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2011-05-16

[東海] お江ゆかりの地を訪ねて[尾張大野編]!(その3)

この一帯は、昭和43年11月1日に「大野城址」として、常滑市文化財に指定され、その後、城建設の機運が高まり、昭和54年度に城型展望台工事に着工し、翌年(1980)4月に建てられました。

城山公園展望台:鉄筋コンクリート造 3階建 開放時間:3月~10月・・・9:00~17:00 11月~2月・・・9:00~16:00 無料     

1階・・・

「江」ゆかりの地散策路案内マップ・・・画像をクリックしてご覧ください。

2階・・・宮山城主織田有楽長益※1お江・尾張廻船の船印と荷印

麗光院殿肖像(織田信長の妹)

大野城の石垣大野水軍の軍船 佐治与九郎の墓碑※2↓                                                                     

展望台の3階からは、眼下に大野の町並み、その先に伊勢湾、さらにその向こうには鈴鹿山脈、また、知多半島の丘陵地が一望できます。   

左前方に、かすかにみえるセントレア

二人で仲睦まじく眺めたことでしょうね~

知多のコンビナートや 丘陵地も・・・

※1・・・織田有楽長益(おだうらくながます・織田有楽斎)は、江の叔父で、日本の国宝の茶室のひとつ、如庵(じょあん)[犬山市]を建てた戦国大名としても有名です。                                                                                              

※2・・・最後の大野城主※3となった4代目与九郎(一成)は、形勢が不利となる中、1584年(1586年との説もあり)城を捨てて、伊勢へ逃れました。さらに各地を転住、後には出家し、1634年京都で病没しました。そして、与九郎の母である「お犬(於犬)」が眠る京都の龍安寺に葬られました。(説明文の抜粋)

※3・・・最後の大野城主は、織田有楽長益とする説もあります。

常滑市大野地区の中心部には、尾張大野歴史資料館があり、大野城の資料や町の古絵図などを展示、また、「お江コーナー」も設け、家系図を肖像画付きで紹介しています。(開館日:土・日・祝 開館時間:10;00~16:00 無料)

           歴史とロマンの町 大野町へ行こう!

2011-04-23

[東海] お江ゆかりの地を訪ねて[尾張大野編]!(その2)

大野城は別名を宮山城ともいう。ここへ最初に城を築いたのは、室町時代に知多半島を支配していた三河の守護・一色氏で、観応元年(1350)とされる。一色氏は」三河一色の出身で、大野城築いたころには知多半島を支配した。知多半島を支配していた一色氏の力が衰え、代わりに大野を支配したのが佐治氏であった。

一色氏が握っていた海運を引き継いだ佐治氏は、大野城主となり、大野・内海を拠点に半島西部や大野衆・佐治水軍として伊勢湾の海上交通を掌握し、初代宗貞の後、4代続いた。海運にとって海賊から船を守る水軍の力が重要となる。そのためには伊勢湾を一望できる大野城は格好の城であった。

展望台のそばにある【大野佐治氏の歴史】(説明板)

【桃山御陵遥拝所】に向けて鳥居が・・・

                                                                                                           

                                                                                                   

お江(小督とも、後にお江与)は、近江国(滋賀県長浜市)小谷城城主「浅井長政」と織田信長の妹「お市」 として天正元年(1573)に生まれる。姉は「茶々(淀君)」「お初」の3人姉妹で、父・浅井長政は信長(伯父)に攻められ自害。母と三姉妹は、伊勢上野城・安濃津城・清洲城ですごす。信長の死後、お市は柴田勝家に嫁ぎ、三姉妹も越前・北ノ庄城に暮らすが、秀吉との戦で勝家とお市は共に自害し、残された三姉妹は秀吉に保護された。お江、最初の嫁ぎ先は尾張大野・六万石の城主「佐治一成」だったが、織田信雄と共に徳川に味方したと秀吉が怒り、離縁させられ、短い結婚生活であった。(織田信長公の甥子・姪子にあたり、一成15歳、お江11歳の若い二人の結婚だったようですね)

                                                                                                                                         、                                                                                                                                                                                                                                                                                      

佐治神社にいく途中に「江 姫たちの戦国 人物相関図」があります

【佐治与九郎一成像】 四代「与九郎一成」は、永禄12年(1569)三代「八郎信方」の嫡男として生まれた。父・信方(妻は於犬・織田信長の妹)は信長に協力するも、伊勢長島の戦にて22歳で討死。与九郎一成は天正11年(1583)浅井長政とお市の方の三女「お江」を妻とした、しかし秀吉に引き裂かれ、短期間で離縁となる。

