長男の歩が生まれ数ヶ月を過ぎた頃、夜鳴きが始まり,俊彦は不機嫌そうに「うるさいな!寝られへんやないか!どうにかしてくれ!」と怒鳴る。俊彦も親に愛情をもらっていないのだろうが、俊彦の神経を疑ったものだ。当時、我が家は駅前にあり、歩を抱いて小さな駅の待合室で、子守唄を歌い時間をつぶした。時には車で隣町までドライブし寝かしつけ、こっそり帰宅したものである。私の口からため息と共に「ああ~どうしてこんな人と一緒になってしまったんだろうか?」優しさや思いやりを、俊彦の言動から一度も感じたことはなかった。また、俊彦は機嫌が良い時は、楽しく面白い人であったが、機嫌が悪い時には態度が一変する。俊彦が帰宅し、玄関のドアを開けた雰囲気でわかるのである。俊彦とは結婚までに、あまりにも付き合う期間が短かったため、俊彦の性格をほとんど知らないことに気付きはじめた。子育て、家事、仕事、おまけに妙子からは銀行や買い物のことずけ等もあり、フル回転の日々だ。そんな私に俊彦は、「あっちが汚れてる!こっちが散らかってる!」と難癖をつける。その頃は若かく反発心があった私は、俊彦や子供が寝静まると、夜中に部屋中の掃除をして回る生活だった。窪塚家は清志が綺麗好きで、久智子が月給を貰い家事をしていたので、いつも家の中は整然としていたからだ。かといって俊彦が綺麗好きなのではない。自分が使った物は出しっぱなしだ。そして、自分の失言や失敗を認めようとしない。ある日、帰宅した俊彦は「従業員が結婚するから、祝儀をいれておいてくれ」と言われた。私はその日のうちに祝儀袋にお金を入れ、テーブルの上に置いておいた。次の日、俊彦が祝儀袋がないと怒りだした。「そこのテーブルに置いてあったでしょ。」「そんなん知らんぞ!」と不機嫌だ。「そんなことないでしょ?この家には二人しかいないんだから?車に置き忘れてるんじゃないの?」「ぜったいそんなことない!!おまえが忘れてるんやろ!命を掛けてやるわ!」の言葉に納得のいかない私は、俊彦の車の鍵を持って確認しに出た。結局、車のダッシュボードに入れてあった。その後、俊彦の命は幾つあっても足りない。こんな事件が、いまだに続いている。
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