2009-05-30

[モルモン書] アルマ書26章28節~30節

さて見よ、わたしたちはレーマン人の中に来て方々を巡り、様々な苦難に耐え、あらゆる窮乏をしのいできた。まことに、世の人々の憐れみに頼りながら、家々を訪れた。世の人々の憐れみばかりでなく、神の憐れみにも頼ってきた。

そして、わたしたちは彼らの家に入って、彼らを教え、また通りでも、丘の上でも教えた。彼らの神殿や会堂にも入って教えた。そして、わたしたちは追い出され、あざけられ、つばきを吐きかけられ、頬を打たれた。また、石を投げつけられ、捕らえられて丈夫な縄で縛られ、牢に入れられた。その後、わたしたちは神の力と知恵によって、再び救い出された。

また、わたしたちはあらゆる苦難に耐えてきた。これはすべて、だれか一人でも救う仲立ちになれるようにと行ってきたことであった。わたしたちは、だれかを救う仲立ちになれたら喜びに満たされるだろうと思った。

2009-05-29

[モルモン書] アルマ書26章24節~27節

彼らはわたしたちに言った。『あなたがたはレーマン人に真理を知らせることができると思っているのか。今見るとおりの強情な民であるレーマン人に、彼らの先祖の言いが正しくないことを納得させることができると思っているのか。彼らは今でも血を流すことを喜びとしており、日々ひどい罪悪に明け暮れ、彼らの生活は初めから背く者の生活だ。』兄弟たち、あなたがたは彼らがこう言ったのを覚えているはずである。

また彼らは、『レーマン人に打ち負かされて滅びることのないように、我々は武器を取って、彼らと彼らの罪悪を地から一掃しよう』とも言った。

しかし見よ、愛する兄弟たちよ、わたしたちは同胞を滅ぼすためではなく、わずかな人でも救えるのではないかということで荒れ野にやって来た。

そして、わたしたちが意気消沈して、まさに引き返そうとしたときに、見よ、主はわたしたちを慰め、『あなたがたの同胞であるレーマン人の中に行き、忍耐して苦難に耐えなさい。そうすれば、あなたがたに成功を得させよう』と言われた。

2009-05-28

[モルモン書] アルマ書26章21節~23節

さて見よ、兄弟たちよ。生まれながらの人でこれらのことを知っている人がいるだろうか。わたしはあなたがたに言う。悔い改めた人以外、これらのことを知っている人はだれもいない。

まことに、悔い改めて信仰を働かせ、良い行いをし、絶えず祈り続ける人には、神の奥義を知ることが許され、まことに、まだ明らかにされていないことを明らかにすることが許される。また、この同胞を悔い改めに導く務めがわたしたちに与えられたように、何千もの人々を悔い改めに導く務めがその人に与えられる。

さて、兄弟たちよ、わたしたちがゼラヘムラの地に住む同胞に、わたしたちの同胞であるレーマン人に教えを説くためにニーファイの地へ行くと言ったとき、彼らがわたしたちをあざけり笑ったのを覚えているだろうか。

2009-05-27

[モルモン書] アルマ書26章17節~20節

神はわたしたちを恐ろしい、罪深い、汚れた状態から救い出してくださったが、神がそのように憐れみ深い御方であられることを、だれが想像できただろうか。

見よ、かつてわたしたちは怒って出て行き、ひどい脅迫によって教会を滅ぼそうとした

おお、そのときに神は、なぜわたしたちを恐ろしい滅びに引き渡されなかったのだろうか。まことに、なぜわたしたちに罰の剣を下し、わたしたちを永遠の絶望の淵に落とされなかったのだろうか。

おお、そのことを考えると、わたしは消え入ってしまいそうである。見よ、神はわたしたちに御自分の正義を行使されることなく、深い憐れみによって、死と不幸のあの永遠の淵からわたしたちを救いに導いてくださった。

2009-05-26

[モルモン書] アルマ書26章14節~16節

まことにわたしたちは、とこしえに神をほめたたえて当然である。わたしたちの神はいと高き神であり、わたしたちの同胞を地獄の鎖から解き放してくださった。

まことに、わたしたちの同胞はかつて永遠の暗闇と滅びに取り巻かれていたが、しかし見よ、神は彼らを御自分の永遠の光の中に、まことに永遠の救いの中に導いてくださった。そして今、彼らはたぐいない豊かな神の愛に取り巻かれている。そして、わたしたちは神の御手に使われる者となって、この大いなる驚くべき業を行ってきた。

