2007-10-06

[宗教] 人間の醜い心「ねたみ」聖書の世界では

イサクはそれらの井戸を掘りなおし、父が付けたとおりの名前を付けた、イサクの僕たちが谷で井戸をほり、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争った。そこで、イサクはその井戸をエセク(あらそい)と名付けた。彼らがイサクと争ったからである。イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てると、それにつうても争いが生じた。そこで、イサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けた。イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホポト(広い場所)と名付け、「いまや、主は我々の繁栄の為に広い場所をお与えになった」と言った。
イサクは更に、そこからベエル・シェバに上った。その夜、主が現れて言われた。
「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やすわが僕アブラハムのゆえに。」イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。
固定リンク : コメント(0) / トラックバック(0)

Trackback URL

このエントリーのトラックバックURL:

Post a Comment

Name:

E-Mail(optional):

Link URL(optional):

<< 2009年01月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

プロフィール

キリスト教徒ではありませんが、身近に聖書があるので、「平和」「感謝」「希望」短時間ですが、 これらを念頭に打ち込みながら読んでみます。


最近のコメント

リンク

RSS

RSS2.0

アクセスカウンタ

00120347