2008-01-31

[東北] 多重人格・シビルの記憶より  

つかみどころのないものだった。自分をここに運んで来た物がなにかを思い出し、つなぎ合わせることができれば、それがわかるかもしれなかった。それがわかるまでは平静になれないだろう。電話が現実とのつながりを見出すなによりのものと思われた。しかし、それをさがすのは、蜃気楼をさがし求めるようなものだった。

2008-01-30

[東北] 多重人格・シビルの記憶より  

電話ボックスが彼女の頭を占領するようになっていた。それが見つかれば、自分が今何処にイルカがわかるだけでなく、自分のことを心配してくれているにちがいないルームメイトのテデイ・エリナー・リーヴズに電話することもできるだろう。ふと、シビルは、テデイが、自分が実験室に行くために家を出た直後に、オクラホマの彼女の家に休暇をすごしに出かけたことを思い出した。

2008-01-29

[東北] 多重人格・シビルの記憶より  

白い雪と対照的な黒いシルエットの人影が突然、通りの反対側にあらわれた。それは、亡霊のように近づきがたいもの、彼女を萎縮させた建物群と同じ生命のないもののように思われた。彼にきけば自分がどこにいるんかを教えてもらえるにちがいないと思ったが、声をかけることはできなかった。

2008-01-28

[東北] 多重人格・シビルの記憶より  

生まれ故郷のウイスコンシン州のどこかかもしれない。そんなバカな。コロンビア大学のエレベーターの前に立っていたときからいままでのほんのわずかなあいだに、どうやってウイスコンシンまでやってこれたのか?こんな短い時間ではどこえも行けるはずはない。何処へも行かなかったのかもしれない。どこにもいないのかもしれない。これは悪い夢なのかもしれない。

2008-01-27

[東北] 多重人格・シビルの記憶より  

冷たい、肌を刺すような風がからだに吹きつけた。足許を白い雪が音をたてて渦巻いていた。彼女はオーバーシュースも手袋も帽子も着けておらず、耳はしびれるように痛かった。モーニグサイド・ドライヴのアパートから実験室まで歩いたときはかなり暖かいと思ったライトグレーのコンヴァーテイブルのツイード・コートも、いまこの容赦ない寒さの前ではこれっぽっちの保温効果もなかった。

2008-01-26

[東北] 多重人格・シビルの記憶より  

シビル・イザベル・ドーセットは、いそいで化学のノートを茶色のジッパー・ホールダーに突っこみ、化学の教授や学生たちが彼女の背中をくいいるように見つめるなかを、ドアに向かって突進した。ドアが彼女の背後で閉まった。彼女は、コロンビア大学のハウ゛マイヤー・ホールの三階の長いほこりっぽい廊下にいた。そこで彼女は、エレベーターが来るのを待っていた。他に人影はなかった。

2008-01-25

[東北] 友人から届いた小説   最終

ひとりで細々と水車を続けている小ゑんには、写真の二人が気持ちの支えのようだ。日に何度となく、写真へ向かってはなしかけている。カウンターに掛けてお客をまっていると、ふっと小りんの声が響くときがある。水車よ、まわれ!水車よ、まわれ!

友人が執筆活動をしながら送ってくれた小説は、今回が最終回です。

2008-01-24

[東北] 友人から届いた小説

やがて、そのドアを大きくあけて顔を出した小ゑん、夕闇迫る三宮の空を見上げ、ネオンサインの店頭を確かめると、「お姉、今夜もがんばるから、見守ってね」小りんに届くはずのない声、それでも毎夕、祈るように口に出している小ゑんだ。

2008-01-23

[東北] 友人から届いた小説

ドアをひく。−動かない。小ゑんと二人で押しても引いてもドアはびくともしない。また押し,と何度か引いてみる。そのうちに、ぎしぎし、、、、と水車の中からきしむように苦しげな音が漏れてきた。もう、倒壊寸前なのかもしれない。赤御影石のカウンターはどうなっただろう。

2008-01-22

[東北] 友人から届いた小説

恐怖にわしづかみされているせいか、寒さのせいか、みぶるいしたとたんに涙がまたあふれた。涙を出るに任せ、口元を押さえながら歩いていて、ふっとはるなのことを思った。彼女は須磨で暮らしている。須磨もきっとひどい状態に違いない。どうか、無事でいますように、西の空へ向けて祈る。

2008-01-21

[東北] 友人から届いた小説

しかし、多田を一人にしておくわけにはいかない。少しでも早く東灘へ行かなくては、戻ろう−妹へ言うと、小ゑんは店を確かめてからにしたいと後じさりながら答える。たしかに店も気がかりだった。いぜんとして余震の心配は続いていたが、二人で店を見に行くことにした。

