2009-04-30
[モルモン書] アルマ書22章33節~35節
そのためにレーマン人は、ニーファイの地と周辺の荒れ野の中にしか領土を持てなかった。これはニーファイ人の知恵であった。レーマン人は彼らの敵であったので、彼らはあらゆる方面で苦難を受けることのないようにし、またどこへでも思うままに逃げて行く先を確保できるようにしたのである。
さて、このことはこれで終わりとし、再びアンモンとアロン、オムナーとヒムナイ、および彼らの同僚たちの話に戻ることにする。
2009-04-30
2009-04-29
2009-04-28
2009-04-27
ところが、すでに王妃が命令を出していたので、大勢の人が集まって来た。そして彼らは、アロンと彼の同僚たちのことでひどくつぶやき始めた。
しかし、王が出て行って彼らの中に立ち、彼らを教えてたので、彼らはアロンと、また彼と一緒にいた人々に対して心を和らげた。
そして王は、人々が心を和らげたのを見ると、アロンと彼の同僚たちを群衆の中に行かせて立たせ、彼らに御言葉を宣べ伝えさせた。
そして王は全地に、すなわち自分の国内にいるすべての民と、その周辺の全地方にいるすべての民に布告を出した。この国は東と西で海に接しており、またゼラヘムラの地とは、東の海から西の海まで続いている細長い荒れ野で隔てられていた。また、この荒れ野は海岸線で湾曲しており、その北方の境はゼムヘムラの地からマンタイの境を通り、また東から西に流れるシドン川の源まで達していた。レーマン人とニーファイ人はこのようにして分れていた。
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2009-04-25
2009-04-24
2009-04-23
そこでアロンは、王が自分の言葉を信じようとするのを見て、聖文を王に読んで聞かせながら、アダムの造られたこと、すなわち神が御自分の形に人を創造されたことから始めて、神がアダムに戒めを与えられたことや、人の背きのために堕落したことを話して聞かせた。
そしてアロンは、アダムが造られたことから始めて王に聖文を説き明かし、人が堕落したことと、人類のこの世の状態と、贖いの計画について話した。この贖いの計画は、キリストの名を信じようとするすべての人のために、キリストによって世の初めから備えられたものである。
また人類は堕落したので、自分自身で何も良い報いを得ることはできなかった。しかし、信仰と悔い改めなどによって、キリストの苦しみと死が彼らの罪を贖うのである。そして、キリストは死の縄目を断ち、墓は勝利を得ず、死のとげは栄光の望みの中にのみ込まれてしまう。アロンはこれらのことをすべて王に説き明かした。
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そこで彼は、集まった人々を見て喜び、彼らに多くのことを教えた。また、彼らが自分の下にある民であることと、自分の父である王の圧制を受けない自由の民であることを彼らに告げ知らせた。ラモーナイ王の父が彼に、イシマエルの地とその周辺の全地にいる人々を治めることを認めたからである。
ラモーナイ王はまた、自分の統治下にある地であればどこででも、自分たちの望むままに、主なる自分たちの神を礼拝する自由が彼らにあることを告げ知らせた。
そしてアンモンは、ラモーナイ王の民に教えを説いた。彼は、義にかかわることについてあらゆる事柄を民に教えた。アンモンは日々力のかぎり彼らに説き勧め、また彼らは彼の言葉を心に留めて、熱心に神の戒めを守った。
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さて、アンモンとラモーナイがその地へ向かって旅をしていたところ、彼らは途中で、ラモーナイの父である全地を治める王に出会った。
すると見よ、ラモーナイの父はラモーナイに、「わたしが息子たちと民のために宴会を催したあの特別な日に、なぜおまえはその宴会に来なかったのか」と尋ね、
また、「おまえは偽り者の子孫の一人であるこのニーファイ人と連れ立って、どこへ行こうとしているのか」と言った。
そこでラモーナイは、父を怒らせるのを恐れて、自分がどこへ行こうとしているかを語った。
彼はまた、父が用意した宴会に出るために父のもとへ行かずに自分の国にいた理由をすべて父に告げた。
2009-04-05
2009-04-04
2009-04-03
そして見よ、多くの僕たちが天使を見、また天使と話をしたと告げた。このように、彼らは神と神の義にかかわることを人々に述べたのである。
そして、彼らの言葉を信じた人々は大勢いて、信じた人々は皆バプテスマを受け、義にかなった民となり、自分たちの中に教会を設けた。
このようにして、主の業がレーマン人の中に始まり、主は彼らに主の御霊を注がれた。このことから、主の腕が、悔い改めて主の名を信じるすべての人に伸べられることが分かるのである。
2009-04-02
2009-04-01