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2008-02-29
[
浦島太郎伝説の地(武豊編)
]
浦島太郎ゆかりの史跡めぐり (4)
「
大高山 真楽寺」
・・四国直傳弘法第二十九番 建立:(元亀元年)1570年8月 この寺の境内に、
“浦島太郎伝説”
の
亀のお墓
があります
。
【亀のお墓】
竜宮で、『あけずの箱』を授かった浦島太郎を再び送ってきた後、そこから、この亀の消息は、途絶えてしまいます。でも、亀のお墓(写真の右端の墓)が、残っているということは、やはり、武豊町で死んだようです。 亀のお墓は、小さく、ちょっぴり寂しそうでした。太郎が、そばにいてくれたらいいのになぁ~~
(^o^)丿
2008-02-28
[
浦島太郎伝説の地(武豊編)
]
浦島太郎ゆかりの史跡めぐり (3)
【知里付神社】
(ちふりじんじゃ・ちりゅうじんじゃ)案内板によると約2000年前創建されたと伝えられている由緒ある社で、社宝の『あけずの箱』は、浦島太郎が、竜宮から帰るとき乙姫様から贈られたもので、めったなことでは開けられず、中味は不明という。【非公開】これって、『
玉手箱
』では?・・・だとしたら、白い煙が出て、何も入ってないのでは・・
(^。^)
いや、失礼! きっと超お宝でしょうね。 かって、旱魃の折、宮司が、この箱を浦之島の沖に運び出し、祈祷を捧げ、箱の蓋を払うと、遥か彼方に雨雲が浮かび、大雨が降ったと伝えられて
いる。
【浦島社】
「知里付神社」境内には、浦島太郎を敬い、里人が祀った「浦島社」がありました。 、なぜか、「秋葉神社」や「天神さん」も祀られています。
??
2008-02-27
[
浦島太郎伝説の地(武豊編)
]
浦島太郎ゆかりの史跡めぐり (2)
【竜宮神社】
浦島太郎が、乙姫様をしのんで、天長二年(825年)に建立したと伝わる神社です。隣に立つ常夜灯は、江戸時代後期、この地区の船主たちが、海上安全を願って建立したもの。案内板によると、太郎が、竜宮から帰ってきたのは、7月のようで、昔は、旧暦の7月16日にお祭りがあったそうです。
【乙姫橋】
案内板によれば、乙姫様が太郎を出迎えた橋だとか・・・ ???
あれれぇ
???太郎は、亀の背に乗って竜宮に行き乙姫様に会ったのでは? 乙姫橋は、伊勢湾台風で壊れ、海水浴場だった頃に、地元の観光組合が造り、3~4年前に補強修理され、派手な飾りが付けられたとのことでした。
2008-02-26
[
浦島太郎伝説の地(武豊編)
]
浦島太郎のゆかりの史跡めぐり (1)
【
負亀(おぶがめ)の松】
浦島太郎が、助けた亀がすんでいたところ。ここで、亀は、子供たちにいじめられていたのですね
(-_-;)
この辺りは白砂の海岸で、浜辺には、松が茂っていたそうです。今は、堤防が築かれていました。
【浦島橋】
・・・ちなみにコンクリート造り・・・ この辺りは、かって
『
浦島屋敷
』
と呼ばれ、浦島太郎が、誕生したところとして語り継がれています。亀が、浦島太郎を竜宮城へ案内する時に下った川が、この下を流れる川で、後に『
浦島川
』と呼ばれるようになりました
。
2008-02-25
[
浦島太郎伝説の地(武豊編)
]
“浦島太郎”のゆかりの地!!
現在の東大高(ひがしおおだか)の
浦之島
(うらのしま)に生まれた太郎は、ある日助けた亀が現れて、蓬莱(竜宮のことです)に案内すると言われ、浦島川の橋より北側の海岸、
負亀
(おぶがめ)と呼ばれているところから、亀の背に乗って竜宮に向かいました。南に行くこと一里、やがて、四方から静かな波の打ち寄せるところ〔後にこの地は四海波(しかいなみ)と呼ばれます。現在の武豊発電所のあたりで、竜宮という地名があります〕に着きました。ここが竜宮の入口でした。太郎は、竜宮でもてなしを受けること三年、望郷の念にかられ、
あけずの箱
(玉手箱)をみやげに帰郷しました。
太郎は帰郷した記念に
負亀
の海を望む丘に塔を建てました。〔後にこの地は
塔の下
(とうのした)と呼ばれます。〕しかし、竜宮での三年間は、この世では数有年を経ていました。知る人もいない太郎は、竜宮をしのび、竜宮ヶ浜に
竜宮神社
を建立し(現在の竜宮保育園のところ)、うめきが浜(四海波の南に隣接し、現在は美浜町布土地内の梅ノ木付近)で、あけずの箱を開いてしまいました。白い煙とともに太郎はたちまち白髪の老人となりました。太郎は、
知里付神社
(ちりふじんじゃ)に「
あけずの箱
」を献納し、亀の鬼瓦を上げました。里人は太郎を敬い知里付神社境内に浦島神社を祀りました。 ―武豊町誌 資料編 「浦島太郎」より― ※写真の絵柄は、武豊町のキャラクターマーク「ゆめたろう」です
!
2008-02-23
[
浦島太郎伝説の地(武豊編)
]
"浦島太郎”のゆかりの地!
「むかしむかし、浦島は、助けた亀に連れられて、竜宮城にきてみれば、絵にもかけない美しさ・・・」おなじみの唱歌とともに、今も語り継がれいる浦島太郎の物語。「浦島太郎のゆかりの地」と自称している場所は、全国各地、北海道から沖縄まで物凄い数にのぼるそうです。有名なところでは、『丹後国風土記』に書かれた丹後半島だが、正真正銘、浦島伝説の本名と思われる地が、武豊(たけとよ)町の富貴(ふき)地区です。「富貴」その地名は、「負亀」に由来すると云われています。 おとぎ話“浦島太郎”のゆかりの史跡とは,はたして何か
?
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