【佐治神社】佐治家の法要は城から一段高いところに佐治神社があり、毎年4月中旬、佐治菩提寺・斎年寺の住職を招き、子孫や地区関係者がそろい、法要を営むそうです。

                                                                                                        つづく

 【参考資料】                                                                                                        大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」三姉妹の年齢年表                                                                                             ②愛知の武将ここにあり「武将のふるさと愛知100選」 愛知県産業労働部観光コンベンション課                                               ③「江」ゆかりの地の地案内マップ 常滑観光案内所

2011-04-21

[東海] お江ゆかりの地を訪ねて[尾張大野編]!(その1)

愛知県知多半島西部 常滑市の北端にある大野町は、天然の良港を控えた村という意味で天正(1573~1592)のころまで[湊町]と呼ばれていました。鎌倉時代から栄えた町で三河湾から伊勢に抜ける道筋の中継点として海運、軍事両面で重要な位置を占めていました。すなわち一色、佐治氏の城下町として、江戸廻船の基地として、元伊勢の霊地とそして、世界最古の海水浴場として発展してきました。                                                              2011年NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」のヒロイン、お江(ごう)が最初に嫁いだ地は、ここ尾張大野でした。

国道155号線・青海山団地西交差点を東へ(名古屋から来られると左折)、住宅街の坂道を上がっていくと城山」公園入り口の案内板があり、そこを左折し、少し行くと城山公園南入口駐車場(普通車のみ15台)に着きます。

駐車場から左へ行くと、天主閣を模した展望台が見えてきます・・・

城山公園入口から少し行くと・・・

                                                                                                                 

城山公園案内図があり・・・

さらに長い~長い階段を上がって行くと、城門(模擬)に辿り着きます

この門の屋根についてる佐治氏の家紋・・・「日の丸扇」

                                                                                                      城門付近に大野城址の石碑があり、

天満社の案内板もあります

案内板のそばで撮った展望台です・・・

 

 

つづく・・・

2011-03-28

[東海] パワースポット!(熱田神宮境内)

熱田神宮の創祀は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座により始まります。第12代景行天皇の御代、日本武尊(やまとたけるのみこと)は御東征の後神剣を尊のお妃である宮簀媛命(みやすひめのみこと)のお手許(緑区大高町氷上)に留め置かれたまま亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。後に宮簀媛命は、社地を熱田にお定めになり、神剣を奉斎されました。古来この境内は不老、不死の理想郷である蓬莱の一つとして尊ばれていました。(パンフレットより抜粋)                                                                     パワースポットとは、訪れた人に健康や心身を癒やす助けとなる精神的なエネルギーに満ちた場所を指します。テレビ番組や雑誌などで取り上げられる多くは神社や寺院ですが、自然の中にある山岳や滝、湖などの観光地を含む場合もあり、また、言い伝えが残る石や木などが紹介されるケースもあります。最近、若い人ににも人気があるパワースポットを紹介します。 

清水社近くの大楠・・・注連縄のついたご神木!

「清水社」祭神は水をつかさどる神さまである罔象女神を祀ります。

眼がよくなり!肌がきれいになり!また、楊貴妃伝説あり!

パワー・癒し・運気アップ!・・・出かけてみては」いかがでしょうか! 

清水社ってどこにある?・・・「熱田神宮境内イラストマップ」ここをクリックしてね!                                                            

パワースポットについて、もっと知るたい方は、こちらをクリックしてご覧ください!                                                                            

楊貴妃の墓を知りたい方はこちらをクリックしてご覧ください!                                                             

参考:カテゴリ「名古屋地区」お清水さま(熱田神宮境内)もあわせてみてね!

2011-03-15

[東海] 乙川まつり(平成23年半田の春まつり)!

