接点が45度ひねったの配列なので、一般のカートリッジを受け付けない。EMTのシェルを改造して、一般のカートリッジ本体を組み込まないと使えないのだ。つまり、他のカートリッジ用には考えられていない。EMTを使うならトータルでEMTを使えと言っているようなもの。
 オルトフォンはそれでも、ある程度の融通性は持っているが、錘が重いので、これも専用と考えるべきと、二人は言っていた。
 私の所では、何よりも、SME 3010Rの融通性がフル稼働している。シュアーのType IIIとの組み合わせが、JAZZの名曲を、さらに楽しくさせてくれ、オルトフォンとの組み合わせが、クラシック音楽やオーケストラを楽しませてくれている。

2008-03-03

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 所有・使用しているカートリッジ

 アナログ・オーディオ好きの諸氏は、私が所有しているカートリッジに、歴史を感じるはずです。一番古いのが FRのFR-1 MK2だろう。購入は学生の頃だったので、30年が経過しているが、気が付いては、使い込んでいたので、幸いカンチレバーの硬化も感じられない。使わない時には、やはりFRのカートリッジ・キーパーのK-5に入れて保存していた。次に、DENONのDL-103LCだろう。大学を卒業した頃に、評判を聞いて買った。しかし、良さが良く解らないでいる。
 前から話しているP音響に出入りする様になって、Ortofon SPU-Aを購入。Ortofon Japan製ではない。メンテも受けていないし、私が使ったトーンアームには、重すぎてバランスが取れず、FRのカートリッジ・キーパーに仕舞い込まれたまま。多分、ゴム類は、硬くなってトレスしないのではないかと思われるが、持っている事に意義がある。さらに、モノラル用のオルトフォンのカートリッジ。最近ではあるが、やはりオルトフォンに惚れて、MC20superとMC2000。加えて、S氏からの借り物のEMT TSD-15。これは、別のシステム(JBL)の方で使っている。EMT独特のゴリゴリとした低音を、聴いて驚いた。EMTを欲しいと思うが、S氏の好意で、いつまでと限定せずに貸して貰っているので、その好意に甘える形で、我が家に居座っている。(笑)以上がムービング・コイル型のカートリッジ。
 次に、MM型のカートリッジ。シュアーのV15III-HE。SMEがこのカートリッジの為に作ったトーン・アームを20年前に手に入れたのが、きっかけで橋本電気で購入した。この他のMM型カートリッジはろくな物がないが、オーディオ・テクニカのATN150Ea、パイオニアのベルト・ドライブのPL-25Eと、VICTORのダイレクトプレーヤーに付属してきたカートリッジ(4チャンネル用)だ。使用頻度はそんなに高くなかったので、先日、全てのカートリッジで、レコードを聴いた。2日かけて、トーン・アームに取り付け、バランスを取って聴く、の繰り返し作業。駄目になった物はないようだが、MM型もMC型も針の交換を出来る物、出来ない物が存在するので、大切に使う事にする。
 それぞれに、特徴があるが、おいおい話していきます。

2008-03-02

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] レコードについて

 レコードを聴くには、レコードプレーヤーが必要になるのは当然の事。レコードの溝に刻まれた音を針で拾うカートリッジも必要になる。そして、そのレコードの加工された音を自然な音に戻す為の、イコライザーも必要になってくる。最近のAVアンプには、このイコライザーが内臓されていない。CD全盛の時代だから仕方がないのだが。
 私のプリ・アンプにも、このイコライザーは内臓されていない。メイン・システムのイコライザーは、SMEの真空管イコライザーSPA-1HLを使っている。この回路はドイツのEMTのターンテーブル930や927にオプション設定のトランジスタの155stと真空管のイコライザー139st等があるが、回路構成は、EMT139stに酷似している。ただ、HighとLowに独立してトランスを載せているので、非常に贅沢なイコライザーである。イコライザーには、NF型、CR型、LCR型等がある。NF型とCR型は回路は似ている。LCR型はコイルを使っている。SMEには、独特のSMEの音があり、太くがっちりした音が、それが好きか嫌いかの問題になる。
 私の使っているレコードプレイヤーは、トーレンスのTD321と、YAMAHAのGT-1000の2台がメインシステムに組み込まれている。TD321はSME3010Rを載せ、カートリッジはオルトフォンのMC2000、ピュアレスのMCトランスを介してSPA-1HLに繋いでいる。GT-1000には、YAMAHAの専用トーンアームにオルトフォンMC20superを使ってSPA-1HLに繋いでいる。このYAMAHAのGT-1000にも、YAMAHA独特の音があり、それを壊すのに苦労した。トーレンス、オルトフォン、EMT、シュアーは、音楽を聴かせる事をメインに考えており、日本の多くのカートリッジやYAMAHAは、音を聴かせる事をメインに設計されていることが起因しているように思う。ピュアな音を追求すると、音楽性がおろそかになると云うことを経験で学んだ。
 最近、レコードが見直されてきていることは、喜ばしいことだ。はっきり云うが、デジタルの音はメチャクチャでガチャガチャである。キンキンという表現が明解。レコードは、安いプレイヤーでもそれなりの音が出てくるが、CDは、違う。高価なCDプレイヤーでないと、本当の音楽が聴けない傾向がある。それに、気付いて欲しいものだ。特に、アコースティックな生音を聴いたことがある方なら分かると思う。
 ただ、音色は好みがある。それも、付け加えて、本日の書き込み終了。

2008-03-01

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] お疲れモード

 本日は、午前1時に商業施設に勤務し、午前10時にOFF。夜も普通は寝る時間に、勤務に着いた為かお疲れモード前回である。プリ・アンプの話でもしようかと思っていたが、頭が回らないので、お休みします。

2008-02-29

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] ALTEC LANSING

 オーディオを好きな方なら、このタイトルの名前は知っていると思う。ALTEC LANSINGは、アメリカの劇場用スピーカーを供給してきた会社の名前である。私は、このメーカーのスピーカーを持っている。そんな話は、今までしなかったとお叱りを受けそうだが、持っています。それも2セットも。(爆)
 このメーカーが、FMVリーズ用(コンピュータ)に作っていた物。外付けタイプの口径8cm程度のユニットだが、これが良く鳴っている。一つはFMV TVII357に、もう一つはS/457に付いてきた。小さな20cm程度の高さで、横は10cm。こんなスピーカーがと思うほどよく鳴る。そして、ALTECの音がする。もともと、タンノイのWestminsterを鳴らす為に造った部屋で、朗々とストレスなく、音楽を聴かせてくれる。じゃ、タンノイなんて要らないのでは?と疑問をもたれそうですが、大口径のユニットには、音の出方に、落ち着きと余裕が在るんです。それが、私達が求める究極な音。口径が小さいスピーカーは、良く鳴るといっても、200Hz前後の低音を再生出来ない。だから、この価格(安いの)だから、ここまで鳴れば良いと考えてしまうからなのでしょう。
 でも、オーディオ愛好家が聴けば、良い音だと10人中9人は言うと思います。それは、空間の大きさと、スピーカーのセッティングによるものです。この小さなSPは、片方は、私の座る位置に正対していますが、もう一方は、窓の桟にそれに直角に置いてあります。このセッティングで元第一製薬(現在は第一三共)のMRさんが来た時に、ちょうど音楽(久石 譲の「WORKS 1」)を鳴らしていたら、
「社長、このスピーカー良く、鳴ってますね~!」と、言う。
「コンピュータ付属のスピーカーですよ。でも、小さくてもアルテックだからね。スピーカーの置き方も、関係していると思いますが・・・」
と、私は、説明した。
また、置き薬の営業が、薬の交換に来た時も、梁の上のONKYOのリバプールと言う小さなスピーカーでFMを鳴らしていると、その人が、
「良く、鳴ってますね。凄くよい音で。」と、言う。営業トークも半分なのだろうが、実際、1年近く、FMを毎日鳴らしていたので、こなれて来ていたのも事実。私もそう感じていたのは確かだが・・・。
 20年前は、ウエストミンスターが受け付けなかった(梁の上のスピーカーはWestminsterをセットした方向とは反対を向いている)、天井の高い、大空間がSPの再生音を、良くしてくれているのです。部屋は大事です。私もダイアライザーの緩衝材が無ければ、今でも8畳間で、鳴らし倦んでいたと思います。天井が高い方が、オーディオには、適度な残響を、生むので適します。たかが部屋、されど部屋なんです。そこには、生活するのに必要な家具があり、生活がある。それらの備品も反響を持つので、オーディオの再生音を構成する因子と成りえるわけで、オーディオが生活に密着している事も、この説明で、ご理解頂けたと思います。最初の頃のBlogで、そこのは、「生活する為の部屋がある」という表現がその全てです。

2008-02-28

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] エピソード3 最終章

 過去に、社長とお店から離れていった人達を、何人か知っています。お店の音や自分の好みを強制するのでなく、相手の立場になって、考えていたなら、彼らは離れていかなかったし、わたしとS氏のように、皆、辛抱強くはお付き合いできないと思う。普通の音を得るまでと、私も思っていたし、S氏は社長のアンプが余りにも、故障が多いので(古い部品だから仕方がないのだが)、最後に作ったプリ・アンプと、300Bのプシュプルアンプは故障しない部品でと注文をつけたはずです。その真意を善く考えてみて下さい。私達は社長の技術的な向上と共に歩んできたのだと信じたい。それが、投資を引き出す話術や方法であったのなら、決別です。
 私達3人のように、普通の音に、辿り着ければよいが、私の場合でも、S氏の場合でも、K氏が居なければ完成しなかったし、K氏ほど、私達二人の装置内容を把握している者は居ないのである。これが原因でオーディオ店の社長が、K氏の陰口を言う動機になっているのも解るが、私にそれを聞かせないでほしい。このウエストミンタスーやオートグラフという、怪物のアフターフォローし、チューニングのアドバイザーなのはK氏であるが、本来、社長、貴方のお仕事なはずである。
 世のオーディオを趣味として、志す人達はさらに上の音を求め、新しい音に興味を持ち過ぎる傾向があると思う。それが、オーディオを複雑で、一般の方々から、遠ざけてしまった。ハイエンドの商品は高額化し、線材も何百万もするものまで現れている。
 私は回顧趣味と言われても、その懐かしい音で結構。それ以上は必要がない。静かに、ゆったりと音楽を聴きたい。より目新しい音も、善い音もいらない。私が最近、チューニングしたダイナミックで、広がりと奥行きを持ったゆったりとした音で充分満足しているのだから。

