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2009-12-27

[はんだ蔵のまち・半六さん] 半六さんの春待ちの節句&イルミネーション!(3)

半六さんの四季・・・
*ひなまつり(平成15年より毎春)
*端午の節句(平成15年より毎春)
*重陽の節句(平成14年(新世紀茶会)より毎秋)
*紅茶庭園(平成14年・19年山車祭り)
*クリスマスコンサート(平成17年より毎冬)
このように半六邸では、いろいろなイベントが開催されてきました。
もう、観ることができなくなるのだろうか?! 

この日邸内を見学していた時、偶然、観光協会のおもてなし係の方々に出会いました。半六さんの話などいろいろ聞くことができ、また、漆器などをいただき、ありがとうございました。
さて、日本庭園では、電飾に発光ダイオードを使い、ゆめホタルもあらわれ、幻想的な雰囲気につつまれて・・・
画像をクリックすると、大きい画像が表示されます。








寒い中、とん汁をいただき、容器は記念としていただくことができました。半六さんをきれいにする会(半六倶楽部)のスタッフの方々、ありがとうございました。
 
今年の半六さんのイベントは、カテゴリ「はんだ蔵のまち・半六さん」をクリックしてみてね!

2009-12-26

[はんだ蔵のまち・半六さん] 半六さんの春待ちの節句&イルミネーション!(2)

・・・門を入ると黒松の大木が出迎えてくれます。黒松は老いる程に幹の亀甲がより深く刻まれます。往時の繁栄を物語るこの黒松に海風が吹き寄せ、枝や葉を鳴らす事から、門に入った正面の建物は聴枩館』(ちょうしょうかん)と名づけられました。・・・(“半六邸へようこそ”-半田市観光協会ーの抜粋)
2階に上がって、すぐのお部屋に・・・
大きな浴衣に、
二所ノ関・大鵬・麒麟児
の文字が
みえます・・・

聴枩館の2階部分と北側に付属している数奇屋造りの棟は、明治22年(1889に完成しました。使用されている材料やその使われ方は、当時の最高技術と思われます。(同・抜粋)





欄間・羽子板・手桶・・・

端午の節句の飾りや扇風機なども・・・ 





この古いカバンには、
ALEXANDORIE・FLORENCE ・ CAIROのラベルが貼られて・・・
思い出の旅行カバンだったのでしょうね。
このラベルも古そう・・いつ頃海外へ行かれたのでしょうかねぇ~?
お庭も暗くなってきたようです・・・

(16時32分撮影)・・・デジカメって凄いね!!


次回は、イルミネーションの模様を載せますのでみてください

2009-12-24

[はんだ蔵のまち・半六さん] 半六さんの春待ちの節句&イルミネーション!(1)

この半六さんの広大な屋敷は、戦後の一時期に料亭や大相撲の名古屋場所の相撲部屋に貸された他は、廃屋に近い状態になっておりました。平成13年(2001年)から有志による修復作業が始まりました。現在も半六倶楽部として、整備・保存・修復され、聴枩館と茶室と職人小屋の3棟が公開されてきました。
今回で、最後の公開となってしまうのか?!みなさんに見ていただきたくて、いっぱい写真を撮って来ました。画像をクリックして拡大でお楽しみください。
門を入って、すぐ左のお庭
春待ちの節句の飾り




欄間
に十六花弁の菊花紋が彫り込まれて・・・
欄間の彫りに注目
東郷平八郎書




愛用?の品もいっぱい・・・野球のバット、カメラ、映写機なども! 

 

 

 




一階から2階へ上がる階段に、にこのポスターがありました~
なんと、今から80年前の「御大典奉祝名古屋博覧会」のポスターでした。
いままで、保存されて残っていたということは、よほどの想いがあったのでしょうね。

つぎは、2階の模様を載せますのでご覧くださいね

2009-12-11

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第9回半六さんの重陽の節句!(3)


今から数えて、120年前の明治22年(1889年)、半田に中埜半六家の本宅が完成しました。敷地はおよそ900坪におよび、そのなかに数奇屋造りの本宅をはじめ、米蔵、茶室、門家、職人小屋、そして井戸館など、およそ300坪にもおよぶ建物がつくられました。いまも、そのうちの幾つかは残り、くわえて京風のみごとな庭園も残っています。母屋の二階でお茶会が・・・





      煎茶呈茶席  売茶流  席主 杉浦治仙窟

2階の廊下から見下ろすと・・・
茶室が見えます・・・
茶室のなかには
いろいろな瓢箪(ひょうたん)工芸・加工品が展示されて・・・
「建物明細図」

「玉座」周辺
玉座についての謎?
「明治]23年半田において、第一回陸海軍大演習が行われ、明治天皇は、酒の文化館のある場所にあった小栗富次郎宅に泊まられた。半六邸には、浜田侍従一行5名が泊まられた」という書籍があります。(知多半島歴史読本・河合克己著)では、半六邸の玉座が意味することは何か?・・・ご存知の方がいらっしゃいますか?

