2008-07-31

[東北] アメリカ便り

米国におけるエイズ患者ならびに感染者数を、黒人だけに注目すると、世界でも最も被害が大きいアフリカ並みに深刻らしい。首都ワシントンでは人口の5%がエイズ患者ならびにHIV感染者で、これはウガンダや南アフリカに匹敵。患者の80%が黒人とのことだ。

2008-07-30

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイラード・ドーセットの遠いいとこは、父親と娘は〝おとなしく〟母親は〝活発〟で機知に富み、かなり激しい気性をもっていて神経質でもあったと特徴づけた。この同じ観察者は、母親と娘の間の以上な親密さについて語り、二人はいつでもいっしょにいたと言った。人気のある一人の教師は「シビルのお母さんはいつもシビルの腕をかかえていましたわ」と回想した。

2008-07-29

[東北] 多重人格・シビルの記録より

大きなモミジの機が家の正面をおおっていた。裏にはセメント鋪装の歩道があり、それは裏通りに通じていて、その裏通りはメイン・ストリートの店の裏に通じていた。ドーセット家の台所のかいだんがそのセメント歩道に通じていた。ドーセット家のすぐ隣に住んでいるのは隠遁者で、向かいに住んでいる女は矮人で、通りの下手に住んでいる男は自分の13歳の娘の強姦者で、その事件の後も何事も起らなかったかのようにそのまま娘と同じ家に住みつづけていた。

2008-07-28

[東北] 多重人格・シビルの記録より

そういうわけで、頑迷と残酷は大目に見られ、町民は考えもなしにいろいろなことをし、安易な、理由のない楽天主義に浸っていた。その楽天主義は、たとえば、〈最初にうまくゆかなかったら、何度もやり直せ〉といったきまり文句や、小学校とハイスクールで共同使用している行動兼体育館のなかにある碑文に浮き彫りされている〈今日の希望葉は明日の花〉と言ったありきたりの格言にあらわされていた。

2008-07-27

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルがうまれる前から彼女が6歳になるまで、町一番の金持ちは彼女の父親だった。その地位は大恐慌のときに失われた。その時彼は深刻な逆転に見舞われたのだった。シビルが6歳であった1929年から、彼女がカレッジにいくために家を出た18歳のときの1941年までは、最も富裕な人たちはドイツ生まれの農民とスカンジナビア生まれの農民、地方銀行の持ち主だったステックニー、それに粗野で下品な女で次々と5人の夫と結婚し、町にある不動産とコロラドにある銀鉱を手に入れたベール夫人であった。

2008-07-26

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイロー・コーナーズで目立つものといえば、開拓時代から町にあるガン・ショップと町の経済生活の中枢である2季の穀物揚降機だった。店は水曜日と土曜日の夜に開かれ、そのときには親もこどもも連れ立ってお祭り騒ぎの買い物をするのが慣例であった。それはまたニュースやゴシップを交換するチャンスでもあった。

2008-07-25

[東北] 多重人格・シビルの記録より

町そのものは大きなモミジやニレの木が点在していたが、その名前にもかかわらず、柳の木はなかった。家々は、ほとんどウイラード・ドーセットにつかわれている男たちによってたてられたものだが、だいたいにおいて白い枠組みの住居だった。鋪装されていない通りは雨のふらないときはほこりっぽく、雨が降るとまるで泥沼だった。

2008-07-24

[東北] 多重人格・シビルの記録より

いきなり多重性の根本原因について新しい事実が明かされたわけではなかったが、シビル−おそらくは生まれたときは一人格であったーが多くの人格をもつにいたった町や環境の面から、ウイルバー博士はのちに原因をすいていするのに役立ったいくつかのヒントをつかむことができた。

2008-07-23

[東北] 多重人格・シビルの記録より

母性的な初老タイプの、丸々と太っていて、遠慮深く、瞑想的なメアリは質問するかのようにわずかに微笑みながらくり返した、「彼女が私たちのことを気にかけている?」。それから、マーシャー・リン、バネッサ・ゲイル、メアリらが動員した内部の秘密情報網を通じて、そのメッセージが高らかに明瞭に鳴り響いた。

2008-07-22

[東北] 多重人格・シビルの記録より

その時は、ウイルバー博士もシビルもともに、そのコネチカットへの遠足に行ったのは彼女たちだけではなかったということを知らなかった。ペギー・ルーもいっしょにいて、彼女はシビルがとうとう自分をどこかへ連れて行ったことをよろこんでいた。ドクターの車のもう一人の見えざる乗客ビッキーは、早速待ちきれずにマリアン・ラドローに独立戦争前の家々のことを話した。