2008-02-27

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×4 エピソード3

 これで、普通の音〔世間の音とは格段に違う音だが〕が再生できるアンプとなったのだから、この辺で卒業である。既に、コレクションしてある3000枚近いCDで音楽を聴く。それも、素晴らしい質感とスケールで聴ける。S氏も同様の事を言っていた。それが、3人が示し合わせた訳でもなく、自然と社長のお店から遠のいた。オーディオ店から卒業しても、本来のオーディオとは、自分の装置で、音楽を再生して楽しむ事である。オーディオ装置のエージングをさせながら、コネクタや線材を換えて別の音色を愉しむことも含めて。それを、鳴らしている装置は社長が過去に作製してくれたアンプなのですから、それで、十分ではないですか。社長も商売だから、他の新しいアンプを売りたいのでしょうが、過去のそれらの商品で音楽は十分に鳴っている。
 過去に納品されたアンプは、3人の所で、お互い素晴らしく鳴っています。それを新しいお客様に聞かせたいなら、協力します。ただ、私達の真空管やトランスが現役で活躍していたらの話しである。明日、部品が壊れてアンプが機能を果たさない場合もあり得る。そんな時は、メンテナンスは他の人ではなく、商売を続けている限り、3人とも社長に頼む以外ないのだし、それで、善しとしましょう。

2008-02-26

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×4 エピソード3

 K氏は、この社長の肩を持つことが多い。過去に作ったアンプの類には,市販のXLRのケーブルは使えなかった。と、言うのはプリ・アンプもパワー・アンプも、出しも受けも同じ形状なのだ。このお店で作ったオスオスか、メスメスでないと使えなくしてあった。これも、自社製品を売る手段だったのか?。それでも、社長は「ひねくれ者だから」で、K氏は終わる。とこれも、不思議でならない。社長は商売上手だったのだろうと、私は考えている。さもなければ、そういう規格があることを、知らない素人でもなかったと思う。最近の、彼の製品は市販品が使える形になっている。これらを見ても、成長したものである。
 これらの300Bシングルやプシュプルのアンプも、納品当初、VT25より数段よく鳴るようになって、重心もずいぶん下がった感じになったが、ウエストミンスターを鳴らしきるには不十分であったことは事実。それが、電源対策(社長はそう呼ぶ)で、より音の、重心は確実に下がり、見違えるほど良くなった。この電源対策も、勿論、無料ではなく、部品は抵抗一本くらい使うだけで、一台5000円だった。300Bシングルとプシュプルと、UTCのプリ・アンプの3台を対策してもらった。技術面でも、飛躍的に成長した。それは、三人とも同意見である。
 ここでも、この技術を、最初から知っていれば、投資が1000万円を越えて使うこともなかったと言える、最初からこの技術を持ち、この技術を使っていれば・・・。実際、その頃は、その技術は持っていなかったように思う。私たちの要望や要求を彼なりに、研究した結果、回路の知識を習得してきたのだろう。言い換えれば、我々と共に、成長してきたという事。たとえ、それが、流行とはかけ離れた分野の、誰も相手にしなくなった真空管の世界でも。
 結果として、ウエストミンスターは鳴ったのだから、良しとしよう。世間には、もっと、浄財を投資しても、たいした音で鳴ってはいないのも、事実だから・・・

2008-02-25

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×3 エピソード3

 10月に営業所を引き上げ、翌年の1月21日に、家族は出ていった。御近所の不動産やさんの情報で、どこのアパートに住んでいるか分かり、何度か、話し合いにいったが、相手はパニック状態で全く、話し合いにもならず、家庭裁判所に離婚申し立て、調停となった。ここでも、話し合いがつかず、半年後、協議離婚した。この頃から、自分の気持ちをオーディオで紛らわせた。
 この独身の3年間に、パワー・アンプはVT25を諦め、WE275Aシングル、300Bシングル、300Bプシュプルと変遷した。また、K氏の奨めでUTCの古いトランスを使ったプリ・アンプも作製してもらっているが、出力トランスに使ったランジバンが、計算ミスでCDがボリュームを少し上げる、すぐに、歪んでしまい修理。そのプリを繋ぐと、バス・エナージャーを使ってもでも低域が無くなるため、使用を中止。アテネータを使って直接、300Bのプシュプルに繋いで聴いていた。
 さらに、最初の繋ぐと低域がなくなったのは、前のエピソード1か2で話したが、逆相が原因で2年後に改造修理。これでやっと使えるようになり、300Bプシュプルのパワー・アンプとUTCのプリ・アンプ繋ぎ使用開始。一年も経たずに、このプリ・アンプに電源を供給する電源部が燃える。この時は、天国に逝ったような気分だった。いつものように、CDの音楽をかけ、ソファーで横になって、寝てしまった。数時間後、おやっと、思って起きたら、黄色い煙の中。ここは天国か?周りを見回したが、どうやら、天国ではなさそうだった。焦げ臭い。一応、死んでいないことは、その焦げ臭い事で、確認できた。ソファーの下辺りまでの黄色い雲海の原因が、プリ・アンプの電源部の燃えた煙と気付くのに、少し時間が掛かった。もともと、アメリカの映画館の電源ユニットをそのまま、日本の電源事情を考えて改造して使っていたものなので、劣化が原因だと思うが。何で、こんな思いをするのか?
 過去に、私も6550のキットを、KT88(ゴールドライオン製)でラックスキットを組み上げた。このアンプも、会社の事務所で、炎を上げて燃えた経験を、もっていた。原因は、わからないが貴重なKT88は燃えた。それは、オーバーホールと修理して、店で売ってもらい、それを買ったのは、住友製薬のMRさんで、私のオーディオを時間があれば聴きにきていた方だった。奇遇といえは奇遇。そのMRさんも、オーディオに、嵌めたのは私と言える。まだ、今のように整っていなかった状態の音を聞かせていたのに・・・。彼も、後に、タンノイのGRFメモリーを購入した。しかし、名古屋、新潟と転勤し、今は、連絡も途絶えている。考えてみれば、オーディオと、このオーディオ店の犠牲者なのかも?(笑)
 最近、CDの入力オーバーで、もう一度、そのプリ・アンプを修理した。このプリ・アンプ、最初80万円との見積もりで制作してもらったが、仕上がってから、120万と言われた。話が違いすぎる。それに、このトラブルで、私のこの社長に対する信頼は消えた。この入力オーバーが無かったら、この300Bのプシュプルは必要無く、300Bのシングルのパワー・アンプで終わっていたと、考えるからだ。(つづく)

2008-02-24

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続続 エピソード3

 まだ、自分も若く車の運転も好きだった。当時は、100km程度の移動も苦にならなかったが、赴任した当初、つくば学園の道路で、若い女性にびゅんびゅんと抜かれたのには驚いた。つくば学園都市の道路は、構造の善さも手伝って、高速並のスピードで、地元のドライバーは走っていたのである。一ヶ月もすると元々、AE86を改造し、走り回っていた過去もあり、そのような事もなくなった。ただ、踝を骨折しギプスをして通った時は参った。骨折した日は、さすがに本社から、専務と前妻に迎えにきてもらったが、つくばへ来るときは、何度も足を攣りそうになりながらアクセルとブレーキを骨折した右足で、踏んでどうにか運転してきた。これには、参った。最初の頃は、アクセルは厚いギプスで感覚は掴めない。ブレーキは重いギプスを持ち上げて、載せても加減が出来なかった。結局、左足でブレーキを踏む事にする。勿論、最初は、ブレーキのコントロールは無理だったが、次第に慣れ、ギプスを外す頃は、平気で100km/h以上のスピードで走っていた。つくば営業所ではギプスも松葉杖無しで歩き回るのだからたまったものではない。ギプスが取れる七ヶ月までに一度作り直した。
この頃、このオーディオ店特性の「バス・エナージャーなる」装置を開発した。何故かこの頃、つくば方面に出向いた時、社長は営業所に、顔を出してくれた。今でも、これが何故なのか、分からないのである。このボックスはペアで7万円程度の価格だったので、私は1号機と3号機を2台持っている。低音の出にくいウエストミンスターでも威力があり、ある程度低域が出て来たが、まだ、充分ではなかった。ただ、バスレフタイプスピーカーでは、低音が出過ぎると、不評らしかった。

2008-02-23

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] エピソード3

 今から17年前、私はつくば学園都市に営業所を設け、そちらに赴任した。本来、私がつくば学園都市に、行く予定ではなかったのだ。担当者を育成し、その人に行ってもらうはずだった。写真学校を卒業した、その男性は、私の開発したフィルム処理を厳守できずに、失敗を繰り返し、さらに処理時間を短縮するために、自分のノウ・ハウを使っては失敗した。最後に、自宅のアパートで、熱湯を足にかぶって火傷し、その火傷の早期処置をしなかったために、火傷の熱が足の組織まで浸潤して、人間の足の内部組織まで壊して、手術のため入院してしまった。こんな経緯で、仕事の全てを知り尽くした、私が移動する事となってしまった。
 本社は専務に任せ、つくば営業所に赴任して3年間黒字を続けたが、製薬メーカーが作っている薬事の審議会が「薬剤の治験に関する規制」と「医者に対するスライド等の供与の禁止」の取り決めを採決し、それが、施行される11月1日の前日で、営業所をたたんだ。
 この3年間、月曜日につくば学園都市に移動し、金曜日に戻り、土曜日も、本社で仕事をし、日曜日だけオーディオに触れた。CDを集めまくったのが、この頃だった。オーディオ好きは、装置には大枚を注ぐけれど、ソースを注がない風潮が嫌だった。つくば学園都市のCD屋に仕事が終わると入り浸り、JAZZやクラシックのCDを探し、購入した。今では、3,000枚近くのCDと、500枚以上のレコードを所有している。呆れたものである。興味が無い人には、只のゴミだろう。これには訳があった。私は、60歳過ぎたら、音楽を聴かせ、美味いコーヒーを出す喫茶店でも、のんびりやろうと、その頃考え始めていた。今でも、その計画は進行中である。
(つづく)

2008-02-22

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×5 エピソード2

 当時は、レコードの再生がメインで、比較的稀にウエストミンスターでも鳴るレコードがあった。ヤマハのオーディオ試聴用のレコードで非売品が、そうだった。猪股 猛のドラムのレコードである。今、聴くと、どのように鳴るのかは、確認していないが、打楽器だけは、私のウエストミンスターの同軸型スピーカーは、あの当時でも、素晴らしく生々しく再生してくれた。
防熱管のMC60Cでは、充分なスケールでピラミッド型の音楽を再生した。「三極管では、質感や透明感は出るけれど、冷たい感じだよね」と大学時代に、私がお世話になった御食事処「土佐」のマスターは、(S製薬のMRさんと、このオーディオ店の社長が喧嘩して、JBLのスピーカーの張り替えそのオーディオ店に頼むのを嫌い、このマスターの友人に、私の口利きで依頼して、引き取りにいった話のマスター。既に食事処からJAZZ喫茶「土佐」に、なっていたが)言っていた。
 その時、ロックウッドのモニターレッドを聴かせてくれた。曲名は、バッハの「無伴奏チェロ組曲」。防熱管のKT88だったと思うが、タンノイのスピーカー真価を聴いた。いつか、あのように、鳴ってくれ!と、願う日々の連続だった。ウエストミンスターの大きさと、見合うスケールの音で鳴れ!!それも、防熱管でなく、三極管で!

