2008-05-31

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ため息をつきながら、ベッキーは言った。「ドクター、私が、シビルが私と同じように人生をたのしめるようになることを願っていることはおわかりですわね。私はコンサートや画廊に行くのが好きですわ。彼女も行くことは行きますが、それがそうたびたびではないんです。私は、ここからの帰りにメトロポリタン博物館に行くつもりです。友だちと昼食をいっしょにする予約があることは申し上げましたわね。友だちというのはマリアン・ラドローのことですの。

2008-05-30

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「まだ読んでいないわ」「あら、ぜひお読みになるといいわ」とベッキーは気楽なおしゃべりをしているといった調子で答えた。「私は昨夜読み終わったところですの。エリザベス・ジェンキンズの作品で、新作です。奇妙に角の取れた三角関係についての無音の小説と言っていいかも知れません.主人公の女性は厚いざらざらのツイードを着た中年の未婚婦人です。彼女はその物語の始めからロールス・ロイスにしずかに乗っているんですの」

2008-05-29

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「どうぞご遠慮なく」ドクターは、ベッキーが寝椅子に腰をおろし、自分のハンドバッグから鉛筆を取り出し、その紙にスケッチをはじめるのを見まもっていた。「ここに」とベッキーがしばらくして言った、「二つの顔があります。このブロンドの巻き毛のほうが私です。紙の色を染めるクレヨンがあるといいんですけど。これがペギー・ルーです。彼女の髪は黒です。クレヨンがなくてもすむわけですわ。ペギー・ルーは仰々しいことやめんどうなことはきらいです。彼女は髪をそのまままっすぐ伸ばしています、ちょうどこんなふうに」

2008-05-28

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「でも」とドクターは強調して言った、「ペギール−はシビルのお母さんは自分のお母さんじゃないって言ってるわよ」「そんな。私は知っているんですから」とベッキーは軽やかに言った、「ペギーがどんなかはご存知のはずですわ」。それから、うれしそうに微笑みながらベッキーはつけ加えた。「ミセス・ドーセットはペギー・ルーのお母さんだったのですが、ペギー・ルーは、そのことを知らないんです」「ペギー・アンはどうなの?」とドクターはきいた。

2008-05-27

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「ペギー・アンはそのうちにやって来るはずですわ」とベッキーは予告した。「彼女にお会いになるでしょう。先生が彼女を好きになることは私が保証しますわ」「私もそう思うわ」「いろんなことをいっしょにしますの、あの二人、ペギー・ルーとペギー・アンは」「二人はどこがちがうのかしら?」

2008-05-26

[東北] 多重人格・シビルの記録より

それから彼女は注意深くつけくわえた。「ほかになにかあるんですわ、ドクター。心の奥深くになにかが」「それはなんだとおおもいになる?ベッキー」「私にはとても言えませんわ。先生は私が来る前にそれが現れたのをご存知でしょう」「あなたはいつ来たの?」「シビルがまだずっと小さいころでしたわ」「わかったわ」ドクターはちょっと待ってからきいた。「あなたはミセス・ドーセットをご存知?」ベッキーは突然、離れて身構えた。

2008-05-25

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイルバー博士は、疑惑を一時中断させるあいだの間をおいてから言った、「あなたのご両親は、あなたが自分たちのところにいないのでご機嫌を損ねているんじゃない?」「そんなことはぜんぜんありませんわ、ドクター」とベッキーは確信をもって答えた。「両親は私が人助けのためにこちらに来ていることを知っているんです。しばらくしたら両親が私を迎えに来て、いっしょに変えることになっているんです。それからはずっと一緒にいることになるでしょう。私の両親は他の親たちとはちがうんですわ。しようと思って口に出したことは実行しますのよ」

2008-05-24

[東北] 多重人格・シビルの記録より

これは、ベッキーがシビルやペギーや自分自身のことについてなんでも自分に話すことができるということなのだろうか?とドクターは考えた。これまで自分はあまりにも少しのことしかわからなかった。「ベッキー」とドクターは言った、「あなたのこともっとよく知りたいんだけど」「私は幸福な人間ですわ」とベッキーは答えた、「そして、幸福な人間はたいしておもしろい話をもっていないものですわ。でも私はよろこんで先生がお知りになりたいことはなんでもお話しようと思いますわ」

