2008-10-16

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「でも、ウイルバー先生」とビッキーは言い張った、「完全に解決しましたわ。私たちは、私はだれであるか?という大きな哲学的問題を解決したんですわ。私は私である。先生はせんせいである。われ思う、ゆえにわれあり。ラテン語で言えば、〝コギト・エルゴ・スム〟。そう、それでいいんですわ」「私たちはなにも解決していません」とドクターハビッキーに念を押した。

2008-10-15

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ビッキーは自分で腰をおろしたが、どうやら落ち着かないふうだった。「あなたは」とドクターハ容赦せずに話した、「ペギー・ルーやペギー・アンやめありやそのほかの人たちはどういつじんぶつではありえないと言うのね。でも、それはありうるのよ。ビッキー、あなたはみんなが同一人物の異なる側面かもしれないとは思わない?」

2008-10-14

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ドクターが冷酷にその論理を押し進めて、「さあ、ビッキー、みんなはしまいなのか、それとも同一人物なのか教えて」と詰め寄ったとき、答えを強いられたビッキーは非常に慎重に口を開いた。「ドクター」と彼女は言った、「先生がそういう風におっしゃれば、みんなは姉妹でなければならないということを認めざるをえませんわ。みんなは、同一人物ではありえないんですから、姉妹でなければなりませんわ!」。

2008-10-13

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「そうだったわね」とドクターハ力をいれて答えた、「だれもいったことはなかったわね。でも、ビッキーお母さんが同じなら、みんなは同一人物か姉妹かのどちらかでなければならないでしょう」ドクターの論理の意味を無視して、ビッキーは同調した、「私にはたくさん姉妹がいて、みんな同じ母と父をもっていますわ」

2008-10-12

[東北] 多重人格・シビルの記録より

いたずらっぽい笑顔がビッキーの唯一の返答だった。「ビッキー」とドクターハねばった。「あなたは私たちのブルーのオーガンジの服のことを話したわね。他にもなにかあなたとそのほかの人たちが共有しているものがあるの?」「共有ですって?」ビッキーのことばにには皮肉っぽさがあった。「私たちはときどきいろいろなことをいっしょにしますのよ」

2008-10-11

[東北] 多重人格・シビルの記録より

そのとき、ビッキーがそれをねだることに決め、そのライト・ブルーのヘヤー・リボンを指した。「あれがほしいんだけど」とビッキーはハッチーに知らせた「私たちのブルーのオーガンジの服に似合うわ」「私たちのってどういうこと?バカだねおまえは」とハッチーが返答した。「あのオーガンジの服はおまえのだってこと知らないの?」ハッチーはそのヘヤー・リボンの代金を支払った。

2008-10-10

[東北] 多重人格・シビルの記録より

そのとき以来、シビルyは科学のクラスをおそれるようになり、相変わらず科学はすきだったにもかかわらず、ハイスクールとカレッジの生物学の時間は彼女のとってつらい時間となった。彼女はまた、敷物の敷いていない部屋もこわがるようになった。その夜、ハッチーはシビルをつれてメイン・ストリートに出かけた。水曜日の夜で、店が開かれていた。角にポプコーンのスタンドがあり、ドラッグストアには棒つきのアイスキャンデイがあった。

2008-10-09

[東北] 多重人格・シビルの記録より

生徒たちが心臓の拡大図を描くように言われたとき、ハッチーは一端が赤、他端が青の鉛筆をかってやった。その鉛筆を手にして、シビルは自分が試験の採点をしている先生になったような気分になった。シビルの空想は心臓の循環とお医者さんたちに関する想像で満たされ、自分がお医者さんになって患者に心臓の働きについて説明している所をしばしば空想した。

2008-10-08

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイラードとハッチーはそのアポイントメントをとることを拒否した。もしそれがたんに心理的なものであるのなら、自分でなんとかできるだとうとウイラードは主張した。そう考えて、枯れはシビルにギターを買ってやり、彼女のためにギターの教師を雇った。父親と娘はいっしょに練習し、のちに独奏会をやった。ビッキー、めあり、ペギー・ルー、それにいくつかの別の自我もギターの弾き方を習い、その習い方の熱心さがまちまちだったので、ウイラード・ドーセットの娘のできはおどろくほど不一致だった。

2008-10-07

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルもしくは他の自我の一つはよく、痙攣やひきつけを起こし、抑制できないからだの動きを示すようになった。シビルや別の自我は戸口に向かってドアに衝突したり、ドアに向かって戸口の柱に衝突したりした。そうした衝突を引き起こすほどのひどい頭痛によって症状が悪化すると、シビルは何時間か眠らなければならなかった。こうした頭痛のあとの睡眠は、ふだん眠りの浅いシビルにとっては、非常に深いものであったので、まるで睡眠薬を飲まされたみたいだった。

2008-10-06

[東北] 多重人格・シビルの記録より

1935年の晩春のころ、シビルは思春期特有の傷つきやすさによってもたされた新しい恐怖に直面した。その恐怖は、当時はまだ診断されていなかった彼女の病気の一部であるヒステリー性転換症状に集中した。ヒステリーは—グランド・ヒステリーーであろうと他のものであろうとー情動上の葛藤によって起る病気で、一般に未成熟、依存性、そして分離はもちろん転換という防衛規制の私用などによって特徴づけられるびょうきである。

2008-10-05

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女はまた、ますます強く自分がだれにも属しておらず、どこにも属していないのではないかと感じるようになったことも隠しえなかった。どうやら、年をとればとるほど事態は悪化するように見えた。彼女は言いようのない自己卑下、「自分には正しく判断する力が乏しいのだ。自分には空間を占める資格がないのだ」ということばで、自分を拒否しはじめた。