だから、わたしたちは誇って喜ぼう。まことに、主を誇って喜ぼう。まことに、わたしたちの喜びは満ちているので、喜びを味わおう。まことに、とこしえに神をほめたたえよう。見よ、主を誇って喜びすぎるということがあり得ようか。まことに、主の大いなる力と、主の憐れみと、人の子らに対する主の寛容について語りすぎるということがあり得ようか。見よ、わたしたちはあなたがたに言うが、わたしは感じていることの万分の一も言い表せない。

2009-05-25

[モルモン書] アルマ書26章11節~13節

そこで、アンモンはアロンに言った。「わたしは自分の力も知恵も誇ってはいない。しかし見よ、わたしの喜びは満ちており、胸は喜びでいっぱいである。だから、わたしは主にあって喜ぼう。

まことに、わたしは自分が何の価値もない者であることを知っている。わたしは力の弱い者である。だから、わたしは自分のことを誇るつもりはない。しかし、わたしは神のことを誇ろう。わたしは神の力によって何事でもすることができるからである。まことに見よ、わたしたちはこの地で多くの偉大な奇跡を行ってきた。だから、とこしえに神の御名をほめたたえよう。

見よ、神が地獄の苦痛から解き放してくださった同胞の数は、何千人にも上るではないか。彼らは今、贖いをもたらした愛について歌うようになっている。これはわたしたちの内にある神の御言葉の力のおかげである。だから、大いに喜んでよいのではないだろうか。

2009-05-24

[モルモン書] アルマ書26章8節~10節

神の御名がほめたたえられるように。わたしたちの神を賛美して歌おう。神の聖なる御名に感謝をささげよう。神はとこしえに義を行われるからである。

もしわたしたちがゼラヘムラの地から来なかったならば、わたしたちを今心から愛してくれている、またわたしたちが深く愛するこの同胞は、今もなおわたしたちに対する憎しみで苦しみ、また神を知らなかったであろう。」

そして、アンモンがこれらの言葉を語り終えると、兄弟のアロンが彼をたしなめて言った。「アンモン、あなたは喜びのあまり、我を忘れて誇るようになってしまったのではないか。」

2009-05-23

[モルモン書] アルマ書26章3節~7節

見よ、あなたがたに代わってわたしが答えよう。わたしたちの同胞のレーマン人はかつて暗闇の中に、まことに最も暗い、深い淵の中にいた。しかし今は何と多くのレーマン人が神の驚くべき光を見るようになったことか。わたしたちがこの大いなる業を成し遂げるために、神の御手に使われる者とされたことは、わたしたちに与えられた祝福である。

見よ、何千人ものレーマン人が今喜びを得ており、神の羊の群れに入っている。

見よ、畑は熟していた。そして、あなたがたは鎌を入れ、力を尽くして刈り入れ、まことに一日中働いたので、あなたがたは幸いである。見よ、あなたがたの得た束は何と多いことか。それらの束は、無駄にならないように倉に納められるであろう。

まことに、それらの束は終わりの日に嵐に打たれることなく、旋風に巻き上げられることもない。嵐が来るときに、それらの束はそのあるべき場所に集められるので、嵐がその束にふきつけることはない。まことに、敵が追いやろうと思う所に暴風で押しやられることもないであろう。

しかし見よ、それらの束は収穫をつかさどる主の御手の中にあり、それらは主のものである。主は終わりの日にそれらの者をよみがえらせてくださる

2009-05-22

[モルモン書] アルマ書26章1節~2節

さて、アンモンが同僚たちに語った言葉は、次のとおりである。「わたしの兄弟たちと同僚たちよ、わたしはあなたがたに言いたい、わたしたちは大いに喜んでよい。わたしたちは、ゼラヘムラの地を出たとき、神がこれほどまでに大きな祝福を与えてくださると想像できたであろうか。