2008-05-23

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「ベッキー、あなたがどうしてここへ来たか話してくださる?」「とても簡単なことですわ」とベッキーは答えた。「シビルは病気でした。私は彼女の服を着ました−先生にお話したブルーの揃いではなく。私は昼にデートをする約束があったので、それでは具合が悪かったんですの。いま申し上げたように、私は彼女の服を着て、バスに乗って、ここへやってまいりましたの」

2008-05-22

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女はときどき、完全な感覚の欠如となにもできなくなるほどの全面的無能力におちいるんですの。私、今朝もそういうふうだったのではないかと思っておりますの。でも、私としたことが、自己紹介もしないでおしゃべりをはじめるなんで、無作法でしたわ。私はベッキーと申します」「おはいりにならない、ベッキー?」とドクターは言った。

2008-05-21

[東北] 多重人格・シビルの記録より

しばし、ドクターは茫然とした。だが、それはほんのしばらくのあいだだけだった。〝彼女〟と〝私〟の奇妙な併置は、自分がすでにそうではないかと考えていたことを再確認させたにすぎない。私はおどろいたが、とウイルバー博士は心のなかで考えた、おどろく理由なんてないはずだわ、と。

2008-05-20

[東北] 多重人格・シビルの記録より

その逃避があまりにも功名であったので、その問題は1955年の3月まで未解決のまま残った。しかし、ちょうどそのとき、診断を変更して、まだシビルにはなさなかったことでドクターをよろこばせたある出来事が起った。1955年3月16日、ウイルバー博士はアポイントメントのあい間を見て、それまでのネコヤナギにかえて、自分で買ってきたばかりの新しい春の花アネモネと黄ズイセンとを入れた。それから、待っているのはシビルかしら、それともペギーかしらと思いながら待合室に通ずるドアを開けた。

2008-05-19

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルは31歳だが、ペギーは、、、ドクターはペギーが早熟なこどもなのか未成熟なおとななのかきめかねた。ペギーは小さい女の子みたいに無邪気で、あけすけだ。そのかわり、怒りんぼである。シビルが遠慮がちであるのとちがって、彼女はあからさまな恐怖をぶちまける。そして、まぎれもなくペギーは、シビルがさけようとしているあるおそるべき重荷を背負っていた。

2008-05-18

[東北] 多重人格・シビルの記録より

1955年の2月になって、ドクターはシビルに、彼女が忘れてしまったことを記憶しているペギーのことを話すつもりになった。これ以上先に延ばす意味はないと考えたからである。ところが、そのことばがドクターの口から発せられているあいだに、シビルの顔は青ざめ、瞳はいつもより大きく膨張し、抑えた不自然な声で彼女はきいた、「どうしてそういうことをご存知ですの?」。彼女のもう1つの自我について話そうとする間もなく、ドクターは彼女が当の自我になったことを感じとった。

2008-05-17

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「つぎに手があなたを苦しめているかどうか教えてくださる?」「手ですって?別にそんなことはありません。私の手は小さくて細いですわ。母は私の手はあまり魅力的でないと思っていました。何回もそれを言いましたわ」「手があなたに襲いかかったことがある?だれかほかの人の手が」「手が襲うって?どういう意味かわかりませんわ」シビルの不安感が急にひどく強まったようだった。「わかったわ」とドクターは言った。

2008-05-16

[東北] 多重人格・シビルの記録より

練習中に私がまちがえたりするといつも母がこぼしたものです。「そこはまちがい。そこはまちがい」。それが耐えられなかったので、母が近くにいるときは練習しなかったのです。でも、母が外出したときは、なにをやっていてもそれを放り出してピアノにとびついたものですわ。いつも、ピアノを弾いていると気持ちがすっきりするのです。ピアノがなかったら、もっとはやく精神的緊張状態におちいったはずですわ。私が教師になったときに最初に飼ったのはピアノでした」「そうだったの」ウイルバー博士は答えた。