2008-10-04

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「そうよ」とビッキーは同調した、「どうやら、そうらしかったわ。そして、ビリーはーシビルが戻ってからはーなぜドーセットの女の子がまるで自分のことを知らないみたいにふるまうのかわけがわからないでいたわ」

2008-10-03

[東北] 多重人格・シビルの記録より

メア蟻は知らなかったが、彼女がはじめて起ったことはシビルにはすでに2ヶ月前からハッチーにも知られず、苦痛もなしに起っていたのだった。のchに、この重荷を背負ったメアリのおかげで、月経期間になるとシビルやほかの自我たちも苦痛を感じるようになった。

2008-10-02

[東北] 多重人格・シビルの記録より

その後、就寝時間にマムがはいって来て、「下着をみせなさい」と言った。メアリはためらった。「早く見せなさい」とハッチーがせかした、メアリは言われた通りにしたとき、ハッチーが言った、「思った通りだ。おまえもそういう年になったんだ。ぞっとするわ。女の災難だよ。ここは痛い、どう?」そう言いながら、ハッチーはメアリのからだのあちこちを痛くなるほど押したり突っついたりした。

2008-10-01

[東北] 多重人格・シビルの記録より

メアリーは家に帰ると、バスルームに向かった。そのなかにドーセwッとおじいちゃんがいたので、ハッチーが声をかけた、「ほかのバスルームを使えばいいじゃないの」。ほかのバスルームですって?メアリはそんなものがあるのを忘れていたが、すぐに、あの2年目に、つまりペギーがそこにいてメアリが注意を払っていなかったときに、彼女の父親がそれを建て増ししたことを思い出した。

2008-09-30

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女は、自分は人助けのためにここに来ているのであり、まもなく自分自身の愛すべき両親やたくさんの兄弟や姉妹が自分を迎えに来てくれて、自分も彼らといっしょにパリに帰ることになるのだと考えると、気持ちがなごんだ。自分は、彼らみんなといっしょになれるときをどんなに待ち望んできたことか。

2008-09-29

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ああこれが、シビルを参らせたほぼ毎日おこなわれる行事、延々とつづく退屈なおとなの女のおしゃべりなんだわ、とビッキーは思った。よろしい、行きましょう、そうビッキーは決心した。ペギー・ルーは反抗したが、私は外交官的にしよう。つぎの何週間か彼女がウイロー・コーナーズをよく観察したとき、あ あ、この町の人たちはなんて下品で、光彩がないんだろう、とビッキーは思った。

2008-09-28

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ビッキーはミスター・ストロングが好きになり、シビルも彼が気に入っていたのをおもいだした。ある午後、シビルが裏庭で熊手で落葉をあつめていたとき、たまたま通りかかったミスター・ストロングがシビルに声をかけた。幻想のなかのビクトリア・アントワネットについての白昼夢からさめて、シビルは先生が自分にはじめて話しかけてくれたことを身震いするほどよろこんだ。

2008-09-27

[東北] 多重人格・シビルの記録より

会葬者たちがドーセット家の客として滞在していたとき、ペギー・ルーは、従兄のアニタの手を負えない2歳のエラをおとなたちの手から離してやったことでドーセット夫妻から感謝された。事実、ドーセット夫妻は彼らの娘がようやく活発になったことをよろこんでたし、ビッキーは、ハッチー・ドーセットがメアリー・ドーセットの死後のほうがその前よりも自分の娘とずっとうまくやっていくようになったことを発見しておどろいた。葬式から家に戻って来て2年間滞在したその娘は、口答えをしたり、怒ると家具の上をあるきまわったりしたが、彼女は同時にメアリー・ドーセットが死ぬ前の白い家に住んでいた娘よりもはるかに快活であるようにも思われたのである。

2008-09-26

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女の深刻な孤独には1つの補償があった。彼女は真の意味で、自主独立な存在であり、だれにも邪魔されず命令も受けずに自分のしたいとおりのことをするという点で成功をかちえた。1人になることで、彼女はどうにか自由を感じることができたーしかし、その自由には,彼女に、宇宙の真ん中に穴をぶち抜いてやりたいと思わせる自由がふくまれていた。

2008-09-25

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ビッキーは、その2年間、実際に生きていたじんぶつであるペギー・ルーがシビルのからだを完全に支配して、いかにして彼女の友だちすべてを失わせたか、仔細にわたって見てきた。ペギー・ルーはいつも休み時間に自分の机に座って、校庭に出てほかのこどもたちと遊ぶかわりに、紙の人形をつくっていた。昼食のときや放課後には、いそいで学校を飛び出し、彼女に話しかけようとしたり、一緒に歩こうとしたりするこどもにけんつくを食わせるのだった。

2008-09-24

[東北] 多重人格・シビルの記録より

テキサスにガソリン・スタンドを買う金をどこで手に入れたんだか、だれにもわかりゃしない。とにかく、お父さんはダニーの父親とじっくり話し合ったんだよ。マーテ陰惨は、じぶんたちはまもなく町を出て行くつもりだと言ったんだよ、だから、別になにもしたわけじゃないんだよ。それにしても、お嬢さんやお父さんがダニーやダニーの家族をどうおもっているかは知らなくちゃね」

2008-09-23

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「お父さんがおまえがあの子と遊ぶのに反対だったことは話したね」「きいたわ」とビッキーは、ミセス・ドーセットがその残酷な考えを伝えたのは自分にではなくシビルだったと思いながら言った。「ところで、お嬢さん、他にもあるんだよ」とハッチーはこどもっぽい得意顔でつけくわえた。

