多田が水車へ顔を出した。「お義姉さん、しんどそうやねえ。僕の知り合いに、寄ってもらうようにいいまひょか。ただ、少し値引きしてくれへんとなぁ。ここは、高いんやから、、、、僕の客には、半額でどうやろう」と言った。が、よく飲み込めなかった。「多田、さ、ん、いまの、どういうこと、本気で言った?」「は、店がつぶれるよりは、ええんやないかと」とつぜん怒りがわいてきた。眉まで逆立った。声が裏返った。

なによりいま、切実に迫っている問題は明日の死より、今日の売り上げである。しかし、これもまた、どうにもならない。小りんは酒をすすりながら、どうしたものかと堂々巡りをしているうちに、酒の壜が踊るようにぐんにゃり歪みだした。それからどのくらい経ったのか、気がつくと夜が明けていた。身体中が冷えきっていて震えた。心底、寒かった。
すると、すぐさま町内会の人がやってきて、ネオンは消してください、自粛をお願いします、と言って帰った。けれど、独り暮らしの小鈴が落ち着く場所といえば水車しかない。小ゑんを帰し、ぼんやりとカウンターに掛けていた。隣のスナックもネオンを消したようだ。上階から、鍵をかけているらしい音が届いてくる。

ずいぶん見当違いもあったと思う。こらえてくれたお客は。数え切れないほどいらしたのではないだろうか。申し訳ない。けれど、目の前のお客のことを、この人はいまどうしてほしいのだろうと考えてみるのはわくわくした。その楽しいことといったらなかった。スクール終了後、そこの高木講師がわざわざ神戸まで出向き、水車を見てくれた。

ひとり静かに飲みたいときもあるだろうし、多田傍らにいて愚痴を聞いてもらいたいのかもしれない。相手がどうしてほしいのか捉えるのがコツらしい。これといって特技もなく、むきたてのゆで卵のようにきれいな小ゑんと違って、えらの張った小りんに、それはとてつもない助け舟のように思われた。

週に一度、木曜日の午後、大阪梅田駅近くにあるそこへ小りんは通いだした。スクールでは、帳簿の付け方、イベントの方法とその手帳、カクテルの作り方やシェーカーの振り方など、「喜んでもらえる店作り」と銘打った基礎カリキュラムをさまざま教えられた。講義のはじめには、なによりまずお客へ感謝することが第一であるとたたき込まれた。毎日お礼状を書くことは当然で、礼は急げという。

カウンターにいた先客は、面白い見物に出くわした顔つきで、ちらりちらりとボックス席を盗み見ていた。ついさっきまで平木の座っていた席を片付けながら、自分が至らないせいだとわかっていても平木のあまりの言いようにしだいに腹が立ち、小りんは胸で毒づいた。「なによ、佐久川の金魚の糞が。膾炙払いで、自分の懐からは一円一銭だって出さないくせに。えらそうに怒鳴るな」まるで、逆恨みである。

佐久川たちを送り出した後、上ずった声で、「佐久川さんて大黒様みたい。頼もしい人にめぐり合えた感じよ。これからはきっと、いいことがあるわ。よかったあ。お姉も、そう思うでしょ?きょうという日に感謝しなくっちゃ」小ゑんのうきうきした声を聞きながら、色の黒いのが似ているだけでやせぎすの大黒様では、、、ご利益も、、、、、お客がスナックの女に言う事は社交辞令きまっているだろうし、そう思いつつも内心では小鈴もほっとしていた。

「佐久川さん、なにを?」「お,そうか。平木、おまえに任せるよ」「斎田部長はん、ウイスキーでどうやろう?」「そやな、ええんとちがいますか」平木と呼ばれた男性が、「ウイスキーだるまを一本、おろしてや。水割りで頼むわ」ありがたさに大きな声が出た。

そして,訪ねた店はいつでも行けるんだよ,なと連れのほうを見やる。はあ、そうやねえ、と二人が相槌を打った。そのとたんに、何がおかしいのか,今度は三人が声を合わせってあっははと笑った。中心の人物は、引き締まった体にちょっとおしゃれなブレザーを着ている。
友人から届いた小説
「ふーん、よかったわね。どんな人たち?うちへも来てくれないかしら」「外は暗いし、ゴルフ焼けで真っ黒なの!ドンなって,ネオンの下でもよくわからなかった」
「そう、残念ね」ため息をついているとーからんころんとドアのベルが鳴った。「いらっしゃいませ、ようこそ」「いらっ、えーっ、さっきの方?」小ゑんが大きな声を出して驚いている。

問診ならぬ眼診といった感じで一層すると、あとは何事もなかったかのように、もの静かに水割りを飲んでいた。何度目かのとき、先生は薄くなりだした頭を撫でながら、「僕は、女性の人見知りが激しくて、、、。でも、なぜか、妹さんとは気が合うんです。二人でがんばってください」照れくさそうに、つぶやいた。