「半六さんの秋の味覚」
「後の雛(あとのひな)」
本日の朝刊記事に・・・計画では、茶室蔵一つ改修し休憩施設として利用する・・・跡地にイベント広場を造る・・・
あす半六邸「春待ち節句」。・・・当日午後1時に開門。同2時から敷地北側の庭園でアマチュア奏者による二胡やギターの演奏会を実施。イルミネーションで庭園を彩り、夕暮れから午後7時まで点灯させる・・・・(記事より抜粋)

1889年建物が完成、1959年伊勢湾台風の被害、2009年建物の大半を取り壊しに?・・・なんとなく、0009年に宿命を感じませんか?

2009-12-10

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第9回半六さんの重陽の節句!(2)

今年の端午の節句では、邸宅のお庭の一角にテントを張って、“歌”と“知っ多マンドリーノ&知多ギターアンサンブル”が開催されました。今回は、テレビで見たことがある二胡の演奏会がありました。演奏は、「茉莉花茶」(モーリホワチャー)で、潮見池特設ステージに於いて行われました。ご存知だと思いますが、二胡は、二弦の弓で奏する楽器で、西域の胡人たちによって中国に伝えられた楽器です。

「里の秋」・「紅葉(もみじ)」・「ちいさいな秋見つけた」など、秋にちなんだ数曲が演奏され、訪れた方々は、ニ胡の哀愁漂う音色に聴き入っていました。
演奏会が終わって写したお庭や邸宅の画像です。画像をクリックして拡大でご覧くさい。

 








この潮見池は、半田運河とつながり、その水を利用した珍しい造りだそうです


みなさん、いつでも残しておきたい景観だと思いませんか?




ニュースです!!
 “半六さんの春待ちの節句&イルミネーション”(入場無料)
  12月12日(土)13時~21時 庭、邸内の公開 ニ胡、ギターの演奏もあります。
  14時半~21時イルミネーション 今年もゆめホタルが登場します!
   (入場受付19時まで)

 先の新聞報道の通りになるとしたら、これが、最後の公開となってしまうのでしょうか

 次回は、お茶会や邸内の展示などの画像を載せますのでご覧くださいね!

2009-12-08

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第9回半六さんの重陽の節句!(1)

江戸時代から明治初期にかけて、海運業や醸造業などで冨を築いた旧中埜半六邸(半田市中村町)で、半六邸の修復などに取り組んできた市民団体「半六倶楽部(はんろくくらぶ)」によるイベント、「半六さんの重陽の節句」が開催された。開催前日の“半田中埜半六邸大半が取り壊しに”の新聞記事を見て、この機会を見逃すまいとの思いからだろうか?・・・たくさんの見物客が訪れていました。
会場の入り口に・・・
「江戸時代後期から廻船業を営んでいた半田市中村町の旧中埜半六邸が、市に売却され、母屋など建物の大半が壊されることになった・・・」との新聞記事。この歴史的価値ある建物が観ることができなくなるとの思いもあって、写真をいっぱい撮ってきました。
屋敷の塀の展示では・・・
2001年5月 左上 玉座方向
         右下 玉座から南方向
         縁側、障子がなく、荒れ果てていました
         〈玉座(ぎょくざ)とは、君主が公式に座る座具のこと)
昭和53年当時の番付表。名古屋場所の際、二所ノ関部屋宿舎に使用していた名残です。横綱は、大鵬、柏戸です。
大鵬・直筆サイン&手形の色紙!
(邸内に展示されていました)
2001年10月 「第一回お茶会」
今回の「お茶会」は、母屋の2階で行われました。
上の写真に、修復された玉座がみえますねぇ~

半六邸が建ったのは明治22年(1889年)も春のこと、半六倶楽部ができたのは平成12年(2000年)の春でした。

 次回は、「二胡演奏会」や「庭・建物」などを載せますので、ご覧くださいね!