2008-01-20

[東北] 友人から届いた小説

鳩野先生の言葉に、姉・小りんのことをにわかに思い出した。小りんのところへ行くことに決め,先生から許しを得て,連絡先に医院の住所と姉・小りんの住所や電話番号wを書いてドアに貼った。夫をこのままの姿で残していくしのびなさを心から詫びて、小ゑんは多田へ合掌した。

2008-01-19

[東北] 友人から届いた小説

電話を探し、受話器をやっとのことで見つけてダイヤルを回すが、まったくつながらない。小ゑんはしばらく、ただの肩を引っ張り、頭を引っ張って、とやってみたが彼は少しも動かなかった。やがて、ものも言わなくなった。その間にも、何度か余震に襲われた。そうこうしているうちに、水がもれだしたのか、天井からぽたりぽたりと音がしてきた。

2008-01-18

[東北] 友人から届いた小説

どうして?自分の足元を見ると、小りんは素肌にハイヒールである。どうりで寒いはずだ。非常階段も下りにくかったわけだ。ぜんぜん気が気がつかなかった。恥ずかしくてうろたえていると、「風邪をひくよりはいいでしょうから」いwたわるように言葉を掛けてくださった。大きくて分厚い綿の靴下が、手の中でほんわかしている。ありがたくお借りした。しみじみとした温かさをいただいてのだった。

2008-01-17

[東北] 友人から届いた小説

しだいに明るくなってきた。すぐ横の公衆電話に長い列ができている。普通になっていることは、それとなく伝わっていた。それでも、並ばずにはいられない。ここにいるほとんどの人が自分の部屋を前にし、そこを見上げても、中へ戻ることはできない。ただ立ったり、しゃがんだりするしかない。一月の寒い外の道端で、ただ途方に暮れているよりは、電話にな案で待つほうがまだいいように思う。

2008-01-16

[東北] 友人から届いた小説

ドアは三センチほど斜めに傾いて埋もれている。中をのぞくと、二人はキャッシャー台の下にいた。二人ともひざを抱えた格好で。大の下の隙間に縮こまっている。彼たちも、小リんと同じようにつぶされるかもしれない恐怖に襲われている。いや、その恐ろしさはきっと自分以上だろうと思い、つい、「頑張るのよ、苦しくても待つのよ、しっかりね」と声を掛けてしまった。

2008-01-15

[東北] 友人から届いた小説

マンションの前には、もうたくさんの人がいた。パジャマのままの人、着膨れしている人、毛布で体をくるんでいる人、、、、さまざまな姿で二十人以上の人たちがいた。どの辺にいるのが安全なのだろう。すぐ戻れるかもしれないから、遠くへは離れたくないし、と目を動かしていると声をかけられた。「無事やったんやねえ」鳥かごを抱えた女性である。

2008-01-14

[東北] 友人から届いた小説

そう言い聞かせて、足を踏み出す。だが、部屋の中は真っ暗なのだ。一歩進んでなにかを踏みつける。また一歩進んではジャリッと音を立てて足がめり込む。何も見えない手探りのもどかしさに苛立つ。焦る。どうにはハンガーからコートを引っ張った。ハンドバックを探し出し、棟に抱える。財布と鍵を指で確かめる。コートを羽織りながら廊下へ出た。

2008-01-13

[東北] 友人から届いた小説

妹は、小ゑんはどうしたろう。東灘区に被害がなければいいが、祈るように願いながらただ必死で柱にしがみついていた。「だいじょうぶですかあー」いきなり声がした。ドアの向こう側で、確かに聞こえた、、、、。「生きていますかぁ?いたら返事をしてくださいよう」怒鳴るように叫ぶ男性の声がはっきり耳に届いた。

2008-01-12

[東北] 友人から届いた小説

その自分の姿を想像すると、足先から唇まで震えがきた。ガチガチと歯が鳴る。このとき初めて、心の底から怖いと思った。もうベランダから下を見る気になれず、天を仰いだ。けれど、そこも、いまにものしかかってきそうに重苦しい。ふっと、母の名がもれた。恐怖心をまぎらわそうとして、「母さん、、、、母さん、、、、」と立て続けに何度も呼んでいた。