2008-02-21

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×4 エピソード2

 納品された翌日にクレームを入れ、その時、社長と一緒に来たのが、K氏だった。K氏とは、何度か、お店で話して顔見知りだった。タンノイの再生音を聴かせると、K氏の顔が曇った。結局、ウエストミンスターを、お互い内側に向けて、指向性の対策をして、帰っただけだった。クレームの本質は、この出来上がったこのアンプでは不満で、突き返したいほどだったのである。
  プリアンプは出力側がXLRキャノンケーブルでVT-25のパワーアンプの入力側にに接続される形式だった。後に、この形式のパワーアンプを、一台も所有していなかった私は、後に、片側がXLRキャノンでもう一方が、RCAピンのケーブルを作製してもらって、ラックスMC60Cに繋いで聴いた。その再生音にピラミッド型の再生音で、何ともいえない音楽性を認めた。楽器の質感を、問わなければこれで充分だった。
 このP音響製のVT25のパワーアンプの再生音には、不満だった。何度か、このアンプで感じたことを、遠回しに、「音楽のベースは低音で、低音に乗って、他の楽器の音色は、聴衆に届くんだよ。」と、社長に言ったが、社長はそのことの意味を、理解していたのだろうか?はなはだ疑問である。何度か改造してもらって、お店の置いてあった、同じタンノイのGRFメモリーやエジンバラで聴くと、再生音は、明らかに改善していたが、我が家に持ち帰り、ウエストミンスターに繋いでみては、がっかりした。
何度、「ウエストミンスターは難しいスピーカーだけど、鳴った時は最高だよ。」と、宥められたことか。
 この社長が、アンプ作製において、変化がみられたのは、VT-25のパラ・シングルアンプを作製して10数年後、一度、渡米してからだった。アメリカで生演奏に触れ、本場のPA屋の音だしを身体で感じて帰ってきて、アンプ作りも含めて、音楽の再生のさせ方が一変した。その時の話であるが、音楽を聴かせる為に、アメリカのPA屋は、低音をこれでもかと言うように出す。その低音が聴衆を、グルーブし、ステージの歌手やグループの音楽を、楽しく聴かせていたということだ。おぃおぃ、それって、俺が前から言っていた事だろう!人の話に耳を貸しなさい。VT-25から、もう10数年だよ。10数年経って、ウェスタンの本場のアメリカに行って、やっと、私の言っていた事を理解してくれたのですか?It's so late!気付いてくれたのだから、善しとしましょう。しかし、これ以前の、アンプに作製については、我々3人とも、技術レベルは低かったと、口を揃えて言うのも仕方ない事だ。
 何はともあれ、正常な音作り出来る機器の為に、電源部の強化や、改造をしてくれたのだから、一件は落着である。渡米をきっかけに、見違えるほど、バランスの良い再生音になったのも事実だ。

2008-02-20

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×3 エピソード2

 このタンノイのウエストミンスターを買わなければ、このようにオーディオの深みに嵌まり、没頭することもなく、平静に過ごせたと考えている。ウエストミンスターでなく、他のスピーカーだったら、その後、二十数年オーディオも、続けていなかったのではとも、考えている。
 しかし、ある時、父の許可をもらって、父の土地を一部処分し、街中に土地を購入した。
その高度利用のため、ビルを建てる計画が持上った。その計画がなかったら、当時、住んでいた一戸建ての借家には、ウエストミンスターを運び込むことは、決してしなかったと思う。しかし、計画は現実化し、その新築の家の居間にウエストミンスターが運び込まれたのである。三年間位、その店に陳列してあった、ウエストミンスターと、SME3010R、トーレンスの321のベルト・ドライブのターンテーブルさらに、マッキンC22タイプのプリと、送信管であるVT25のパラシングルのパワーアンプを2台、組み上げて二百万円だから、破格だと思った。それで上手くウエストミンスターが鳴れば、安かったのである。そう現実は甘くなかった。運び込まれたウエストミンスター、アンプとターンテーブルを、接続し鳴らした。
 再生された音は、自分が想像していた音とは、全くかけ離れて、高域と中域だけで、低域が無いに等しかった。おまけに、さすがに、次の日にクレイムを入れたが、指向性が高く、頭を動かすと、その方向に演奏者や音が、移動するありさまだった。
 これで、そのオーディオ店と決別してしまえば、このウエストミンスターも、MC60Cと繋がれ、次々にアンプの遍歴を繰り返すこともなく普通に過ごせたのだ。いや私がもっと、真空管やオーディオの知識を、第三者的に学べば、ウエストミンスターを選択しなかったし、こんなに三極管アンプを、使うことも考えなかったと、思うのである。
 冒頭で述べたように、タンノイ自体が、シャープで繊細なスピーカー。どちらかと言うと、クウォードのようにKT66のような防熱管を載せた、ぼけたようなアンプで鳴らしたら、それで、終わったのだろう。三極管の繊細さと、シャープさ(キレ)を求めたから、ここまで苦労したのだろうが、鳴りだしてみると、本当の、歓びを感じざるを得ない。そのことは、K氏も同じ想いだろう。しかし、長かった。20年の歳月が過ぎてしまっている。
(つづく)

2008-02-19

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 昨日の話の続き

 実は、昨日書いていないことがある。それは、最初に聴いたハイフェッツの「ツィゴイネルワイゼン」のA面での出来事だった。サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」、サン・サーンスの「序曲とロンド・カプリッチオーソ」が終了して、同じくサン・サーンスの「ババネラ」の演奏が始まった時に、私のオーディオ装置から、ハムノイズが演奏の後ろに入っているのに、私が気付いた。ん?アンプから?そんな怪訝な顔をして、聴いていると、
S氏が、「どうしたの?」と、聞いてきた。
「ハムが聞こえない?演奏の後ろで!」
「どれ?」と、S氏も聞き耳をたてる。
彼にも、ハムの存在が分かったようで、
「確かに聴こえるね!」
「アンプからかな?でも、さっきまで、聴こえなかったけど・・」
そんな会話をしながら、ババネラを聴きながらハムの音を確認していたのだが、レコードの演奏が、終わった途端にハムノイズが消えた。
 「レコードに入ってたんだ。」と、S氏が言う。
演奏が終わった途端、ハムは消えた。
 「古いレコードだから仕方がないけど、今まで気付かなかった事だよ。」
この事は、初めて気付いた。レコードは、その録音当時の機器の不具合によるこのようなハムノイズまで音溝に、記録してしまっていたのだ。それまで、素直に再生してしまっていることに、改めて、驚きの念を憶えた。さらに、
「最近ね、昔、良いと思って聴いていたグループが、聞き直すとこんなに、下手なグループだったんだな~と思うことがある。そんなCDがあるんだ。最後に聴かせますね。」と、付け加えた。
ベートーベンの交響曲第3番「英雄」が終わって、グループ名も言わずに、CDをかけた。
「LOVE」の曲が流れ始めた。
「この曲、聴いた事あるけど、誰?」
「レターメンだよ。下手だろう!昔は、上手いと思って、聴いていたけど。高校生の頃かな?ラジオで聴いていた曲は!」
その曲を聴き終わって
「本当に、下手だ!」と、S氏は、言い捨てるように言った。
バッハのカンタータ等を聴いていて、ポピュラー歌手のヒット曲を聴くと、痛切に、最近思うのだ。困った現象だ。そんなに多くのポップス系のレコードやCDを持っていないのは、幸いであった。昔は、もっと、下手に聴こえて仕方がなかったけど、まぁ、聴けるレベルになったのだろう。善く鳴ってきたオーディオ装置は、素晴らしい音楽を、素晴らしいと、そして、下手playを下手と、正しく評価させてしまうようだ。

2008-02-18

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 昨日(2008.2/17)

