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2009-05-29

[知多半島・花] アサリ池の花しょうぶ!


4月10日ブログ“池の水面に立つ水上図書館”で紹介しましたアサリ池公園は、小・中学生の通学路にあり、町民の憩いの場所になっています。あさり池の水辺に咲く花しょうぶが見ごろです。

この日、今まで見たことがなかった光景を目にすることができました。それは・・・・
池のほぼ中央付近と水上デッキ付近の二ヶ所に噴水装置がしてあったのです。訪れたのは、15時ごろでした。

水は、これ以上高く上がりませんでした~

こちらは、高く上がります!

カモ
アヒルも・・・

 

みなさんは、カキツバタ・アヤメ・ハナショウブ見分け方ってご存知ですか?
こちらを
クリックするとおわかりいただけますよ。

2009-05-23

[東海] 明治天皇ゆかりの地!


春になると、雁宿千本桜でお花見に賑わう雁宿公園です・・・

明治23(1890)年3月、半田市(当時半田町)日本で最初の陸海軍統合大演習が行われました。その際、大本営がこの地に置かれ、明治天皇も来半(らいはん)されました。雁宿公園は、それを記念して、大正2(1913)年に公園として整備されました。
この公園には、半田に由来のある記念碑などが数多く設置されています。
【明治天皇御駐蹕碑(めいじてんのうおんちゅうひつひ)】
ここ雁宿の丘で、第一回陸海軍統合大演習を御統監(ごとうかん)されました。
【明治天皇雁宿野立所】
明治天皇は、この丘に立ち、大雨の中外套(がいとう)の御頭巾(おずきん)も召されず演習をを統監されたそうです。
【明治天皇半田大本営】
大本営
が、業葉(なりは)神社東の大富豪小栗冨治郎邸(現在、酒の文化館に案内板があります。)に置かれました。(この公園内に移設されたそうです。)
【忠魂碑】
半田町出身の戦慰霊の碑で、
は、日露戦争で活躍された乃木希典(のぎまれすけ)大将

今春、撮った桜のシーンです。

雁宿公園は、名鉄河和線知多半田駅から徒歩約10分。
 
 明治天皇の関連記事は、2008年12月29日、2009年3月14日のブログに載っ
 ていますので、あわせて、ご覧ください。

2009-05-20

[サンタママズカフェ] ♪コンサート♪


木のぬくもり漂う癒しの空間・・・“サンタママズカフェ”でのフルート&ギター・コンサート


前2回は、1階でコンサートが行われたのですが、今回は2階のテーブルの近くで行われ、イネ・セイミさんのユーモア溢れるトークで、なごやかな雰囲気につつまれての演奏となりました。
フルート演奏:イネ・セイミさん

ギター 演奏:望月雄史さん
常連さんもお見えで・・・

演奏曲目:「愛の挨拶」「タイスの冥想曲」「カッチーニのアベマリア」「おじいさんの古時計」「エルチョクロ」「シャレード」「黒い瞳」「アメイジング・グレイス」※・・・など。

ギターの伴奏により素朴な感じからジャズっぽい感じまで、曲にあわせていろいろな雰囲気を出すことができるのですね。

特に、イネ・セイミさんのいとおしむように奏でる音色に、心癒されたひと時を過ごすことができました。ありがとうございました。

※「アメイジング・グレイス」
←こちらをクリッしてみてね
・・2003年テレビドラマ「白い巨塔」のテーマ曲。作曲者不詳。ジョン。ニュートン作詞による賛美歌で、特に、アメリカで愛唱され、“grace”とは、「神の恵み」「恩寵」の意だそうです。

イネ・セイミさんが奏でるステキな音色!ここをクリックしてお聴きください。

2009-05-18

[東海] 大興寺で見つけた“山法師”!

知多市の旭公園に行った帰りに、一度訪ねたかった龍雲山大興寺に寄りました。「達磨寺」として有名なお寺で、毎年、1月第2月曜(成人の日)開運大日だるま大祭が開催されます。昨日は、平日で、しかも曇天のせいか、参拝者もなく静かでした。

 

だるまさんがたくさん
祀られて・・・
    

めぐりあいのふしぎに
手を合わせいよう!
念ずれば花ひらく!

お地蔵さん?

何を見つめているのかなぁ~?