2008-09-22

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「ただ、じっと座っているもんじゃありません。ああもう、なにかしなさい!」。ブランコに乗ることは、考えごとと「なにかしなさい」を同時に可能にしてくれたのである。その晩、夕食がすんだとき、ハッチーがビッキーに散歩に行こうと言い出した。黙って、ハッチーとビッキーはは歩いていたが、ハッチーは拘束するように、自分の娘だと思っているビッキーの手を抑えていた。

2008-09-21

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ビッキーは皮肉っぽく、痩せっぽちのシビル・ドーセットを見て、人をさけて通りを何度も横切るものと期待するだろう連中のことを考えた。お気の毒だが、もうそういうことを見ることはできませんよ、とビッキーは郵便局にはいりながら思った。エルダービルからの荷物は着いていた。幸先がいいわ、とビッキーは考えた。

2008-09-20

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ビクトリアは、メイン・ストリートに沿って歩きながら、寒い、見を刺すような風を感じるとということ、そしてそう感じる肉体を支配すると言う事はすてきなことだと思った。通りに沿って歩いていた、肉体のという点では新入りである彼女は、その通りそのものにおいては古なじみのように感じた。彼女はなにもかも前に何度も見たことがあった。

2008-09-19

[東北] 多重人格・シビルの記録より

活動することなしに、ではあった。しかし、無力に、ではなかった。その期間中、シビルやその他の自我たちにいろいろな内的圧力を加えることによって、ビッキーは、なもないまま、ひそかに役目を果たしていた。ダニーマーテインが視界から去ったときに自分が、存在の奥深い内部かr人生の表面に現れる事に決めたのは、重大な決定であった、とビッキーはおもった。

2008-09-18

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「あの子は行ったのかい?」とハッチーはビッキーが台所にはいって来たとき言った。「ええ」とビッキーは言った。「あんな寒いところにすわっていることはないじゃないか。肺炎になってしまうよ。自分がそんなに上部でないことはわかっているでしょ」「中西部の冬になれっこになっているし、それにくらべたら今年の秋の天気なんか子供の遊びだわ」とビッキーは答えた。

2008-09-17

[東北] 多重人格・シビルの記録より

青い空だ、とビッキーは正面階段で立ち上がり、シビルはいま別れたばかりの時間のなかにはいりこみながら思った。ビッキーは、黒いシャッターのある白い家のまわりを歩きながら、からだを動かせるというのはなんてすばらしいことだろうと考えた。そのからだは、はじめて完全に彼女、ビッキーのものになったのだった。

2008-09-16

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「会いに来てくれるね」とダニーはシビルに念を押した。「行くわ」とシビルが調子を合わせた。「また会おうよ」とダニーはくり返した。「また会いましょう」とシビルはおうむ返しに言った。ダニーは行くために立ち上がった。シビルは階段にじっと座ったままでいた。「じゃあ、シビル」と彼は言った。

2008-09-15

[東北] 多重人格・シビルの記録より

その晩、シビルがハッチー・ドーセットにダニーが永久にウイロー・コーナーズを出て行くことになったと話したとき、ハッチーは肩をすぼめて、かなり慎重にこう言った。「そうかい、とにかくお父さんはおまえがあの事しょっちゅういっしょにいるのがいやだったんだよ。お父さんは、おまえたちがいっしょに遊ぶには大きくなりすぎていると思っていたのさ」

2008-09-14

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女は事実ひとりぼっちだった。朝、彼女は、用心深く彼女のクラスメートがだれもいないのを確かめないうちは家を出ようとしなかった。放課後には、ほかのこどもたちがみんな帰ってしまうまで自分の机でぐずぐずしていた。彼女の母親の用事でメイン・ストリートを歩いているときは、町の人々に会うのをさけるために1区画のうちに6回も7回も通りの反対側に渡ることがよくあった。

2008-09-13

[東北] 多重人格・シビルの記録より

しかし結局、これはダニーに対してさえ、話すにはあまりにも苦痛なことだった。それに、彼女の抵抗は、何年か前に彼女がこの考えを母親に洩らしたとき、ハッチーが皮肉な笑いを浮かべて、「ああ、どうしておまえはほかの子のようになれないんだい?」と小言を言ったのをおもいだして、ますます強まった。それでも、時間は—母親は怒り、シビルはそのことをダニーに話すのがこわかったけれどーやっぱりおかしい、とシビルは思った。

2008-09-12

[東北] 多重人格・シビルの記録より

もし、ダニーがいなかったら、自分は、数学の事や成績が悪くなったことによる、学校での屈辱に耐えることができなかったろう、とシビルは思った。ダニーがいなかったら、シビルは彼女の母親のつぎのような情け容赦のない非難に耐えることもできなかったろう、「でも、おまえは掛け算の九九はよく知っていたんだよ。いつでもよくできていたくせに。おまえはただ忘れたふりをしているだけなんだ。おまえは悪い子だー本当に悪い子だ」。

2008-09-11

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ダニーは1度も、「どうしてわからなくなってしまったの?」とはきかなかった。シビルはダニー・マーテンといると、彼女の祖母は別として、どんな人間と一緒のときよりもずっと自由だった。そのダニーに寄る自由は、それが1934年の春、夏、秋のあいだ、つまり、まさに時間にだまされてシビルが憂鬱な孤独に捕らえられ、自分のいつもの\内気さを世の中に対する特別強固なよろいかぶとで固めていた時期にもたらされたものであったから、いっそう著しかった。

2008-09-10

[東北] 多重人格・シビルの記録より

あの少女やあの花は夢だったのだろうか?それとも実際にあったことなのだろうか?もし、夢だとすると、どうしてダニーがそれに調子を合わせることができたのだろう?彼女にはわからなかった。彼女には、この冷えた、憂鬱な、わけのわからない時間のあいだに起った多くのことがわからなかった。忘れる事は恥ずかしいことだった。彼女は恥ずかしかった。

