シビルは眠れないまま,朝になったら自分のしたことをドクターに話さなければならないだろうと考えながら横になっていた。それは彼女が考えていた以上に困難なことになりそうだった。彼女は、そのかわりに、ニューヨークでドクターに再会したときのことを考えている自分に気がついた。
シビルはジッパーホルダーをつかんで汽車を降り、いそいでタクシーに乗って、ようやくフィラデルフィアで起ったことにつきまとっていた不安と強烈な悔恨から解放されるのを感じた。タクシーがモーニングサイドドライブにさしかかり、1955年の9月に彼女がテデイリーブズといっしょに二階の部屋を借りた褐色砂岩の建物に近づくころには、彼女は−忘れることにしようという気持ちによって、平静を取り戻して−心が安らぎなごむのを感じた。
もし、ウイルバー博士が自分を受け入れれば、こうしたことやそれ以外のこれに類似した多くのことがクローズアップされることになるだろう。今度は彼女も、不安であろうとなかろうと、そうしたことについてドクターに話そうと心に決めていた。話さないのは、ほんとうは癌にかかっているものが鼻かぜをひいていると医師に報告するようなものだ。だがシビルは、自分がうまく話すことができるかどうか自信がなかった。もし、できなかったら治療は実態を欠いたものになるだろうと考え、治療を再開することに決めたのは正しかったかどうか気持ちが迷った。彼女は、思い切って行動に出るまで6週間というもの心が定まらなかった。

つまり、教室で自分で思い出すことができなかった時間が何時間か会った物の,授業をしている間は、一応すべては順調のようであった。ところが、彼女が教室を出た瞬間ーそれは思い出してもぞっとするものだったー奇妙な、理解しがたいことがしばしば彼女に起ったのだった。こういうことは新しいことではないし、事実、彼女が3歳半のときから起っていて14歳のときにはそれに感づくようになっていた。だが、デトロイトではそれが最も頻繁になっただけでなく、もっとおそろしいものになってきていた。
その後の数年間、彼女は父親といっしょに暮らし、学校で教え,作業療法士として働いた。ウイラード・ドーセットは建築のスケジュールのために絶えず移動し、彼女もいっしょについて行った。しかし、1954年の夏ごろには、彼女は,コロンビア大学で博士号をとるためにニューヨークに行けるだけの、そしてウイルバー博士による治療を再開出来るだけの金を貯えていた。自分の娘がニューヨークに行って勉強しようとしているとしかきかされていなかった父親は、娘を車に乗せてニューヨークまで送った。

かけなかった電話のことをきく前は、シビルは意識的にウイルバー博士のことをかんがえないようにしていた。しかし、いまは再びドクターのことが大きく浮かび上がってきて、シビルは突然、希望が湧き上がるのをおぼえた。完全によくなるのだ、ウリルバー博士といっしょに捨ててきた場所に戻るのだという輝かしい夢が彼女によみがえった。ただし、こんどこそは、悪魔の干渉を許すわけにはいかない。その夢は、シビルが完全に自分で、自分の治療費が払えるようになるまで実現を延期しなければならなかった。
ウイルバー博士が彼女の患者が窓に向かって突進した日にかいま見た例のめいじょうしがたいものは、オマハでも、学校でも、そしてカンザス・シテイでも継続していた。そして、治療の継続を妨げることで、恋に自分の娘の運命を決定したのは、奇怪な秘密を抱いていた彼女の母親であった。そのおそろしさ、その苦しみ、その悲しさ!だが、責め合いはなかった。かってハッチー・ドーセットを避難した者は一人もいなかった。彼女に対して発せられる怒りは存在しなかった。怒りは悪であった。
「あの電話をしてなかったんだよ」とハッチー・ドーセットは言った。「なんの電話のことなの、お母さん?」「ウイルバー博士へのあの電話よ」と彼女の母親がはっきり言った。「したわよ」トシビルは言い張った。「忘れてしまったの?私、お母さんが話しているのをきいていわ。初めから終わりまで」ハッチー・ドーセットはほっとしたように答えた、「ほんとはね,ボタンを指でおさえていたんだよ。かけなかったんだ。あの電話はしていないんだよ」
ところが、1948年の最終学期のちょっと前になって、シビルは父からの電話で、当時彼女の両親が住んでいたカンザス・シテイに来るように命ぜられた。彼女の母親が脾臓癌で死にそうになっていて,母親はシビル以外のだれの看病も受けたくないと言い張っているという。「お母さんがそうしたいということなら」とウイラード・ドーセットは娘に言った、「そうしてあげなければならない」