建物など一通り見た後、樹が生い茂っているところを眺めていた時、白い花がいっぱい咲いてる木が目に入ってきました。
近づいて花を見ると、白い十字型の白い花・・・近くにいた人に訪ねると、「山法師(やまぼうし)と言う花だよ。」と教えてただきました。初めてみる花、しかも、おもしろい名前・・・
調べてみると・・・
山法師
の名前は、中央の丸い花穂を坊主頭に4枚の白い花びらを白い頭巾に見立て。比叡山延暦寺の「山法師」になぞらえたのだそうです。秋には、実がイチゴのように赤く熟す。少し甘く、食べられるそうです。花水木とよく似ているが、咲く時期が、花水木より1ヶ月遅いのと、花の先端がとがっている(花水木は丸い)ことから区別できるそうです。


このお寺に、春と秋に花をつける桜・四季桜もあるとか・・・

 秋に山法師の実と四季桜を、ぜひ、観にいきたいと思っています

2009-05-14

[祭り!] 豪華で勇壮な亀崎潮干祭!(4)

【国重要無形民俗文化財 亀崎潮干祭】の石碑には、
「・・・三百年以上にわたって脈々と伝え守られてきた伝統行事や制度特に祭りへの参加を確認する着帳とこれに基づく役割の配分さらに車元による経費負担制度など山車行事の特色ある伝統的祭祀組織を有していることが認められ・・・」と刻まれています。
海から上がった山車。
一時待機し、国道を横断して神前神社前の曳き廻し

神社前では、観衆が、今か、今かと山車の来るのを待っています。
境内の曳き廻し・・・
〈宮本車〉
渾身・・・
〈青龍車〉
神社前の曳き廻しを終えた後、それぞれの山車は、所定の位置に整列します。その後、謡曲や長唄に合わせて、前棚、上山の2ヶ所でからくり人形が演じられます。特に「からくり人形の生きた化石」とも絶賛される人形『傀儡師(船弁慶)』も継承されています。
このブログは、「亀崎潮干祭ガイドブック(平成18年4月発行)」などを参考にさせていただきました。(この祭礼の組織と運営、祭りの装束、しきたりなどを載せることができませんでした)地元の方々の、この祭礼にかける意気込みと末永く伝統を維持していこうとする心意気に感銘しました。
   さすが“国重要無形民俗文化財”!すばらしい祭礼です!!

       亀崎潮干祭の様子(動画)は、
ここをご覧ください。

2009-05-13

[祭り!] 豪華で勇壮な亀崎潮干祭!(3)


この祭りの見どころは何と言っても山車の海浜曳き下ろし。

昭和34年の伊勢湾台風護岸整備により永らく途絶えていましたが、
平成5年に人工海浜が完成させて昔ながらの勇壮な祭りを復活させたそうです。

   山車が、海の中に入るお祭りって・・・全国的にもめずらしい!

亀崎潮干祭は江戸時代、尾張徳川家の附家老成瀬隼人正(犬山城主)より十万石格式の旗印、裏金一文字、陣笠、立付け袴、金切割の朱割を賜ったとので伝承があり、今も祭り装束などにその風格がしっかりと受け継がれていますが、この時賜った旗印こそ山車の上山後部ではためく「吹貫・吹き流し」ではないかと考えられています。「吹貫」は、歴史的に非常に格式の高い装飾品であり、山車の象徴ともいうべき特別な装飾品であるといえそうです。

2009-05-12

[祭り!] 豪華で勇壮な亀崎潮干祭!(2)

前回のブログで紹介しました田中組・神楽の大幕・水引・追幕は、京都の日本画家福田翠光(1895~1973)の下絵によるもので、昭和6年(1931)京都高島屋呉服店により完成しました
この幕にまつわる逸話・・・下絵で刺繍(ししゅう)を入れる際、当初旧幕の裏側へ刺繍を計画していたものを、高島屋からの「この素晴らしい刺繍を活かすためぜひとも舶来高級生地の新調を」という再三の進言によって「特選英国製最優秀緋羅紗」(当時の商品名)の新調に踏み切りました。
潮干祭で唯一伊勢湾台風以前の曳き下ろしを知っている幕で、いまだ色褪せない生地は絶品の証です。
山車には、精緻な彫刻で飾られています。写真をクリックしてご覧ください
力神車・壇箱
「力雄神(左)・力雌神(右)・海棠に親子鶏」
立川和四郎冨昌作
前棚人形・・猩猩・・扇を手に静kに舞う。のち赤ら顔の猩猩に変身後再び元に戻ります。
神楽車・壇箱
「蟇(がま)仙人(左)・鉄拐(てっかい)仙人・蘭亭(らんてい)の庭」立川常蔵昌敬作
脇障子・・「趙雲に阿斗(左)・張郃(右)」立川常蔵昌敬作