2008-09-09

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ダニーは彼女といっしょに通りを横切った。2人は彼女の家の正面階段の上に腰を下ろし、そして話し合った。話のなかで彼はこんなことを言った。「今週エングル夫人が死んだ。ぼくはエレーヌといっしょに葬式の花を病人や寝たきりの人たちのところへ配って歩いた。ちょうどぼくが気味のおばあさんが死んだとき、きみと行ったようにね」

2008-09-08

[東北] 多重人格・シビルの記録より

学校が終わったとき、シビルは最後のこどもが無事にいなくなるまで待ってから家に帰りはじめた。彼女は、ミセス・シュバーツバルドがだれであろうと、彼女のところへおかあさんの荷物を採りに立ち寄るつもりはなかった。おかあさんは怒るにちがいなかった。だが、いつもそうだったように、彼女に起られること以外に期待できるものはなにもなかった。

2008-09-07

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「なにか悩みごとでもあるの?」とミス・ヘンダーソンが彼女の机のところに戻って来てきいた。「いえ、ありません」と、無理になんでもないふうを装ってシビルは答えた。「でも、計算ができないんです」「昨日はできたのよ」とミス・ヘンダーソンは冷ややかにくり返した。

2008-09-06

[東北] 多重人格・シビルの記録より

困り果てた先生の賢明な質問にはなんの答えもなかった。そこで、すっかり当惑しきった先生は黒板のほうに戻りながら別れぎわに彼女の肩をポンと叩いて言った。「昨日はできたのに」昨日?シビルは黙っていた。彼女には昨日は存在しなかったー彼女はいまがそれがわかりかけた。自分の知らないことをしたとか習ったとか思われることが起ったのだ。

2008-09-05

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルは自分の白紙と黒板を替わるがわる見つめた。ミス・ヘンダーソンが彼女を見ていた。と、シビルの机のところへやって来て、彼女の肩の上から身をかがめた。「なにも書いてないじゃないの」とミス・ヘンダーソンは皮肉っぽく言った。「さっさとやりなさい」シビルはなにもしなかったので、先生は前よりもっとじりじりしながら、黒板をさして詰問するように言った。「これとこれを掛けたらいくつになる?」

2008-09-04

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルが家を出たとき、キャロライン・シュルツとヘンリー・ホフマンが通りの学校側をあるいているのが見えた。彼女は2人が学校のなかにはいってしまうまで待った。学校の建物のなかにはいったとき、彼女は、3年生の教室へ行くか、5年の教室に行くか、どちらにするかで悩んだ。

2008-09-03

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルは衣装棚のほうに歩いて行った。なおも彼女は、自分が学校のコートホールでさがしていた赤のウールのオートをさがそうとしてうろうろしていた。彼女の母親が衣装棚までついてきた。「ところで」と彼女は言った、「学校が終わったらミセス・シュバーツ・バルトの所へよってきてもらいたいんだけど、私の荷物を預かってもらっているんだよ」「ミセス・シュバーツ・バルトってだれ?」

2008-09-02

[東北] 多重人格・シビルの記録より

父親がでかけようとして立ち上がった。「ミセス・クレイマーに1時半までに店に戻ると言ってきたんでね」シビルの父親は、大恐慌で財産を失ったときに経済的事情で短期間住んだ農場から帰ってからは、金物屋で働いていた。シビルと母親がまず、シビルを幼稚園に入れるために帰って来た。そのあと父親がミセス・クレイマーの経営する金物屋に働きに行った。

2008-09-01

[東北] 多重人格・シビルの記録より

葬式のあとの数週間?エラの面倒うをみた?なんのことを言っているんだろう?自分はエラのことをかまったおぼえはない。それに、葬式のあとの数週間のことなど知っていない。彼女は頭が混乱してきた。いつ、葬式がおこなわれたのだろう?いますんだばかりじゃなかったのか?

2008-08-31

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼はアルファとオメガ、始まりと終わりについて話していた。彼は7つの最後の災厄について、来たるべき中国との戦争について、いずれ合衆国はロシアと力を合わせて中国とたたかうことになるだとうといったことについて話した。彼は、いずれカトリックが権力を握るだろうが、カトリックの大統領が出ることがいかにおそるべきかについて話した。

2008-08-30

[東北] 多重人格・シビルの記録より

いつも彼女のおばあさん訪問を中断させたあのどしんどしん、いつも彼女をおどろかせたあのどしんどしんという音だった。それは6フィートにおよぶ長身で、あごひげ、禿頭の彼女の祖父だった。かれはここでなにをしているんだろう?なぜ、彼は自分たちのテーブルに座っているんだろう?祖父母の居住区は、彼らが2階に住んだときも、いつも自分たちの住居と分離されていた。

2008-08-29

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女の遊び場はそのサンルームにあり、彼女は自分の人形を窓ぎわの腰掛けの上に置いていた。人形はいつものようにそこにあったが、その数は前よりもずっと多かった。あの明るい顔と輝く歯の、大きくてきれいなブロンドの髪の人形はいったいどうしたんだろう?それは自分の人形ではなかった。

2008-08-28

[東北] 多重人格・シビルの記録より

その部屋に通じる呼びのドアはしっくいが塗り込められいた。こんなに早くそういうことがおこなわれるというのは奇妙なことだった。今には、おばあさんの家具がいくつか、自分たちのものといっしょに置いてあった。こういう処置をずいぶん早くしたものだわ。それに、食事差し入れ口のところにあるあれはなんだろう?ラジオ!おじいさんがそれを悪魔のしわざだと言ったために、あんなにラジオを買うことをためらっていたのに。