その最初の1週間のあいだ、ミス・アップダイクは本当にどんな風なのかを知りたがった。そして、シビルが彼女に、授業を放棄せざるをえなくさせた精神的動揺がなくなって、最後まで授業を受けることができるようになったと話したとき、ミス・アップダイクは非常によろこんだようだった。「私がもうほとんどよくなっていることを、彼女はわかってくれたようだ」とシビルは1947年1月7日の日記に書いた。
それではどうしたらいいのか?シカゴの分析医からの手紙は、向こう2年間は予約がいっぱいで新しい患者は受け付けられないと言って来たので分析治療はあきらめなければならない。ウイルバー博士がいなくなったので、クラークソン病院や治療の継続も考えられない。そのときシビルは、自室の静寂のなかで、どうやら自分一人で問題を処理しなければならなくなったという事実に直面した。
ドクターがこうしたことすべてを始動したのであり、彼女はいまそのドクターのところへ戻って行こうとしているのだった。ウイルバー博士がつぎのアポイントメントのことをなにも言わなかったと教えられたものの、シビルは気を取りなおし,ドクターは自分がよくなったときに電話をしてくれるものと推測したのだろうと考えることで、すぐにがっかりした気持ちを追いはらった。しかし、すっかりよくなって電話をかけたとき、彼女は,ドクターが永久にオマハを去ったことを知らされた。捨てられたと言う感じがしたのもむりからぬことだった。
突然、すべてがひっくり返った。その原因ではないが、契機となったのは気管支炎のあとで併発した肺炎だった。頭がひどく痛み、のどがひりひりした。彼女は、ベッドから起きて上がってウイルバー博士に10月6日のアポイントメントをキャンセルする電話をかけようとしたが、目まいと衰弱がそれを妨げた。シビルは母親にウイルバー博士に電話をしてくれるようにたのんだ。シビルは、ハッチー・ドーセットが交換手にウイルバー博士の電話番号を伝え、ドクターの秘書に取り次ぎをたのみ、次にドクターと話すのをきいた。
それは暗闇のなかでの凝視、明らかにそれとわかるおそれの具体的な象徴だった。彼女がじっと見つめるのを感じとって,牧師はやさしく言った、「お父さんと私は、この問題を私たちなりの視点から見ているにすぎない。私たちは別の視点もあることを認めなければならない。もし,あなたが本当にそうしたいとのぞんでいるなら,私たちはあなたがそうするのを妨げてはいけない」
こんど歩きまわるのはドーセットの方だった。彼は不安なおももちで言った、「もし神がこの治療をよしとなさらなければ,私にこの手段をとらせようとする連中はひどい目に会うことになりましょうな」「そのとおり」と牧師は同意した、「ミズーリー州(疑い深い人間が多いとされている)でラバ(強情者の意味がある)を新しい家畜小屋につれこむようなものです。まず、そいつに目かくしをしなけりゃならん」。
「わしにはわからん」と彼は彼女に答えた。「ウエバー牧師に相談してみることにしよう」たいていのことにはただちに決断を下すその牧師も、精神分析の高価に疑いをもっている点ではウイラード・ドーセットと同じだった。この二人の男は非常に親しく、建築請け負い業者としてのドーセットの能力を高く評価していた牧師は、その宗派の教会の建築を彼に請け負わせていた。
しかし、精神分析はウイラードおよびハッチー・ドーセットにとっては大問題だった。彼らは精神科の治療をうけることはもちろん、入院にも同意した。しかし、精神分析となると問題は別だった。〈寝椅子と〉悪魔両親は,精神分析医の寝椅子から生ずる奇妙な世界は彼らのぬきがたく身についた信仰に正反対のもの、どうやら底には神のはいる余地はないものと考えていた。
病院の外で、ハッチーとシビルは車のなかに座っていたー母親は指の爪を噛みながら,娘は歯ぎしりをしながら。なかでは、ういるばーはかせが、ウイラード・ドーセットの、自分の娘は隔離され監禁されるのではないか、前頭葉切截を受けさせるのではないか,娘よりもっとぐあいの悪い患者と接触することで本人の病状がさらに悪化するのではないか、そして退院出来る程度よくなってもすぐに再発して病院に戻ることになるだけではないか、といった考えをなんとかして打ち消そうとしていた。彼は、入院を、入院また退院、退院また入院といった無限の、絶えまのない循環であると考えていた。
こうしたことについてはだれも知らなかった。しかし、それを知れば誰でも,弁解の余地のない行動として自分を責めることはまちがいがない、と彼女は思っていた。ウイルバー博士はまた、自分の状態を,自分がしばしばおそれていたように、絶望的なものとは思ってもいないようでもあった。ドクターは彼女に近い将来のことについてつぎの3つのうちのどれかを選ぶように提案した。