さて、わたしは尋ねるが、神はわたしたちにどんな大きな祝福を与えてくださっただろうか。あなたがたはそれを告げることができるだろうか。

2009-05-21

[モルモン書] アルマ書25章15節~17節

また、彼らはモーセの律法も守った。モーセの律法はまだすべては成就していなかったので、彼らはモーセの律法を守る必要があったからである。しかし彼らは、モーセの律法を守っていたにもかかわらず、キリストの来臨を待ち望んでいた。彼らは、モーセの律法はキリストの来臨の予であると考え、キリストが自分たちに御姿を現されるときまでは、それらの外形上勤めを守らなければならないと信じていたからである。

ところで彼らは、モーセの律法によっては思っていなかった。しかしモーセの律法は、キリストを信じる信仰を強めるのに役立った。このようにして彼らは、将来起こることについて告げる預言の霊に頼りながら、信仰をもって永遠の救いにあずかることができるという希望を抱き続けたのである。

さて見よ、アンモンとアロン、オムナー、ヒムナイ、およびその同僚たちは、主が彼らの祈りに応じて願いをかなえてくださり、またすべてのことについて御自身の言葉を実証してくださったことを知って、彼らがレーマン人の中で得た成功に非常に喜びを得たのである。

2009-05-20

[モルモン書] アルマ書25章11節~14節

さて、アビナダイは神を信じているという理由で火あぶりにされて死んだ最初の人であった。したがって、彼が言おうとしたことは、多くの人が自分と同じように火あぶりにされて死ぬということである。

アビナダイアはノアの祭司たちに、彼らの子孫はアビナダイが殺されるのと同じ方法で多くの人を殺すが、その後彼らは、羊飼いのいない羊が野獣に追われて殺されるように、方々に散らされて殺されると述べた。見よ、これらの言葉は実証されたのである。祭司たちの子孫はレーマン人に追われ、狩り出され、打たれたからである。

さて、レーマン人はニーファイ人を打ち負かせないことを知ると、再び自分の国に引き揚げた。そして、その中の多くの者がイシマエルの地とニーファイの地に移り住み、神の民、すなわちアンタイ・ニーファイ・リーハイの民に加わった。

彼らもまた、その同胞がしたように自分たちの武器を埋め、義にかなった民になった。そして主の道を歩み、主の戒めと主の掟を守るように努めた。

2009-05-19

[モルモン書] アルマ書25章8節~10節

すると、この殉教を見て多くの同胞が怒りをかき立てられ、荒れ野で争いが起こった。そして、レーマン人がアミュロンと彼の仲間の子孫を狩り出して殺し始めたため、彼らは東の荒れ野に逃げ込んでしまった。

そして見よ、彼らは今でもレーマン人に追い回されている。このようにして、自分を焼き殺すように仕向けた祭司たちの子孫について、アビナダイの述べた言葉は成就した。

アビナダイは、「あなたがたがわたしに行うことは、将来起ることの予型である」と言ったからである。

2009-05-18

[モルモン書] アルマ書25章5節~7節

また、生き残った者たちは東の荒れ野に逃げ込んで、レーマン人を支配する権力と権能を奪い取り、彼らが信仰を持っているという理由でレーマン人の多くを火あぶりにして殺させた

それというのも、レーマン人の中の多くの者たちが、多くの同胞を失い、非常に多くの苦難を受けた後、かつてアロンと彼の同僚たちが自分たちの地で宣べ伝えた言葉を思い出すに至ったからである。そして、これらの者たちは、先祖の言い伝えを信じるのをやめて主を信じるようになり、また主がニーファイ人に大きな力を与えられたことを信じるようになったのである。このように、荒れ野の中で大勢のレーマン人が改宗した。

さて、アミュロン子孫の生き残りの者で支配者になった者たちは、まことに、これらのことを信じているすべての人を殺させてしまった。

2009-05-17

[モルモン書] アルマ書25章1節~4節

さて見よ、そのレーマン人は自分たちの同胞を殺すことになったのでますます怒り、ニーファイ人への報復を誓った。そして、そのときにはもうアンタイ・ニーファイ・リーハイ人を殺そうとはしなかった。