 エピソード2の続きは、今日は休止して、昨日の事を書こう。我が家の音創りに、一役かっている(Blogの前の方で、廃物利用の事を話した)品物の説明をしよう。
 日曜日と言う事で、S氏が我が家に、或る物を取りに来た。その或る物とは、卵パックのお化けのように、大型の紙製の緩衝材である。
 この紙製の緩衝材は、透析で使う人口腎臓(ダイアライザー)が、輸送時に破損しない為に、緩衝材としてダンボールの中に入ってくる。私が仕事で、病院に派遣されたことが、きっかけで、その紙パックと出会った。(紙製の)タマゴ用紙パックが、オーディオの高域の吸音材になることは、いくつかの雑誌に掲載され、利用している人もいるようだったが、たかが10個のタマゴを入れる紙パックでは、用を成さない。大きなタマゴ用紙パックで、業務用の物は、あまり見かけないし、業務用の紙パックが在るのを知っている人も少ないと思う。私もそんな記事を、オーディオ雑誌で読んで知っていた。
 私が、病院に勤務して、当時は使用用途が解らないが、巨大な紙パックが毎日、ゴミとして廃棄されているのを知った。病院の関係者に、実際の物を持って行き、「これを、頂いていってよいですか?」と聞いた。「多分、ゴミだろうから、持って帰って良いと思うが、それを回収して廃棄するお掃除屋さんに聞い下さい。使わないものなら大丈夫でしょうが、一応確認してからにして下さい。」と、返事をもらう。早速、お掃除屋さんに聞くと、「どうせ、ゴミとして焼却してしまうものだから、使うなら持って行って大丈夫だよ!」と言われ、ゴミとして出されたその紙パックを、少しずつ持ち帰えるようになった。あるときは、1枚。別の日は5枚というように、既に、1年半それを続けている。持ち帰った当座は、先ずは、Westminsterの後ろのガラス窓の桟に、5枚程度立てかけた。ガラスの反射が弱められ、良い方向に再生音が変わった。この話を、S氏とK氏に電話で伝えてあった。
 その後は、その紙パックの使い方の研究が始まった。立てかけたり、寝かせたり、積み重ねたりの試行錯誤であったが、エンジンのラジエターのように重ねて、スピーカーの間に置くと、8畳という部屋なのに、音に奥行きが形成され、非常に良い結果が出ることが解った。現在は、SPユニット(本体)の高さより少し高い程度で、ちょうど良い結果となると判断し、積むのを止めた。
 最近は、この紙パックを、S氏用に持ち帰っていたのだ。今回は、積んだ高さで25cm分。それを取りに来た。
 彼は、午後4時過ぎに、我が家にやって来た。最初に、私の持っていたハイフェッツの「ツィゴイネルワイゼン」のLPを聴かせた。クラッシック派の彼が、私の所の音を確認しに来ている事は、承知していた。ツィゴイネルワイゼンを聴きながら、遠まわしに、「Sさんは、P音響には、自分の音を確認するために、お店に通っていたと、社長が言っていたぞぉ~!」と、笑いながら話すと、「うん、俺は、今日、ここの音を確認しに来たんだ。正直に言うと!」と、素直に白状する。さらに、「本当に、善くここまで仕上がったね。前には、ここまで行くとは想像していなかった。オーケストラが完全に鳴ってるし、広がりもある。さらに奥行きも出ている。8畳の部屋で、この音は、誰も信じないでしょう?俺は、完全に負けている。」と、付け加える。持って来たCDを3枚出す。これも、彼だけでなく、我々もだが、自分の聴き馴染んだCDを掛けてもらって、音を確認する為のお決まりの行事だった。チルビダッケ指揮のシューマン交響曲第3番変ホ長調 「ライン」、同じくチルビダッケ指揮のベートーベンの交響曲第3番「英雄」。もう一枚は、持っていたのは確認できたが、憶えていない。その2枚を、最後まで、話をしながら聴いて帰った。何度か、その会話の中で、「凄いよね。1つの交響曲を最後まで聴けるし、聴きたいと思う気分にさせてくれる位、ここの音は、素晴らしく、楽しい。」と、2度ほど、褒めた。帰り際に、私は、「Sさんの所も、ここと同じ位に、楽しく聴けるように、これでなるよ!」と、言いながら、紙パックの重ねたものを渡した。彼の所のAutographは私のWestminsterよりも高さが高い。昨日渡した分で、SPユニットを少し超えた高さになる事を知っていたからである。(オーディオ再生の為の、SPの箱の高さと、紙パックを重ねた高さの関係は、私が、既に、研究し、結論を出していたから、確信を持って言った。)
 帰って3時間後に、彼から電話があった。私の予想した通り。満足のいく再生音になったと、伝えてきたのだ。彼が、CD用に位相補正トランスを、P音響から購入していた事は、情報として、私にはK氏から伝わって来ていた。ただ、高域だけでなく、ボリュームを上げがちな彼は、全体が暴れることを気にしていたらしい。これで、彼も、音楽を悩みなく、楽しめるようになったはずである。
(いつも長文になり、読んで下さっている方には申し訳ないです)

2008-02-17

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続続 エピソード2

 この店と付き合いのきっかけとなった修理は、ラックスのMC60Cという日本製の真空管アンプで、当時では珍しい無帰還回路で組まれたアンプで、私が非常に気にいって使っていたアンプだったが、ノイズが多くなった為のオーバーホールだった。幸い真空管の寿命で、新しい物と交換してもらうだけで、済んだが、受け取りに行くと、社長が「うちに来る客さんは、このような防熱管のアンプを卒業して、三極管のアンプを使っているお客が来る店なんだよね。少し聴いてみませんか?」と、お金を受け取りながら勧めた。
 まだ、時代は、レコード媒体から新しいCD媒体に変わった頃で、硬質のCDの音が好きになれず、レコードを好んで聴いていた頃だったので、レコードを聴かせてもらった。その当時は、そのプレイヤーがガラードの301のターンテーブルで、それに付いていたトーンアームの一本がオルトフォンのロングアームで、もう一本がEMTの専用アームとは知らなかったのであるが、再生されて出て来た音の透明感には非常に惹かれた。それ以降、暇があると足を運ぶようになった。お店に出入りするようになると、その社長が作った、大きく、重そうなアンプを持ち込み、音質を変えるために、海外のコンデンサーに変更して欲しいと注文とか、改造を依頼するお客様が多いのに驚いた。マニア御用達のオーディオ店だったのである。
 この頃は、まだ、このオーディオ店でアンプを作製してもらうとか、陳列してあったあの大型のタンノイを購入しようとは、全く思いもしなかった。
(つづく)

2008-02-16

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続 エピソード2

 私がこのオーディオ専門店に、通うようになったのは、私が、当時所有していた真空管アンプ(Lux MC60C)の修理を依頼する為にこの店を訪ねたのが発端である。それも、今は出入りしていないS製薬のMRさんで、やはりオーディオが趣味だった方からの紹介だった。
 初めて訪れた時、店内には修理を依頼された真空管やトランジスタのアンプやオーディオ製品が山積みされ、お客は、三人も入れば身動きが取れないような小さな店内であった。入り口の扉を開けて中に入ると、左手が側に何台かのスピーカーが陳列してあり、その中に、私の所に嫁いできた、ウエストミンスターがあった。そのスピーカーは、ガタイが大きく立派で、まるで、ヨーロッパの家具を連想させた。私とは、無縁の存在と、当時は思っていた。
 ここで紹介したS製薬のMRさんも、後に、このオーディオ店の社長と喧嘩をして、全く出入りしなくなった。出入りしなくなっても、私との交流は続いた。ある時、JBLのウーハーが破れて張り替える時に、彼は、私に最初に相談してきた。私が、学生時代お世話になった、ジャズ喫茶のマスターに電話し、山水の須賀川工場で張替えてもらう事になった。持参する時も、引き取りに行く時も、私の運転で郡山のジャズ喫茶まで、2人で行った。引き取りに行った時、マスターの好意で、彼の所有する、JBLのハーツフィールドとロックウッドのモニター・レッドを聴かせてもらう。その時、私はタンノイに嵌まった。聴かせて頂いた曲は、バッハの無伴奏チェロ組曲。ロックウッドのさほど大きくない箱から、チェロが朗々と音楽を奏で始めたからだ。(余談だが、無伴奏チェロ組曲は、まず、主音を弾き、それを残して、それにハーモニーを加えて(乗せる)形で構成された楽曲。)それは見事だった。1番と3番を聴き、後ろ髪を引かれる想いで、帰路に付いた。帰りの車中でも、その話で盛り上がった。私の中でタンノイに対する、思い入れが芽生えたたのも、この時だった。
(つづく)

2008-02-15

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] エピソード 2

 私達3人が、出会ったオーディオ専門店の社長の話は、既に触りは書いてきたが、ここで、彼をメインにここで書いておこう。
 彼は、商売には熱心で、真空管アンプの電気回路には商売であるから精通していた、と想っていた。勿論、彼は勤勉である。でも、最近になって、普通の音が出せるアンプを作製できるようになったと、私は考えるのである。それでなければ、彼は詐欺師(言葉巧みにアンプに投資させた)の類に属すると思ってしまう。
 商売だから、お客様のニーズを聞き、それに添った商品や製品を組み上げるのが、本筋なのだが、彼は、自分の好みを押し付け、それから遠く離れた製品をお奨めする傾向にある。ただ、真空管アンプに関しては、受注生産であるから、注文を受けてから、組み上げる製品なので、出来上がってみないと解らない。出来上がって、こんなはずではなかったと、云う事も多々発生した。未知の音を注文する形になるのであるから、仕方がないと云えば、云えてしまうのだ。
 でも、お客様が、どのような音を求め、過去にどのような回路で製品を作り、どのような修理や変更をしたかは、最低限データを残すべきである。夫婦で遣っている小さなお店で、忙しいから出来なかったのだと思うが、このことが一番残念なことである。
(つづく)

2008-02-14

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×5 エピソード1(最終章)

 最後に、私達が求めているものは、決して最先端の音ではなく、アナログ世代のハイエンドの音。レコードという媒体ではなく、最近のCDの簡便さに、甘えてしまっている感が、否めない。たまに、同じセッティングで、レコードを聴くと暖かく、さらに魅力的な再生音を聴かせてくれている。
 レコードとCDの違いの中にデジタルとアナログという信号記録の違いが、第一に上げられると思う。レコードは音溝の振動を一本の針で拾い信号化し、イコライザーでレコードに刻まれた、小さ過ぎて音にならないような高域の振幅と、小さく刻まれた低域の振幅を、本来の姿に調整し、アンプで増幅する。この一本の針で音を拾う所が、CDと違い、分離の悪く、(クロス・トークを持った)、暖かい音色を生むのである。アナログが、暖かい音色を持つ理由はこのクロストーク(音溝を一本の針で拾うので左右の音が多少混じること)から、発生するのである。左右の分解能から言えば、分離の悪い音かも、知れない。
 しかし、CDやデジタル媒体でも結局、記録はデジタルであっても、DACでアナログに変換された後は、全てアナログなのである。デジタルにしろ、アナログの媒体でも、基本は同じだということを記憶しておいて欲しい。CDの再生では、ダイナミックレンジが、アナログよりも格段に良くなっていて、ゴミやホコリにも強くなって扱い易くなっている。何よりも簡便である。
 どちらの媒体でも、多くの音楽的財産を、楽しんで欲しい。好みは自分流。生演奏を聴き、アコースティックな音を沢山聴き、素晴らしい再生音を作ることへの早道だろう。でも、生演奏とオーディオの再生音は全く同じには、ならないことも知るべきである。
 つまり、自分の好きな再生音で、自分の好きな音楽を楽しんで欲しいのである。
最終章といっても、これで終わりではありません。エピソード1が最終章なだけです。