宮本車・前棚四本柱
早瀬長兵衛作
堆朱に線彫りで「昇竜・降龍」の彫刻が施されています。

宮本車・壇箱
「龍に虎」
瀬川治助重光作


青龍車・四本柱がみえてきました・・・近くに行ってみましょう~

青龍車・四本柱
川口文左衛門作
 (明治24年)
名古屋伏見の七宝焼作家川口文左衛門の傑作で、鳳凰,桐などの宝づくしの模様が色鮮やかに表現されています。
前棚人形は、布ざらし。長唄「越後獅子」に合わせながら両手に持った布を振りながら舞う娘の人形で、日本国内に現存する布ざらし人形としては唯一のものです。
 

 壇箱
[風伯神(ふうはくしん)〈左〉・雷電神(らいでんしん)〈右〉・波に龍」 竹内久一作

 

花王車・脇障子
「葡萄取り仙人」(左)
立川和四郎冨昌作

「葡萄取り仙人](右)
ギヤマンの葡萄がみえるかなぁ~?
壇箱
「太平楽楽人」
立川和四郎冨昌作


つづきも・・ご覧くださいね!

2009-05-11

[祭り!] 華麗で勇壮な亀崎潮干祭!(1)

亀崎潮干祭(かめざきしおひまつり)は、愛知県半田市亀崎町の神前(かみさき)神社(地元では、旧社格から「県社」と呼ばれている)の祭礼です。
神前神社(県社
祭神 神倭磐余彦尊(神武天皇
由緒・・・・
県指定有形民族文化財・・亀崎潮干祭の山車5台

神前神社の祭礼神武天皇上陸伝説にちなみ、かっては旧暦3月15,16日に干潮の浜へ曳き下ろしたが現在では5月3,4日と改め御旅所へ渡御する、神輿に5台の山車が善美お供する祭礼である。應仁、文明の頃(15世紀後半)18軒の武家により発起され荷車様の物に笹竹をたて曳き廻したのが山車の起源とされ、その後町の発展に伴い5組の山車が完成したといわれる。・・・・と書かれている。

創建以来何度も総造り変えや修復をへて、今日の姿になりましたが、現存する山車は、「幕末の左甚五郎」といわれる諏訪の名人立川和四郎富昌瀬川治助新美常次郎(彫常)竹内久をはじめとする名工の手による精緻(せいち)な彫刻や、岸駒翠光ら有名画伯の下絵による豪華な幕類、螺鈿や堆朱・七宝焼を用いた四本柱などで装飾されています。
  
  山車は、色鮮やかな刺しゅうの大幕や水引・追幕で飾られています。
   
石橋組・青龍車(せいりゅうしゃ)          中切組・力神車(りきじんじゃ)

建造
    明治24年(1891)              文政9年(1826)
代表彫刻 「風伯神(ふうはくしん)」・雷電神(らい   「力神」「子持龍」・・立川和四
       でんしん)・・竹内久一              郎富昌
大幕   波上に勇む青龍の金刺繍           「猩猩緋(しょうじょうひ)に虎   
                                  の刺繍・・越前守岸駒下絵 
水引  朱雀(すざく)の縫いつぶし            「青龍の縫いつぶし」
                                   越前守岸駒下絵
追幕  緋羅紗地に五山の譜の金刺繍          「続日本後記巻15の和歌と  
                                  翁の面」・・熱田神宮大宮司                                                            
                                  千秋李雄 書下絵
その他の装飾 「七宝焼の前棚4本柱」           
          川口文左衛門        

                    

田中組・神楽車(かぐらぐるま)            西組・花王車(かおうぐるま

建造
     天保8年(1837)                弘化3年(1846)
代表彫刻 「欄亭(らんてい)の庭」「鉄拐          「太平楽楽人」「葡萄取り仙人」
       (てっかい)」「蟇(がま)仙人」            立川和四郎富昌
       立川常蔵昌敬
大幕   「猩猩緋に牡丹に唐獅子の刺繍」         猩猩緋に雅楽楽器の金刺繍
       福田翠光下絵
水引   「雲霞(くもかすみ)と蝶乱舞の           御簾の金刺繍   
       縫いつぶし」・・福田翠光下絵 
追幕   「孔雀(くじゃく)の刺繍」               「御所車の刺繍」・・月泉下絵
       福田翠光下絵
            

東組・宮本車(みやもとぐるま

建造
 元治2年(1865)
代表彫刻 「ぬえ退治」「龍に虎」・・瀬川治助重光
大幕 猩猩緋に宝珠(ほうしゅ)の金刺繍
水引 白地に七五三縄(しめなわ)刺繍
追幕 猩猩緋に七曜星の刺繍
その他の装飾  堆朱(ついしゅ)に昇龍、降龍の彫刻を施した前棚4本柱