その代わりに、彼らは軍隊を率いてゼラヘムラの地の境を越え、アモナイハの地にいる民攻めて滅ぼした

その後、彼らはニーファイ人と何度も戦ったが、その戦いで追い払われ、殺された。

そして、ノアの司祭であったアミュロンと彼の仲間の子孫は、そのほとんど全員が殺されてレーマン人の戦死者の中にいた。彼らはニーファイ人の手によって殺されたのである。

2009-05-16

[モルモン書] アルマ書24章28節~30節

ところで、そのように多くの同胞を殺したレーマン人に属する者の大多数は、アマレカイ人とアミュロン人であり、しかもその大多数はーホの教団に属する者であった。

主の民に加わった人々の中には、アマレカイ人やアミュロン人、あるいはニーホルの教団に属する者はだれ一人おらず、主の民に加わったのはレーマンとレムエルの実の子孫だけであった。

このことから明らかに分るように、民は一度神の御霊に照らされ、義にかかわることに関して大いなる知識を得てから、その後、罪と背きに陥ると、前よりもいっそうかたくなになる。したがって彼らの状態は、これらのことをまったく知らない場合よりももっと悪くなるのである。

2009-05-15

[モルモン書] アルマ書24章25節~27節

そして、これらの者は自分たちの武器を投げ捨て、人を殺してきたことにひどく苦しみを覚え、二度と武器を取ろうとしなかった。それから彼らは、同胞と同じように身を伏せて、彼らを殺すために腕を振り上げた者たちのなすがままに任せたのであった。

そしてその日、殺された人の数よりも多くの者が神の民に加わった。また、殺された人々は義にかなった人々であったので、彼らが救われたことは決して疑う余地がない。

また、このようにして死んだ人々の中には一人の悪人もなく、しかも真理を知るようになった人々は千人を越えた。このことから、主は御自分の民を救うために様々な方法を用いられることが分る。

2009-05-14

[モルモン書] アルマ書24章21節~24節

さて、アンタイ・ニーファイ・リーハイの民は、レーマン人が攻めて来るのを見ると、出て行って彼らに会い、彼らの前で地に身を伏せて、主の名を呼び始めた。彼らがこのような姿勢を取っていたところ、レーマン人は彼らに襲いかかり、彼らを殺し始めた。

このようにして、レーマン人は何の抵抗も受けることなく、アンタイ・ニーファイ・リーハイ人を千五人殺した。これらの人々は神とともに住むために世を去ったので幸いであることを、わたしたちは知っている。

ところでレーマン人は、自分たちの同胞が剣から逃れようとせず、右にも左にも身をかわそうとせずに、伏したまま死のうとしており、剣に倒れるその最中でさえ神をほめたたえるのを見て、

すなわち、レーマン人はそれを見て、彼らを殺すのをやめた。そして、多くの者が自分たちのしたことを悔い、剣に倒れた同胞のためにひどく心を痛めた。

2009-05-12

[モルモン書] アルマ書24章18節~20節

彼らがこのようにしたのは、こうすることが、武器を使って人の血を流すことは決してないことを神と人に示す証拠になると考えたからである。彼らはこのようにして、同胞の血を流すよりは自分の命を捨て、同胞から奪うよりは同胞に与え、怠惰に生涯を送るよりは自分の手を使って一生懸命に働くつもりであることを証明し、神に聖約したのである。

このことから分るように、このレーマン人たちは信仰を持ち、真理を知るようになったときに、確固とした者になり、罪を犯すよりは死に至るまでも苦しみに耐えようとしたのである。また、前に述べたことから分るように、彼らは平和の武器、すなわち平和を得るための戦いの武器を埋めてしまったのである。

さて、同胞であるレーマン人は戦いの準備を整え、ニーファイの地に向かって来た。彼らが目的としていたのは、王を殺してほかの者を代わりに立て、アンタイ・ニーファイ・リーハイの民もまたその地から滅ぼし尽くすことであった。

2009-05-11

[モルモン書] アルマ書24章15節~17節

おお、我らの神は何と憐れみ深いことか。さて見よ、我らは汚れを取り除いていただくためにできることはすべて行ってきて、今我らの剣は光っているので、その輝きを保てるように、それを隠してしまおうではないか。そうすればその剣は、終わりの日に、すなわち裁きを受けるために神の御前に連れ出される日に、神の御言葉を伝えて我らを清めてくださって以来、我らが剣を同胞の血で汚したことはないという、神への証拠となることであろう。