2008-02-13

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×4. エピソード1

 最近、そのオーディオ店の社長が、K氏の悪口を言う事の多い。それだけ、K氏と社長が、親密であるのも間違いではないのだが。でも、一番、貴方のお店にお金を払ってきたのは、誰と問いたい。K氏でしょう。そんな大のお得意様を、悪く言っていいの?彼が、私と、S氏のオーディオ装置のチューニングを手伝い、アドバイスするのが、それほど嫌ですか?。鳴らしているスピーカーも、アンプも、全て貴方の所で購入したものなのですよ。もう充分儲けたでしょう。そして、お客さんの信頼回復どころか、悪口を言うのは筋違いではないのかな。貴方の作ったアンプで、名器が、名器本来の仕事をしているのですよ。私のスピーカーは、名器としては名を連ねていないけれど。今の貴方のような事を言えば、益々遠いてしまうでしょうね、お客さんは。私でなくても。
 ある時、K氏に結婚しない理由を聞くと、「一人の女性で、我慢できる性格じゃないから・・・。」と、笑いながら答える。実際、彼を見ていて、それを痛感させられる。完全にコレクターと、なってしまっている。1つの物で我慢出来ないでいる。ただ、本質的な事を言えば、車もオーディオも一度に1台しか、運転したり、音楽を奏でているオーディオを聴けないのです。どれを、選択するかは、K氏次第だけれど。ん?楽器に関していえば、俺にも、言えることか?(苦笑)
 K氏と、S氏のオーディオでも全く正反対だと、長々と書いてきた。この三人の中ではK氏が一番若いのですが、本当の年齢は私も知らない。S氏と、私が同年齢で、自然の摂理からいっても私達二人の方が先に逝くはず。まあ、余生を善い関係を維持して、力を合わせてオーディオという趣味を、楽しんで過ごして行きましょう。
 ただ、S氏と連絡を取りあっていても、最近は、体力減退や、病気の話が多くなっているのは年齢的な理由もあるが、お互い声が聞ける間は、この関係を大事にしていきましょうよ。目標、そして、善きアドバイザーという2人に出会えた事を、嬉しく思っている私が居るんだから。いつまでも善い関係をお願いしますね。

2008-02-12

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続×3 エピソード1

 このプリ・アンプはK氏の奨めで組み上げて貰った経緯で、K氏が連絡してきても、だた、「繋ぐと変だから使っていない」とだけ伝えていた。
 2年が過ぎ、K氏が我が家を訪ねて来た時、そのプリの話になり、繋いでどのように変化するか、試す機会が訪れた。K氏は自信満々で接続し、いざ、試聴。K氏の顔が曇った。「これ逆相じゃない?」と言われた。接続を確認したが、スピーカー・ケーブルの接続も間違っていなかった。そこで、スピーカーのパワー・アンプ出口で左右を入れ替えた途端、豊かな中・低域がウエストミンスターより聞こえて来た。疑わしいのはプリアンプ。そのプリアンプの蓋を開け、チェックし始めた。プリのXLRの出力端子で逆相になっていたのである。腹が立った。
 翌日、オーディオ店に電話を入れ、その事を伝えると、「そんなこと絶対はない!。ケーブル間違って接続していない?」と確認してきた。K氏と二人で確認したので、そのようなことは無いと、こちらも強気に出た。確認するので、プリとパワーアンプ両方持ってきてくれとのこと。この物量が入った重いアンプを、また、運んでいくのかと思うと、さらに、腹が立ったが、直せるのはハンダコテやハンダの関係で社長だけだから、仕方がないと気持ちを落ち着ける。オーディオ店で測定器にかけ、逆相が明らかになり、2年ぶりに直った。K氏は今でも、その2年間の話を不思議がる。私だって、自分の耳を疑った。その2年間、何度か試してみたが、可笑しい音になる。豊な音楽は一度も鳴らなかった。アンプを逆相で組んで、当時、百数十万円の代金を取って平気な人が信じられなかった。縁を切りたかったが、今でもたまに、電話をかけてくる。そして、K氏への文句も平気で言う。変わっていると言えば、変わってる。俺も、他人から見たら相当変わってるだろうけど・・・。

2008-02-11

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続続 エピソード1

 このオーディオ店に、私達三人が、つぎ込んだ金額は、数千万円を下らないと思う。最初に作製して頂いたアンプ(WE VT25 single)は、まともな低音が出なかった。いつか、普通の音が作れるのではと、足しげく通い、浄財を投じてきたのである。S氏のオートグラフも、最初は全くならなかったし、私のウエストミンスターも同様だった。鳴らなければ、次を作製し、それが駄目なら、次という状態が、続いたのも確かだ。
 その甲斐あって、つい最近、まともな音を出せるアンプをそのオーディオ店が作製してくれた。300Bの出力管を持つ、プシュプルのアンプである。その製品も届いた状態では、私達の満足は得られていなかったが、電源をいじる改良で、初めて普通の音が、出せるようになったと言っても、過言ではない。このことは3人とも、後々の会話の話題に、何度か出てくる。
 S氏も、凄い物量のアンプを作製してもらったが、故障続きで、そのアンプを断念した。今は、300Bに、現在販売されている、比較的新しいトランスで組み上げてもらい、より安価で、今までの中で、一番良い音で聴かせている。そのような経験から、必然的に、そうなったと言えよう。私も、作ってくれたプリアンプが、内部で逆相となっていて、出来上がって二年間強、そのアンプを眠らせていた事もあった。そのプリを繋ぐと途端に中・低音の聴きたいところが、消失してしまうのであった。仕方なく、CDよりアテネータを介して、パワーアンプに直接繋いで、聴いていた時期があった。せっかく作ってもらったアンプを何故使わないのかと、不思議がったK氏に事情を話し、彼がプリアンプの内部の配線をチェックし、逆相なのを見つけ出した。逆相なら、パワーアンプのスピーカー端子の片方を逆に繋げばまともな音がでたはずと、K氏は言うが、私はそれ以前の問題を指摘したい。なぜ、プロが逆相のアンプを作って平気なのか?人間はミスを犯す。これは、仕方がないと思う。納品時にチェックし、それを未然に防ぐことは、プロとして当然の事だと思う。作って代金を貰えばそれでおしまいって、何処かおかしい。アフターフォローも無かった。何度か、そのお店で「プリアンプ繋ぐと駄目なので、アテネータ使って、直接300Bのアンプに、繋いで聴てるよ。」と、皮肉を込めて話したのに。
(つづく)

2008-02-10

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続 エピソード 1

 車同様、オーディオ装置もそうである。勿論、古い製品を好んで集めているのだから仕方がないのだが、私が電話をすると「あのアンプが壊れて」「このトランスが死んでしまった」と、故障した真空管アンプの出力管の名前をあげ、その故障の説明が始まる。その故障も直るもの、なおらないもの、代用が効く部品の有無で左右される。しかし、同じ音には戻らない。そんな積み重ねが、彼のアドバイザー的存在にしていると思うのだが。
 そんな彼も、もうすぐ50歳の声を聞く。会社では、配置転換で仕事が変わり、体調を崩し、2・3日全く電話口に出られない状態の時が続いた。連絡が取れたのは4日目。独身で、一番不安なのは、病気の時である。私も40過ぎに、独身を3年間経験したので、その気持ちが解る。今でも、「仙人」との事例を発端に、意識して連絡を取っている。K氏も、それを理解し、対応してくれているのだと想像する。K氏の真空管やトランスの知識がどのように身に就いたのかは定かではないが、それを使う側でのノウ・ハウはオーディオ店の社長(我々の300Bを組み上げた)より、明らかに上だと思う。
 K氏も数年前、さくら市に、オーディオ用の自宅を新築し、オーディオ店と、疎遠になってきている。私もこの不景気で、オーディオ店へ足を向けない。S氏もハード・エッジに張り替えた後、同様になっている。示し合わせた訳ではなく、自然と三者ともそうなった。この三者が遠のいたから、オーディオ店の社長が詮索するのは仕方がないのだが、K氏が発起人でも、私が発起人でも、S氏でもなく、自然と3人がそうなったのである。

2008-02-09

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄]  エピソード 1

  K氏の趣味は、オーディオの他に車がある。車も、オーディオと同じように、ナンバー付きの古~い車を、複数台所有し、ドライブを楽しんでいるが、余り乗る機会がないので、壊れる事が多い。彼の車は、乗っているより、修理工場に収まっていることのが多い。修理工場の社長も「K氏は車が壊れることを、楽しんでいる節がある。」と、私がその工場を訪れた時に言っていた。私が感じていた事と、他人が感じている事は、同じようである。
 ある時、車(ホンダのインスパイア)で、K氏を従えて走ったとき、この大型の車が、カーブで三輪走行になるのを、後ろで見て以来、彼の所有する車をドライブさせてもらったことは、一度もない。また、私の運転する車に乗った事もない。K氏の運転より安全なんですが・・・。この頃、私のドライブテクニックは、AT車専用の左足ブレーキで、車のエンジンの回転数を落とさないで、ブレーキを左足で掛け、ハンドルを切り、コーナーに入り、ブレーキを離し、アクセル全開でコーナーを駆け抜けていた。三輪走行は、当たり前。彼がついてこれないのも、恐がるのも、当然と思う。私は過去に、イニシャルDの主人公である拓海君が、ドライブしていた、トレノ(通称AE86)を、2台乗り継いだ時代があった。イニシャルDでは、GTアペックスのハッチバックだが、私の車は、2台ともGTV。決定的な違いは、ハンドルのギヤ比と、パワー・ステアリング付きか、無かの差だった。ABSも付いていない時代だ。その頃、安全かつ速く走る為の、ドライブ・テクニックを身に付けていた。ラリー競技や、ダートラに嵌っのだ。雪道やミューの低い悪路でも、140Km/hで走行しても、平気(スパイクタイヤも有ったので)だった。ドリフトも、3種類を使いこなしていたのだから・・・。如何にも、イニシャルDの世界。K氏とは、経歴は違いますよ~。今は、安全走行のみ(爆)

2008-02-08

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 発想の転換(1)

 K氏も光学メーカーで現場から、デスクワークに配置転換され、その疲れで二・三日寝込んでしまったようだ。
 私はと言うと、五十半ばで、転職を余儀なくされ、求職活動をしているが、この年齢では、殆ど求人もなく、苦戦を強いられている。
 結果として、オーディオという趣味に、多額の浄財を費やす事も、出来ない状況となっている。しかし、今は、ストックした物、既に、在る物を利用して、楽しんでいる。今が、真の意味で、趣味なのだろう。
 こんな事を書くと、オーディオメーカーから、クレイムが殺到するだろが、メーカーが示す性能よりも、自分の耳を信じている。つまり、高額な線材等で、音は変わるが、本当に良い方向に、変わったのかどうかを、判断するのは、それを使う本人だと言うこと。それは、経験と月日が、解決してくれるはずですが。私の所にも、スピーカーや、沢山のケーブルが眠っています。K氏に比べれば少ないのですが、いつか使えるという、K氏のアドバイスで、ストックしている。なかでも、電源ケーブルは、メーカー柄や、お国柄が出て、再生音を大きく左右する要素を持つ。ノイズ対策された、海外のPC用ケーブルは、オーディオで使っても良い結果を生む事があります。私の所でも、仕事で使っていた、周辺機器の電源ケーブルを(測定器用のもの)、オーディオ機器に繋いで、現在も使っています。ちなみに、カナダの測定器用に作られた、電源ケーブルでした。既に、そのImaproと言う会社は、存在しません。私の仕事が、最近まで、医学用のプレゼンテーションをメインにしていて、コンピュータから、リバーサル・フィルムに出力する、フィルム・レコーダーという機械の電源ケーブルでした。使って見ると、高域の粗さはなくなり、かつ、オーディオ帯域が低域方向に伸びますが、この時点でも、まだ、満足出来るまでには、至らなかった。