2008-07-21

[東北] 多重人格・シビルの記録より

事実、シビルのレストランに対する恐怖は相当なもので、レストランにはいると、〝失われた時間〟を結果する事がしばしばあったほどだった。これもあとでわかったことだが、遠足に行くことを承知したとき、シビルはなぜか遅くとも4時までに、できれば3時までにニューヨークに戻ってくるくrことを主張した。

2008-07-20

[東北] 多重人格・シビルの記録より

まだこの辺に一度も来たことがなかったシビルに、彼女は、自分たちが通り過ぎた家々のうちのいくつかは独立戦争以前のもので、それ以外のものもモダンではあるが、その窓は昔のままか、それをまねたものだと説明した。シビルが発言した、「私の父は建築請け負い業者でしたのよ。父はとても建築に興味をもっていて、おかげで私も興味をもつようになりましたの」。

2008-07-19

[東北] 多重人格・シビルの記録より

純粋な懇親の機会にしたいと思って、ウイルバー博士は会話を現時点に、通り過ぎたまちまちや家々に、その土地の地理や歴史に、そして景色に限定した。彼女たちはいくつかのちいさな海浜都市を通り抜け、サウスポーとで道をそれ、入り江にむけてまっすぐドライブした。

2008-07-18

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルがそうすると言ったとき、テデイは、たとえそうしても屋根なしでドライブするのは涼しすぎるのではないかしらと警告した。そして、シビルとドクターが二人とも第寿部だと保証しても、まだ彼女は納得しようとしなかった。しかし、テデイの最大の関心ごとは、その遠足のあいだペギー・ルーが平静を保っているかどうか、そしてその遊山の間どれだけシビルがシビルで通せるかということにあった。

2008-07-17

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ほんとうのところ、ウイルバー博士がシビルにその遠足−シビルに自信を持たせ、打ち明けさせることができるだろうとドクターが信じたその遠足ーに行くことを承諾させることができたのは、ようやくかなりの議論をしたあげくのことだった。

2008-07-16

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「シビル」とウイルバー博士は1955年4月のある朝、シビルが自分の何枚かの水彩がを診療室にもって来たときたずねた、「ハナミズキの季節がきたら、いつか日曜日にでも、一緒にコネチカットまでドライブしてみる気はないかしら?そのころはいなかはきれいだし、花の咲いている木や灌木を写生することもできるわ」

2008-07-15

[東北] 多重人格・シビルの記録より

解剖学と生物学からあるイメージを拝借して、彼女は、交代人格をしビルの無意識のなかにある隙窩ー骨の中の骨細胞でみたされている非常に小さい隙間ーと見た。ときとして、生死しているこれらの隙窩が、しかるべき刺激を受けると、すがたを表してかつどうするのである。それらはシビルの内部だけでなく外部の世界でも機能し、そこでそれらが防衛しようとしている特定の問題を行動化するように思われた。

2008-07-14

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイルバー博士はシビルが苦しんでいるのがわかって、別の自我をもっているということは、精神科医が〝行動化〟と呼んでいるものの一種で、多くの人々が自分を悩ませていることを行動に移しているのだからなにもこわがることはないのだ、と説明することでシビルを慰めようと努めた。

2008-07-13

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ホイッチャー・ホールがその考えを終わらせた。下宿のエレベーターのなかで彼女が家庭教師をしていた双子の寿で糸マリーンに会ったことが新しい屈辱、新しい非難になった。彼女たちは一個の存在のような不可分の完全な一体となってともに障害を送っているというのに、自分は自分の時間のすべてを自分ですごすことさえできないのだ!

2008-07-12

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルがついに、ドクターに対して失われた時間のことを是認したとき、それは自分自身に向かっての是認でもあった。それまでは、現在から、何分後か、何日後か、何年後かはっきりしないある別の時へとしじゅう移転しながらも、官女は一度もその〝失われた時間〟の概念をはっきりと口にしたことはなかった。そのかわりに、彼女は湾曲に〝ブランクの時間〟という言い回しをもちいていた。

2008-07-11

[東北] 多重人格・シビルの記録より

あきらめる理由はまったくないのだ、ウイルバー博士は自分を納得させた。あるいは、シビル・ドーセットはよくなるだろうと考えるのはあつかましさが必要ではないだろうか。電話のベルが鳴った。もう10時過ぎだった。おそらく、危急の患者が助けを求めて電話をしてきたのだろう。どうか、今夜は自殺ではないように、と彼女は思った。