1度んどは、とりわけあざやかに記憶していた。逆説的で冗談めいているが、おぼえもないことを記憶していたのである。シビルは自分が言っているのをきいた。「いつもほど気分が悪くありませんわ」「どうしてわかるの?」「とドクターはきいた。」「いままで外の廊下かどこかにいたみたいですわ」とシビルは答えた。「そう」とドクターが言った、「あなたはいまにも窓かr飛び出すとことだったのよ。椅子から飛び上がって、窓に向かって突進したのよ。とても止められるどころではなかったわ」
彼の妻はこう言っていた、「あの子がよくなったのは、それだけおとなになったからです。だれだってせいちょうしてものがわかるようになればそれだけ分別がつくんです」。シビルは22歳だったが、彼女の母親は、そのトシごろは未成熟で、ようやくおとなになりかける時期であると言っていた。
シビルは、いつも、それは真実とはちがうからドクターにそんなことを絶対に言うつもりないと言って母親を安心させた。「わたしはお母さんを愛しているわ、ほんとうよ」と、シビルは何度もくり返し断言した。あらゆる状況は終始ひどいものだった。しびるは必死でよくなりたいと思っていたが、家でのそうした場面はなんの役にも立たなかった。
シビルは,母親のウイルバー博士に対する態度には別におどろかなかった。しかし父親のとった態度は彼女をおどろかせた。彼女は父親のことを、道理をきき分けることができ、個人的にはドクターを認めないとしても、一歩ゆずって彼女が有能な医師らしいということを認めるだけの客観的な尺度をもった人間だと思っていた。しかし、彼女はすぐにそれを理解した。
シビルは出来ればそうしたかった,家にいて感じる不安は、治療のおかげでますますつのるばかりだった。たとえば,シビルにはもっと社交的な生活が必要だという医師のことばは、彼女の母親をひどく怒らせた。「おや」と彼女の母親は、シビルがそのことを話したとき、傲然と宣言した、「ここ何年ものあいだずーと私がなんて言ってきた?私の診断にどんなまちがいがあるっていうの?せいぜい、有り金残らずはたいて、私がおまえにまちがったことを言うように仕向けたらいいじゃないか」
8月10日にはじまった治療は、1945年の夏いっぱいと初秋にかけて週1回の割でつづけられた。ドーセット家の3人みんあにとって、それは不安と期待のときだった。シビルがウイルバー博士に会ったあとで帰宅するごとに、彼女の両親はハゲタカのように待っていた。「私たちのことをなんて言った?」と彼らは別々にきいたり、いっしょにきいたりした、「それで、ほかにどんなことを言った?」。
ハーニー・ストリートにある図書館で、シビルと彼女の母親は別々の棚に行き、その後チェック・アウト・デスクのところで落ち合った。シビルはシドニー・ハワードの『銀の紐』を手にもっていた。「それはなに?」と母親がきいた。「戯曲よ」とシビルは答えた。「ウイルバー先生が読んでみるように言ったの」
シビルは2度目のウイルバー博士訪問をおこなったが、これといった出来事はなかった。しかし、患者が医学会間を出たとき、彼女は母が隣のぶろっくにあるブランダイス百貨店で待っているのを思い出した。医師の診療室に娘といっしょに行けないのを不満に思っていたハッチー・ドーセットはその診療室のあるビルのエレベーターのところまで彼女についてきた。
そのことはウイルバー博士にも確信があったが、彼女似はしビルの心をとらえるのは容易ではないだろうということもわかった。彼女はあまりにもうぶで、あまりにも世間離れがしていて、あまりにも未成熟だった。それに、自分自身にさからって、たくさんのことばを使いながら肝心なことは言わなかった。
「あなたはどう感じているの?」とウイルバー博士がさえぎった。「ほかの人たちがみなあなたをどう思っているかは話してくれましたね。でも、あなた地震はどんなふうに感じているのかしら?」シビルがそれに答えて話したのは、食欲がないとか、身長は5フィート5インチなのに体重が75ぽんどしかないといったちょっとした肉体的不満についてだった。その話しには慢性的な静脈洞炎のことや弱い視力のこともふくまれていた。
「学校にいるときはとても悪かったんです」とシビルは思い出しながら言った。「ミス・アップダイク−学校の看護婦ですーがわたしのことを心配してくれましたの。校医が私にメイヨー・クリニックの精神科医のところに行くように言いました。その精神科医にはたった一度会っただけですが、その先生ははっきりと、大丈夫なおると言ったんです。でも悪くなるばかりですわ。私は家に帰るように言われ、すっかりよくなるまで戻って来てはいけないと言われました」シビルはドクターの笑顔をみて心が慰められた。