「無関心」という意味では、私の夫 俊彦が一番かもしれない。 俊彦は自分の興味のない事には全く無関心である。 両親や妹弟にも無関心だ。 親 妹弟が入院することがあっても、俊彦が自ら進んで病院に行くことは無い。 そんな俊彦のお尻を叩き、病院に連れて行くのは大変だった。 結婚するまでは積極的だった俊彦だが、結婚してしまうと私や子供にも、全く無関心だった。 子供が熱を出しても、私が寝込んでも、俊彦が看病してくれることはなかった。 夜中に咳き込むようなら、「うるさい!!寝れられへんやないか!!」と自分の都合ばかりだ。 俊彦も母 妙子や実の父、義理の父から愛情を受けなかったのだろう。 子供達の名前(漢字)すら、長い間 知らなかったし、父親参観や運動会などは、ほとんどいかなかった。 家計に口出しすることも無いが、協力することも無い。 家計の為に私が、どんな仕事をしようが、夜中に仕事に行こうが無関心だった。 当然、家事など協力もない。 結局、自分にしわ寄せが来ない限り、俊彦が口出しすることは無かった。 とにかく食事の用意さえしていてくれれば、後はどうでも良いのだろう? 「愛の反対は無関心」と言うがまさにそうだ。
入院当日、2時から手術だった。 俊彦はストレッチャーで手術室に運ばれた。 1時間という事だったが、30分ほどで病室に戻ってきた。 思ったより元気そうだ。 麻酔が効いているので、痛みも無いようである。 カテーテル手術ということで、開腹手術よりは辛くないようだ。 尿道に管をとうしているので、1日は動けないので、夜は泊りの付き添いとなる。 麻酔の効き目が薄れるにつれ、俊彦も辛いようである。痛みは無いが、管を入れている関係で、残尿管があるようだ。 俊彦は姑が入院した時も、私が手術した時も一度も付き添うことがなかった。 そんな俊彦は、手術や入院の辛さを、今回身をもって経験することになった。 私は子供の頃に、盲腸の手術を受け、お産は破水を多くしたので、かなり酷い難産となった。 その後も、妊娠中の卵巣の手術を受ける。 開腹手術後の痛み止めも、妊娠中という事で投与してもらえず、酷い痛みに耐えることになった。 「母は強し!!」 と言うが・・・・お腹に赤ちゃんが居たので、我慢出来たのかもしれない。 看護婦さんが驚くほど我慢強かったようだ。 我慢強さは、母譲りかもしれない。 そんな私は俊彦の多すぎる愚痴に・・・・素直に可哀想にとは思えないのである。
近隣で少し大きめの病院を見つけた。宮内庁の泌尿器科医も居られるということで、俊彦も安心して診察に行くことにした。 診察に行くと前回の医院とは違い こんなに泌尿器科に患者さんがいるのかと、驚くほど大勢の人が待合室で待っていた。 4時前には入ったが、2時間以上待たされた。 俊彦も名前を呼ばれ、不安そうに診察室に入っていった。 30分ほどかかっただろうか? 俊彦が診察室から出てきた。 次回はもっと詳しい検査をするようである。 会計を済まし、超音波の検査予約をしたが、10日後まで予約がいっぱいのようである。 帰る車の中で俊彦は 「ほんま下の病気はするもんちがうわ!!お産の分娩台みたいなところに寝かされて、先生も看護婦さんにも見られて!恥ずかしいかった!麻酔のジェルみたいなの塗られて、内視鏡を尿道から入れられるし!!」と俊彦は散々文句を言っていた。 「そう?たいへんやったね~でも・・・先生も男の人やからいいやん! 女の人は産婦人科に行くと、先生も男の人で看護婦さんも沢山居て、診察台に上がるんやで、恥ずかしいなんてものじゃないよ!!」 きっと俊彦は私にそう言われるまで、女の人がお産や診察で、どれだけ恥ずかしく屈辱感を感じているか、考えもしなかっただろう。そう言われると俊彦は黙っていた。
近隣の泌尿器科に診察に行くと、土曜日だからだろうか、数名の患者しか居なかった。俊彦は流行ってそうにない病院だと、不安を隠せない。 緊張と不安な気持ちで、俊彦は診察室に入っていった。私は待合室で座って待っていたが、診察室からかすかに聞こえる声に、神経を注いだ。しかし、何を言っているのか分からなかった。15分程で俊彦は診察室から出てきた。「どうだった?」の私の言葉に俊彦は「今日、内視鏡の検査をしましょう?と言われたが心の準備が出来てないと、月曜日にしてもらった。」=「今日してもらったら良かったのに・・・月曜日まで心配しないといけないわよ!」~「そんなこと言うても痛そうやし、どうもあの先生ちょっと不安や! あんまり流行ってないと言う事は、ヤブ医者なんやで!?」 結局、帰宅してから電話帳やパソコンで病院探しとなった。 その日、パソコンで主人と同じように、血尿で診察に行った人のブログを見つけた。 奥さんに心配を掛けまいと、一人で病気に悩み診察に行ったと言う話だった。 「はぁ~世の中にはこんなご主人もいるんだ~?」とブログを読んでいた。
今回も歩のことで、俊彦が歩や私と話し合うことも一度もなかった。 俊彦から出た言葉は「ほんま!あいつは三人の中で、少しはマシや思とったけど!なんであんなアホなんや!!」と愚痴ばかりである。 私は仕事で県外に出張し、留守をする歩に代わり家庭裁判所などに、書類を届けるのに走り歩いた。 俊彦はその後の経過を、私にも歩にも一度も聞くことはなかった。 俊彦は問題が起こる度に、そ知らぬ顔である。 めんどうな事には、関わりあいたくないのだろう。 俊彦にとって、家族とは何なのだろうか? 窪塚家という情の無い家族の中で、育ったからだろうか・・・俊彦の言動からは、相変わらず家族への愛情を、感じることは無い。 夫婦とは何なのだろうか・・・最初は分かり合えなくても、歳を重ねるごとに分かり合えるものなのだろうが・・・しかし、私は歳を重ねるごとに、俊彦への信頼がなくなっていく。 熟年離婚の予備軍か?