春の山車祭りは、毎年3月下旬から5月3日・4日にかけて市内10地区で行われ、総勢31台の豪華な山車が続々と登場します。乙川(おっかわ)まつり知多半島5市5町の春の祭礼で最初に開かれ、今年は3月19、20の両日に開催されます。この画像は、蔵のまち観光案内所(国登録有形文化財小栗家住宅内)で入手したパンフレット(B5サイズ)を撮ったものです。二つ折りの中に、3月19日(土)始楽(しがく)・3月20日(日)本楽(ほんがく)の山車巡行図・見所祭りのことなどわかりやすくが載っていますので、、入手されて、乙川まつりに行かれてはいかがでしょうか。                                          

乙川まつりとは・・・現在では春彼岸の頃に行われる乙川まつりは、明治45(1912)年まで旧暦」1月15・16日(今の2月上旬)に行われていました。その時季は1年でもっとも寒く小雪まじりの季節風が「糸きり風」と呼ばれ乙川まつりの名物でもありました。

神輿(みこし)にのった神さまが八幡社から若宮社に渡御(とぎょ)し翌日に還(かえ)ってくる、2日間にわたる神事が乙川まつりです。このとき神さまをお護(まも)りするために4輌の御車(おくるま)が曳きだされます。宝暦5(1755)年にかかれた「乙川村祭禮絵巻(さいれいえまき)」が示すように乙川では古来よりこのかたちが確立されており今に受け継がれています。

元薬師曳き揃え・からくり人形奉納・車切の若衆たち

みどころは、両神社への宮入り・からくり人形奉納・元薬師(もとやくし)での4輌曳き揃えです。八幡社に曳きあげるとき若者たちは御幣下(ごへいした)の梶棒先を取り合います。この一番梶を守り通したものは乙川一の娘を嫁にもらえるといわれています。4輌揃って御輿に供奉(ぐふ)しての曳きまわしはまさに祭禮絵巻そのものです。(パンフレットより)                                    

昨年の乙川まつりでは、いっぱい写真を撮り、ブログに載せました。カテゴリ「祭り!」から乙川まつり(始楽・本楽)の模様もご覧ください。                                                             

5年に一度31台勢揃い!!                                                                                                  はんだ山車まつり                                                                                 次回 平成24年10月6日(土)・7日(日)開催

2011-02-06

[東海] 天下の奇祭・国府宮はだか祭!

平成23年の天下の奇祭・はだか祭(正式名:儺追神事)は、旧暦正月13日にあたる2月15日(火)に国府宮で斎行されます!                                 

小さな字で。関連行事も書かれていました。補足をいれて・・・                                                              ◇2月14日(月)大鏡餅奉納・・・本年の大鏡餅は、「明治奉賛会」より奉納されます。                                                      ◇2月16日(水)大鏡餅切り・・・お祓いの後、大鏡餅を切り分け、儺追殿で授与されるため、多数の参列者が列をつくります。                              

このポスターは、名鉄神宮前駅の構内で見つけ、撮ったものです。一昨年2月7日(土)に初めて国府宮を訪れ、神社の参道や楼門近くで、はだか祭を直に観て、興奮し、感動した記憶が甦ってきました。その時の画像の一部を載せてみました。

【はだか祭の一番の見所】・・・                                                                                        神男(しんおとこ)が警護の者に守られ、全身無垢のの姿で参道に群がっている裸男(はだかおとこ)たちの中へ登場する。裸男たちは、神男に触れることで自分たちの厄災を祓うことが出来ると信じ、一斉に神男に殺到する。神男の一団は、裸男たちに揉まれ、触れられ、ジリジリと楼門をくぐり儺追殿に納まるまで。(約1時間位)                                                                                                   

昨年は、朝からの雨で、残念ながら行くことが出来ませんでしたが、今年は、はだか祭のパワーを再び肌で感じたいと思っています。

カテゴリ「祭り!」クリックして、一昨年のはだか祭の模様もご覧ください。

2011-02-04

[東海] 知多 大興寺 開運大日福だるま大祭!

大興寺は、知多市の南部にある禅寺で毎年成人式(1月第2月曜日)に大祭が行われています。大興寺ホームページの【開運大日福だるま縁起】によると・・・

[大興寺の歴史は、今より約1250年前(神亀年間)行基菩薩の御作と総本尊大日如来にはじまります。・・・中略・・・「大日福だるま」は、霊験あらたかな「大日如来」と波頭万里の波を越えて、七転八起の強い精神力を持って、インドより中国に仏法を伝えられた「達磨大師」のご分身であります。また、別名「念ずれば花開くだるま」と申します。]・・・

昼ごろ訪れた時の参道、境内の模様の画像です。ご覧ください。

縁起の続きです。・・・[私たちには、夢があり、願いがありまます。決して転ぶことを恐れたり転んでも決してあきらめたりしてはいけません。私達には、起き上がる力があります。そして、大日福だるまを信じることにより、より強い力が授かります。願いが叶った時には、また、一年無事に過ごさせていただけたならば、左の目を書き入れ、奉納してください。大祭の日に御炊き上げ供養会を行います。]・・・と。

私の守り本尊も大日如来!