2008-02-07

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 発想の転換

 私も、オーディオ店の奨めるまま、BELDENのSPケーブルや、インターコネクトケーブルを使い、抑揚感のないつまらない再生音で、聴いていた時代があった。クラシック音楽は、特に、重要なのが、抑揚感と、ダイナミックさだろう。同じCDを聴いても、そのセッティングが、巧くいっている時の方が、ピアニッシモとメゾフォルテとの差が大きく感じる。そんな感覚を持つのは、私だけだろうか?。オーディオも、他の趣味も自己満足の最たるものであるが、そこから生まれる仲間は、何にも喩えようのないものである。そして、私は二人と巡り会え、お互いに性格も、三者三葉だが、影響しあい、刺激しあえる、さらに、指導しあえる、善い関係だと考えている。
 S氏と、巡り遭わなかったら、274Bの本来の価値も理解しなかったし、K氏が居なかったら、その整流管を使う時の、ノウ・ハウは指導して貰うことも無かった、と思う。このような、比較検討できる善い機会が生まれ、価値を知り、自分の再生音に、生かすことが出来た。そんな仲間を趣味で作れた。そのことが最高に嬉しい。
 私の装置では5U4でも、不満は多少あるものの、充分だった。しかし、274Bの真価に触れ、使おうと思うような機会に恵まれ、また、今使わないと、一生聴けないで終わるのではないかと思える、年齢に、既に、なってしまったことも事実である。S氏は、旨い物から食べる。K氏は、美味い物は、後で食べる(未だ、若い事もありストックして、腐らせる)。私は我慢して、他の物を食べ、満足している。そんな三人が、仙人の死を境に、連絡を取り合い、行き来するようになった。
 私は再婚で、今、妻と二人の子供が居る。K氏は独身である。S氏から、彼の生い立ちにおける複雑な家庭環境が原因だと、聞いていた。S氏も独身である。S氏は長男で永い間、お母さんと同居していたが、そのお母さんが亡くなった時、高齢で結婚を諦めてしまったのだが、現在、結婚には拘らないような、彼に、ロマンが生まれた。
 一時、悩んでいて、その相談に乗った事も有るが、相談が無いので落ちついたのだろう。たとえ、結婚はしなくても、心が通い合う夫婦同様のお付き合いを、続けているのだろうと思う。
(つづく)

2008-02-06

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続続 『過ぎたる波及ばざるが如し』

 翌日、先ず、昨日のモーツアルトの「バイオリン協奏曲第2番」から、ショルティー指揮の「ターンホイザー序曲」に替えて、試聴を始めた。あのウエストミンスターが浪々と鳴りだしたのだから、驚いた。後は、自分好みに微調整だけである。ベルデンのケーブルで抑揚感が消失したのを、WBTのバナナ・プラグをスピーカー背面の入力に挿し、抑揚感を補う。ついに、WEの274Bの本来の力を発揮させる事が出来た。
 ここに登場する三人の共通点に、通称「バス・エナジャー」という特殊な装置を、世代は違っても、所有している事である。これは、内部の回路を私は全く理解していないのだが、位相を変えて、低音を出し易くする装置のようで、スピーカーとパワーアンプの間に接続して使う。つまり、スピーカー・ケーブルは、前半と後半で違ったものを、使用でき、低域も増大させるという優れ物である。私達が通っていた、オーディオ専門店製であるが、(前に話した、デジタル・ソース(CD)の位相補正装置とは、全くの別物)私達の様な、フロント・ロードとバック・ロードを持ったエンクロージャーの低域の出にくいユニットには必需品であるが、バスレフ型のエンクロージャーでは低域が出過ぎてしまう傾向があるらしい。そんな装置を使い、ウエストミンスターでは、その前半にモンスターPCの4Nの銅、後半をバン・デン・ハルの銀線とチョイスしている。さらに、その装置の長所と言えることは、パワーアンプのスピーカー出力端子、バス・エナージャー入口、出口とスピーカー背面のそれぞれに、バナナ・プラグが使えて微調整が可能なことだろう。勿論、細い6G程度の線はバナナを使わず、ダイレクトにも接続出来て、使い勝手が善い。
 オーディオを、趣味としたことのある方々であれば、バナナ・プラグを、実際に、使ったことがあるだろう。しかし、その道に、踏み入なかった方々には、本当にこんなものが、効果があるのかと、疑う諸氏もいると、思うが、私達の音作りには、必要不可欠のものであるのは、確かである。私も、5種類のバナナ・プラグを持っているが、使用にあたっては、そのシステムのラインの一箇所だけに使用し、再生音が善くなったとしても、重複使用はしないことである。これは、他のRCAケーブル等も、同様な事が言える。善いと思った物を、重複して使うと、再生音は、逆に、悪くなって行く。物事は、万事に共通する事だが、『過ぎたるは及ばざるが如し』である。
 私の持っているプラグについて、変化の傾向を、話しておこう。最初に、WBTのバナナ・プラグだが、このプラグは、抑揚感や質感を、出してくれるもので、中域強調、低域の締まりは低下する。IXOSは低域に締まり、高域は伸びる感じだが音が平面的。ESOTERICは高域も低域も伸びが、高域を抑えた後にいれると善い再生音が得られるが、ある程度、セッティングが定まってくると、低域を抑えて過ぎている事に気づく。結局、後に、タンノイ系から外れた。GOLDMUNDは、低域は伸ばすが、独特なハーモニーや艶を醸し出す。SAECは、華やいだ感じの再生音で立体感は上がるが、高域は強調され、低域は伸びる。と、こんな傾向だろう。

2008-02-05

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続 『過ぎたるは及ばざるが如し』

 S氏自宅のWE274B使った音は、鴨居を外した16畳の部屋で、素晴らしい迫力で鳴っていた。あたかも、そこにフルオーケストラが存在し、演奏しているかのようだ。その現実を聴かされて、自分のWestminsterは、何とスケールの小さなオーケストラだったのかを知った。
 300Bのパワーアンプを切り、274Bの真空管が冷めたのを確認してから、5U4と挿し換え、先ほどと同じ、ムッターのモーツアルトのバイオリン協奏曲の第2番を聴く。
 5U4で聴くムッターのバイオリンの音色から、色気が消失した。全体的なバランスは、維持されていたが・・・。S氏にとって、このバイオリンのその色気が、欲しかったのだ。「ムッターの曲で、弓が、弦の上を、擦り始めた時の、微妙な色気が、274Bは出るんだよね。」と、言うのも、道理である。先ほどの再生音では、聴こえていたが、5U4に差し替えた後では、全く、出なくなっている。それでも、私を労ってか、「274Bが切れたら5U4だ。」とフォローしてくれた。
 その日の、コンサートは、モーツアルト生誕250周年記念コンサートと、銘打ってはあったが、リズム感に乏しく、眠気を誘う様な、演奏だった。S氏の所で聴いたCDはプロの演奏ではあるが、このホールで聴いた演奏より迫力があり、生々しいと思った。S氏宅にもどって、口直し(耳直し)で、今日の演奏曲目と同じ、ピアノ協奏曲第23番を聴かせて頂いたが、プロの演奏は素晴らしい!の一言。耳直しを終えて、早々に家路を急いだ。帰宅後、温存していた274Bを出し、300Bのアンプの5U4を外して差し替え、聴いてみた。明らかに違う。ウエストミンスターからは、S氏の半分のスケール感も、中域や低域の厚みも出てこなかった。早々、その事をK氏に、電話で話した。K氏は受話器の向こうで、「高域が五月蝿く、中・低域の厚みが出ないのは、既に、プリ・アンプから前のセッティングが、既に、五月蝿いのが原因だから、プリ・アンプから前を、中・低域に厚みが出て、高域が五月蝿くない、セッティングに変更しなさい。それと、プリ・アンプとパワー・アンプ間は、ベルデンの茶色の太いXLRを使って!。」指摘する。今までのセッティングも、彼のアドバイスによる所が、大であったが、私の装置を勝手知っている、彼の指摘は、おおまかではあったが、適切だったりした。
 私のセッティング作業は、まず、CDプレイヤーのTEAC Esoteric X50Wから、RCAデジタルケーブルを外し、TOSリンクケーブルでD/Aコンバータのノーススター 192DACと、繋ぐ。次に、マランツのライン・トランスから、フィリップスのライン・トランスに換え、DACとトランス間を、ステレオボックスのRCAケーブル,それ以降を、キンバリーのRCAで、プリ・アンプと、パワー・アンプ間を、繋ぎ試聴。高域の荒れは大分、治まった感はあったが、満足出来ない。中・低域に厚みが出ていないのだ。そこで、ライン・トランスの後半を、トーレンスに換え試聴。中・低域に厚みは出たが、高域が細くて神経質。トーレンスのRCAのケーブルの上流と下流をひっくり返して接続。これで、初めて、274Bは、本領を発揮してきたように、感じられた。夜中までこんな作業を、続けたので、翌日、続きをやる事にして、そこで、作業を中止した。
(つづく)

2008-02-04

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 「過ぎたるは及ばざるが如し」

(他人音を聴いて,自分の音を知れ)