亀崎潮干祭の山車行事が平成18年3月15日、国の重要無形民俗文化財 に指定されました。

精緻な彫刻山車の海浜曳き下ろし、神前神社前曳き廻しなども載せますのでおたのしみください。

2009-05-08

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第7回半六さんの端午の節句!(その2)


明治22年に建てられた中埜半六邸は、敷地900坪の中に数奇屋造りの本宅をはじめ、米蔵、茶室、門家、職人小屋、井戸館と300坪の建物が建てられていた・・・今は、いくつかの建物が京風の庭園と共に残っている。
2階にあがると・・・

 

これって、伊達政宗のかぶとをモチーフにしたかぶとでしょうか?
先のブログで紹介しました愛知の名工松井宗太郎さんの作品です。
西側・・・
松井宗太郎さんの作品

 

   秋には、「半六さんの重陽の節句」というイベントも開催されています~

地元の音楽愛好家らによるマンドリンとギターのコンサートも行われていました・・・・・こちらをクリックしてご覧ください。

2009-05-07

[はんだ蔵のまち・半六さん] 第7回半六さんの端午の節句!(その1)

5月2日、初めて、「第7回半六さんの端午の節句」に行ってきました。天気に恵まれ、観光客や地元の人たちでたいへん賑わっていました。今まで見たことがない、めずらしい五月人形などたくさん展示されていたので、いっぱい写真を撮ってきました。
当日の写真です。



お庭





1階
 





 前回のブログに載せた直江兼続の愛のかぶとは1階に展示してありました。
 
 





 
写真をクリックすると大きな画像が表示されます・・・お楽しみください♪

2009-05-04

[はんだ蔵のまち・半六さん] 直江兼続の兜!

知多半島・半田市中村町の中埜(なかの)半六邸で2日、第7回「半六さんの端午の節句」が始まり、大勢の見物客でにぎわっていました。〔中埜半六邸は、江戸時代後期に廻船業を営んだ富豪の邸宅で、1959年の伊勢湾台風で廃屋近い状態となり、その後、2001年に有志らが「半六倶楽部」を結成して、整備・保存・修復に努めている。〕

【直江兼続の愛のかぶと】2003年に「愛知の名工」にも選定された板金工芸家松井宗太郎さんが、NHK大河ドラマ「天地人」直江兼続の着用しかぶとをモチーフした鉄板製かぶとを製作し、展示されていました。

この兜(かぶと)に「愛」の文字を前立てに付けていますが、あれは・・・
①直江兼続が尊敬していた上杉謙信は、毘沙門天を信奉し、「毘」一文字を旗印にしていました。同じように、兼続も愛宕権現や愛染明王を信仰していて、その頭文字の「愛」を付けたのではないかという説です。
②兜の「愛」は、仁愛、愛民の愛ではないかという説です。
天地人の原作者火坂雅志氏は、最初は信仰説だったが、次第に愛民説に傾いたと語っています。(私もこの説に賛成です。)
あなたなら、どちらの説をとりますか?

直江兼続の愛のかぶとは、どのシーンからでてくるのでしょうか・・・たのしみです。

2009-05-01

[知多半島・花] なんじゃもんじゃの花ってご存知ですか?

おもしろい名前でしょう~!木全体に雪が積もったように見えませんか?
常滑やきもの散歩道「Bコース」・陶彫のある街(とこなめ中央商店街)にある【世昌山 宝全寺】の境内で、樹齢30年、開花3日目(4月30日)のなんじゃもんじゃを初めて観てきました。この木の名前の由来は・・・・・
写真をクリックすると拡大で見れますよ
『由来・・・その1
明治神宮外苑にあったこの木の名前がわからず、当時の人たちが、その木(ヒトツバタゴ)のことを“ナンジャモンジャ"と呼んいたことが広くつたわっていった、ということのようです。
由来・・・その2
江戸時代、水戸黄門が下総(現千葉県)の神社を訪れた際、神木として植えてあったヒトツバタゴの名前を尋ねたところ、土地の人が「なんじゃもんじゃ」と聞き返したため、水戸黄門がそれを木の名前と思い込んだ―という故事が名前の由来とされている。などなど・・・
雪をかぶったような白い小さな花で花びらは一枚でけだが、避けて四枚に見えます

繊細で、とても優雅な花ですよ♪♪
    開花時期が一週間ほど、なかなか見る機会が少ないようですね。

    この2~3日が見ごろ・・・一度、訪れてはいかがでしょうか?

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