2008-05-15

[東北] 多重人格・シビルの記録より

突然、ペギーは沈黙した。そのときペギーは消えた。ペギーがいたところに腰掛けているのはシビルだった。「また遁走でしたの?」シビルはいそいでドクターから離れながらきいた。彼女はおびえていて、不安げだった。ドクターがうなずいた。「でも、この前ほどひどくありませんでしたわね」シビルは、部屋を見まわして、なにもおかしいところもなく、なにもこわれていないのを確かめて自分をなぐさめた。

2008-05-14

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ウイルバー博士はその腕をペギーの身体にそっとまわして寝椅子に仰向けにしてやった。動かされて、ペギーはおだやかに打ち明けた、「そうよ、だれもしんぱいしてくれないんだわ。それに、だれにも言えないの。そしてどこにもいっれないの」。しずかな休止があった。ペギーはそのあとで言った。「木や家や学校が見える。ガレージが見える。ガレージに入って行きたいわ。そうすればなにもかもよくなるんだわ。そうすればそんなに痛くなくなるわ。そこならそんなに苦しまなくてもよさそうだわ」

2008-05-13

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「すぐ把手をまわして、ドアを開けなさい」「だめよ。できないわ」ペギーの怒りは突然ドクターに向けられた。「どうしてわかってくれないのよ?」「どうしてやってみないの?あなたはやってみもしなかったわ。どうして向こうへ行って、ドアを開けてみないの?」とドクターは強い口調で言った。「ドアの把手をつかんでも、まわらないわ。それがわからないの?」「やってごらんなさい」

2008-05-12

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「ウイルバー先生はここにいるわよ」「ちがうわ、先生はオマハに私たちを残して行ってしまったんだわ」トペギーは言い張った、「あなたはウイルバー先生じゃないわ。あなたがそうでないってことわからないの?先生をさがさなくちゃ」。平静さが蒸発した。ヒステリー状態が戻った。そしてペギーは嘆願した、「外に出して!」

2008-05-11

[東北] 多重人格・シビルの記録より

苦悶の言葉がつぎからつぎと出てきた。つぎに、起って非難することばが出てきた、「先生は私を逃したくないんでしょう」。ますます挑戦的になってきて彼女は警告を発した。「先生がさせなくても、ガラスをこわして逃げてやるわ」「どうしてドアから出ないの?行ってもいいのよ。すぐドアを開けたら」「できないよの」とペギーは絶叫した。彼女は寝椅子から立ち上がって、わなにかかり迫害を受けている動物のようにぐるぐる歩きまわりはじめた。

2008-05-10

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ローラ・ホッチキンズのくすくす笑いは」あけすけな大笑いに変わった。テデイはげらげら笑った。ペギーは満堂をうならせながら先をつづけた。はじめは数人のための演技であったものが全員のためのショウになってしまった。彼女のクリンガー教授の物まねは、その晩のハイライトになった。拍手喝采のうちに、ペギーは紙ナプキン製の眼鏡をいかにもわざとらしくはずし、色鉛筆をハンドバッグのなかに戻し、何回かおじぎをすると、その部屋から堂々と引きあげた。

2008-05-09

[東北] 多重人格・シビルの記録より

諸君もご存知のとおり、石、焼成した粘度に、金属などのもつ半永久性が、われわれが依存する歴史的記録の運搬車としての石や粘度に刻まれた彫刻や銘における重要なるファクターであることはいうまでもないところであります。しかるに、やがて、ほかの種類の記録がついに彫刻の主権を侵害するにいたり、少なくとも西欧においてはあらゆる種類の絵画をして広範なる用途および一般的魅力を有する芸術たらしめたのであります。

2008-05-08

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「あえてうれしいわ、ドーセット」二人のそばにやってきたローラ・ホッチキンズが言った。「あなた、庫内つもりだと言っていたでしょう。あなたが、来られてうれしいわ」ローラはシビルのもう一人の友だちだった。ペギーはローラにも秘密は明かさなかった。テデイ、ローラのほかにも何人かの女子学生たちがドーセットのまわりに群がって、ミンアでクリンガー教授のうわさをしていた。