米誌ピープル(16日発売号)は今年の「最もセクシーな男」に人気俳優マット・デイモンさん(37)を選んだ。デイモンさんは同誌に「9歳の娘も、僕をクール(かっこいい)と思うようになったかな」と喜びを語った。
デイモンさんはハーバード大学在学中に俳優活動を始め、主演も兼ねた「グッド・ウィル・ハンティング」(1997年)でアカデミー脚本賞を受賞。その後、「レインメーカー」「プライベート・ライアン」「オーシャンズ」シリーズなどで好演し、スターとして不動の地位を築いている。

それにも縮み上がったが、不動産屋が「止めとけ」というのに引っかかった。手数料で稼ぐのが不動産屋ではないか、それなのに、なぜ、貸したがらない?よほどのことがあるのかと背中がざわざわした。銀行もノンバンクも不動産屋までこうも難儀な事が続くのに、三宮近辺にはスナックだけでも一万軒近くあると聞いた。

窓口係のほうこそ困ったに違いないけれど、小りんは相手を思う頭もゆとりもなかった。行員の枯れはげんなりといった感じで戻ると、このような方法もありますがといって〝ノンバンク〟を教えてくれたのである。
開店にこぎつけるまでいろいろとあったが、まずは開店資金である。三宮にある銀行の融資係窓口へ行き,これだけ要りますから、貸し手ください、と申し込んだ。すると窓口の和解男子銀行員は驚き,呆れ、どう返事していいのかといった戸惑い顔をした。
クリニックの事務所引き継ぎを済ませ,住まいを片付けて、真夏のさなかの八月に神戸へ移ってきた。新神戸駅に下り立つと、駅ホームの時計は午後二時を少し回っていた。関西の昼下がりの暑さは、むっとして息苦しいほどである。汗を拭きながら、そこの窓越しに神戸の町並みを見た。

「お姉、助けて、、、」妹は半べそだ。一瞬、患者さんがだめだったのかと錯覚した。そんなはずはないが電話の向こうでも、もう、だめ、といって泣き出す。「毎日、借金取りがやってきて、怖くていられない。わたしたち、東京へ行っていい?そっちで、二人で働いたら,どうにか、、、」いきなり、何よ、どういうこと?と言いかけたのを、妹の涙声がさえぎった。

その借金返済が滞り、夫婦ふたりではどうしようもなくなり、昔の友人や夫の両親、兄弟へも頼みに行ったというが、にっちもさっちもいかなくなったのだろう。女房の姉へ連絡して来た。

こぶしに握った右手を口元へ持っていき、はぁ、えぇ、と低いけれどやわらかい声で返してくる。眼鏡の奥で目がしばたたいている。水車の中をそれとなく見やり、それから、やっと足を出した。静かに歩を進め、カウンターの端に腰を掛ける
お客がゼロの日を、〝坊主〟というのだと誰に教えられたのだったか。開店以来、一晩に三組お客が来るといいほうである。店の閉店時間は十二時だが、台風に負けて十時半には締めて帰ってしまった先月のことを思い出し、今夜も早仕舞いになるかもしれないわねと言うと小ゑんは本を閉じ、大きなため息をついた。

ふたりとも若くないし,見惚れるほどでもないから、喫茶店のような明るさはどうかなあ,もっと照明を落としたほうがよくない?そう勧められるが,水車は水車なりの明るさでいいとと思っている。

小りんは家事をおろそかにしたわけではないが、同居の姑と次第にうまくいかなくなり、離婚した。以来、小りんは独り身である。夕暮れの六時、外看板のスイッチを入れ、明かりのついたのを確認しようと、小路へ出てみる。
雪国で生まれ育ったふたりだから、作るものはどうしても濃い味になってしまう。小ゑんが念には念を入れ、酒によく合い、その上関西風薄味のものを作ってはじめて神戸・三宮のお客に喜んでもらえるのだろう。
やがて、茹で上がった空豆やふかし芋,煮ころがし、おにぎり、果物などがカウンターに並べられる。酒飲みにそんなのが合うの?と思うが余計な事は言わない。
「お、おはよう、雨が上がってよかったわね」宵からの水商売の挨拶〝おはよう〟に、なかなか慣れない。無理に口にしているところがある。

以前、なぜあけておくのか訊いた時の小ゑんの答えだった。実際に男性が飲みにいきたくなるような店とはどんなところだろう。

使い古された店の中で、カウンターだけでも豪華そうなのはありがたい。そう思ってここに決めたのであった。店内はカウンターが八席にボックス席二つ、お客が二十人も入ると身動きはままならない。
小路に面した三階建てビルの一階にあり、入り口の茶色いドアは道端から半歩引き、気おくれしたように立っている。十坪に満たない店内は、壁のクロスや、じゅうたんがドアと同じ茶系の落ち着いた仕上げになっていた。