2008-01-11

[東北] 友人から届いた小説


八階建てのマンションの六階から、吐息をつきつき見渡してみる。ビルも家も道も、何もかも黒々としている。外はコールタールを撒き散らしたようだ。加納町界隈が真っ暗闇の沼の底に沈んでしまった感じさえする。ふと、道路を挟んだ向かい側に、斜めに傾いた二階家が目についた。そこは「仁平鮨」の木造二階建ての店舗である。

2008-01-10

[東北] 友人から届いた小説

これが大地震の始まりだとは思ってもいないから,とても不思議なことを見た、ただそんな気持ちでいた。どれどれ片付けようか、と立ち上がりかけた、そのとたんに揺さぶられた。あまりの揺れに四つんばいのまま動けない。食器がはじき出されているらしい。床のあたりからぶつかり合う音や割れた音がしてくる。

2008-01-09

[東北] 友人から届いた小説

カウンターの無効から、やんやの喝采があがった。灘沖さんへ投げキッスをおくり、山口社長へウインクしている。榛名がカウンターの上でくれるさまは壮快だった。こりんはロックをよく知らないので、唱歌を口ずさむ。たとえば「冬の星座」であったりするが。♪木枯らしとだえて さゆる空より 地上にふりしくくすしき光よ ものみな憩える しじまの中に きためき揺れつつ 星座はめぐる、、、

2008-01-08

[東北] 友人から届いた小説

そうしているうちに本当にすぐ、山口社長が楢尾部長とドアを開けた。久しぶりの山口社長をカウンター越しにうかがってしまう。ロマネ・コンテイの夜からお二人とも足が遠のいていたから、心の底から迎えようと思ったのに、「お見限りでしたのね」と口を出たのには小りん地震が驚いた。飲んでしゃべって、また飲んで、いいかげん良いがまわりだしたころ、突然、はるなが、さあ歌いましょう、と叫んだ。

2008-01-07

[東北] 友人から届いた小説

「あとで、灘沖さんも来るはずよ」先にみんなでやっていましょうよ、ということになり、女三人で大いに盛り上がる。はるなのリヤルブrーのべるべっとのスーツにピンクのインナーがあでやかで、色っぽくも見える。今宵も素敵なキャリアガールである。

2008-01-06

[東北] 友人から届いた小説

カウンター越しに棋士、となにか言い交わしていたかなさんがクックッと笑った。気の置けないもの同士はうれしそうだ。はしごをしている間ha自称スポンサーが棋士を独り占めしていた。かなさんの店では、小りんはお邪魔虫のようで小さくなっていた。楽しいような楽しくないような心持ちである。

2008-01-05

[東北] 友人から届いた小説

やがて,日付が変わり閉店。御一行に誘われ、小りんと小ゑんははしごサケにおともすることになった。小ゑんと並んで,二人で隅のほうから棋士を眺めては飲む。また,飲む。三軒目を出た所で,前もって打ち合わせていた三人、棋士、相田氏、小りんの三人はさらにもう一軒へと向かった。もう一軒とは、棋士の行きつけの店らしく、山手幹線沿いのビルの地下一階にあるという。

2008-01-04

[東北] 友人から届いた小説

口うるさいけれど根気のよい、太刀魚先生だった。さてクリスマスの夜、棋士を中心にご一行は八名で水車へいらした。どやどやと予約席へ座る。自称スポンサーの森氏とその秘書、月刊誌やスポーツ紙記者の面々、取り巻き連と呼ばれる人たちだという。彼らの飲むわ、しゃべるわ、その騒がしいこと、すさまじい。

2008-01-03

[東北] 友人から届いた小説

師走を迎え、三宮はクリスマスムード一色という感じでにぎわっている。そのイヴの夜、水車には予約があった。有名棋士とその御一行である。将棋を指したことのない小りんでも、棋士のお名前と強さは知っていた。演歌「おこう」が流行し、カラオケの画面にはご本人も登場されていると聞く。

2008-01-02

[東北] 友人から届いた小説

男は東京大学を出、フルブライト留学で米・イエール大学を卒業。表向きは優秀と言うスタンプが押されていた。付き合い始めてすぐ、山岡荘八の「徳川家康」全卷を読むように男は言った。全二十八卷、それぐらい難なく読めなくては,,,,と。たしかに,男の部屋にはものすごい数の本が生前と並べられてあった。

2008-01-01

[東北] 友人から届いた小説

離婚し,小りんは上京した。誕生日がきて三十歳という年だった。気持ちが離れてしまった夫婦のうっとうしさや、根家先家族とのもろもろのわずらわしさを、離婚前に小りんは嫌というほど味わった。だから、二度と恋はするまいと胸に誓って上京した。男には金輪際近づくまいと、腹をくくったつもりだった。