2008-08-27

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルはゆっくり歩いて、古びた赤煉瓦の学校の建物を出た。通りの向こう側の角に、彼女の家である黒いシャッターのついた大きな家があった。通りを横切る前に、彼女はだれか来ないかと見まわした。だれもいないのを確かめて、彼女は横切った。正面階段のところで待っていたトップが吠えて彼女を迎えた。

2008-08-26

[東北] 多重人格・シビルの記録より

それは前にみたことがないものだったが、そばまで行ってそれを調べてみた。そのコートの持ち主の名前を見るために名札をさがした。ミス・サーストンはいつも、こどもたちにそれぞれ二枚ずつ名札を用意させ、一つはコートに、もう一つはコートに掛けにあてさせていた。コート掛けにもコートにも名前がなかった。ミス・ヘンダーソンは部屋を出て行くところだった。「シビル」彼女がきいた、「どうして自分のこーとを着ないの?どうかしたの?昼を食べに家に帰るんでしょう?」

2008-08-25

[東北] 多重人格・シビルの記録より

すでに緊張していたかのじょは、その状態を見てなおいっそう緊張した。ミス・サーストンは秩序をたもたせる方法を知っていたし、こうしたバカ騒ぎは彼女のクラスでは起こりえなかった。しかし、シビルはいつも、ミス・ヘンダーソンはクラスの運営がへただときいていた。子供達のやり方からすれば、やっぱりこれはミス・ヘンダーソンのクラスなのかもしれない、という考えが突然浮かんだ。

2008-08-24

[東北] 多重人格・シビルの記録より

目をおろして自分の服を見た。それは、緑と紫の歯周のある砂の服で、ほかのこどもたちの服と同じように一度もみたことのないものだった。そんな服はもっていなかったし、お母さんが自分に買ってくれた記憶もなく、前に着たこともなかったし、今朝着たのはこの服ではなかった。彼女は自分が属していない教室にいて、自分がもっていない服を着ていた。

2008-08-23

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルの目はつぎに、自分の机の上に開かれたノートブックのページに向けられた。そのページに心を集中して、ばからしいことはみなわすれてしまおうと思った。しかし、それはできなかった。というのは、そのページに書いてあることが理解できなかったからで、彼女のいまの精神状態では、そのノートブックはただ彼女の恐怖を引き出しただけだった。

2008-08-22

[東北] 多重人格・シビルの記録より

そのとき、彼女はほかのこどもたちのことに気がつきはじめた。通路の反対側にはベッツィ・ブッシュが、自分の前にはヘンリー・フォン・ホフマンが、スタンリーが、そしてスチュアートや事務やキャロライン・シュルツや、そのほかのみんながいた。あら、と彼女は思った、ここにはさんねんのクラス全員がいるわ。

2008-08-21

[東北] 多重人格・シビルの記録より

歯切れのよい口調で威勢よく早口に話すその先生は背が高くやせていた。彼女はシビルの先生ではなかった。彼女の先生であるミス・サーストンは、ゆっくりと落ち着いて話したし、がちりしたからだで中くらいの背丈だった。三年の先生はミス・サーストンだった。ここにいるのはミス・サーストンでなければならないのに、それはミス・ヘンダーソンだった。シビルは五年の先生であるミス・ヘンダーソンを知っていた。

2008-08-20

[東北] 多重人格・シビルの記録より

最初は、一歩か二歩のゆっくりした足の運びだったが、それはやがて、おろされた柩の上の花束に向かってより早い足取りになった。彼女は墓穴のそばまで行き、いまにもそのなかに跳びこみ、永久におばあさんと一緒になろうとしているかのように姿勢をとった。そのとき、あの手が、すばやい激しい動きで彼女の腕をつかまえた。制止しようとするその手が彼女を引っぱり、彼女を墓穴から、おばあさんから引き離した。

2008-08-19

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルだけが、のどを締め付けられ、胸が次第に重くなり、指がひりひりして感覚がなくなりそうだったが、涙を流していなかった。風は冷たかった。気持ちは茶色のしみついた氷のように冷たい青だった。冷たいものはなんであれ、愛ではない。愛はあたたかいものである。愛はおばあちゃんである。愛は土に埋められようとしている。

2008-08-18

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルはおばあさんなら、「お母さんに黙っていて、ね」と念をお品がr、いろいろなことを話すことができた。おばあさんはいつも、「おまえが私に話したことは、ハッチーにはなに1つ言わないよ」と言い、そのとおりにした。シビルがおばあさんと川へ行くときに歩いた林には色々な花が咲いていたが、いまは牧師が言っていた、「されば全能の神、われらが姉妹メアリ・ドーセットを眠らしめんことを嘉給えるにより、これよりその肉体を手厚く葬らん、、、」

2008-08-17

[東北] 多重人格・シビルの記録より

おばあちゃんの大きなベッドは高くて柔らかだった。シビルはその上に好きなだけ飛び上がった。おばあさんグァいつも彼女を抱き上げて抱きしめ、「シビル、シビル、シビル」と言ったものだった。おばあさんといっしょにいるときは、どなり声は存在しなかった。階段のすぐ下の家は、何マイルも何マイルも離れたー遠いところのように思われた。

2008-08-16

[東北] 多重人格・シビルの記録より

花束がその上にのっている灰色の金属製の柩が墓穴の近くに置かれていた。牧師がそのそばに立っていた。「わたしはまた、新しい天と地とを見た」とかれははじめた。「また、聖なる都、新しいエレさレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、点から下ってくるのを見た。、、、もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。、、、、すると御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」」