 ある時、鹿沼市での管弦楽のコンサート・チケットが、2枚手に入った(勿論、妻が懸賞で当てた・笑)ので、クラシック好きのS氏を誘って、聴きに行く事にした。そのコンサートの前に、S氏が前々から高域の荒れを、気にしていたので、私の持っていた、整流管の5U4と6RYを、彼のパワーアンプに、差し替えて試聴することとなった。当日の11時頃、S氏宅に着き、2・3曲、今までのWE274Bで聴かせてもらったが、以前聴こえていた、高域の荒さは全く無かった。「荒れが無いけど、チューニングしたの?」と聞くと、「K氏が来てスーパー・ツィーターをいじっていったけど・・・」との答えだった。おいおいである。
 このWE274Bの整流管であるが、私の家の8畳に、置かれたウエストミンスターでは、高域が細く、神経質過ぎて以前には使用できなかった真空管で、それが原因で、私は「5U4」という整流管を、挿して聴いていた。S氏も私と同じ300Bのプシュプルで、載っている出力トランスが違ってる。私とS氏のパワー・アンプの構成は、ほぼ同じだったが、出力トランスは、私がピュアレス(ドライバー・トランス以外、全てアメリカ製)なのに対し、S氏は、ハモンド。ドライバー・トランスは、二人とも日本製のタムラだった。それにしても、以前聴いた彼のオートグラフよりも、纏まった再生音を、その日は聴かせてくれていた。S氏のこのオートグラフはオリジナル箱ではなく、TEAC箱ではあったが、私が、Westminsterロイヤルのハード・エッジに貼り替えた後、音を聴いて、彼も、HPDをハード・エッジに貼り替えた。このオートグラフのHPDであるが、英国のタンノイの工場が火事で焼けてしまった後、生産されたウレタン・エッジのコーン紙が使われた同軸型のフルレンジスピーカーだった。私のユニットも、英国製ではあるが、やはり、ウレタン・エッジの同軸型で、違いは、マグネット。彼のHPDはアルニコで、ウエストミンスターがフェライト。相違点は、この様な点だが、お互いに低音は出にくいのは同じ。同じようにバック・ロードとフロント・ロードを合わせ持つ構造の箱であるが、バック・ロードとフロント・ロードの深さは、オートグラフの方が勝っていた。さらに、私のエンクロージャー(箱)は、共鳴周波数が35HZとして、設計されたのであるから、さらに、低音は出にくいはず。35Hzは音と感じられる人はいるのだろうか。疑問である。
 当時、そんなウエストミンスターと、15年も同居しチューニングしてきたが、低域を出すと、高域を濁したり、上手く箱鳴りさせる状態を作れないでいた。今は、ハード・エッジにして、その当時とは、だいぶ状況は違っていたが、WE274Bを使うには、私なりに、抵抗が残っていた。
 S氏のハード・エッジに張り替えたHPDは充分に鳴りきっていた。そして、この機会を与えてくれた事に、今は感謝している。
(つづく)

2008-02-03

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 「肉も腐る前が最高に美味」

 K氏の自宅は、人間が住めるような場所では無い。これは、何度か、訪ねているK氏も私も、同じように感じている。オーディオの為に、作ったような家で、2つの部分的な仕切りがあるが、全ての部屋が繋がっている。その仕切り毎に、何台かのシステムをセットしている。つまり音が、家の中を回り込むように、作ってあるのだが、その広さに、冷房も暖房もない。暖房や冷房があっても、家庭用では効かないような広さである。彼は暖房器を、もっていても、冷房用の装置は持たない。そんな環境では、私もK氏も、オーディオ装置も、S氏、本人も病気になるのではと、思っている。すでに、6セットのオーディオセットを組んであるが、残りは、何時になったら、組み上がるのか予想するが、彼が一生かかっても組み上がらないと、S氏と私は考えている。
 我々も、そこにセットされた6セット、全てを試聴させてもらった訳ではないが、或る時、私がタンノイなので、彼の持つコーナーヨークを聴かせてくれた。内部のスピーカー・ユニットは、モニターレッド。CDは宮崎 駿のアニメの音楽担当の久石譲の「WORKS 1」のCDだった。その中で、「ふたり」(TWO OF US)曲の先頭部分をチェロが奏でるその曲が、今でも耳に残っている。
 そのK氏の部屋での、ヨークのセッティングは、床、壁、天井まで、パインの無垢材で、まさに四角い洞窟の奥の壁から1メートル程度離され、両脇の壁にはほぼ密着させて配置されていた。そのヨークから、チェロの生音と言うより、ふくよかな何とも言えない音色の(ギター用の真空管アンプが歪み始めるオーバードライブのような感じの)再生音が聴こえ、それに低域も、私が居るポジションまで振動と共に伝わってくる。その心地よさを身体と耳(脳の片隅に)が憶えているのである。が、この音は、K氏宅で二度と聴くことができない音となった。というのは、翌日、入力オーバーでプリアンプを修理に出したからだ。ステレオのオーバードライブ?そんな感じの現象だったのだ。つまり、これも一つの、セッティングの妙だが、心地よさは持っていた。既成のオーディオ製品では、出来ない事だ。生の演奏を聴く経験や、知識が必要なのは、前に話した。彼が聴かせた訳は、これは間違った設定いう判断させる為である。心地よくても、ステレオにオーバードライブは必要ないのである。ギターなら当たり前なのだが・・・。彼は、入力オーバーなのを知って聴かせてくれたのだ。

2008-02-02

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] チューニング

 チューニング時のコツは、変更する箇所は一日に1~2箇所。もしも、間違ったチューニングや、変更した再生音を、以前の状態へ戻す事が、出来るからである。複数箇所変更すると、それらの変更箇所のどれが、間違ったのか、気に入らなかったのか、検討がつかなくなるからである。また、基準が、常に変動してしまっても、判断を誤る原因と成りえる。駄目と判断したら、元に戻り、それから別の所を変更する。これが基本です。一つ一つの積み重ねが、音作りの経験になるので、変更点と変化は、メモ(私感でよい)取って、残して置く事を奨めたい。どんな趣味でも同じだと思う。また、その時、使えなかった線材や、部品でも、装置や組み合わせが、変わった時に使え、最良の結果を、生む物もあるので、大切に取って置くこと。
 つぎに、自分の好みの音は把握しておくことが重要です。あっちの音、こっちの音と自分の好みが変化するタイプは、ただ、お金の浪費に繋がりますので、オーディオだけでなく、どんな趣味に手を、染める時は、目標を定めることを、最優先させるべきです。
 セッティングを変えれば、再生音は変わります。自分の好みなのか?良い方向に変化したのかを、見極めるには、ある程度の経験と、歳月を、必要とします。オーディオ店で、購入して、ただ、ラインを繋いだだけでは、オーディオと言えない。それを使いこなし、線材や装置の組み合わせを、楽しみ、弄る、線材やプラグ、そして装置(機械)の癖を知り、自分好みの音を再生してこそ、オーディオ道なんです。
 SPユニットは、必ず経年変化する。SPのエッジは、振動を与え続ければ、柔らかくなり、音も滑らかになります。勿論、箱も、経年変化し、乾燥してきます。たとえ、合板であっても。これをエージングといって、最初から鳴らない。最初から鳴るものは、その後、衰退の道を歩むと、思ってよいです。最初から、鳴ってしまって、やること無ければ、それに最良なのですが、楽しみも半減して、弄る楽しみがありません。タンノイというSPは、決して、最初から鳴り出すことのないSPです。その意味でも、育て甲斐のあるSPだと思います。

2008-02-01

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 最近のオーディオとジャンク・オーディオ

 最近のオーディオ製品に思うことは、音を作り込み過ぎて何か足りないと思う製品が多いように感じます。言い換えると、大衆が惹きつけられるような再生音(魅力的な)を聴かせてくれるけれど、音楽を奏でる楽器等の持つバランスがおかしい物が多くなってきたと思うのはオーディオ店のリスニングルームだから?スピーカーについて言えば、ユーザーが生活に密着させながら、音作りできる可能性を見いだせる製品が少ない様に思います。
 私や私の仲間も真空管アンプ自体は高額であっても、高い線材やケーブルに浄財を費やすことはありませんでした。しかし、現在は生産されていない部品(真空管・トランス等)は先人達がそれらを素晴らしく評価(当然であるが)した為に、それらの部品は高額になって、スペア管も持たないで聴いているのも確かです。
 先日、インターネットオークションで77のドライバー管を落札し、使用しましたが、2週間でガス抜けして、使えなくなった物もあり、これが原因でオークションから足を洗った。スペアを持っているのは、五年前に再生産したWEの300Bが二本とプリアンプ用の安いミニチュア管の類だけである。

2008-01-31

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] オーディオの雑学

 オーディオは感性である。S氏のように、クラシック音楽のダイナミックさを、再現するのも良いし、K氏のように、沢山の装置をコレクションし、その本来再生出来るはずの音質を、再現させるのも良いのである。勿論、お金と時間は掛かるが、後者では、組み合わせの妙も、経験出来る。
 趣味は学問と同じで、同じ装置や機種をチョイスしても、結果が同じになるという保証はない。そこには、生活があり、居住する事を最優先する、部屋の存在がある。また、それらの厳しい製品管理の下で製品化された物でも、その個体差は無いとは言いきれないのである。
 勿論、故障も同じような使用状況でも、一方は故障し、他方はノントラブルという状況だって在りえるのである。それを使用する者が、間違った扱いをしてトラブルを起こし、修理の手が入った場合でも、そのユニット〔部品〕や、ハンダで種類や、ハンダコテの種類でも明らかに音質が変わってしまう時もある。同じキースターのハンダを使っても、日本のコテを使うか、アメリカのウィスラーのハンダコテを使うか、イギリスのアンペックスを使うかで、音質や音のバランスは、変わってしまう。このように言うと、物理学者や科学者から、在り得ない!と反論がくる。でも実際変わるのだ。このように考えると、名器と言われる、マッキンやマランツの製品で、オリジナルの音を保持しているようなものは、皆無に近いと思う。現在も稼働はしていても、修理や部品を交換されて生き続けている。プレミアがついて高額で、取引されているようであるが、ここに紹介した3人は、それらを所有する人たちよりも、蔑まれる「ジャンク・オーディオ・マニア」と、呼ばれる部類の存在なのだろう。古い部品(たとえばウエスタン(WE)トランスや真空管、ピュアレスのトランス)を見つけて、それを基に、他の部品を探してくみ上げるのだから。K氏は、マランツもマッキンの名器と呼ばれる製品も、所有しているのだが、それで鳴らしているのを、未だ、聴いたことがない。K氏にとっては、この球(真空管)は、こんな音が出るとか、こんな組み合わせでは、このSPが良く鳴るなどの研究の方が楽しいのであろう。線材の向きで言えば、品番やメーカーのプリントの頭が、SP側か、アンプ側かでバランスはどう変わるとかの、変化を楽しみながら経験を積み重ねているようだ。『バナナプラグで、再生音や再生音のバランスが変わる。』と、一般の人は思わない。科学的にも、線材の向きで、音やバランスが変わると証明できないから、感性だと、申し上げた次第である。私も、ウレタン・エッジの時は、それほど変化を感じなかった。経験不足もあったろうが・・・。いろいろ、弄くって、経験を積み重ねて、どこを変えれば、どんな音に変化する等の、データは持つまでになった。その歳月は、20年。短いようで、永い歳月だったと思う。
 最近、P音響の社長が、CDのイコライザーのような器械を作った。その試作機を借りて、聴いてみた。私のタンノイのWestminsterから、(苦労して、JAZZの低域までは出せたが)クラシックの低域が出てきた。その製品化された器械を、購入し、CD系にいれ、タンノイのアッテネ-ターを弄り、バランスを整えた。これで、昨年の暮れに、K氏を呼んだ。クラシックファンのK氏は暫らく聴き入って、彼曰く、『家は、負けてる!。すごいバランスで鳴ってるし、高域は整って、優しく、音楽の持つダイナミックさも、俺の所を超えてる。なによりも8畳なのに、この奥行き感は何故?』
 これが、K氏と私の立場の逆転劇だった。しかし、私の音作りには、廃物の利用も加わっている。それは後ほど話します。つづく