さて、わたしの同胞よ、たとえ同胞が我らを殺そうとしても、見よ、我らは剣を隠してしまおう。それを決して使わなかったという証拠として、終わりの日に輝きを保てるように、それを地中深く埋めてしまおう、そうすれば、たとえ同胞に殺されても、見よ、我らは神のみもとへ行き、救われることであろう。」

さて、王がこのように語り終えると、民は皆集まり、自分たちに剣と、かつて人の血を流すのに使ったあらゆる武器を取って来て、それを地中深く埋めてしまった。

2009-05-10

[モルモン書] アルマ書24章13節~14節

見よ、わたしはあなたがたに言う。我らは剣が同胞の血で汚されることのないようにしようではないか。恐らく、もし我らが再び剣を汚すならば、それらは、将来我らの罪の贖いのために流される、大いなる神の御子の血によって洗われて光を放つことは二度とないであろう。

大いなる神は我らを憐れみ、我らが滅びないようにこれらのことを知らせてくださった。神は我らの子供たちを愛するように我らも愛してくださっているので、これらのことをあらかじめ知らせてくださったのである。そのために、神は憐みをもって天使たちを遣わして、将来の子孫と同じように我らにも救いの計画を知らせてくださっている。

2009-05-09

[モルモン書] アルマ書24章10節~12節

さらに、わたしの神、まことに大いなる神は、我らがこれらのことを悔い改められるようにしてくださり、またこれまでに犯した多くの罪と殺人の罪を赦し、神の御子の功徳によって我らの心から罪を取り除いてくださった。わたしはこのことも神に感謝している。

さて見よ、わたしの同胞よ、(我らは全人類の中で最も霊的にすさんだ者であったので)我らができることはただ、我らのすべての罪と、これまでに犯した多くの殺人の罪を悔い改めて、我らの心からそれらのものを神に取り去っていただくことであった。我らができることはただ、神に我らの汚れを取り除いていただけるように、神の御前に十分に悔い改めをすることであったからである。

さて、わたしの最愛の同胞よ、神がすでに我らの汚れを取り除いてくださり、我らの剣は光を放つようになったので、剣を二度と原からの血で汚すことのないようにしようではないか。

2009-05-08

[モルモン書] アルマ書24章7節~9節

さて、王がこの件について民に語った言葉は次のとおりである。「愛する民よ、わたしは神に感謝する。大いなる神は慈しみをもって、同胞であるこのニーファイ人たちを我らのもとに遣わしてくださった。そして、我らに教えを説き、また、不義な先祖の言い伝えが正しくないことを認めさせてくださった。

また見よ、我らの心を和らげるために、大いなる神が御霊の一部をお授けくださったことに、わたしは感謝している。おかげで我らは、同胞であるこれらのニーファイ人たちと行き来するようになった。

また見よ、行き来することによって、我らが自分たちの罪と、これまでに犯した多くの殺人を自覚するようになったことも、わたしは神に感謝している。

2009-05-07

[モルモン書] アルマ書24章5節~6節

さて、アンモンと彼の同僚たちと、彼と行動を共にしていたすべての人は、レーマン人がその同胞を滅ぼす準備をしているのを見て、ミデアンの地へ向かった。そこでアンモンは同僚たち全員と落ち合い、そこから彼らはイシマエルの地へ向かった。ラモーナイおよび彼の兄弟であるアンタイ・ニーファイ・リーハイとともに、レーマン人に対して自衛するために何をすればよいかを協議するためであった。

ところが、すでに主に帰依していた人々の中には、その同胞に対して武器を取ろうとする人はだれ一人いなかった。それだけでなく、彼らは戦いの準備をすることさえも望まなかった。また、彼らの王も戦いの準備をしてはならないと命じたのである。

2009-05-06

[モルモン書] アルマ書24章1節~4節

さて、アミュロンの地、またヘラムの地、さらにエルサレムの地、要するに周辺の全地にいて、改宗しておらず、アンタイ・ニーファイ・リーハイの名も受けていないアマレカイ人とアミュロン人とレーマン人たちは、アマレカイ人とアミュロン人に扇動されて同胞に怒りを示すようになった。

そして、同胞に対する彼らの憎しみは非常にひどくになって、ついに彼らは自分たちの王に背くようになり、その王が自分たちの王であることを望まなくなった。その結果、彼らはアンタイ・ニーファイ・リーハイの民に対して武器を取った。