2008-08-15

[東北] 多重人格・シビルの記録より

車が止まった。みんなが、彼女のソフファ生まれた村の墓地のなかの道をドーセット家の墓がある地点に向かって歩いていた。その祖父はこの地区に生まれた最初の白人男性だった。歩きながら、シビルは死について考えた。協会の説教できいたところでは、死ははじまりだった。彼女にはよく理解できないことだった。

2008-08-14

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ふと気がつくと、彼女の父親が自分のそばに立っていた。「おいで」と彼は言った、「式は全部すんだよ。お墓までいっしょに行くんだ」彼らは自分のことを忘れていた。下へ降りていって式に出てもいいと約束しておきながら、その約束をまもらなかったのだ。自分は9歳になっている。式は自分の家でおこなわれた。しかも、自分は赤ん坊みたいにおろかしい棒つきキャンデイを与えられて2階にとりのこされていた。彼女は自分の両親が許せなかった。許す気持ちになれなかった。

2008-08-13

[東北] 多重人格・シビルの記録より

回復してからあとの5年間、ドーセットおばあちゃんはシビルを世話しつづけた。しかし、シビルが9つのとき、おばあちゃんは新しい病気−子宮がんーにかかり、シビルを心配させ、不安にした。ウイロー・コーナーズの大きな家に一つの柩があり、それが運び出されようとしていた。

2008-08-12

[東北] 多重人格・シビルの記録より

しかし、長時間に回におばあちゃんを訪ねたことはなかった。彼女のははおやがあるきまったじかんしか許さなかったし、せっかく訪ねても、シビルには時間がすぐにたつように感じられたからである。訪ねたいという気持ちがあまりにも強く、その実現のちゃんすがあまりにも少なかったので、母親が自分を呼びに階段を上がってくると、シビルは文字どおり時間がこっそり逃げてしまったのではないかと感じた。

2008-08-11

[東北] 多重人格・シビルの記録より

干しブドウ、アンズ、イチジクなどのはいったビンをたくさんもっていたおばあちゃんはしょっちゅうシビルを台所の戸棚の所へ連れて行って、なんでも彼女の好きな物をえらばせた。おばあちゃんは、彼女が引き出しを開けて自分がたたみたいと思う物をなんでもたたむことを許してくれた。ある日、シビルは一つの引き出しのなかから自分の赤ん坊のころの写真を一枚見つけた。

2008-08-10

[東北] 多重人格・シビルの記録より

すなわち、自分がもっているすべてのに対してもっと感謝しないこと、お母さんが自分のことをそうかんがえているようには幸福でないこと、そして、お母さんが言うように〝ほかのこどもたちと同じではない〟ことである。わびしく、苦しくなると、シビルはときどき裏口階段や屋根裏部屋や玄関広間からドーセットおばあちゃんが住んでいるその家の二階に向かって急行した。

2008-08-09

[東北] 多重人格・シビルの記録より

でも、いったいどうして、と彼女は思った、自分はウイロー・コーナーズでもっとも恵まれた家の一つに住んでいて、町のどんなほかの子よりもいい吹くやたくさんのおもちゃをもっているというのに、なにかがかけているんだろう?とくに、自分ん尾人形たち、自分のクレヨンと絵の具、自分の小さなアイロンとアイロン台などは自分を楽しませてくれているのに。

2008-08-08

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「かまわないでしょう。私の勝手だわ」と彼女は、ウイラードがこれまでのように自分のことをかまってくれなくなったことをこぼしたとき、唾をとばして言った。もう彼の伴奏のためにピアノの前にじっと我慢して座っていることもしなくなった。それどころか彼女はもはやどんな状況のもとでも数分以上じっとすわっていることができなくなっており、数分経つとかならず立ち上がってカーテンを伸ばしたり、家具のちょっとしたほこりを手ではらったりした。

2008-08-07

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ハッチーは、ほかの女たち−協会の広報の席の女たちや、木材を積んだ荷馬車に乗って町にやって来て、時々ドーセット家のものといっしょに昼食をすることがある農婦たちーは、まわりに人がいるときだけでなく、他人の面前でも自分たちの赤ん坊に父を飲ませているではないか、自分はそんなふうにしようと言っているわけではないと主張した。しかし、ウイラードは、ハッチーは〝農婦〟ではないと主張頑として譲らなかった。

2008-08-06

[東北] 多重人格・シビルの記録より

それ以外のときは、ハッチーは自分の娘をペギー・ルイジアナと呼ぶ事に決め、のちにそれはしばしばペギー・ルー・アン、あるいはただペギーと略称されるようになった。しかし、その子が産まれてから数ヶ月のハッチーの苦しみは、シビルの名前以上のものであった。ははになることについてのかってのアンビバレンスが再び事故を主張し始めた。その結果、彼女は初めて自分の娘を見たときに不吉そうにどういった。「とても弱々しそうだわ。こわれてしまうんじゃないかしら」

2008-08-05

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女は他人の赤ん坊の面倒を見るのが好きで、少なくとも一度は、こどもを生んだばかりの母親と〝赤ちゃんを盗む〟ことについて冗談を言いあったことがあった。しかし、ある瞬間に自分自身のこどもがほしくてたまらないと言いながら、ハッチーは、よく次の瞬間にはそれと反対の気持ちを表現した。こどもの面倒を見なければならないという現実的な予感が、しばしばははとなることに憎悪を抱かせたんである。

2008-08-04

[東北] 多重人格・シビルの記録より

まもなく、ハッチーはウイラードの事をかんがえることがおおくなり、彼のことを気にかけるようにさえなった。彼が彼女にやさしかったので、それに報いようとしたのである。彼女は彼の好きな料理をつくり、おいしいパイやケーキをつくるのにやっきとなり、彼の食事をいつも時間どおりに用意した−昼食は性格に昼の12時に、夕食は午後6時きっかりに。