2009-05-08

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第7回半六さんの端午の節句!(その2)


明治22年に建てられた中埜半六邸は、敷地900坪の中に数奇屋造りの本宅をはじめ、米蔵、茶室、門家、職人小屋、井戸館と300坪の建物が建てられていた・・・今は、いくつかの建物が京風の庭園と共に残っている。
2階にあがると・・・

 

これって、伊達政宗のかぶとをモチーフにしたかぶとでしょうか?
先のブログで紹介しました愛知の名工松井宗太郎さんの作品です。
西側・・・
松井宗太郎さんの作品

 

   秋には、「半六さんの重陽の節句」というイベントも開催されています~

地元の音楽愛好家らによるマンドリンとギターのコンサートも行われていました・・・・・こちらをクリックしてご覧ください。

2009-05-07

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第7回半六さんの端午の節句!(その1)

5月2日、初めて、「第7回半六さんの端午の節句」に行ってきました。天気に恵まれ、観光客や地元の人たちでたいへん賑わっていました。今まで見たことがない、めずらしい五月人形などたくさん展示されていたので、いっぱい写真を撮ってきました。
当日の写真です。



お庭





1階
 





 前回のブログに載せた直江兼続の愛のかぶとは1階に展示してありました。
 
 





 
写真をクリックすると大きな画像が表示されます・・・お楽しみください♪

2009-05-04

[はんだ蔵のまち・半六さん] 直江兼続の兜!

知多半島・半田市中村町の中埜(なかの)半六邸で2日、第7回「半六さんの端午の節句」が始まり、大勢の見物客でにぎわっていました。〔中埜半六邸は、江戸時代後期に廻船業を営んだ富豪の邸宅で、1959年の伊勢湾台風で廃屋近い状態となり、その後、2001年に有志らが「半六倶楽部」を結成して、整備・保存・修復に努めている。〕

【直江兼続の愛のかぶと】2003年に「愛知の名工」にも選定された板金工芸家松井宗太郎さんが、NHK大河ドラマ「天地人」直江兼続の着用しかぶとをモチーフした鉄板製かぶとを製作し、展示されていました。

この兜(かぶと)に「愛」の文字を前立てに付けていますが、あれは・・・
①直江兼続が尊敬していた上杉謙信は、毘沙門天を信奉し、「毘」一文字を旗印にしていました。同じように、兼続も愛宕権現や愛染明王を信仰していて、その頭文字の「愛」を付けたのではないかという説です。
②兜の「愛」は、仁愛、愛民の愛ではないかという説です。
天地人の原作者火坂雅志氏は、最初は信仰説だったが、次第に愛民説に傾いたと語っています。(私もこの説に賛成です。)
あなたなら、どちらの説をとりますか?

直江兼続の愛のかぶとは、どのシーンからでてくるのでしょうか・・・たのしみです。

2009-03-03

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第7回半六さんのひなまつり!(後編)

ここでは、筝曲、管楽器演奏会なども行われていました。ここに入るための会費は、500円(お茶とあぶり餅付き)です。・・・売上金の内、必要経費を差し引いた後の金額は、半六邸修復および知多半島の文化財の保護に使用されす

江戸時代から昭和時代にかけてつくられたおひなさまの展示・・・二階もおひなさまがいっぱいありました。写真をクリックして ご覧ください。
二階から・・・
小さなおひなさま・・・
大鵬親方の色紙!
羽子板も展示!
皆様もご満足のご様子で・・・


二階の広間で、お茶とあぶり餅をいただいました

      優雅なおひなさまを見ると春のおとずれを感じますよねぇ~

【お知らせ】
5月上旬に端午の節句が開催されます・・・たのしみですね。

2009-03-03

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第7回半六さんのひなまつり!(前編)

知多半島・半田市観光協会のほぼ向かいに、明治22年建築の数奇屋造りの中埜半六邸があります。ここは、半田運河のほとりにあり、茶室や蔵も並んでいます。はんだ蔵のまち雛まつり見どころの一つ、第7回半六さんのひなまつりが、2月28日・3月1日に開催されました。この度、初めて行って来ました。たくさん写真を撮ってきましたのでじっくりご覧ください。
門を入ると・・・

 

お庭の周辺のお部屋に・・
 


三河万歳のおひなさま?
  

 

古そう~紙のおひなさまも・・

一階の座敷に上がって・・・







大きい~おひなさま・・
京都の嵐山と渡月橋をモチーフになっているそうです!
 
どっしりとした手水鉢や鞍馬石も・・・







たくさんのおひなさま~
この続きは、次回のブログに載せますのでご覧くださいね。

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