2008-07-10

[東北] 多重人格・シビルの記録より

事実、彼女はヒステリーについての経験をかなり早くからもちはじめていた。シビル・ドーセットをはじめて彼女の所へよこしたオマハの内科医も、彼女がヒステリー症患者後量に成功していたからこそ、そうしたのだった。

2008-07-09

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「先生にはほかの患者さんがいますわ」とシビルは主張した。「私は大丈夫ですわ」わずか1時間前に晴れやかなビッキーがはいって来たドアからで手行くシビルの顔色はタラのように白かった。そのあと、たそがれ迫るシンとした診療室で、ウイルバー博士はドーセットのケースについて思案にふけった。

2008-07-08

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「時間がなくなりますわ」とシビルは言い張った。「私には、時間を超過する権利はありませんわ」「それがあなたのいつものやり方なんだわ」とドクターは厳然と答えた。「自分自身を無価値だと思うのが。それが、あなたが別のいろいろな人格を必要とする理由の1つなんだわ」

2008-07-07

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイルバー博士は自分のコブシで自分の手を叩いた。「あれは現実の話じゃありません」と彼女は言った。「たんなるフィクションよ。あなたはジキル博士とハイド氏のようではないわ。ステ−ブンソンは精神分析学者じゃなかったわ。彼は文学的イマジネーションによってある2つの性格を創造したんです。作家としてよい作品を書こうとおもっただけだわ」

2008-07-06

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「あまり心配しないようにすることね」とドクターハやさしく言った、「ほかにもそういう人がいるのよ。私たちで解決できることよ。なおせるのよ」。ウイルバー博士は、このことばがシビルの気持ちを大きく動かしたのを見ることができた。彼女はずっと気が楽になったようだった。

2008-07-05

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「あなたはなにを言ったりしたりしているかがわからなくても、あなたはちゃんといろいろなことを言ったりしたりしているのよ」ドクターは容赦がなかった。「眠っているあいだに歩き出すようにね」「なにをしていますの?」「いままで、だれかあなたに言わなかった?」

2008-07-04

[東北] 多重人格・シビルの記録より

そうすれば、彼女を別の人格がはなしたことと対決させて、いまは近づくことが妨げられているらしいその記憶に彼女を近づけさせることができるだろう。「そうよ」とドクターはシビルに話しかけた。「また遁走の状態にあったのよ。でも、今度のは前よりももっと複雑だったわ」「こわいですわ」「そうでしょうとも、かわいい人」とドクターは慰めるように答えた。

2008-07-03

[東北] 多重人格・シビルの記録より

いろいろなことが、あっという間に起った。ウイルバー博士がこの最後の考えに没頭していたとき、突然、音も無く、ほとんどそれとわからないくらいしずかな推移で、ビクトリア・アントワネット・シャローの地震が消滅した。彼女の特徴だった泰然自若ぶりが消えてしまったんである。

2008-07-03

[東北] 多重人格・シビルの記録より

いろいろなことが、あっという間に起った。ウイルバー博士がこの最後の考えに没頭していたとき、突然、音も無く、ほとんどそれとわからないくらいしずかな推移で、ビクトリア・アントワネット・シャローの地震が消滅した。彼女の特徴だった泰然自若ぶりが消えてしまったんである。

2008-07-02

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「でも、なぜあなたはこわくないのかしら?」「こわがる理由がないというのが理由ですわ」ビッキーはそれ以上自分のことにふれようとしなかった。「かわいそうなシビル」と彼女は話の矛先を変えながらため息をついた、「なんという試練だったでしょう。彼女はまったく動きがとれなくなっているんですわ。彼女はほとんどいつも頭が痛み、のどが痛んでいるのです。彼女は泣くことができませんの。また、泣こうともしないんですわ。泣けばみんがな反対するからです」

2008-07-01

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「ドクター」と彼女は言った、「シビルはだれをも愛したいとおもっていません。人に接触するのがこわからですわ。先生は、彼女がどういうふうかをここでごらんになりましたわね。すべては同じモザイクの一部なんですわー彼女に襲いかかる手の恐怖も、人の恐怖も、音楽の恐怖も、愛の恐怖も。すべてが彼女をきずつけてきたのです。すべてが彼女をこわがらせてきたのです。すべてが彼女を悲しませ、孤独にしてきたのです」