2008-08-03

[東北] 多重人格・シビルの記録より

2人が結婚したとき彼女は27歳だったし、彼の〝年をとるに従って〟という意味はいささかあいまいなところがあった。とにかく、彼はハッチー・アンダーソンに恋をし、エルダービルでの何週間かのデートののち彼女に結婚を申し込んだ。ハッチーはウイラードを愛さなかったし、また口にだしてそう言いもした。

2008-08-02

[東北] 多重人格・シビルの記録より

遠慮がなくて移り気なハッチーは、2人のはじめてのデートのときにはやくもウイラード・ドーセットを困らせた。エルダービルのメイン・ストリートを2人でぶらぶらあるいていたとき、ハッチーは突然立ち止まって、町長選挙に再び立候補していた彼女の父のために即興の演説をぶちはじめたのである。あわてたウイラードは、ただじっとしてそばに立ったままでいた。

2008-08-01

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ドーセット家とアンダーソン家は、家系や伝統がが似ていた。父方でいえば、ハッチーは、英国のデボンからバルテモア候の許しをえて、教師であった弟のカールとともにバージニアに移住して来た牧師チャールズの曾孫であった。母方でいうと、ハッチーはさらに英国に近かった。

2008-07-31

[東北] アメリカ便り

米国におけるエイズ患者ならびに感染者数を、黒人だけに注目すると、世界でも最も被害が大きいアフリカ並みに深刻らしい。首都ワシントンでは人口の5%がエイズ患者ならびにHIV感染者で、これはウガンダや南アフリカに匹敵。患者の80%が黒人とのことだ。

2008-07-30

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイラード・ドーセットの遠いいとこは、父親と娘は〝おとなしく〟母親は〝活発〟で機知に富み、かなり激しい気性をもっていて神経質でもあったと特徴づけた。この同じ観察者は、母親と娘の間の以上な親密さについて語り、二人はいつでもいっしょにいたと言った。人気のある一人の教師は「シビルのお母さんはいつもシビルの腕をかかえていましたわ」と回想した。

2008-07-29

[東北] 多重人格・シビルの記録より

大きなモミジの機が家の正面をおおっていた。裏にはセメント鋪装の歩道があり、それは裏通りに通じていて、その裏通りはメイン・ストリートの店の裏に通じていた。ドーセット家の台所のかいだんがそのセメント歩道に通じていた。ドーセット家のすぐ隣に住んでいるのは隠遁者で、向かいに住んでいる女は矮人で、通りの下手に住んでいる男は自分の13歳の娘の強姦者で、その事件の後も何事も起らなかったかのようにそのまま娘と同じ家に住みつづけていた。

2008-07-28

[東北] 多重人格・シビルの記録より

そういうわけで、頑迷と残酷は大目に見られ、町民は考えもなしにいろいろなことをし、安易な、理由のない楽天主義に浸っていた。その楽天主義は、たとえば、〈最初にうまくゆかなかったら、何度もやり直せ〉といったきまり文句や、小学校とハイスクールで共同使用している行動兼体育館のなかにある碑文に浮き彫りされている〈今日の希望葉は明日の花〉と言ったありきたりの格言にあらわされていた。

2008-07-27

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルがうまれる前から彼女が6歳になるまで、町一番の金持ちは彼女の父親だった。その地位は大恐慌のときに失われた。その時彼は深刻な逆転に見舞われたのだった。シビルが6歳であった1929年から、彼女がカレッジにいくために家を出た18歳のときの1941年までは、最も富裕な人たちはドイツ生まれの農民とスカンジナビア生まれの農民、地方銀行の持ち主だったステックニー、それに粗野で下品な女で次々と5人の夫と結婚し、町にある不動産とコロラドにある銀鉱を手に入れたベール夫人であった。

2008-07-26

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイロー・コーナーズで目立つものといえば、開拓時代から町にあるガン・ショップと町の経済生活の中枢である2季の穀物揚降機だった。店は水曜日と土曜日の夜に開かれ、そのときには親もこどもも連れ立ってお祭り騒ぎの買い物をするのが慣例であった。それはまたニュースやゴシップを交換するチャンスでもあった。

2008-07-25

[東北] 多重人格・シビルの記録より

町そのものは大きなモミジやニレの木が点在していたが、その名前にもかかわらず、柳の木はなかった。家々は、ほとんどウイラード・ドーセットにつかわれている男たちによってたてられたものだが、だいたいにおいて白い枠組みの住居だった。鋪装されていない通りは雨のふらないときはほこりっぽく、雨が降るとまるで泥沼だった。

2008-07-24

[東北] 多重人格・シビルの記録より

いきなり多重性の根本原因について新しい事実が明かされたわけではなかったが、シビル−おそらくは生まれたときは一人格であったーが多くの人格をもつにいたった町や環境の面から、ウイルバー博士はのちに原因をすいていするのに役立ったいくつかのヒントをつかむことができた。

2008-07-23

[東北] 多重人格・シビルの記録より

母性的な初老タイプの、丸々と太っていて、遠慮深く、瞑想的なメアリは質問するかのようにわずかに微笑みながらくり返した、「彼女が私たちのことを気にかけている?」。それから、マーシャー・リン、バネッサ・ゲイル、メアリらが動員した内部の秘密情報網を通じて、そのメッセージが高らかに明瞭に鳴り響いた。

2008-07-22

[東北] 多重人格・シビルの記録より

その時は、ウイルバー博士もシビルもともに、そのコネチカットへの遠足に行ったのは彼女たちだけではなかったということを知らなかった。ペギー・ルーもいっしょにいて、彼女はシビルがとうとう自分をどこかへ連れて行ったことをよろこんでいた。ドクターの車のもう一人の見えざる乗客ビッキーは、早速待ちきれずにマリアン・ラドローに独立戦争前の家々のことを話した。

