
唐人
お吉(本名斉藤きち)は、天保12年(1842)11月10日南知多町内海(うつみ)の西端に生まれました。
お吉、4才の時、家族とともに伊豆下田市に移り住みました。14才の時 芸子となり、17才の時 アメリカ領事館ダウンゼント・ハリスのもとへ侍女として勤め、ハリスが、日米交渉にあたっている数日間だけハリスの元へ通ったと言われるが・・・外国人・・いわゆる「唐人」に多額の金で、身を売った女・・即ち「唐人
お吉」と罵られ、軽蔑の目で見られ・・後に、髪結屋や小料理屋を営むが、「唐人
お吉」のレッテルを貼られたまま、商売は、うまくいかず・・晩年、酒におぼれ・・ついに、下田の稲生沢川に身を投げ、51歳の生涯を閉じたという。(静岡県下田市の宝福寺に
お吉の墓があります)
幕末の時代、国のためとは言いながら、あまりに悲運であった
お吉の生涯は、後世に語り継がれています。
内海館前の広場には、昭和61年11月建立の【唐人
お吉の像】があります。この像は、歌舞伎俳優坂東玉三郎をモデルにしたもので、遠く、「下田」を眺めているそうです。
もし、
お吉が、下田に行かなければ、幸せな人生だったかもしれませんね
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