ところで、王は息子に王位を譲り、彼の名をアンタイ・ニーファイ・リーハイと呼んだ。

そして王は、レーマン人が神の民と戦うための準備を始めたその年に亡くなった。

2009-05-05

[モルモン書] アルマ書23章17節~18節

そして彼らは、自分たちをアンタイ・ニーファイ・リーハイ人と名付けた。彼らはこの名で呼ばれるようになり、もはやレーマン人とは呼ばれなかった。

そして彼らは、非常に勤勉な民になった。また彼らは、ニーファイ人と親しくなったので、ニーファイ人と交わりを持つようになった。そして、神ののろいはもはや彼らから離れ去った。

2009-05-04

[モルモン書] アルマ書23章14節~16節

ところが、アマレカイ人はたった一人が改宗しただけであり、アミュロン人はだれも改宗しなかった。むしろ彼らは心をかたくなにし、彼らの住んでいる地で、すなわち彼らのすべての村と彼らのすべての町で、レーマン人の心をかたくなにさせた。

そのために、悔い改めて真理を知り、改宗したレーマン人の住む町の名を、すべて挙げたのである。

さて、王と改宗した人々は、彼らの同国人と区別される名を持ちたいと望んだ。そこで王は、何という名を受けて区別されるのがよいかについて、アロンと多くの祭司たちに意見を求めた。

2009-05-03

[モルモン書] アルマ書23章7節~13節

彼らは義にかなった民となったのである。まことに、彼らは謀反に使う武器を捨てて、もはや神と戦わず、同胞のだれとも戦わなかった。

さて、主に帰依したのは次の人々である。

すなわち、イシマエルの地にいたレーマン人の民、

また、ミドーナイの地にいたレーマン人の民、

また、ニーファイの町にいたレーマン人の民、

また、シャイロムの地、シェムロンの地、レムエルの町、シムナイロムの町にいたレーマン人の民。

以上は主に帰依したレーマン人の住んでいた町の名であり、また謀反に使う武器、すなわち戦争に使うすべての武器を捨てた人々である。彼らはすべてレーマン人であった。

2009-05-02

[モルモン書] アルマ書23章4節~6節

さて、王がこの布告を出した後、アロンと彼の同僚たちは町から町へ、また礼拝の建物から建物へと巡って、国中のレーマン人の中に教会を設け、祭司たちと教師たちを聖任して、彼らの中で神の言葉を宣べ伝え、教えるようにした。このようにして、彼らは大きな成功を収め始めた。

そして、何千もの人々が主を知るようになった。まことに、何千もの人々がニーファイ人の言い伝えを信じるようになったのである。そしてこれらの人々には、その当時まで伝えられてきた数々の記録と預言が教えられた。

そして、主が生きておられるように確かに、アンモンと彼の同僚たちが啓示と預言の霊によって行った宣教と、彼らを通じて数々の奇跡を行われた神の力によって信仰を持つようになったすべての人、すなわち真理を知るようになったすべての人は、あなたがたに申し上げるが、主が生きておられるように確かに、彼らの説教を信じて主に帰依したレーマン人は皆、二度と道を踏み外さなかった。

2009-05-01

[モルモン書] アルマ書23章1節~3節

さて見よ、レーマン人の王はすべての民の中に布告を出して、国内のどこにおいても、民はアンモンやアロン、オムナー、ヒムナイ、そのほか神の言葉を宣べ伝えながら旅をしているその同僚たちに、手をかけてはならないと告げた。

まことに、王は民に布告を出して、民は彼らを捕らえて縛ったり、牢に入れたりしてはならない、つばきを吐きかけたり、打ったり、会堂から追い出したり、鞭打ったりしてはならない、また彼らに石を投げつけてはならない、むしろ彼らが民の家や、神殿や、聖堂に自由に出入りできるようにしなければならないとした。

そのため彼らは、思いのままに巡り歩いて御言葉を宣べ伝えることができた。それは、王と王の家のすべての者が主に帰依したからである。王は民にあてて全地に布告を出し、神の言葉が何の妨げにも遭うことなく国中に伝わって、先祖の言い伝えが正しくないことを民が納得するように、また自分たちは皆同胞であるので、殺人や略奪、盗み、姦淫、そのほかどのような悪事も行ってはならないことを納得すように仕向けた。

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