2008-07-21

[東北] 多重人格・シビルの記録より

事実、シビルのレストランに対する恐怖は相当なもので、レストランにはいると、〝失われた時間〟を結果する事がしばしばあったほどだった。これもあとでわかったことだが、遠足に行くことを承知したとき、シビルはなぜか遅くとも4時までに、できれば3時までにニューヨークに戻ってくるくrことを主張した。

2008-07-20

[東北] 多重人格・シビルの記録より

まだこの辺に一度も来たことがなかったシビルに、彼女は、自分たちが通り過ぎた家々のうちのいくつかは独立戦争以前のもので、それ以外のものもモダンではあるが、その窓は昔のままか、それをまねたものだと説明した。シビルが発言した、「私の父は建築請け負い業者でしたのよ。父はとても建築に興味をもっていて、おかげで私も興味をもつようになりましたの」。

2008-07-19

[東北] 多重人格・シビルの記録より

純粋な懇親の機会にしたいと思って、ウイルバー博士は会話を現時点に、通り過ぎたまちまちや家々に、その土地の地理や歴史に、そして景色に限定した。彼女たちはいくつかのちいさな海浜都市を通り抜け、サウスポーとで道をそれ、入り江にむけてまっすぐドライブした。

2008-07-18

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルがそうすると言ったとき、テデイは、たとえそうしても屋根なしでドライブするのは涼しすぎるのではないかしらと警告した。そして、シビルとドクターが二人とも第寿部だと保証しても、まだ彼女は納得しようとしなかった。しかし、テデイの最大の関心ごとは、その遠足のあいだペギー・ルーが平静を保っているかどうか、そしてその遊山の間どれだけシビルがシビルで通せるかということにあった。

2008-07-17

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ほんとうのところ、ウイルバー博士がシビルにその遠足−シビルに自信を持たせ、打ち明けさせることができるだろうとドクターが信じたその遠足ーに行くことを承諾させることができたのは、ようやくかなりの議論をしたあげくのことだった。

2008-07-16

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「シビル」とウイルバー博士は1955年4月のある朝、シビルが自分の何枚かの水彩がを診療室にもって来たときたずねた、「ハナミズキの季節がきたら、いつか日曜日にでも、一緒にコネチカットまでドライブしてみる気はないかしら?そのころはいなかはきれいだし、花の咲いている木や灌木を写生することもできるわ」

2008-07-15

[東北] 多重人格・シビルの記録より

解剖学と生物学からあるイメージを拝借して、彼女は、交代人格をしビルの無意識のなかにある隙窩ー骨の中の骨細胞でみたされている非常に小さい隙間ーと見た。ときとして、生死しているこれらの隙窩が、しかるべき刺激を受けると、すがたを表してかつどうするのである。それらはシビルの内部だけでなく外部の世界でも機能し、そこでそれらが防衛しようとしている特定の問題を行動化するように思われた。

2008-07-14

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイルバー博士はシビルが苦しんでいるのがわかって、別の自我をもっているということは、精神科医が〝行動化〟と呼んでいるものの一種で、多くの人々が自分を悩ませていることを行動に移しているのだからなにもこわがることはないのだ、と説明することでシビルを慰めようと努めた。

2008-07-13

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ホイッチャー・ホールがその考えを終わらせた。下宿のエレベーターのなかで彼女が家庭教師をしていた双子の寿で糸マリーンに会ったことが新しい屈辱、新しい非難になった。彼女たちは一個の存在のような不可分の完全な一体となってともに障害を送っているというのに、自分は自分の時間のすべてを自分ですごすことさえできないのだ!

2008-07-12

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルがついに、ドクターに対して失われた時間のことを是認したとき、それは自分自身に向かっての是認でもあった。それまでは、現在から、何分後か、何日後か、何年後かはっきりしないある別の時へとしじゅう移転しながらも、官女は一度もその〝失われた時間〟の概念をはっきりと口にしたことはなかった。そのかわりに、彼女は湾曲に〝ブランクの時間〟という言い回しをもちいていた。

2008-07-11

[東北] 多重人格・シビルの記録より

あきらめる理由はまったくないのだ、ウイルバー博士は自分を納得させた。あるいは、シビル・ドーセットはよくなるだろうと考えるのはあつかましさが必要ではないだろうか。電話のベルが鳴った。もう10時過ぎだった。おそらく、危急の患者が助けを求めて電話をしてきたのだろう。どうか、今夜は自殺ではないように、と彼女は思った。

2008-07-10

[東北] 多重人格・シビルの記録より

事実、彼女はヒステリーについての経験をかなり早くからもちはじめていた。シビル・ドーセットをはじめて彼女の所へよこしたオマハの内科医も、彼女がヒステリー症患者後量に成功していたからこそ、そうしたのだった。

2008-07-09

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「先生にはほかの患者さんがいますわ」とシビルは主張した。「私は大丈夫ですわ」わずか1時間前に晴れやかなビッキーがはいって来たドアからで手行くシビルの顔色はタラのように白かった。そのあと、たそがれ迫るシンとした診療室で、ウイルバー博士はドーセットのケースについて思案にふけった。

2008-07-08

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「時間がなくなりますわ」とシビルは言い張った。「私には、時間を超過する権利はありませんわ」「それがあなたのいつものやり方なんだわ」とドクターは厳然と答えた。「自分自身を無価値だと思うのが。それが、あなたが別のいろいろな人格を必要とする理由の1つなんだわ」

2008-07-07

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