2008-05-07

[東北] 多重人格・シビルの記録より

きれいな白いレースのテーブル掛けでおおわれ、こーひーと紅茶のはいった二つの大きな湯沸かしのおいてある長い食べ物のテーブルを見て、ペギーは、自分がエリザベスでスナックにはいってからずっtpなにも食べていないことを思い出した。彼女は、自分の宗派がそれを認めようとしなかったのでコーヒーや紅茶を飲むことができないことを知っていたが、かわいらしサンドイッチをちょっと食べはじめたばかりのとき、洗練された中西部の声が、「シビル、今日は楽しかった?」とたずねているのが耳に入った。

2008-05-06

[東北] 多重人格・シビルの記録より

突然、ペギーはすばやい動作で鏡の前を離れた。自分の唇に目が行ったからだった。厚くて大きいその唇は、黒人の唇のようであった。彼女は自分の唇をおそれた。自分を黒人だと思い始めた。彼女は黒人をおそれ、人々の彼らに対する態度をおそれ、人々の自分に対する態度をおそれた。彼女は手を伸ばしてハンドバッグを取り、部屋を出て行った。

2008-05-05

[東北] 多重人格・シビルの記録より

それでも彼女はきれいなものが好きだった。彼女はどうしようか迷った。シビルの母親のものである真珠の首飾りがあった。いや、それを着けるわけにはいかなかない。彼女はシビルの母親が好きでなかったし、そんなことをするのは二重にまちがいをおかすことになるのだ。

2008-05-04

[東北] 多重人格・シビルの記録より

シビルはいつだって和q足しが買うものにおせっかいを出すんだから、とペギーはいらいらした。私のブルーのスーツやブルーの靴についてもそうだったわ。ある日、私が二度もそれを取り出したのに、シビルは二度もそれを放り出したわ。そうだわ、彼女は確かに迷惑な存在といえるわ。

2008-05-03

[東北] 多重人格・シビルの記録より

彼女が、前秋のそのドレスに淑やかにからだをすべりこませたとき、それまでシビルに対して抱いていた好意が消えてしまった。彼女は、自分と、自分の欲望や欲求そして個性の表出とのあいだに、シビルが立ちふさがっているとかんじた。そのドレスは、彼女達の肉体の保持者であり、彼女たち一族の長でもあるシビルに対するあらゆる潜在的不満をよみがえされた。シビルハペギーの人生の一つのしんじつであったが、ときにはたいへん迷惑な存在ともなった。

2008-05-02

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ペギーは靴を蹴って脱ぎ、ベッドの上に長々と横になった。それから、起き上がるとすばやい動きでポータブル蓄音機のそばまで行った。〈モッキンバード・ヒル〉をかけたものか、それとも〈ゴールウエイ・ベイ〉にしようか?〈モッキンバード・ヒル〉に決め、彼女はそれに合わせて歌った。歌いつづけながら、彼女は窓のところへ行き、外をながめた。下宿の中庭の木々は、ちょうど降り始めたばかりの雪でキラキラ輝いていた。

2008-05-02

[東北] 多重人格・シビルの記録より

ペギーはシビルがその書類を読んでいるのを見てはいたが、書類になんとかいてあるかは見ることができなかった。1つのフレーズがちらりと見えただけだった。それは〈当該自動車の所有者は〉というのであった。当該自動車の所有者?子の言葉はペギーをおびえさせた。それは、この車はほんとうは自分の父親の車でなかったことをいみしているのだろうか?はじめてこのことを知って、ペギーは再び逃げ出そうとした。しかし、車の持ち主が彼女をつかまえ、ボールペンを彼女の手に握らせて命令した、「書類に署名しなさい」

2008-05-01

[東北] 多重人格・シビルの記録より

「この女は自分の父親はウイラード・ドーセットだと言った」とグレーの服の男が言った。「こいつはなにかくさいところがある」「確かにそうだ」と黄褐色の服の男が同意した。ペギーは何とかして身を引こうとしたが、動くことができなかった。そして自分が外から妨害されていると同時に内からも妨害されているのが分かった。事実、彼女が動きがとれなかったのは、内部で起っていることが原因だった。