このワンちゃんも参拝

ここは、「福だるま」「合格だるま」「必勝だるま」など購入でき、毎年、多くの参拝人でにぎわうそうです。

2011-01-02

[東海] 「はち丸」の今後は・・・!

2010年1月から始まった名古屋開府400年祭が終わり、12月31日(金)大晦日、名古屋市中区の久屋大通公園で「名古屋開府400年クロージングセレモリー」がおこなわれた。「400年の旅人」と呼ばれるはち丸」は、デビューしたのが「第54回名古屋まつり」2008年10月11日から812日になり、この日で役割を終えるはずだったちょんまげ姿のマスコット「はち丸」は・・・

はち丸に最初に出会ったのがセントレアで・・・(2月)

二度目が、「世界サムライサミット」の会場(中区栄・オアシス21)で・・・(7月)

三度目が、名古屋おもてなし武将隊の演武会場(名古屋城)で・・・(10月)

四度目が、「第56回名古屋まつり」三英傑・三姫 宵の陣の会場(久屋大通公園)で・・・(10月)

今年は、「はち丸」をもう見られなくなるかなぁ~と思っていたら・・・                                                             名古屋を盛り上げてくれた「はち丸」は、今後も「名古屋市マスコットキャラクター」タスキかけて、市の活動を続けるそうです。本人も「これまで以上がんばっていきまーす!!」・・・(はち丸公式ブログより抜粋) これからも、かわいい「はち丸」が見れるんですよ!・・・応援しましょうね!

2010-12-02

[東海] 洞雲寺の紅葉! (2)

前回ブログの続きです~紅葉のライトアップまで少々時間がありましたので、本道に上がって、めずらしい【寧護(ねこ)大師】黒ずんだ【びんずるさま】をみました。

~ねこのお姿をした大師さん~                                                                       瀬戸市の造形作家小沢康麿さんが名付けた陶製の像で、高さ33センチ。常滑だから、ねこのお大師さんを祀っているのかな?

弘法大師と同じく左手に数珠、右手に密教の宝具「三鈷」(さんこ)を持ち、ほほえんでいました。

~びんずるさま~

賓頭盧頗羅堕尊者(びんずるはらだそんじゃ)・・・                びんずるさまは医者の息子で、親の教育を受け、」薬を使ったり、病気を治すのが上手でしたので、「なで仏さま」として信仰されました。目の悪いが目をなでると目が治る。手足の悪い人が手足をなでると手足が治る。病いは気からと申しますが、身体を治すには、心からということです。健康というのは、身体が健やかであり、心が康やかという意味ですから・・・。(説明文)

モミジは、参道の左右に20本。昨年始めて点灯したのが好評で、今年は照明を倍の6基に増やしたそうです。

闇に浮かぶ紅葉! ~幻想的ですねぇ~

 今回も好評で、さらに12月1日(月)~12月5日(日)午後5時~午後9時までライトアップされます。(雨天の場合は中止)

2010-11-29

[東海] 洞雲寺の紅葉! (1)

2010.11.25の中日新聞(知多版)で「常滑市井戸田町の洞雲寺※1で、境内のモミジがライトアップされ、赤や黄に色づいた葉が闇に浮かび上がっている。28日まで。・・・」の記事を見て、27日(土)夕方、洞雲寺モミジを観に行ってきました。

境内の駐車場から弘法堂に行く途中で出会った小さな役行者(えんのぎょうじゃ)※2の石像です。

【ライトアップ前】・・・    本堂に通ずる階段や弘法堂付近のモミジ

 

                                                                                                                                                                                                                                          階段を降りて、御嶽山(みたけざん)洞雲寺(とううんじ)本堂前の広場から撮りました~

【関連ブログ】・・・こちらもみてネ!                                                                              ※1: 2010.7.20 洞雲寺の双頭蓮!                                                              ※2: 2010.4.20 乙川祭り(本楽)!(5)

次回、モミジライトアップにつづきます~

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