2008-01-30

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続々 SPの話

 約四年前に、ウエストミンスターのエッジを、ロイヤルのハード・エッジに替えてから、電源ケーブル1本以外に殆ど何も購入していないのだが、ロイヤルのハード・エッジに貼り変えた同軸ユニットの音の変化は、ウレタン・エッジの時より明瞭に聞き分けられるようになった。耳が肥えたと言うよりも、HE(ハード・エッジをHEと略す)の方が、より音の変化を、克明に表現できる振動体だと言うことの証明だと思う。
タンノイは、WEの英国バージョンと言っても過言ではない。本来、タンノイのユニットにはハード・エッジの同軸ユニット搭載されていたのであるが、工場の火災が原因でハード・エッジのユニットの供給が、ストップしてしまって、やむなくウレタン・エッジのユニットを一時的に、搭載したのであった。正直にいって、私がエッジを貼り替える直前に、相談した3人が3人とも、ハード・エッジを奨めた。今、その意味を、痛感させられている。S氏であるが、彼は私が貼り替えた後、その出てくる音を聴いて、自分のボロボロになったHPDのウレタン・エッジを、HEにするかをウレタンにするかを、決めるという作戦に出たからである。なかなか、強かである。
 最近、私の妻が懸賞で栃木県内では、一番響きの良いと言われる、大田原のハーモニーホールで県内在住のフルーティストの山形由美とイタリア合奏団の演奏や、自宅から歩いて五分の文化会館での生演奏の管弦楽のチケットを当ててくれて、生演奏を聴く機会が増えた。生演奏は、やはり善い。でも、生演奏のあの音の優しさなど、自分のオーディオ装置の再生音を近づけたい。オーディオは、その装置から再生できる最良の音で、自分の好む音を作れば良いのだと思う。一つに拘ると、失うものも多いと言うことに最近気付いた。私は、音の優しさが欲しかった。特に、バイオリン合奏部分の、弛んだ(比較的低い)弦の音(倍音でなく本来の擦過音)そして、他の楽器とのバランスを取りながら。それが、聴こえればクラシックは鳴る。良いバランスで、オーケストラが鳴り出すだろう。ミキシング・エンジニアや、その他の技術的加工をされたCDという媒体を通して、音の綺麗さは出ても、何か違うバランスで鳴っている気がしていた。それは、位相のズレ。レコードは、低音をそのまま、記録すると、振幅が大きくなり過ぎ、時間的に長時間の記録が出来なくなるので、溝には振幅を下げて、溝を記録する。そして、高域は小さくなり過ぎ、トレース出来ないので、大きくレコード盤に記録する方法を採用していた。それを、イコライザーで補正していた。イコライズの副産物で、位相が補正されていたのだ。CDは低域よりも高域のスピードが早いと感じられる。CDという媒体に、記録する際に、デジタルフィルターを使う。このフィルターを使えば、位相がずれる。位相がずれれば、人間の耳には、先に耳に到達した音を、強く感じてしまう。そこを補正すれば、低域は出る。補正すれば、音濁るが、音のバランスは良くなる。こんな事は、普通の人は考えません。わざわざ音を悪くするのですから・・・。

2008-01-29

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続 仙人の話

 私の300Bプシュプルのパワーアンプの構成部品は、仙人のそれとほぼ、同じ。アンプ内のWEのコンデンサーの数量以外は、全く同じ物を搭載させていた。勿論、個体差は各部品にあるとしても。そんな仲間意識で、そのアンプの使い勝手のノウ・ハウや、セッティングに到るまで指導して頂いていたが、ある時期以降、何度電話しても呼び出し音は鳴るものの、仙人の声を電話の受話器越しに、聞くことがなくなった。K氏に或る時、電話を掛けた。この異変を伝え、彼は仙人宅に会社の帰りに廻って確認してくれるようにお願いした。数日後、K氏から、電話があった。仙人のところは、部屋の電気も灯っていないし、人のいる気配がなかったとの返事をよこした。仙人も離婚して、一人暮らし。オーディオと車を趣味にしていた。彼が所有していた白いモーガンは、或るとき、私の自宅近くの「蕎麦屋」で見かけて、電話してみると売ったと聞いたのが、最後の電話だったと思う。
 K氏が確認するために、仙人宅を訪問した時から、二ヶ月程過ぎて、仙人が亡くなり、そのオーディオ装置を下取って欲しいと、仙人の弟さんが、オーディオ専門店に来た事で、仙人が亡くなっていたことが、判明した。弟さんも連絡が取れなくて、仙人宅に入って、仙人が亡くなっているのを発見されたとの話であった。私の予感は的中していた。私の電話の呼び出し音は、彼の死骸が横たわる部屋の大空間で、鳴りつづけて居たのである。
 この経緯が、私達3人をさらに強く結びつけたのは言うまでもなく、「素晴らしい再生音で、音楽を楽しむと、早死にするよ!」と言うような、合言葉が生まれた。この反応は、S氏が一番早かったのだと思う。必要以上に、オーディオの設定に時間を注がなくなった。
 彼の8畳の洋間と和室の鴨居は、仙人の指導で、取り外した。理由は、音が鴨居の所から、和室の方まで飛んでこないと言うことであった。確かに一理あった。そのころから、S氏の所で、オーケストラが音楽を奏で始めたのだから。鴨居を、躊躇なくはずしたS氏も、仙人を師として仰いでいた一人なのだろう。
 S氏はそれ以降、自分の音をチューニングするのを辞めた。私は、チューニングは続けても、大金をオーディオにつぎ込むことの出来ない環境になった。しかし、WEの274Bや422Aなどの整流管や300Bは既にストックしてあったので、これからが趣味として価値があると思う。線材やバナナ・プラブの性格を見極め、それを何処に使うと、どう再生音が変わる等の、知識をK氏の協力や、アドバイスを受けながら、ウエストミンスターの再生音を、自分好みに近づけている。今、オーディオ装置に大金をつぎ込んでいた時には見えなかったものが、見えてきている。
 先日、S氏から電話があった。話の途中で、『気をつけなよ!あんまり良い音でオーディオ聴くと、早死にするから・・・』と、言った。仙人の事を、まだ、引きずっている証拠だ。
 私の所は、よく鳴っているといえども、仙人の再生音から比べたら、まだ、富士山の三合目あたりである。8畳間では、そこまでゆったりとは鳴らない。やっと、S氏を超えた程度で、オーケストラが、高域の荒れなく、ダイナミックに、鳴り出したというだけ。JAZZを聴くと、低域にしまりがないという不満が残る。仙人の所は、音楽のジャンルを問わず、音楽を奏でていた。幽霊船にでも乗ったように。

2008-01-27

[関東] [東北] [北海道] [甲信越] [北陸] [東海] [関西] [中国] [四国] [九州・沖縄] 続・SPの話

 さて、K氏の場合、線材とプラグのマジシャンとでも云うべき経験を持つことは話した。そして、今・尚、その経験を積み重ねているような、努力型の性格なのである。この3人とオーディオ店の社長のエピソードを交えて、オーディオの話をしている。
 私がタンノイ・ウエストミンスターを、自宅に招き入れたのはもう20年も前と前に話したと思う。タンノイのスピーカーについて何も知らず、永い間、オーディオ店に展示されていたので気にはなっていたのだが、こんなに苦労するスピーカーだとは、購入を決めた時点では想像すらしなかった。
 そのオリジナルはコーン紙にウエストミンスターの文字と刻印が印刷されたウレタン・エッジ同軸型ユニットであったが、約4年前に、オーディオ専門店に新しいウエストミンスター・ロイヤルのハード・エッジに無保証で、張り替えてもらった。つまり、音がずっこけても責任は私にあり、文句は言わないという約束で、張り替えたのである。頼りは自分の耳だけ。しかし、ツイーターが或る周波数で共振して頭をかすめていく以外には、ハード・エッジにしたことを後悔していない。
 チューニングは、最近、クラッシックの生演奏をホールで、聴く機会が多かったので、生音に少しでも近づける方向に向いたが、一度でも、人の手が加わったCD等の媒体では、その方向には振れないので諦めた。ハード・エッジにして未だ、約4年なのだから、富士山の麓を登り始めた所で試行錯誤している。前に、「男にとって趣味は生命の次に大事なもの」と言ったが、生の演奏を目標に設定すると、どんなに時間を費やしても、辿り着けるものではないと思う。生演奏はそれほど良いし、迫力がある。つまり、自分が購入したスピーカーを楽器に見立てて、それを育ててあげる様な気持ちで接するのが良いかと思う。その意味で、既に、妥協と挫折を繰り返しの連続である。自己満足の世界であるのは確かであるが、写真が趣味で、賞を頂いて満足する人が居ても良いし、コツコツと、誰の褒めるわけでも無いような事を、追及するのも、この趣味の範疇だと私は思う。
 趣味で培った経過・経験は、実社会や生活にも応用出来る物が、多いと思う。
『趣味は身を助く』の例えの如くである。
 ハードエッジにしたWestminsterで、やっと、クラッシック音楽を再生を出来る様になるまで、3年数ヶ月。ピラミッド型の音像を創ることが出来た。一般の人には、なんで?と思うかも知れないが、自然な末広がりのピラミッド型の音像に、最初から成らない(鳴らない?)のが、大型SPの難しさである。テレビで放映されるクラシックコンサートの中継のバランスは素晴らしいと、私は思う。それと、自分のオーディオ装置を比較して、音楽を奏でるバランスは、最近まで、テレビの方が勝っていると思っていたのは確かだ。そんなSPが、やっと、テレビに勝った。それだけの素質をWestminsterは持っていた。クラシック音楽の本場、ヨーロッパ生まれだけのことはある。生まれは良いのだが・・、それを引き出す環境が、生かすか・殺すかを左右するのだと思い始めている。これは、万物に共通することではないですか?この意味では、趣味も、仕事も共通項が多いと思う。趣味で経験した事が、仕事でも応用できるし、仕事で経験したことが、逆に、趣味にも応用出来る。そんな意味で、『趣味は身を助く』なのでしょうね。
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プロフィール

1952年辰年(団塊世代)に生まれ、趣味の写真が仕事。大学時代に映画館の映写技師のアルバイトをきっかけに真空管オーディオの世界に嵌まる。その苦悩と歓びを、身近な仲間達のエピソートをまじえ綴ります。

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